55 初任務
「それでいよいよ任務についてだが……」
「やっとですね」
やけに大きな遠回りをした気がする。
誰のせいだ?
「要するに要請を無視している地区の調査に行くんでしょう? で、判明したことに沿って対処、と……」
「最終的にはきっちり十二使徒のお披露目に列席させるか、さもなくば滅ぼすかだ」
滅ぼすはしたくないなあ……。
まんま悪の帝国の所業じゃん。
将来セロと戦わないためにもカルマはあんまり蓄積したくないのであった。
「……平和に行きましょうよ? なるべく血を見ないようにね?」
「それは相手に相談することだ」
「ですよねー」
さすが帝国最強にして皇子様。
グレイリュウガの判断力は冷徹さによって固められておる。
「具体的にはどこが反抗的態度を示しておるんです?」
「まだ言っていなかったか? ……イルンヌの街だ。帝都から案外近いな」
「ふーん」
あーあー。
あれね。
その街の名に聞き覚えがあった。
ソースはやっぱり前世。
『ビーストファンタジー4』はRPGであるから当然マップ上にいくつもの街が点在し、主人公たちの憩いの場、装備を購入してパワーアップする場所、そしてイベントの発生地点になっていた。
でもイルンヌの街もそんな中の一つ。
ただ、これといった特徴もない、いまいちパッとしない、記憶に残りにくい街だったと記憶している。
だって特徴がないんだもの。
イベントも起こらなければ売り物も充実していない。位置もメインルートから外れたところにあるので、何かのサブイベントの行き帰りに立ち寄るのがせいぜいというポジションだったはずだ。
それが転生後の世界で不穏な動きを見せている?
妙な違和感を覚えつつ、グレイリュウガとの打ち合わせを進める。
「とはいえ、ここでうだうだ考えても始まらない。一にも二にも現着することだな。そして相手の意図を直接たしかめる」
「あの……何かの行き違いで知らせが届いていないということは?」
「ないな」
ないんすか?
「お披露目の招集は、実のところ十二使徒選抜会より前にかけられているんだ。だから時間は充分あった。返答がないのを訝って追加の使者が送られたが、街の代表に会うこともできなかった。街に入ることすらできず門前払いを食らったという」
あー。
「だからこそ我々の出番だ。相手が強硬に出た場合問答無用でこじ開ける。十二使徒の力をもってな」
相手の意図はいまだ確定していないものの、この不穏な立ち振る舞い。
反乱であることがたしかなら断固たる処置をとらなければ。
ただでさえ侵略、支配の繰り返しで膨張してきた帝国はまだまだ不安定なのだ。
力ずくで従わされながら、いまだに反抗の意志をなくさずに、やり返す機会をじっと待ち続けている人々もいるに違いない。
そんな勢力に反撃の機運がガンガン飛び火していったら帝国は終わる。
というわけで危険は火種のうちに潰しておくのがもっともいい。
……での十二使徒直接出動なんだろう。
「どんな状況になっているにしろ、現場に行かなければ何もわからん。何よりまず向かうことだ。そうだろう?」
「御意」
「では行こう」
「行こう」
そういうことになった。
「ビーストモード!』
そしていきなり変身するグレイリュウガ様。
なんで?
この敵もいないスタート時点で最強戦闘モードになるとか何を考えてるの皇子様は!?
と思ったがすぐ気づいた。
ビーストモードになったグレイリュウガは、背中に翼を生やしている。
竜の翼を。
その翼で羽ばたいて、ふわりと宙に浮かぶ。
「まさか飛んで!? 飛んで行くつもりですか目的地まで!?」
『時は金なり。時間を惜しんで急ぐことが有能だ。空を飛んで行くことが可能なら、それを実行しないのは怠慢というもの』
真面目だな、皇子。
たかが移動のために十二使徒最強の姿を晒すという労力の惜しまなさ。圧倒感漂う。
「わ、わかりました。じゃあ俺のことも運んでくれますよね?」
だって俺飛べないし。
手か足にぶら下がるとかして一緒に連れててくれるんですよね?
