66 同類通ずる
娘さんを心配するセイテンさんの気持ち……。
……俺には痛いほどわかる!
俺だって妹のセレンに言い寄る男がいたら、抹殺せずにはいられない。
妹もそろそろお年頃に差し掛かる。
いや、まだまだ妹は子どもと呼べる年齢なのかもしれないが……!
それだけにもっとタチの悪い男どもが寄ってきたりもする!!
「なあグレイリュウガ様!!」
「何故私に呼びかける!?」
十二使徒としてヤツも当然パーティに参加している。
要注意だ。
ことほど左様に妹が成長していくほどに、俺のガラスのハートには耐えがたい微細なヒビがいくつも入っていくのだ!
この痛み! 苦しみ!
サラカさんのお父さんも味わっておられるのですな!?
「ジラくん……! 今のキミの振舞いでよくわかった……! キミもワシと同じ苦しみを知る者だったのだな……!?」
「その通りです! アナタの娘さんを思う気持ち、俺には痛いほどわかります!!」
娘と妹の違いはあれど想いは同じ!
「娘(もしくは妹)に言い寄る男には!」
「死あるのみ!」
「この世のすべての男は!」
「死ねばいい!」
そうすれば娘も妹も永遠に清くいられる!
「ジラくん!」
「お父さん!」
力の限りハグし合う俺たち。
男たちはわかり合った。
◆
そこからは宴もたけなわ。
心通じ合ったものと酌み交わす酒は美味しい。
「サラカちゃんも十年前はなあああ……! こんなに、こんなにちっこくて……! 懐に入れて持ち歩きたいくらい可愛かったのだよ……!!」
「わかります! わかりますお父さん!!」
「そんなサラカちゃんを人質に差し出さないといけないなんて……! 本当は身を切るほどに辛かったんだよおおお! いっそ殺してくれと! しかしワシにも族長としての責任がある! ワシは血涙を呑んで! ……うおおおおおおん!」
「ご立派です! お酒をどうぞ!」
心根がわかればなんと親しめる方であろうか。
この人の考え一つ一つに抵抗なく同意できる。
終生の友……いや心の師を得た気分だ!
「ジラくん! ワシはキミを誤解していたようだ! こんなにもワシの気持ちを理解してくれる男は今までいなかった! 安心して娘を任せることができる!」
「お任せください! 娘さんは必ずや俺が守り抜いてみせます!」
乾杯し、ガハハハハと笑う。
周りの視線が痛い。
まあちょっと騒ぎすぎの感も否めないが……。
皇帝主催の晩餐会でもあるから余計にな……。
「よろしいか?」
気を揉んでたら早速来た。
身なりのキッチリとした、いかにも貴族然というオジサンが近づいてきた。
口髭なんかをピシリと整え『貴族とはかくあれ』なんて言いそう。
ルールマナーにも厳格そうだし、騒がしい俺たちを注意しにきたのかな?
「す、すみません……! もう少し音量を押えますので……!?」
「……わかる……」
「は?」
「わかるぞおおおおおッッ!!」
貴族のオジサン、泣きながら語りだす。
「娘は! 娘は嫁になんていかなくていいんじゃああッ! ずっとパパの傍にいればいい! 妻が『そろそろ片付けないと行き遅れになりますわよ』とか嫌味っぽく言うけど知ったことか! 死ぬまでウチにおったらええんじゃああああッ!!」
同志だった!?
「おお、わかりますぞ! わかりますぞ! さあ座って一緒に飲みましょう!」
「かたじけない!」
そして極めてナチュラルに酒席に誘うセイテンさん。
相手が具体的にどなたなのかもたしかめず。
「私も!」
「吾輩も!」
「妹が本当に可愛すぎて!」
あとに続くように同じ妹持ち、娘持ちが雪崩れ込んでくる!?
こうして数多の妹可愛い、娘可愛い紳士たちで晩餐会は大いに盛り上がる。
「……大丈夫かこの国?」
冷ややかな意見があることもわかる。
最初からこの事態を見守っていたフォルテとサラカの視線が突き刺さって痛い痛い。
視線が冷たくて寒い寒い。
「なんだよぅ? いいだろう肉親愛に溢れていたって?」
「溢れすぎというか方向性がヤバいというか……! やっぱり育児方針で衝突しそうだな私たち……!」
フォルテ何の話かな?
「いいか!? たとえ生まれてくるのが男の子でも女の子でも、私はそれ相応に厳しく育てるからな!? 最低限ものの役に立つ人材に仕上げなければ世間様に申し訳ない!」
だから何の話をしているのかなフォルテさん?
