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65 断腸

「ようやく出会うことができたなジラくん、では死んでもらおう」

「だからなんで!?」


 セイテンさんの狒々のごとく太い腕がぬっと迫ってくる。

 あんなのに掴まれたら本気で握り潰されるか引きちぎられるかしそうだったので、慌てて避けた。


 本気?

 本気の殺意か?


「オヤジ!? 何やってんだよホント!? 帝都で恥をさらさないでくれ!!」


 実娘のサラカも止めんとするが、聞く耳持たぬ父。

 当然騒ぎも広まってパーティ会場は騒然としだす。


「これはいかんな……!?」


 回避行動しながら俺、事態の悪化を憂う。


 せっかくの十二使徒お披露目パーティだからな。ケチをつけたらあとで皇帝からどんなお小言をいただくか。


 かといってサラカのお父さんに怪我させるわけにもいかんしここは……。


「智聖術<バインド>」

「うおおおッ!?」


 智聖術の一つ。敵の動きを強制的に止めるスキルを放つ。

 こうかはばつぐんだ!


 ステータス異常としては『金縛り』もしくは『麻痺』という感じになるんだろうか?

 とにかくも強制的に動きを停止させられたセイテンさんは、腕を振り上げた、いかにも凶悪な体勢のまま棒立ちとなる。


「これで人心地つける……!?」

「さすがジラ! オレが見込んだ男だぜ!」


 一緒に慌てふためいていたサラカも喝采を上げる。

 何故だろうか、その瞬間金縛りのセイテンさん目に凶悪な光が宿った。


「おのれ不可思議な妖術を……! 卑怯者! 男なら腕っぷしで受けて立たんか!」

「そんなことしたらガチのケンカになるじゃないですか」


 そもそも何故襲ってくる?


 皇帝相手にはあんなに和やかに、首を垂れるような態度だったのに。

 あれが族長の処世だとしたら、これまでの気配りをぶち壊しにする暴挙ではないか。


「……ワシは、キミを血祭りに上げねばならんのだ! たとえハヌマ族が滅ぼされることになっても、一族の命運と引き換えにしてでもキミを滅ぼす必要がある!」

「なんで!?」


 俺たち今日初対面ですよね!?

 そこまでアナタから恨まれる理由があるとは思えない! 到底思えない!


 金縛りになってもかろうじて口を動かすことができるのは超能力バトルもののお約束。

 最大限に利用して聴取を続けねば。


「なんでだよオヤジ!? ジラのことは今までさんざん伝えてきたじゃねえか!?」


 娘であるサラカも困惑の表情で父親に迫る。


 ん?

 今なんて?


「週に一度書き送る手紙に必ず書いておいただろうジラのこと! 帝国にも凄い男がいるんだ! コイツを取り込めば必ずハヌマ族の有利になるって!」

「んー?」


 サラカって人質として帝都に住まわされてるんだよな?

 故郷と手紙のやりとりしてたのか。


「ちなみに同じような立場のフォルテは手紙送ってた?」

「いやあんまり。人質としての立場上、通信の類は必ず検閲されるし」


 さっきのやりとりを通して感じたままに、草原の狼親子は関係がクールであった。


 対してお山の猿猴親子は……。


「えッ? 手紙ぐらい毎日出すだろ? 普通じゃね?」

「普通!?」

「まあ、それでもみだりすぎるって言われて週一に抑えてあるんだけどよ」


 手紙の内容は、今日何があったとか何を食べたとか日常の他愛もないこと多数。

 検閲する帝国の手間も考えてほしい。


「何が悪い? 帝都から送られてくるサラカちゃんのお手紙を、ワシは楽しみに待っておるのだ。心の支えだ……!」

「あっ、お父さん?」


 まだ金縛りから解けていないサラカのお父さんが言う。

 その声には怨念が色濃い。


「その手紙に、ある時から男のことが書かれるようになった。特定の一人の男だ。ソイツがやれ強いだの、やれカッコいいだの。あからさまに思慕の募った文面が紙いっぱいに綴られているのだ……!!」


 …………。

 ああ。


「そんなものを読まされる父親の気持ちがわかるか!? 可愛い娘が! どこの馬の骨とも知れん男にメロメロになっていて!」

「なんだ呼んだか?」


 レイくんキミじゃない。

 馬とは言ったがキミじゃない。関係ないから向こうで引き続きお酒飲んでて。


「なんだ、つまらん」


 そう言ってレイはもとの位置へ戻っていった。

 さすがに酔ってるなあれは。


「それを遠く離れたところから送られてくる手紙で伝えられる父親の気持ちがわかるか!? 自分の手が届かぬ遠い地で、娘が男に誑かされていることを想像するしかできない父親の辛さが!?」

