56 制圧の子鼠
そう時間が立たないうちに、街の中から悲鳴が聞こえてきた。
「うわーッ!? なんだ? ネズミ? ネズミーッ!?」
「なんか青白く光ってるぞ、なんだこれーッ!?」
「体によじ登ってくる!?」
「なんか齧るぞ!? うわ武器が!? 鎧がーッ!?」
「鼠に齧られて破損していくーッ!?」
俺の創造した霊体ネズミは、無限に増殖していく特性を持つ。
切ったり叩いたりして破壊しても、その破片断片一つ一つが新たな霊体ネズミとなって復活するし。
叩かなくても二十秒に一度のペースで分裂する。
よって今、街の中は数百匹の霊体ネズミがウヨウヨしている。
とても平静ではいられまい。
ヤツらはただの異変というだけでなく、実害を伴う。
「どんどん齧られていくーッ!? 木も、鉄も!?」
「剣が根元から折れちまった!? 鎧が穴だらけにーッ!?」
「おいよせッ! 叩くなッ!? ソイツらは叩くと増える!」
「じゃあどうしろって言うんだよ!? コイツらどうやって止めるって言うんだよ!?」
「どんな小さい隙間からも入ってくる!? 締め出すこともできない!?」
「きゃあああッ!? スカートの中にいいいいッ!?」
「食糧庫に入られたぞ!? ヤツら小麦の備蓄を食い荒らしてえええッ!?」
「やめてえええッ! 柱を齧らないでええええッ!?」
……。
そろそろ頃合いか。
「街に入りましょう」
「え? まさか制圧できたというのか?」
グレイリュウガも共に町の外から阿鼻叫喚を聞き取っていたが、さすがに事態を把握できずに困惑気味。
「抵抗勢力は完璧に無力化できたと思います。大丈夫ですよ」
「マジか……!?」
グレイリュウガと共に進入。
街の出入り口を塞いでいたバリケードも、ネズミどもによって齧り崩され、入出如意となっている。
街の中は、騒然としていた。
住人の一人一人に霊体ネズミが数十匹の単位で群がって『動いたら殺すぞ』とばかり。
武装の類はとっくに齧りはがされてるし、そんな鉄をも裂く歯で肉を齧られたらどうなるか。
その程度の想像力は田舎者にも働くのだろう、侵入してきた俺たちを睨むばかりで迎撃に動こうとする者はいなかった。
「そのまま動かないでくださいねー。霊体ネズミどもは俺の指示一つで肉も骨も噛み削るよー」
一応警告はしておく。
霊体ネズミをけしかけたのが俺であることもしっかり説明しておかなくてはな。
今ここに、イルンヌの街は霊体ネズミによって完全制圧。
「充分に理解しているつもりだった。お前という脅威を……!」
隣を並んで歩きながらグレイリュウガは言う。
「しかしまだまだ理解が足りなかったようだ。お前の必殺技は一対一でも極悪な威力を誇るが……、しかしその真価は集団戦でこそ発揮されるのだな!?」
そう。
無限に増え続ける霊体ネズミは言ってみれば範囲攻撃。
一定範囲内にいる者を根こそぎ排除できる。
数を誇る『群体』であるからこそ同じ数を制圧できる。この特性を用いうる獣性は、十二使徒の中では俺の得た『鼠』だけではないか。
「『鼠』はけっしてハズレ獣性じゃなかったでしょう?」
「群体であるという有利さはそれだけではない。攻撃単位としてのネズミ。その一つ一つに判断力がある。そのせいで攻撃するものと、そうでないものの判別が容易だ」
はい。
「そのおかげで街を制圧しながら死傷者が一人も出ていない。ネズミたちが武装類のみを限定して齧って破壊したからだ。その上で食糧や建物など、重要施設を襲って戦意を奪う。こんな鮮やかな都市制圧は見たことがない」
同じ範囲攻撃でも、魔法による炎や嵐ならとてもこうはならなかっただろう。
攻撃単位自体が判断力をもって……しかも恐ろしく細かい超多数の判断力で、攻撃目標を見分ければ。
壊していいものとダメなものが、柿の種とピーナッツぐらいに混在していても容易に選り分けられる。
敵集団の無血無力化こそ我が聖獣智式<鉄鉄奔鼠神蔵>の本領だった。
でもまあ、そのお陰で……。
「私の出番がまったくなかった……!」
グレイリュウガが黄昏ることにもなったが。
……ここまで鮮やかに制圧したら、たしかに余人が介入する暇もないよね?
