54　グレイの秘密

「私を憐れんでいるのか？」

　グレイリュウガは俺に敵対的だった。

　無理もないか。

「いやそれとも嘲っているのか？　お前に負け、帝国最強の座から崩れ落ちた私が、さらに地べたでもがき苦しむ様を近くで見物しようてか？」

「そんな暇じゃないですよ」

　こちとら謁見が終わって直後、キレたフォルテに詰め寄られたんだぞ。

　任務が終わったら今度こそ二人だけでパーティすると約束し、加えて煙が出るほど頭を撫でてあげてようやく機嫌を直してくれたんだ。

　なんでそこまでして野郎二人の任務に就かなきゃならんかったのか？

　ホントなんで？

「わかっている。嫌がらせしたかったのだろう？」

「嫌がらせ？」

「私はお前に負けたことで面目を失い、失地回復に躍起にならなければならなかった。今回の任務は最初の好機。しかしそれにお前がしゃしゃり出たことで台無しになった」

　ひでぇ言い方だなあ。

「お前が共にいれば、任務成功したとしても手柄はお前のもの。今はお前が上り調子、皆そういう方に注目するものだ。私はお前の陰になる」

「汚名返上を狙うアンタの目論見は潰される、か……」

　ふざけんじゃないですよ。

　そんな暇じゃねえって言ってるでしょう？

　なんでフォルテのご機嫌を損ねてまで、そんな粘着質な嫌がらせせにゃならんのか。

「あんなに必死にしてたら助け舟も出したくなるじゃないですか。少しぐらいヒトの好意を素直に受け取ってください」

「助け舟……？」

「そもそも、今回の任務程度で失敗を取り戻せると思ってるんですか？　栄えある帝国最強が完敗を喫したんだ。その失点はアンタが思う以上に大きい」

「う……ッ？」

「たかだか一小地区の反乱……かどうかも確定していない雑事。失地回復にはとても足りませんよ。皇帝は、いずれアナタの名誉を回復する舞台を整える気でいたんでしょう。それを待てずにアンタは小利に飛びついた……」

　その軽率ぶりには皇帝も頭を抱えたことだろう。

「謁見の場で、皇帝は容赦なくアナタを罵りましたがその気持ちもわかりますよ。いずれ自分のあとを継いで帝国を背負って立つ者が、ここまで目先のことしか見通せないなんて」

「……ッ!?」

　そこまで指摘してやると、やっとグレイリュウガは事態を把握しワナワナと震え出した。

「私は……、またあの御方の期待を裏切っていたのか……!?」

「俺の見ていられない気持ちをわかりましたか？」

　実際両者の心境を察して割って入れるのはあの場に俺しかいなさそうだったし。

　余計なお世話をしてほしくないなら揉め事なんか起こさないでくれ。

「くッ、私はまた……！　一体どうすればあの方から失望されずに済むというのだ!?」

「差し当たっては買って出た任務をしっかりやり遂げることですね」

　それができなきゃいよいよ見限られますばい。

「できることを一つずつこなしていけば皇帝だってアナタを評価するでしょう。何のかんの言って可愛い息子でしょうから」

「そうだろうか？」

「そうでしょうよ。お父上を信じておあげなさい」

「うむ……!?」

　…………。

　……。

「いやちょっと待て、お前今なんと言った？」

　気づくの遅いなあ。

「お前……!?　知っているのか？　私と陛下の間柄を……!?」

「親子でしょう？」

　これ言っちゃいけないヤツでしたか？

「何故知っている!?　ごく限られた者しか知らない秘密を!?　どこで知った!?　何故……!?」

　襟首を掴まれガクガク揺さぶられる。

　こんなことしてくる人がマジにいたんだな。

「すみませんッ!?　誰にも言いません!?」

　俺が知った経路も言える事柄じゃないし。

　もちろんソースは前世さ。

『ビーストファンタジー４』でグレイリュウガを倒した直後に判明する事実だ。

　主人公に倒され、事切れる寸前のグレイリュウガが皇帝を『父上』と呼ぶ。その直後に皇帝、獣魔気に身も心も支配されつくして怪物化し、みずから息子を食い殺すのはラストバトル前の衝撃的なシーンだった。