「はああ……」

「だから帝都に招かれた今日、千載一遇の機会と思ってキミを殺すことにしたのだ。娘の安全と、ワシの心の平穏のために!!」


 俺へのとばっちり率百パーセント。


「アホかオヤジ! そんなことのためにジラに襲い掛かったのかよ!?」


 父を罵倒する娘。


「何を言う! ワシはなあ、サラカちゃんのためを思って悪いネズミは皆殺しにするんじゃあ!!」

「情けない男ね。同じ族長の立場にある者として情けないわ」

「誰だワシを罵るのは!? ……お前は、憎きロボス族の族長フェリルではないか!?」


 出会ってしまった宿敵同士。

 争い続けてきた戦闘部族両雄、その指導者二人。


「一族を束ねし役目を持つ者が、たかが娘一人の色恋に慌て、判断を失うとは……。そんなことで自族の正しい未来を見出せるのかしらね?」


 ……。

 拭い去れない『どの口が言うの』感。


「うるせえ! 親が子を心配するのは当たり前だろうが! 冷酷非情のロボス族とはわけが違うんだよ!!」

「誰が冷酷非情か!?」

「そうだろうが! 野放図に子どもを五人十人もポコポコ産んで、テキトーに育てて一、二人生き残って成人すれば御の字とかいうような冷酷な子育てしやがって! 信じられんわ!」

「テキトーではありません! 草原の狼に相応しい戦士を作り出すための厳しい育成法なのです! それに私は自分の産んだ子ども六人、全員無事育て上げたわ!」


『私は割と放っとかれた気がするけどなあ……』とフォルテが俺の隣で呟いた。


「まあ、ロボス族とハヌマ族は、そういう育児法から見ても対照的なんだがな。たくさん産んで強い子を選別するロボス族と、一人か二人の子を珠のように大切に育てるハヌマ族」

「ジラはハヌマ流の方が合ってるだろ? 妹のセレンをあれだけ猫っ可愛がりするぐらいだからなあ?」


 唐突に話に交ざるサラカ。


「ロボス族みたいに弱い子どもは勝手に野垂れ死ねなんて信じられねえよなあ? ロボス族の女なんかと一緒になったら、絶対子育てでぶつかり合うぜ? ハヌマ族の女の方が気が合うって?」

「なッ!? 私は子育てぐらい夫の方針に従うぞ! 十人だろうと二十人だろうと立派な戦士に育て上げてみせる!」


 たくさん産む路線は外さないんですね。


「とにかく! サラカちゃんに言い寄る男など存在からして許さない! 皆殺す! それが父親というものだ!」


 セイテンさんの気力が漲り、金縛り状態から脱する。

 体が自由になった彼のすることは決まりきっていた。


「さあ死ぬがいいジラくん! このハヌマ族の長みずからが手を下すのだ! あの世で誇りとなるだろう!」


 と対決姿勢を崩さない。

 それに対して俺は……。


「ちょっと待ってもらっていいですか?」

「うぬ?」


 一旦眼前の問題から離れ、脇へ向かってツカツカ進む。


 その先にはセレンがいた。

 可愛い我が妹セレンだ。


 アイツだって十二使徒の一人であるからにはパーティに出席している。だがまだ幼い妹は賑やかしに従事することなく、本能の赴くままにパーティを楽しんでいた。


「美味い美味い美味い! んごんごんごんごんごんご……!?」


 妹がパーティで刺激されているのはもっぱら食欲で、所狭しと並ぶご馳走を片っ端から掻き込んでいる。

 それはいい。

 別に問題ない。


 問題は、そんな妹の後ろをつけ回す男がいるということだった。


「キミ可愛いねえ? どこから来たの? 年齢は十五歳以下だよね? ブフゥ……!」

「うまうまうまうま……! あ、今度はあっちの焼き豚食べよー!」


 と別のテーブルへ駆けていく妹を、男もあとを辿って追っていく。

 晩餐会に出席するぐらいだから、あの男もやんごとない身分なのだろう。

 しかし醜く肥え太り、顎肉が溜まって首がなくなるほどだった。瞳も濁りが著しい。


「ねえボクの部屋に来ない? 美味しいお菓子がいっぱいあるよ? こんな貧相パーティの残飯よりずっと美味しいよぅ?」

「メイドさんジュースちょーだーい!」


 セレンは食うのに夢中で男など眼中にないが、それでも肥満男はしつこく粘っこくついて回る。

 ハァハァ息を乱しながら。


「ねえいいでしょう? ぬいぐるみもオモチャもたくさんあるよ? ボクの部屋にさえ来れば……!」

「おい」

「ん?」

「死ねぇッ!!」


 我が魂のストレートを顔面に食らい、男は吹っ飛ばされた。

 パーティ会場の壁に激突し、派手に亀裂を走らせる。


「ヒトの妹を堂々とかどわかそうとしてるんじゃねえ! 妹に言い寄るヤツは殺す! 邪だろうと純粋だろうと殺す! それが兄のあるべき姿!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ジラ… どの口が言ってんの!?
[良い点] んー。似たり寄ったりw
[一言] ジラ君も人のことを言える立場なのか?まぁ今の場合は(変態という名の)紳士だから許す
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