64 ましらの王
そうしてパーティ会場に戻ってみると、これまた珍奇な風景に遭遇した。
皇帝に絡んでるヤツがいる?
「さささささささ! 皇帝陛下! 一献おあがりください!」
とか言ってお酌している。
所作自体に無礼はないものの、ちょっと馴れ馴れしすぎね?
誰だあのオッサン?
「よい飲みっぷりですなあ! さすがは地上の覇者にして四海に聞こえる天才! ヘロデ皇帝陛下! このハヌマ族族長セイテン! 心より感服いたしますぞ!」
オッサンは、世の平均よりいくらも上回る体格の持ち主で、要は大男だった。
あの立派な体躯。
ウチの巨体自慢ガシに勝るとも劣らない?
いや勝る?
しかも異様なのはそれだけじゃなく、全身妙に毛深い。
もみあげも顎まで届こうかというほど伸びてるし、胸毛にすね毛、色んな部分の毛が伸び放題。
それでむさい印象がないから不思議だ。
「やけに豪快というか……野放図な……!?」
今日の晩餐会って、基本十二使徒お披露目のために呼ばれた各地各国の実力者が出席者だろう。
だとすれば貴族王族が主要だろう。
しかしあの毛深いおっさんに貴種の品格があるとは……!?
「さささささ皇帝陛下! 次はこちらの蒸留酒などいかがでしょう!? ほう、なんと北の国からの献上品とは! 帝国の威信は全土にまで轟き渡っておりますなあ! ……いやしかし直接皇帝陛下のお口に運ぶのは恐れ多い! まずはこのハヌマ族族長セイテンが毒見役を務めましょうぞ! 何! 皇帝陛下のご無事のためならこの命安いものです! ゴックゴックゴクゴック!!」
そして北国産の蒸留酒をラッパ飲みするオッサン。
ストレートで。
おい、なんだこのすべての流れを一人で仕切るオッサンは?
持ち上げてるように見えて皇帝置いてきぼりじゃねえか。
「あ、あ、あの男は……!?」
俺と一緒に会場へ戻ってきたフォルテが目を丸くしていた。
これは、どうにもあの独特なオッサンを見知っている風。
「フォルテ、誰なのあのオッサン? 知ってるんでしょう?」
「まあ、私が知らなかったら問題ある男だ。それこそ、無視したくてもできない、忘れたくても忘れられない怨敵というべき男。我らはロボス族で数百年来に亘って争ってきたその末。口に出すのも汚らわしいが……!」
そうやってフォルテがもったいぶっていた間に……。
「オヤジいいいいいいいッ!!」
また新たな登場人物が。
「オヤジ! このバカッ!!」
「ごぶへッ!?」
殴った!?
躊躇いなく殴った!?
なんか知らんが皇帝の御前だぞ! あまり突発的なことするな!?
「申し訳ありません皇帝陛下! ウチのバカ父がとんだ粗相を!」
そう言って皇帝に全力詫び入れるのは誰あろう。
サラカであった。
またの名を十二使徒第五位サラカサル。
謎のオッサンをぶん殴って吹っ飛ばす。
それから慌てて皇帝へ向き直る。そしてさらなる弁解。
「申し訳ありません陛下! ウチのバカオヤジが馴れ馴れしく!」
「そう気負うことでもないわ。余も立場上色んな種類の人間と接するでな。変人にも慣れておる」
「ウチのバカオヤジが変人カテゴリに入れられたッ!?」
頭を抱えるサラカ。
「これは……!?」
「あの変で毛深い大男こそ、我らロボス族の宿敵、ハヌマ族の長セイテンだ。サラカの父親でもあるな」
そういやそんなことどこかで言ってたような?
