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62 野狼自大

 フェリル。


 その名はどっかで聞いたような覚えがるような、ないような……!?


 いや、そうだ。

 いつだったかフォルテ当人が名乗りに使っていたではないか。

『ロボス族の長フェリルの娘フォルテ』とかなんとか。


 すると今フォルテが口論しているのは……。


 ……親子喧嘩!?


 何やら家庭の事情に口出しするのは気後れし、物陰から見守る。


「親子の縁を……!? 何故です! 私は今までロボス族のために身を切る思いで……!」

「それこそ余計なお世話というものです。たしかに我らロボス族は敗北しました。遥か異域より攻めくる帝国の前に屈した。草原にて負け知らずと言われてきた我らの武力も、その草原を埋め尽くすほどの大軍勢の前になすすべもなかった」


 当時の悔しさを思い出したのか、お母さんの口調が震えている。


「前族長たる我が夫もその時に戦死しました。そのことはお前も覚えているはず」

「私もその頃には物心ついていました……!」


 フォルテの声からも苦しみが滲んでいる。


「体中に弩の矢を受けて運び込まれたお父さまは、死の際に申されました。『これ以上の戦闘は無用。ロボス族を残せ』と。敗れて滅ぶよりは降伏して自族を存続させよ。それこそがお父さまの遺言ではないですか。だから私は……!」

「率先して尾を振り、犬のごとく帝国に仕えているのですか? 恥知らずめ。前族長が言ったことの意味がまるでわかっていないようね」


 十二使徒のお披露目会は、他国首脳まで招待した一大イベント。

 帝国内の一定以上の身分の人たちは全員強制参加なぐらいだろう。


 そのためにもイルンヌの街が音信不通になった時、俺とグレイリュウガが出張ったのだし。


 被支配地といえども一族の長ともなればお呼びがかかるか。


「ロボス族は草原最強の部族。その武力は狼の牙にたとえられ、同じく草原に住む他部族を圧倒したものです。そして狼とは孤高なるもの。誰にも従わず、どこにも頼らず、独自の道を歩んでこそ狼なのです」


 それなのに……、と母親は続ける。


「お前は人質の身分で勝手に動き、帝国に媚びを売って官位を貰い、それを誇ろうというのですか? そんなものは狼の所業ではありません。牙を抜かれた飼い犬の所業です」

「お父さまのご遺言を果たさんとする一心で……!」

「お前は前族長の遺志すらはき違えているようですね。あの人が言ったのは『ロボス族を残せ』ということ。集落や人が残れば一族も残ると思っているのですか?」


 実際そうでは?


「違います。人や土地よりもっと大事なものがある。それは誇りです。草原最強の狼としての誇り、それを失ってロボス族存続などまやかしです」

「私は……、誇りを捨てたつもりなどありません……!」

「いいえ、アナタは誇りを貶めました。ロボス族の狼の誇りを犬の誇りに。飼い主に褒められ喜び勇むような犬など、狼から見れば笑止千万の惰弱者。そのような者はもはやロボス族を名乗るに値しない!」

「……ッ!?」


 フォルテの悲痛な感情が、ここまで届いてきた。

 俺もそろそろ見ているばかりではいられんな。


「だからお前とは縁を切ると言ったのです。ロボス族を狼から犬へと貶めるバカ者を身内にはしておけません。今日、このような場所へ呼びつけられたことも不快です。私は早々に集落へ戻ります」