「……本当に底知れん男だ。いいな、誰にも言うなよ？」

「秘密だったんですか……？　それは知らなかった……!?」

「発覚の順番がおかしいな!?」

　すみません。

　ゲーム知識だけだと色々前後してしまいます。

「…………現在、皇帝陛下には実子が一人もいないことになっている。陛下ももう御歳だ。それゆえに不安要素になりつつあるな」

　皇帝の子ども……即ち後継者の不在は。

　そりゃそうだ、こんな情勢で皇帝が身罷ったら『次の皇帝は誰だ？』ってことで一揉めも二揉めも三揉めもあるだろう。

「アナタが皇子様だって告知すれば一発で収まるんでは？」

　考えてみれば帝国最強で名高いグレイリュウガが皇子様で次期皇帝最有力とか。

　整いすぎて震えが来ますわ。

「……私の上には、四人もの兄がいた」

「え？」

「本当なら父を継ぎ次期皇帝となるのは兄のうちの誰かだった。しかし、皆死んでしまった」

　何それ俺は知らない。

　ゲーム上では語られなかった裏設定か？

「死んだって、よくある後継者争い？」

「そんなことはない。ベヘモット帝国は弱小国家から始まったのでな。兄たちは、常に崖っぷちにあったこの国を、力を合わせて守らんとしていた。一致団結して」

　ロイヤルファミリーといえば権力に取りつかれて骨肉相食むのが当たり前みたいなイメージがあるが。

　そんな中でも珍しく仲のいい兄弟だったらしい。

「じゃあなんで……？」

「全員戦死だ。ただ敵に討たれたのではない。身にまとった獣魔気に蝕まれ、戦場にて正気を奪われた。荒れ狂う獣となって退くという選択肢を失い、進むだけ進んで敵兵に囲み殺された」

　立て続けに四人も。

「酷い時には敵を全滅させてなお戦いを求め、挙句味方を襲い。自国の兵士を数百人引き裂いた末に力尽きた兄もいた。すべて獣魔気のせいだ。獣魔気が兄たちから心を奪った！」

「いやでも……!?」

　たしかに獣魔気には、そういう作用もある。

　本能、獣性をつかさどる獣神ビースト。その吐息ともいうべき獣魔気が人に宿れば理性を奪い、平静さをかき乱し、ついには獣と同じになってしまう。

　そういう事例は数え切れないほどある。

　ガシやフォルテといった仲間たちや妹セレンもビーストピースを埋め込まれた直後荒々しくなり人が変わったようになった。

　皇帝自身も長年獣魔気に蝕まれて正気と狂気の境目を彷徨っている。

　その均衡が破れた時『ビーストファンタジー４』のラスボス皇帝は完成するんだろう。

　作品を『４』に限定しなければ、同じような事例は枚挙にいとまがない。

「それでもそこまで顕著な事例は……。いくら獣魔気に理性を奪われても、死ぬまで戦うんじゃ強くなっても意味がない……！」

「父上が言うには、皇族だけに限定された獣神の呪いだとか。同じ獣魔気でも皇族に宿るものは特別なのだと。より凶悪に精神を蝕むのだと」

　それによって愛する息子たちを死なせ、絶望する皇帝の心を砕いてより早く獣に堕とそうと……？

　獣神のおぞましい計略。

「そのことがわかってきてようやく対策が打たれた。しかし時遅し、最後に残ったのは末弟である私一人。皇帝の子にだけ特別な狂化獣魔気が及ぶなら、皇子であることを隠して育てよう。そういうことになった」

「え？　そんなことで？」

「そう、そんなことだ、しかし意外にも目論見は上手くいった。遠い田舎に預けられ、皇子であることを隠し、ただの地方貴族の養子として育てられた私に獣神の悪意は及ばなかった」

　幸いにも病気一つなく健康にすくすく育ったらしい。

「しかし私は、その事実一つに甘んじなかった。皇帝の……父の役に立てるようひたすら自分を鍛え、獣魔気の影響をはねのけられるよう強い精神力を養った。血を吐く努力の末に帝国最強となって皇帝に寄り添うことができた。息子としてでなく腹心として……！」

　帝国最強グレイリュウガに、こんな秘められた物語があったとは。

　むしろコイツが主人公みたいじゃないか。

　本来の主人公であるセロにも業の深さで負けていない。

「でも、そんな事情があるならどうして十二使徒に？」

　皇子にとって獣魔気は危険、それで身分を隠してまで遠ざけたんならわざわざビーストピースを得て特濃獣魔気を得たのは本末転倒じゃ……。

「皇子としての義務を果たすためだ。ただ生き残ったのでは意味がない。私は父から皇帝の座を継ぎ、帝国を子々孫々に亘って繁栄させるために生きている。そのためにも獣魔気は克服しなければならない」

　だからあえてビーストピースを取り込んだ？

　ビーストピースの特濃獣魔気を得てなお理性を揺らぎもしなければ、皇子だけに取りつく狂化獣魔気にも対抗できると？

「すべては順調だった。お前が現れるまではな」

「えー？」

「完膚なきまでに敗北し、私はまだ父の座を継ぐ資格がないことを悟った。……何故お前にここまで話しているかわかるか？」

　は？

　言われてみればたしかに釈然としませんな？

　赤の他人である俺にここまで内情を晒すなんて、本気？

「お前が我が出生の秘密を知らなければ、ここまでベラベラ喋らなかった。しかし知っているともなればいっそ事情を明かし、事の重大性をしっかり悟らせた方がよいと思ったのだ。『喋ったら殺す』などという脅しも通じんしな」

「なんかすみません……!?」

　殺そうとしたら殺し返されるほど俺が強くて……!?

「いいか！　こうなった以上は全力で協力してもらうぞ！　私が父の跡を継ぐため、より相応しい器となるために！　我が成長を援けろ第十二位ジラット！」

「かしこまりました皇子！」

「だから皇子言うな!!」

　奇妙なことに巻き込まれつつ、これから初任務開始です。