50 祝勝会
なんや気づいたら皇帝から信頼されるようになっていた俺。
それはともかく……。
「皆無事十二使徒になれたことを祝して……!」
「「「かんぱーいッ!!」」」
あの長く苦しかった選抜会より明けて翌日。
共に戦い抜いた同期の仲間。ガシ、セキ、レイ、そして俺とで集まりささやかな祝いの宴が開かれていた。
家族でのお祝いは昨日のうちに済ませたさ。
俺とセレン。兄妹揃っての大幹部入りを両親は狂喜してくれた。
なので今日は友人同士のパーティにシフトできる。
セレンも今日は精鋭候補生の友だちの間でおめでとう会を開くそうでそっちに行った。
だから俺も野郎の友人同士で飲んでいられる。
酒場の一角で卓を囲む。
帝都だもの。酒場ぐらいそこかしこにあるさ。
「しかしめでたい! オレたち全員揃って十二使徒入りとはな!」
巨漢ガシが言う。
早いペースで飲んですっかり出来上がっているようだ。
俺たち全員今年で十五歳だが、この世界ではそれが成人の年齢。帝国に役立つ強者と証明されれば酒も飲めるし結婚もできる。
だから問題ない。
問題ないんだ。
「ジラは確実だと思ってたがな。……まさかオレたちまで合格できるとは思ってなかった」
「なんで俺だけ確実なんだよ?」
「できる限り生き残って、誰か偉い人の目に留まれば出世も早まると思ってたんだけどもよ……。いきなり大出世だよ! 夢が一気に近づいたよ!」
十二使徒ガシープとなったガシ。
そのテンションは高い。
酒の勢いも手伝って十二使徒入りの喜びを隠しもしない。
「……ガシの夢って?」
「それはオイラから説明いたしやしょう」
何故セキから?
「アニキは自分の育ったスラムに、孤児院を作るのが夢なんすよ。そこに捨てられた子どもを集めて養うんです」
「ふぇええ……!?」
なんと立派な。
名士じゃないか夢が。
「バカ野郎、そんな立派なもんじゃねえよ」
本人が照れ臭そうに安酒を煽る。
「ただガキどもを集めるんじゃねえ。鍛えて立派な兵士にしてやるのよ。スラムの孤児は大抵強く育ちそうにないって親から捨てられたヤツらだからな」
帝国の闇。
「それが間違いだってのを証明してやるんだ! ひょろっちいガキでもたくさん食わせて運動をさせればムキムキになるって実践してやるのよ! そうすれば道端で飢えるガキもいなくなるしな!」
スラム改革。
それが同所から出世街道を駆けのぼったガシの抱く夢だった。
俺と同じ年のくせに、そんな立派な考えをもって生きているなんて。
将来のことなど何も考えずにボケーッと生きてた俺と比べちゃうだろうが。
「本当お前は俺の劣等感を刺激するな」
「なんでッ!?」
「旦那ほど劣等感から遠い人もいないと思うんですが!?」
そんなことないよ。
常いかなる時も劣等感に苛まれているよ。
「えーっと……、レイはどうだ? 十二使徒になってなんか変わった?」
妙な空気となったので話題を変えてみた。
レイ改め、十二使徒レイナイトは……。
「まあ、実家は喜んでくれた……。あと主家の方からも慶賀が伝えられてな」
「ああ」
レイん家は貴族だからなあ。
そうした主家分家のしがらみはどうしても抜けられない。
「ギリー様を処分したおかげでお家断絶の最悪事態は免れそうだ。その上で十二使徒に就任した私の口添えが欲しいんだろう。私も率先して主家の立場が守られるよう尽力するつもりだ。それがギリー様を止められなかった私の償いでもある」
相変わらず真面目なヤツだった。
「しかし私の目は開かれたぞ! ジラ! キミの言葉は私の胸を打った!」
「え? 何の言葉だっけ?」
唐揚げにかける用のレモンは、絞らず皮ごと口に放り込めってヤツ?
