61 母娘連れ狼
そしてお披露目会は続く。
夜からは盛大な晩餐会が開かれる。十二使徒自身も出席し、より近い距離で招待客と接し合う。
さらに十二使徒に威圧されよということだった。
そういう意を汲んでか、晩餐会の最中でもアピールが旺盛。
第十位ガシープことガシが、樊噲よろしく一抱え分ほどあるブロック肉に齧りついていた。
そして見る見るうちに腹に収め、あっという間に平らげてしまった。
また第九位レイナイトことレイも母里太兵衛のごとく樽いっぱいに満たされた酒をそのまま口付け一気に飲み干した。
「……大食い、大呑みアピール……?」
当然ながら周囲も、二人の鯨飲馬食ぶりにドン引きもとい圧倒されている。
帝国最強の十二使徒は、食事すら次元を画するのだと脅しのごとき主張ぶりだった。
「頑張るなあ、アイツら……!?」
ガシとレイの暴食ぶりを見てるだけで胸焼けする俺。
付け合わせのパセリをむしゃむしゃするので精一杯だった。
本来、国内外から呼び集めた招待客を饗応することが目的の晩餐会。
そのため帝城内にあるホールを極上に飾り立て、かつ東西の珍味御馳走を並べて、これ以上ない豪勢なパーティとなっている。
そうした豪華さだけでも帝国の武力財力を誇示できているというのに。
ホストに紛れて会場を闊歩する十二使徒の威容。
それが合わせて招待された各国首脳を威圧する。檻の中に猛獣と一緒にされた気分だろうな。
「おい、まだお代わりは来ねえのか? オレの腹はまだまだ満たされねえぜ?」
「帝国男児が酒に弱いと思われては心外の極み。もう一献頂戴しよう。この樽で」
ガシとレイがまた食って飲みだした。
見てるだけで胸がつかえてパセリも食えねえ。
「あの二人はガタイがいいですからね。ガタイがいいと何やらせても映えるんですよ」
いつの間にか俺の隣にセキが立っていた。
体が大きいと何をやっても映えるか。小男の彼が言うと説得力があるな。
「だからと言って公で早食いパフォーマンスなんてやらされた日には堪ったもんじゃないが」
そこそこの身長に生まれて『よかった』なんで思えたのは初めてだよ。
グレイリュウガやワータイガ様もけっこうな長身だしなあ。十二使徒の男性側で俺より小さいのってセキぐらいじゃね?
「そのグレイリュウガ様やワータイガ様はただ立ってるだけで威圧できますし、クワッサリィちゃんとゼリムガイアちゃんも綺麗どころでパーティに花を添えておりますよ」
「凄いね、十二使徒って……!?」
俺たちはエキストラとしてただただ感心するのだった。
まあ、セキとの雑談のお陰で気も紛れてきたな。
せっかくのパーティだから俺もご馳走をかっ食らいたいのだ。
……あッ、あの伊勢エビに似た何か美味そう。
「いやいや、のんきに飯食ってる場合じゃねえですかもよダンナ?」
「えー?」
のんきに飯食う場じゃないんですかパーティとは。
「オイラ、この宴会中ずっと皇帝陛下のお傍に付き添うことになっているんですよ。今は、無理言ってほんの少しの間だけ離れさせてもらってるんです……」
「ええぇ……?」
それは何か?
やっぱりセキくんの十二使徒としての能力ゆえか?
『兎』のビーストピースを得た彼は、風采上がらぬ小男には大層似合わぬウサ耳を生やしてしまった。
そのウサ耳でどんなヒソヒソ話も聞き取ってしまうという凶悪なスキルも得てしまったのだ!
「そのセキを皇帝の傍に置くって……!?」
このパーティでの会話、セキを通して全部皇帝に筒抜けってことじゃないですか!?
怖いッ!?
そしてセキくんの心労!?
「パーティ開催中ずっとあの皇帝と一緒にいなきゃなんて……!?」
ある意味セキが一番しんどいポジショニング!?