サラカもお姫様だったって。
「高き山岳を根城にする一族で、私たちと同じように帝国の侵略を受け、屈服した。サラカもその時人質として送られたそうだが……」
そんな感じでフォルテとサラカの境遇は似ている。
だからなのか、二人が張り合って、事あるごとに衝突するのは。
「やはり十二使徒お披露目会に招集されたのだろう、ハヌマ族の代表として」
それで皇帝にあんな馴れ馴れしく絡んでいたの。
豪胆というか、大らかというか。
身の程知らずというか。
「娘が不作法で申し訳ありませんなあ陛下! ところでウチの娘に大層な位を授けてくださったとか! さすがお目が高い! サラカはワシの自慢の娘でしてなあ! 器量も強さも三国一どころか世界一を自負しております! 我が娘が皇帝陛下のお役に立てること、我がハヌマ族の誇りでございますぞ!」
「やめろよオヤジー!? もう帰れよー!?」
サラカが、授業参観でやんちゃする親に困り果てた子どもみたいになっとる。
「……お母さま」
「おう?」
「わかりますか? 皇帝陛下に拝謁するからにはあれぐらい全力で媚びるんですよ?」
「あそこまでしないといけないのか……!?」
「それが外交というものです」
気づいたら、さっきまで外で対峙していたフォルテのお母さんがいた。
まあ、彼女もこっち戻ってきてるか。
「宿敵ハヌマ族……、どこに行ってもヤツらが目に付く。なんと邪魔くさいヤツらなの……!?」
「そこはもう諦めるしか。因縁の相手ですし……」
そういや前からずっと言ってるよな。
フォルテとサラカ、一族ぐるみでライバル関係みたいだし。
「私たちのロボス族とサラカのハヌマ族は何百年と前から争い続けてきた。我々は草原、ヤツらは山岳。生活圏は絶対的に違うが、境界が接していてな。そのせいで争うことは何度もあった」
「同じ草原に住んでいたらいずれは決着をつけて滅ぼしてやるんだけど、山深くに逃げ込まれたら追えないしね。逆もまた然りだけど。そんな風に決着もつかないままだらだら戦い続けて数百年……」
戦いに終止符を打ったのは両雄のどちらでもなく外からやってきた帝国だった。
帝国は獣魔の力と圧倒的数の暴力で山と草原を埋め尽くし、二つの戦闘種族を屈服させた。
生活域が接するライバル部族なだけに、帝国に組み込まれるのもほぼ同時だったという。
「しかしハヌマ族の頭目は思い切りがいいというか、媚びることに迷いがないな!?」
今この時もハヌマ族長セイテンさんとやらは、皇帝相手に友だちに接するみたいに……。
ついに肩に手を回しだした!?
「ああいうのも一種の才覚と言うのかなあ?」
誰にでも馴れ馴れしく接し、いつの間にか友だちになってしまう。
下手くそがやれば却って無礼になるが、そうは思われず相手の懐に入っていけるのは芸といってよかろう。
声の明るさとか表情とかの問題なのだろうか?
とにかくサラカの父セイテン。
武力とかとは別の観点から見ても恐ろしい相手だということは間違いない。
「ところで皇ちゃんさー?」
「皇ちゃん言うな!? 不敬罪!」
娘サラカの心労がホント酷い。
「こちらにジラなる人物がいると聞きましたが、どなたでしょうや? 皇帝陛下から一つご紹介いただけませんかな?」
「ほう?」
今までされるがままだった皇帝。ここでやっと反応を示す。
「ヤツに興味を持つとは、なかなか目敏いヤツよのう。さてどこにいるやら……?」
皇帝の視線が周囲を見回す。
なんかあからさまに面倒そうなので隠れようかとも思ったが、その前にバッチリ目が合ってしまった。
「おうおった。あそこにいるのが十二使徒第十二位のジラットじゃ。挨拶なり好きにするがよかろう」
「繋ぎをつけてくださりありがとうございます。皇帝陛下のお心の広さに感謝いたします」
しっかり礼を言うサラカのお父さん。
そしてこっちへ向かってのしのし歩いてくる。
「どうしたんだよオヤジー? ジラに何の用だよー?」
戸惑いながらもそのあとをついてくるサラカ。
親の前だからか。
いつもの彼女にはないオドオドした感じが新鮮。
そして皇帝は、面倒から解放されたかのようにさっさと次の相手の引見に移っていた。
そして我が眼前に登場お父さん。
遠目で見ても大男だとわかったが、至近距離だとますます圧倒感が濃い。
同じ大男でもガシより圧倒感がある。年齢が醸造したものだろうか?
「キミがジラか……?」
「はい、そうですが?」
ビビりながら答える俺。
しかし何故俺の名を? 十二使徒なりたての俺よりはグレイリュウガとかの方がよっぽど有名人だと思うんですが?
「早速だが死んでもらおう」
「なんでッ!?」
展開が俺の理解を超えてスピーディすぎる。