「忠誠心は、民に捧げられるべきだという言葉だ! 皇帝陛下ですら国の存続に尽くし、国家に忠誠していた! 私もまたそれに倣い、民にこそ忠誠を払う所存だ!」
「あー」
まあ飲め。
こういう面倒くさいのは酔わせて紛らわせるのがいい。
酔ってさらにタチ悪くなる可能性もあるけど。
「はあー、皆さん立派な目標があっていいすねえ」
セキが虚しそうにチビチビ飲んでいた。
「そういうお前だって何かデカい夢はねえのかよ?」
「ないっすよお。オイラなんかの小男は大樹の陰に寄ってつつがなく暮らすだけで満足っすから」
外見通り実に慎ましい男だった。
「今回だって出世したアニキか旦那に取り入って、太鼓持ちになれたらそれでよかったんですよ。なのにオイラ自身が大幹部って、荷が重い~……!」
と突っ伏してしまった。
……たしかに自分自身が前に出てくタイプじゃないよな、お前。
「そう悲観するなよ。お前の能力が十二使徒の役に立つ時が来るって」
「どんな状況で来るんすかー? 十二使徒なんてガッチガチの実力派集団じゃないすかー? 口八丁手八丁だけのオイラになんか務まらないっすよー?」
セキは十二使徒に選ばれたことに困惑のご様子。
ビーストピースを得たことで生えてきたウサ耳にも困惑していたし、彼にとって十二使徒入りは災いの種でしかないようだ。
そのウサ耳が、小男セキの頭の上でピコピコ揺れていた。
『ここだけ見ると可愛いんだがなあ』と絶対考えてはいけないことを考えてしまう。
そのウサ耳が、なんかくるっと回った。
右の方に。
「なんだ?」
まるで指向性マイクが特定の音声に反応したかのようだった。
それに呼応するようにセキは立ち上がり、席を外してツカツカと歩く。
向かうは別のテーブル。
そこに座る酔客数人、その肩にポンと手を置いて……。
「キミたち、何話してたの?」
セキはニヤリと笑った。
「このウサ耳伊達じゃなかったんすねえ。こんな大人数が賑わう酒場の、一人一人の話し声までクリーンに聞こえますよ。……キミたちレジスタンスだね? 食糧庫を襲う計画たててたでしょう?」
数分後、駆けつけてきた警備兵に引きずられていく犯罪計画者たちを見送った。
そして再び飲む。
「お前のウサ耳すげえ役立ってんじゃねーか!? 内緒話超聞き取れるじゃねえか!?」
「早速手柄を立てるとは……!? 十二使徒全体としても初手柄なんじゃないか? それをセキがとるとは……!?」
すっごいやる気があるヤツと捉えられても仕方ないよね?
セキ自身はそのことに遅ればせながら気づいて絶望していた。
いやしかし、改めて見たら何だこの場は?
男どもが暑苦しく集まって酒を飲みながら夢を語り合うなんて、まるで若者じゃないか。
若者か。
「じゃあ次はジラの番だな」
「えッ、何が?」
「仲間内で一人一人夢を語ってるんだから、全員を聞かなきゃ終わらないだろ? 残るはお前だけだぞ。ほれ言ってみんしゃい」
この男内だけの飲み会のノリ。
「そうだなあ、当面の展望としてはお前らに精神制御の修法を覚えさせる」
「いきなり堅実なのきたっすねえ」
そうしないといつまた獣魔気に精神を支配されるかわからんしな。
そのつど俺が智聖術で押さえるのも面倒だし、同僚には是非とも独力のみで特濃獣魔気を制御できるようになってほしい。
「あ! でもその延長で旦那から、ちせーじゅつってヤツを倣うってのはどうすか!?」
「いいじゃねえかそれ! オレたちもジラみたいなことができれば最強だぜ! グッドアイデア」
そうなったらいいのにな。
「でも無理なんだなこれが」
「「「ええー?」」」
何度も言うが、獣神ビーストの『獣』の力と智神ソフィアの『智』の力は本来対極。
特に獣神は敵対する知性を極端に嫌っている。
だから既に獣魔気を帯びている者は反発が起こって智聖術を習得できない。
どうしても両方を兼ね備えたければまず智聖術を極めてから、その力で獣魔気を制御するしかあるまい。
この俺のように。
「十二使徒になっちゃったキミらは後追いで智聖術覚えられないだろうねー」
「なんだよ上手くいかねえなあ!」
できるのはせいぜい獣魔気の精神浸食を制御することぐらいだろう。
世の中そんなもんだ。
「直近の話もいいが、ジラは将来的な目標はないのか? 元々そんな話だろう、お茶を濁さず教えてくれ」
「ん?」
そうだなあ。
俺の望みは何より平穏に生き抜くこと。
『ビーストファンタジー4』のシナリオを後追いするこの世界。そのまま行けば破滅しか待っていない。
俺一人が破滅を逃れればそれでいいと思っていたが、妹セレンまで十二使徒入りしてしまった。
あの子を死なすわけにはいかないし……。
セロのこともある。
『ビーストファンタジー4』主人公である彼とも修行場で共に過ごして今では愛している。弟のように思っている。
そんな弟とこれから戦う運命だと思うと……。
家族や友人の過酷な未来を思い、そのすべてを無傷で切り抜けたいと思うと。
「不安でたまらない……!!」
「「「ええッ!?」」」
周囲が騒然となった。
「なんでだよ!? 今まさに順風満帆だろオレたち!?」
「特にキミは最強クラスでもっとも輝かしいルートが約束されてるようなものだろ!? 何故そこで心配に!?」
「しかも泣いてるっすよ!? 何をそこまで憂うっすか!?」
世界の平和かなあ。
思い出すと一々心配すぎて飲まなきゃやってられなかった。
皆で飲んだ。
騒いだ。
騒ぎすぎて店の人に怒られた。
謝った。