でも大丈夫。
「アナタの出番はここからですよ」
「そうか?」
「そうです、ここが街長の邸宅ですね」
イルンヌの街中を我が物顔で進んでいて、すれ違う人たちは霊体ネズミに群がられて身動きもとれない。
そんな中街の奥まで行き着いて、遭遇したのがやたら立派な建物。
いかにも偉い人がご在宅中。
「たのもー」
断りもなく門を開けて入る。
屋敷の中にも入り、さらにその奥に……。
やたら神経質そうな細身の中年男がいた。
「アレが街長ですね……」
「ヤツも思い切りネズミに群がられているな。あれでは逃走も無理か」
そういうことです。
対して街長は、俺たちの入室を確認するなり……。
「ひぃいいいいいいッ!? ひぃぃいいいいいいいいいいいッッ!?」
恐怖に泣き叫んだ。
それでもネズミに群がられて逃げることもできない。
「情けない悲鳴だ。反乱を企図した時点で、敵との対峙も想定できなかったか?」
街長の部屋には他にも街の重役とか、親族とか、護衛の兵士とかが同室していたけれども皆、俺の霊体ネズミに制圧され身じろぎもできない。
恐ろしさが刻み付けられたことだろう。
ここが頃合いか。
「まずは自己紹介しておこう! 我々はこのたび制定された『帝国守護獣十二使徒』! 帝国最強の戦力となる十二人の怪物たち! そのうちの二人が俺とこちら!」
グレイリュウガをズビシと指し示す。
「この御方こそ十二使徒の第一位グレイリュウガ様にあらせられるぞ! 帝国最強集団の中でまた最強! 一番の中の一番! 天下無双! 万夫不当!」
「おい、なんだその不自然な持ち上げ……?」
「そして俺は第十二位のジラット!」
こういう公の場では幹部名で名乗っておく。
「十二使徒の、十二番目の男ジラット! つまり最下位! 下から数えて最初! どうぞよろしく! ちなみにキミたちを制圧している攻撃は俺によるものだから、そこもよろしく!」
名乗りはこれくらいでいいか。
「あれが十二使徒……!?」
「十二位? 最下位ってことは、つまり最弱……!?」
「最弱でこんなに強いってことは、あっちの第一位はどれくらい強いことに……!?」
「怖すぎる……!?」
よし、イルンヌ街の人々はいい感じに情報に踊らされておるぞ。
「いやあの、コイツは十二位ではあっても名ばかりというか……」
「グレイリュウガ様!?」
相手が勝手に誤解してビビってるというのに、わざわざ訂正してどうする?
とにかく今、相手が最高にビビっている瞬間がチャンスなのだ。
一気に畳みかけたってください。
話術で。
「これより第一位グレイリュウガ様より御言葉を賜る! 聞かれたことには速やかに答えよ!!」
「お前それ、どういう設定なんだ?」
「返答の一つ一つにこの町の命運がかかっているとしれい!」
黙れ。
俺がこんなに慣れない頑張りをしながらアンタを立ててやってるんだから察して。
俺の演技に乗ってアンタもこの場の最重要人物であることを許容してよ!
「うむ……!」
やっと空気を読んでくれた皇子様。
「イルンヌの街の長よ。皇帝陛下よりの招聘を無視し、我ら十二使徒のお披露目にはせ参じなかったのは何故だ? 理由を述べよ」
それ相応の厳かさで、皇帝よりの指示を無視した過ちを責め立てる。
ここから、この街の命運が左右されることになる。
返答次第で帝国はこの街を滅ぼすだろう。相手は悪の帝国だってことを忘れてはならない。
さすがに面子を潰されたら戦闘国家は成り立たないので、俺も無理に庇いだてはできん。
そして街長のアンサーは……。
「やっぱり……!」
ん?
「やっぱり言われた通りだった! 皇帝は十二使徒を使って私を殺す気なんだ! もうお仕舞いだ! うわああああッ!?」