そう思って手を伸ばした矢先、グレイリュウガの竜の目がニヤリという感じで撓んだ。
「…………まさか?」
『何を甘えたことを言っている? お前も十二使徒の一人。場所移動くらい自分の力で成し遂げよ』
マジか!?
コイツ俺のこと置いて自分だけ飛んで行くつもりか!?
『そうだ、この際一つ勝負というのはどうだ? どちらが先にイルンヌの街に到着できるか?』
「テメエッ!? 御前試合でボロ負けしたこといまだに根に持ってやがるな!?」
『根に持っていないわけがなかろう?』
だからって、こんな些細なところで、どうでもいい勝負を挑んで!
それで勝って満足するんですか皇子!?
『お前は地上をノロノロ這ってくるんだな。目的地でゆっくり待たせてもらうぞ』
「卑怯おおおおおおおッ!?」
俺の抗議をあざ笑うようにグレイリュウガは、竜の翼をはばたかせ遠くの空に消えていった。
「ちっくしょおおおおおおおッッ!?」
走る俺。
全力疾走で城門を出て帝都脱出。そのまま問題のイルンヌの街に向かう。
そのケンカ買った!
絶対地上を駆け抜けてアイツより先に到着したる!
俺は一陣の風になって走った。
◆
「何故お前が先に到着している!?」
「頑張って走ったからさ!」
勝った!!
空を飛ぶという超絶卑怯なグレイリュウガに地上を走って追い抜いたぞ!
おかげでめっちゃ疲れたけど!
全身から流れる汗が止まらない! 脇腹痛い!
「向こうに見えるのがイルンヌの街だな」
「その前に水飲ませて……! 待って……!」
何事もなかったかのように進めるな……!
自分が負けたからって……!
「思った以上の状態だな。事態は我々の認識よりも切迫しているのかもしれん」
「えー? ……あ?」
俺も街の状態を確認して驚いた。
俺たちはまだ街の中へ入ったわけではなく、ちょっと離れたところから様子を窺っている感じ。
従って確認できるのはせいぜい街の外観程度だが、それでも充分偉いことになっているのがわかった。
「出入り口にバリケード……!? その上で武装した見張りが、ひーふーみー……!?」
「周囲も急ごしらえの柵で囲ってある。明らかに戦闘準備だ。まるで誰かを迎え撃とうとしているような……?」
この場合、誰を迎え撃とうとしているかは明白。
帝国軍。
「まさかイルンヌの住人は本気で反乱を企てているのか? あそこまで物々しい気配はそうとしか……!?」
しかしあの程度の防備では、帝国軍に攻められたら一瞬持たないでしょう。
所詮素人の本気など、玄人の鼻歌交じりに叩き潰されるシロモノだ。
しかし本気であることは間違いない。
「ここで心底の反乱を企てているなら、即座に鎮圧しなければ……!」
グレイリュウガの体から獣魔気が吹き上がる。
彼にかかれば、ちょっとイキッた一般市民数百人など、それこそワンターンキルだ。
「いやいや! 待って待って待って!!」
それはヤバいので慌てて止める。
俺はできる限りスマートに収める主義だ。
スマートとは人死にを出さない、血を流さないこと。
「あのようなザコに第一位の手を煩わせるなど恐れ多いこと。この第十二位にお任せくださいませ」
「それ本気で言ってるか?」
その目はまだボッコボコにされたことを根に持っている目だった。
しかし仕方ない。
俺ならばあの殺る気満々の街を、死者なく怪我の一つもなく開城させることができる。
俺は手に力を集め、聖獣気を発生。
それをこね上げ、一匹の獣の形に仕上げる。
「よしできた」
それは霊体ネズミ。
聖獣気で作り上げた疑似生物。
「うおッ?」
ソイツに強烈なトラウマを植え付けられたグレイリュウガは、さすがに一声を我慢できない。
「では頼むぞ」
『チュウ』
霊体ネズミは俺の掌から飛び降りると、タタタッと駆け出していく。
平原にも紛れてしまう小さなアイツに気づくことは難しく、柵やバリケードでも隙間があれば簡単にすり抜けられる。
結果、一匹の霊体ネズミは簡単に街への侵入を果たした。




