59 皇帝の名裁き
こうしてイルンヌの街長は帝都へと出頭した。
俺やグレイリュウガの仲立ちもあって、皇帝への謁見が叶う。
「もはや命あるものとは夢にも思いませんが、ただ我が愚行に巻き込まれた民の助命を願い参上しました」
平伏する街長。
その前に、玉座に座る皇帝の威容。
「詳細は聞き及んでいる。裏で何事か蠢く者がおったそうな」
「御意にございます」
「さりとてお前自身に非がないとは言えぬ。そうした奸物に付け入られること自体、責任ある者としてはありえぬ失態。許されることではない」
「仰る通りにございます」
周囲には多くの人々が詰めかけ、裁きの行方を見守っていた。
それらは帝国の街や村にそれぞれいる代表者、領主やら、他国の王族までいた。
「しくじりも罪になりえる。その点お前をお咎めなしというわけにはいかんの。よってお前の街長としての任を解く」
「……ッ!!」
「そして後任にはお前の息子を据えよう。不服ないか?」
「……いえッ! いえ、とんでもありません! 皇帝陛下のご慈悲に深く感じ入ります!!」
慈悲。
と言っていいだろうなあ、この処置は。
役職を取り上げるだけ殺しもしなければ拘束もしない。その上であとを継がせるのは息子ともなれば権力も実情動きはない。
限りなく無罪放免に近い。
居合わせた人々も、その処分の軽さに当惑し、どよどよ騒めいていた。
「真に罪があるのは裏で蠢き、イルンヌの街を帝国から切り離そうとした何者かよ。こたびの罰はその者一人に負ってもらう。見つけ次第拘束し、市場にて公開八つ裂きにせよ」
断固たる宣言に、場が凍った。
数秒前の思いやりある暖かさなど吹き飛ぶようだった。
「調査を進めよ。不届き者を我が前に引きずり出せ」
「御意に従い必ずや」
皇帝からの厳命を受けグレイリュウガがかしずく。
イルンヌの街長を見事帝都まで連れてきたのは彼の功績だ。
「この指示は、ここにいる臣全員へのものじゃ。心せよ」
皇帝の追い打ちに居合わせる者たちの心は益々凍る。
「彼の者が心底帝国へ叛意を向けているならば、まさか蠢動はこれで留まるまい。同じような搦め手を、他の都市へも伸ばしているやもしれんな?」
皇帝の目が場を見渡す。
その場にいる何十人もの総督や領主。あの炭火のような目に睨まれたら肝が縮もう。
「どうじゃ、お前たちのところには来ておらんか? 来ていたら今すぐ告げよ。灯りの下に羽虫が寄るのは自然のこと。それを罪には問わん。罪になろうはずがない」
しかし……。
「それを捨て置き何もせぬは明らかな罪。イルンヌの街長は気づいた時には伝えようのない状況に追い込まれていた。これと同じ扱いはできんぞ」
後ろめたいことがあるなら今言え。
ここで言わず、あとになって判明したら許さん殺すぞ。
という感じに各権力者たちを脅している。
道理が通っているだけに反発のしようもない脅しだった。
「……今のところ、そのような不審者が我が領に出入りしている形跡はありません」
招待された実力者たちの中で、一際偉そうなオッサンが言う。
「しかし戻り次第徹底的な調査を命じましょう。何か見つかれば即時報告させていただきます。それが帝国への忠誠となりますれば……」
「我が街も……」
「我が村も……」
次々と追従する。
どうしてこんなに帝国各地の権力者たちが一堂に会しているか、説明をしておくべきだろう。
十二使徒のお披露目会。
それが今日だから。
帝国最強の精鋭たちを広く知らしめるために国内外の偉い人たちを呼び集める。
だから領主やら総督やら街長やら村長やら、周辺国の王族まで一堂に会しているのだった。
イルンヌ街長へのお裁きは、その前イベントになった。
「お披露目は半月先だって言ってたのに、随分時間かかったな?」
「事前の準備もある。イルンヌの街も放置するわけにもいかず兵士を派遣しなければならなかったからな。我らのように一っ飛びで行けない分時間もかかる」
「まあ、そうなんだが」
裁きの儀が終わったあと、俺はグレイリュウガと共に帝城内を歩いていた。
一連の出来事を総括するために。
調査などの意図も含めて今イルンヌの街では兵士たちが駐屯しているが、こっちで話がまとまった以上じき引き上げるはずだった。