「ふッ、犬っころは妄想が逞しくて困るぜ? ジラと結婚するのはオレだってのによ?」
「何いッ!?」
サラカ参戦。
またハッキリ言ったものだ。
「何をバカげたことを!? 何故お前ごときがジラと結婚できるという!? 根拠を言ってみよ!」
「それなら今目の前にあるだろう! ここまでの流れを理解できないとは言わせねえぜ! ジラと、ウチのオヤジはこんなに仲よしになっただろうが!!」
はい。
今や俺とセイテンさんは心の友と言って過言ではありません。
「結婚って言うのは突き詰めるに家同士の繋がり作り。つまりあそこまでオヤジに気に入られたジラはオレの婿になる可能性濃厚! お前に勝ち目はないてことだ!!」
「そう言われれば……! ぐぬぬぬぬぬぬ……!?」
なんかやり込められた感を出すフォルテ。
「なあオヤジ!? こうなったら認めてくれるよな、オレとジラの仲を!?」
「どうしたサラカちゃん? パパは今、飲み友だちになったばかりのリクテンベルクさんと娘の可愛さについて語り合っているところなのだ!」
「ソイツこの国の内務大臣じゃなかったっけ!?」
娘可愛さにとんでもないコネを製造しておる。
「いや、そこには拘るまい……! それよりオヤジ! オレとジラのことなんだけど……!?」
「おお、わかっておるぞ! ジラくんは見事な男だ、お前が認めるだけのことはある! この際ワシも、ジラくんと大きく誼を結びたいと望むところだ!」
「大きな誼!? それはつまり、義理の息子的な……!?」
「ジラくんには……、娘に近づく悪い男たちを抹殺する役目を頼みたい!」
「はいッ!?」
渾身の肩透かしを食らってサラカ、呆然。
「ジラくんはワシの気持ちをよくわかっている! きっとお前を虫どもから守り抜いてくれよう! ワシもこれでやっと安心してお前を帝都に置いておける!」
「このバカァ!」
「ぐほぉッ!?」
殴られるオヤジ。
「そういうことじゃねえんだよ! 悪い虫に食わせたくないなら他にもいい方法があるだろ! 先に『これは』と認めた男に食わせちまうとかさ!」
「サラカちゃん! なんとはしたないことを!?」
「今更カマトトぶってられるかあ! こっちはなあ、最高の優良物件をものにできるかどうかの瀬戸際なんじゃああッ!!」
名より実を取るハヌマ族の血はしっかり受け継がれているようで、サラカの口ぶりには飾るところが少しもない。
「ジラの妻の座をフォルテも狙っている以上、ハヌマ族の意地に懸けて絶対負けられねえ! ジラの子はオレが産んでやるんだよ!」
「そうはいかんぞ! 私だってジラのことを何年越しで思って来たことか! そして帝都でロボス族の立場を強化するためにジラは絶対助けになってくれる!」
「フォルテお前は十二使徒の序列で勝ったんだからいいだろうが! ジラはオレに譲れ!」
「そんな屁理屈があるか!」
あー。
ついに本格的な抗争が勃発してしまった。
こうなると思って、今まで彼女たちの好意も気づかないふりをしつつ、何とか無難に着地させたいと思っていたのに。
「お兄ちゃん! こーなったのもお兄ちゃんが女性関係にゆーじゅーふだんなせいだよ! 潔く玉砕して処刑されてきなさい!」
「妹の正論が痛い!?」
セレンよ、なんでここにきて一言一句正しいことしか言わないの。
しかし主張が正しいからには従うしかあるまい。
俺の犠牲で争いが収まるならば、いざ突貫!
「あの……、ちょっといいか?」
しようとしていたところへ先に口を挟んだのはなんとグレイリュウガさんだった。
何故彼が!?
何の関係もないのに火中の栗を拾いに行こうとする皇子の鑑。
「なんだ第一位!?」
「第一位は引っ込んでろ!?」
そして恋する乙女たちの暴走は留まるところを知らない。
「いや、お前たちがバカ騒ぎするから窘めにきたのだろう。もはや十二使徒は帝国の看板なのだから見苦しい真似は許されんぞ」
ごもっともで。
「それと、聞くとはなしに聞いていて気になったが、お前たちは何を揉めているのだ? どうやらお前たち二人ともジラットと婚姻したいようだが……」
「そこまでわかってるなら口出しすんじゃねえよ! これは一世一代の女の戦いだ!」
まずサラカが噛みつく。
「その通り、つける席が一つだけなら誰にも渡せない! 好いた殿方と添い遂げることが女の本懐だ」
フォルテまで……!?
そんな恋する乙女たちの主張を受けてグレイリュウガはどう応えるかというと……。
「いやだったら、お前たち二人ともジラットに嫁せばいいんではないか?」