「…………」


 フォルテは何も言わなかった。

 言い返したければ浴びせかける反論は百もあるだろうに、血を分けた母親、自族の長に遠慮があるのだろう。


 彼女にできなければ、他の者がやらねばな。


「待ってください」


 俺は物陰から進み出た。


「じ、シラッ!?」

「フォルテは、この帝都でずっと頑張ってきたんです。それもこれもすべては自分の部族のため。その努力を認めてやれないんですか?」


 まさか俺が近くに潜んでいたとは知らず、フォルテが思い切り動揺している。


 彼女もビーストピースを与えられて感覚が鋭くなってるはずなんだが。周囲の異変が気にかからないほど母親の言葉がショックだったのかなあ。


「フォルテの行いは、人質として至極真っ当なものです」


 同盟関係にある国とか勢力が、相手に重要人物を差し出す。もし裏切ったらソイツを殺す。

 相手が裏切らないための保険。それが政治的な人質の意味。


 しかしそれとは他に、囚われの地で学び成長し、相手側における地位を確立することで両勢力の懸け橋となるのもさらに上位的な人質の役目だ。


「彼女は完璧に、その役割を果たした。十二使徒の一人を輩出したことで、今や帝国の誰もがアンタたち部族に一目置くことでしょう」

「ジラ!? なんでここにいて!? いや、その前にやめてくれ! これは私たち親子の問題で……!?」


 さすがに家庭の事情に首を突っ込むのはやりすぎかなと俺も思う。


「でもそれでも言わせてくれ」

「ジラ……?」

「キミは俺の大事な人だからな」

「ジラッ!?」


 俺が旅に出ている間、妹セレンの面倒を随分見てくれた人だからな。

 ここで少しは恩返ししておかなければ。


「フン、そういうお前は何者です?」

「帝国守護獣十二使徒、第十二位ジラット」


 一応ここは公に幹部名で通しておこう。

 それを聞いてフォルテのお母さんはあからさまに鼻で笑い……。


「そこのバカ娘と同じ、帝国の飼い犬というわけですか?」


 いえネズミです。


 さっきまでは物陰に隠れていて視界に入らなかったが、フォルテの母親フェリルさんは、親子だけによく似た容姿だった。


 まんまフォルテをアダルティに大人のお色気ムンムンにした感じと言ってよい。

 辺境部族の粗野な服装がそこかしこにチラリズムを備え、ますます色っぽさが充満していた。


「どちらにしろ口出し無用。そこの娘が言ったようにこれは我がロボス族の問題。部外者の意見など求めません」

「そのロボス族も、今は帝国の一部」


 突き付ける事実に、お母さんは眉を顰める。


「それはアナタたちが帝国と戦い、屈した瞬間から決まったことだ。以来アナタたちは帝国に従うことによって存続を許されている。そのことをお忘れなきよう」


 まあ、盗み聞きをしていたことを前もって謝罪しつつ……。


「アナタはさっきから狼の誇りと連呼喧しいが、そんなものは帝国に敗けた時から失われているでしょう」


 狼の誇りとやらが、孤高不屈を根拠にしているならば。


「帝国に屈し、従いながら生きながらえているアナタが、孤高の誇りを呟くなど滑稽だ。アナタには現実が見えていない。自分が敗北者であるという現実が」

「じ、ジラちょっと……!?」


 段々舌鋒鋭くなっていくのを、フォルテが見かねたようだ。

 でももうちょっとやらせて。

 俺の目配りでフォルテは引き下がる。


「アナタなどよりフォルテの方がよっぽど現実を見据えている。彼女は帝国に組み込まれた自族を想い、両者の融和を目指して頑張ってきた。その集大成が今回の十二使徒入りだ」


 フォルテが十二使徒第四位になったことで、これからロボス族の帝国内での地位は格段に跳ね上がることだろう。


『あの女傑フォルテの出身部族』と丁重に扱われる。

 間違っても被植民部族と下に見られることはない。


「フォルテが血を吐く思いで手にした成果を無意味と貶すなら、アナタに一族の長としての資格はない。飼い犬だろうと負け犬よりはマシだ。そして敗北しながら敗北を受け入れることができないアナタは負け犬になることすらできない。それ以下だ」


 敗北を受け入れられないから孤高だ不屈だと現実に沿わないことをほざける。


「黙れ帝国人が……! それ以上我がロボス族を侮辱するな……!」


 容赦なく言われっ放しで、さすがお母さんもキレたか?

 声が怒りで震えている。


「私たちがお前らにいつ敗けた!? たとえ戦争に敗れようと、心までは屈していない! いずれ雪辱は果たさんと牙を研ぎ続けてきた!!」

「ほう……」


 彼女はわかっているのか?

 今の自分の発言の危険さを?


「では何故フォルテを人質として送った? それこそ心からの屈服の証だろう?」

「それこそ狼の隠された爪よ! いずれ我らが雌伏を終え、復讐の牙を剥いた時、帝国はフォルテを殺すだろう! それでよい!」

「何?」

「ロボス族の民は、一族のためなら死をも厭わぬ。族長の娘たればなおのこと。フォルテは最初から死ぬために帝国に送られたのです! 帝国を油断させるために!」


 実に苛烈な話だが、ありえることだとも思った。


 彼女ら一族にとって死など無意味、ただ自族を守るためにのみ個々の命は存在する。

 戦闘部族を名乗るなら、それぐらいの酷薄さは当然というべきで、転生前の遥か昔のスパルタとかモンゴル族とかもそんなノリだったんだろうな、きっと。


 ただ、そういう歴史上の凶族と目の前の彼女との決定的な違いがある。

 彼女は愚かだ。


「今の発言……、ロボス族の帝国への反逆意図ありってことだよな」


 これでロボス族は滅ぶ。

 復讐の牙を突き立てるより先に見せびらかしてどうする。


 弱い犬がキャンキャン吠え騒ぐようなものだな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 俺の大事な人発言で娘さんの好感度が限界突破しそう〜 いいぞもっとやれ〜
[一言] 勝負から逃げているから負け犬じゃないだけでしょ。
[一言] 帝国人に対して帝国の飼い犬と言っても的外れとしか
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