57 憑りつく死霊
「ん?」
街長の主張は、理解するのにちょっと時間がかかった。
というぐらいに突飛。
「どういう意味だ? お前を殺す? 私たちが? 何故?」
グレイリュウガもこの唐突な主張に戸惑うしかない。
しかし街長は半狂乱のていで……。
「皇帝は、逆らう者を一人残らず殺す! そのために十二使徒を組織したんだろう!? いや逆らうだけでなく、逆らおうと思うことすら許さない! だから私たちを殺すんだ!」
「おい話が見えんぞ? どういうことだ? もっと最初から順序だてて話せ」
落ち着いてな。
しかし街長は益々恐慌を見せて……。
「ダメだあああああッ!? お仕舞いだ! どっちでも殺される運命だったんだ!! 招聘に応じれば殺される! 応じなくてもそれを罪に問われて殺される! そういうことだろう!?」
「どういうことだ?」
埒が明かない。
俺は仕方なく周囲に視線を配って……、街長以外に居合わせた住人の……、今、目が合った彼。
「発言しなさいプリーズ」
「はッ、……あれはいつ頃だったか、何者かが屋敷を出入りするようになりました。誰なのか、いつから屋敷の出入りを許されたのか誰も知りませんでした」
なんだそれあからさまに怪しいではないか?
「しかし街長は随分気に入って私室にまで通すほどで、そんな大事な客人に粗相があってはいけないと皆見て見ぬふりをしていました。ですが、その客人が現れ、去っていくたびに街長の様子がおかしくなっていって……」
説明に曰く。
街長はどんどん臆病になっていき、何かの物音にまで怯えるようになっていった。
その様相は明らかに正気を失っていくようだと。
「決定的になったのは、帝国より招聘がかかった時です。無論我々周囲の者は、命に従うよう進言しました。でも長は頑なに拒否して……!」
「誰が行くものか! 行けば殺される! アイツがそう言っていた!」
「……と」
なんだそりゃ?
仕方ないのでもう少し街長に好きに喋らせてみる。
「アイツは私に忠告してくれた! 懇切丁寧に! 帝国は、領内の支配を完璧にしようと、目障りなものをすべて排除するつもりなのだ! お披露目会というのも我々を騙す方便で、のこのこ招集された各地の実力者たちを一挙に殺すことが真の目的だ!」
「なんだと!?」
アイツというのが、さっき説明された謎の人物のことだろうか?
「だから私は拒否した! むざむざ殺されてたまるか! 私は街から一歩も出ない! 出たら殺される!!」
「バカを言うな……!?」
グレイリュウガ、戸惑いながらも反論。
「誰に吹き込まれたのか知らんが、お前の認識は完全に間違っている。客人として招いた者を殺すなど、騙し討ちではないか。そんな卑劣極まりないマネを帝国はせぬ!」
帝国最強(実は皇子)の言うセリフだから重みがある。
「仮にそんなことをすれば帝国の信用は地に墜ち、孤立無援に追い込まれることだろう。それではあまりに悪手すぎる。それは街一つを治めるお前の政治感覚からでも読み取れるはずだ!」
「ウソだ……! 騙されんぞ、私は……!」
ダメだ。
この街長、恐怖が高じて疑心暗鬼に陥っている。
何を言っても恐怖が勝って聞き入れようとしない。
「…………」
ああ、まどろっこしい。
俺は街長の頭をガシリと掴んだ。
「!?」
「ダメだジラット! 殺すな!」
グレイリュウの逼迫した声がするが殺しはしないよ。
「智聖術<浄化>」
「ほえあああああッ!?」
智の聖なる気を流し込むと、その苛烈な気に追い立てられるように街長の体から、黒くおどろおどろしいものが押し出された。
「はあッ!?」
「なんだ!? あの黒いものは!?」
周囲も、思いもしない変事にただ驚愕。
一方注目の黒い何かは煙のように実体なく、街長の体から出るとすぐさま空間に解けて消えてしまった。