「お疲れ様です!! お酒どうぞ!!」
「いえ、酔いながら陛下の傍に侍るわけにはいきませんので……!」
本当にお疲れ様です!
パーティ終わったら飲みに行きましょう! キミの労をねぎらうために!
「それよりも、そんな陛下に無茶言って一時離脱したのは、ダンナに用があるからですよ」
「え? 俺?」
まさか俺も一緒に皇帝に侍れと言うんじゃあるまいな!?
絶対嫌だ。
それなら俺は食中毒を装って退場する。
「パーティの隅で厄介事が起こってるようでしてね。治められそうなのがダンナしかいなさそうなんすよ。何卒よろしくお願いします!」
◆
セキのウサ耳は、パーティ内のあらゆる事象を音を通して把握している。
それで気づけたのだろう。
それでいて俺を差し向ける対処まで取るとは……。
「十二使徒でアイツが一番恐ろしいかも……?」
で、セキのヤツが指定した、揉め事の場所はどこだ?
パーティ会場の外じゃねえか。
こんなところからも音拾ってんのウサ耳。恐ろしいわ。
会場から一歩外へ出たら人もおらず、喧騒がウソのように静まり返っている。
帝城の廊下に己が足音だけがよく響き……。
……。
こんなところで本当に揉め事なんか起きているの?
と思った矢先に発見した。
たしかに人気のないところから何やらひそひそ話し声が……。
「何故です!?」
と思ったら大声だった。
顰める気など毛頭なさそう。
誰かが声を荒げて、相手に詰め寄っている風だった。
しかもこの声、聞き覚えが……!?
「この私が何故、ロボス族の恥さらしというのですか!? 帝国の人質となってより、およそ十年! 自族の立場を少しでも有利にしようともがいてきたのです!」
フォルテの声じゃないか?
パーティ会場で姿を見ないなと思ったらこんなところにいたのか?
「ただ敵の手中にいるだけが人質の役目とお思いか? 私は帝国の法に沿いながら力を示し、価値を認めさせてきました! ロボス族の力を!」
彼女にしてはやけに荒げた口ぶりだなあ?
一体誰と話している?
「その甲斐あって人質でありながら仕官が叶い、親衛隊まで出世した。そしてこの度帝国最強の十二人に入ることができた! しかも第四位です!」
そうだね。
フォルテがそこまで高い階位につけば当然、出身部族であるロボス族の株も上がる。
ロボス族というのは地元で有名な戦闘部族とのことだから。
彼女はかねてから、自族の権威回復に心を砕いてきた。
戦争に敗け、戦闘部族としての誇りが叩き潰されたのを、帝国の内側から建て直そうと苦心してきた。
十二使徒入りは、そんな彼女の悲願が達成されたことも意味している。
身分出自に関係なく、帝国支配域数十万の民から選び抜かれた最強の十二人。
その第四位ウルフォルテなのだ。
これはそのまま彼女が帝国内で、上から数えて四番目に強いということと言い換えてよい。
彼女の上にはグレイリュウガ、ワータイガ、セレンタウラの三人がいるのみなのだ。
戦闘部族の面目躍如ではないか。
フォルテは帝国全土に、ロボス族の強さを『これでもか』というほど叩き示したのだ。
「だから何だというのです?」
ここで初めて、フォルテと口論している相手の声が聞こえてきた。
凛と張り詰めた女性の声だった。
「お前がいかに帝国内で覇を唱えようと、所詮は帝国に媚びる飼い犬としての覇気にすぎぬ。そんなものがロボス族の武威であるはずがない」
「お母さまッ!?」
「むしろお前のしたことは恥の上塗りです。草原の狼たるロボス族がその牙を抜かれ、帝国に服従したことを千里四方にわたって喧伝するような行為です。なんと恥知らずな……!」
……ん?
お母さま?
「ロボス族の長として、このような屈辱到底受け入れられません。フォルテ、お前などもう我が子ではない。この族長フェリルの娘ではありません!」
ロボス族の長が、十二使徒のお披露目会に出席されていた。