「しかしそれ以上に皇帝陛下の意向が大きい。やはりあの人の判断は恐ろしい。十二使徒のお披露目というタイミングを利用して、全領主全総督の見守る中で裁可を下すとは」
たしかに恐ろしい心胆というヤツだ。
そのお陰でテレビもなければ報道機関もないこの世界で、帝国の意図を正確に、示すべき相手全員に示すことができたんだから。
しかも一挙に。
「帝国の厳正さ、懐の大きさが過不足なく伝わった。それでいて暗躍していた何者かの動きをけん制までしたのだから、やはり皇帝陛下のご判断には恐れ入るしかない」
たしかに。
帝国中のあらゆる権力者が『関わりない』と断言し、以降関わってきた場合は速やかに通報すると誓わされた。
誓いを破れば明らかな反逆者。
その危険を冒して正体不明の輩と通じるには、かなりの度胸がいるだろう。
「誰かさんの目的が帝国の支配基盤を揺るがすことなら、その目論見が阻止された上に動きまで封じられたことになる」
ここまで鮮やかに詰めてくるとは。
皇帝怖い。
「結局……、その誰かさんというのは本当に何者なのだろうな?」
グレイリュウガは深刻そうに言う。
「うん、まあ……」
「私が思うに、やはりレジスタンスの連中ではないだろうか? 我ら帝国に抗しようと裏で動きそうなのはアイツらぐらいのものだ」
と予想したくなる気持ちもわかる。
レジスタンスは『ビーストファンタジー4』にも登場していた組織で、帝国に対抗する地下組織。
帝国への復讐に燃える主人公セロをバックアップし、様々なご都合主義に辻褄を合わせる便利組織。
「俺は……、違うと思う」
たしかに帝国の支配体制を揺るがせようとする目的はレジスタンスに合致する。
しかし仮にも主人公側に属する正義の組織だ。
今回のように一般市民を巻き込む卑劣な計画を練るだろうか?
いやそれよりも決定的な確証があった。
イルンヌの街長から正気を奪っていた、黒いおどろおどろしい気……。
「あれは間違いなく死霊気……!」
獣神ビーストとも智神ソフィアとも違う別の神。
死神ノーデスを根源としている気だ。
何故あれが『ビーストファンタジー4』を基礎にするこの世界で発生している?
死神ノーデスの初出は『ビーストファンタジー8』からだろうに。
何かがズレ始めているというのか?
俺と妹と弟のように可愛いセロと、あと同期の友人たちさえ生きていれば楽勝と思っていた余生だが。
まだまだ警戒が必要だ。
「しかし、私は今回の任務でもお前の恐ろしさを思い知ったよ」
「え? そうですか?」
今回そんなに大したことしてないと思ったがな?
「お前はただ強いだけでなく、政治感覚も有している。だから今回、誰の犠牲もなく帝国に有利で治めることができた。私だけではここまで上手くいかなかったろう」
「それも問題あると思うけど?」
皇子様よ。
「最初にこの任務を賜ろうとした時、お前が付き添うと言った途端に陛下が許可くださった。その理由がわかった気がする。お前の行動を間近で見て学べということだったのだな」
「どうでしょう?」
「正直今回の一事だけで、すべてを学べたとも思えない。しかし一つだけわかったことがあるとして、お前という人材を大事にしなければ、これからの帝国の未来は暗いということだな」
いやいや。
そんな買い被られても困りますよ。
大丈夫だよ。帝国はアナタという真面目な皇子様がいて下されれば未来は明るいよ。
「いや、有能なる臣を珠のごとく愛するのも主君の務め。お前にはゆくゆく、我が右腕として力を振るってほしい。それで考えた」
「ん?」
「お前を厚く遇するのにどうするのが一番いいかとな。そこで得た案が、お前の妹セレンを我が妻に迎えるというのはどうだろう?」
ん?
「そうすればゆくゆくお前の妹は皇妃。お前自身は私の義兄として権力の中枢に就く。これ以上のよい席は他にない。ぐぼぉッ!?」
殴った。
何を言うんだコイツは!?
「セレンはまだ十三歳だぞッッ!?」
それを妻にってロリコンかコイツは!?
「ぐお……ッ!? いや、もちろん彼女が充分成長してからの話だが。二年後ぐらいでどうだ?」
「それでも十五歳じゃないか! 死ね!」
「おごふぉッ!?」
いやそれ以前に、いくつになったってセレンはお嫁になんかやらない!
ずっと俺の傍にいてくれればいいんだい!