自分が何者であるかを示すことすらせず、謎のまま無になった……。
「え? あれ? 私は?」
そして体からなんか出てきた街長は、まさに元気溌剌。
「何があったんだ? 心が急に軽くなって……!? なんで私は今まで何にでも怯えていたんだ? 一体何が起こって……!? いや、今までが異常だったのか?」
正常に戻った彼は、なるほど一集落を束ねるに相応しい知性を持ち合わせているように見えた。
その開けた目でこっちを見る。
「もっ、申し訳ありませんッ!?」
といきなり土下座した。
霊体ネズミに群がられた状態で。
「私は何と恐れ多いことをしてしまったのか! 皇帝陛下の命に従わず、あまつさえ街を武装し反抗の意志さえ示してしまうとは! この悪行すべて私の責任です! この身八つ裂きにされようと民には責めを負わせないでください!」
「なんなんだ……!?」
思考がついていかずグレイリュウガは立ち尽くすばかりだった。
「グレイリュウガ様」
ヒトが周囲にいるから一応、様付け。
「街長は精神浸食を受けていたようです」
「精神浸食? 獣魔気で狂暴化するように?」
「大筋はそんな感じです」
ただし街長を狂わせたのは獣魔気じゃない。
獣魔気に精神を乗っ取られた人間は狂暴化する。獣のように。
ついさっきまでのような恐怖で震える精神状態にはならない。
むしろ獣なら死すら恐れぬようになるだけだ。
「彼に精神浸食したのは、その謎の人物で間違いないでしょうが……」
「ますます気になるな。街長よ。その者はいかような人物だったのだ?」
当人に聞くのが一番という感じで尋ねる。
今や正気を取り戻した街長ならば、何か有用な情報を聞き出せるかと思いきや。
「そ、それが……」
街長の返答は歯切れが悪い。
「お、覚えていないのです……!」
「なんだと?」
「どのような顔だったか……!? 思い出そうとしても靄がかかったようで……!? ただ来館の際の要件は、商品の売り込み……、いや許可を得るためだったか? でも何の許可を……?」
ダメだ。
街長め、少しも覚えておらんではないか問題の人物のことを。
これは彼自身が間抜けなためか、それとも……。
「一応、事は収まったとみるべきかな? なんとも釈然としないが……!」
この反乱騒ぎ。
何者かが裏で糸を引き、企図していたものだということはわかった。
しかしその誰かがわからない。
その辺たしかにスッキリしなくて気持ち悪いが、反乱自体は未然に防げたのだ。
『事が収まった』というグレイリュウガの状況判断は正しい。
「一歩間違えたら本格的に反乱と見なされ、この街は滅ぼされていたことでしょう。任務成功です。皇帝もさぞやお喜びになるでしょう」
「いや、まだだ」
俺が折角いい感じにまとめたのに。
グレイリュウガはまだ満足していないようだ。
「この街への沙汰を決めねばならん」
「えー?」
街長始め、イルンヌ街の関係者たちが一様にビクリと震える。
「謀略とはいえ皇帝陛下の命に逆らい、未遂ながらも反乱を企図していたことは事実。何もなしで終わらせるわけにはいかん」
「……いいんじゃないですかね? 被害は何もなかったんだし?」
「これを許せば帝国は侮られ、新たな反乱の火種となるやもしれぬ。逆らう者は徹底的に叩き潰すという断固さを示さねば」
逆らっても殺されないなら、いっちょ反乱やっちゃおうかな☆
と思う者を台頭させてはならないと。
まあ、帝国の日頃の姿勢からして『お咎めなし』はさすがにないか。
「作戦ターイム!!」
俺は大声を発し、グレイリュウガの腕を掴んだ。
「ちょっと向こうに行きましょう、作戦タイムです」
「なんだ!? 今まさに最後の仕上げだろう? 今更話すことなど……!?」
ズルズルと部屋の外へ引きずっていく。
裁きを受けるべきイルンヌ街の人々は置き去りにして。




