47 猖獗を極める
『えッ、<エクスイエロ>ッ!!』
『<イエロヴァルキリー>』
『<エクスアイレ>ッ!!』
『<アイレルドラ>』
『<エクスプロシオン>ッ!!』
『<プロシオンプロメテウス>』
グレイリュウガがどれだけ最上級魔法を使ってきても、さらに上の超最上級魔法で押し返す。
いずれも『ビーストファンタジー9』で追加される新魔法。『4』の住人であるグレイリュウガには理解を超えるシロモノだった。
いずれも同系同質ながら、威力だけはこっちが上なので正面衝突してもこっちが勝つ。
相殺しきれなかった分が漏れなくグレイリュウガに直撃するのだった。
『がああああああッ!?』
それでも致死傷に至らぬどころか大したダメージにもなってない風が恐ろしい。
全身を覆う竜の鱗が強固なる故だった。
ビーストモードはやっぱり伊達ではない。
『……いや、実際大したもんだと思うよアンタは』
俺は素直にそう思う。
『そうやって最上級魔法を連発してくる点一つとってもそうだ。本来知性の産物である魔法は、獣神ビーストの生み出す獣魔気と相性が悪い』
だから獣魔気を帯びると必ず、魔法に関わる効率が悪くなる。
実際使用も威力が落ちるし、修得スピードだって遅くなる。
『とりわけビーストモードになったら賢さが極端に落ち、魔法なんてまったく使えなくなるはずなんだがな。お前がその姿で魔法を使えるのは、獣魔に侵食されてなお際立つ知力を持つ証』
知力のごり押しで獣化と魔法使用を並立させるなんて『ビーストファンタジー』シリーズ全体を見渡してもグレイリュウガぐらいのものだ。
それだけヤツは類まれなる才能の持ち主だと言えるんだろう。
そして同時に……。
『お前は獣魔気の狂暴性に支配されていない』
ということでもある。
『獣魔気に必ず伴う精神浸食。……狂暴に、残虐に、心を獣に近づけようとする作用』
さっきまでフォルテやガシども、妹セレンも苛まれていたものだ。
ビーストピースを貰った傍から。俺が智聖術で処置しなければ心が狂暴性に支配されて、それこそ悪の大幹部と化していただろう。
『お前はそれすら制御し、みずからの理性を保っている。その姿で魔法を使えているのが何よりの証拠だ。心が獣となっていれば魔法を使うという発想自体が出てこない』
『何が言いたい……? 今更おべっかか?』
そうだな、少し言い方が回りくどかったか。
つまり俺が何を言いたいかというと……。
『さっきセレンをいたぶったのは獣魔気による狂暴性ゆえではなく、間違いなくお前自身の意思によるものだった』
ってことだ。
『俺の可愛い妹を苛めてくれたのは、お前の罪。獣魔気に責任転嫁できない。絶対に許しはしないぞ。泣くまで殴り続けてやる』
『……ッ!?』
『ってことを言いたかったのさ』
さあ、お遊びはこれぐらいにしておこう。
ここまではまだ魔法による小競り合い。聖獣モードの本領を発揮してない。そいつをやらないと何のために聖獣モードになったかわからないからな。
『……くッ! くはははははははッ! あーっはっはっはっはっはッ!!』
なんか唐突に笑い出した?
『いいだろう認めよう! ジラットお前は、私の想像を遥かに超える強者であるらしい! 単純な武力だけでなく知識も、心胆も! もうお前を格下などとは思わない!!』
判断遅いなあ。
『今から私こそが挑戦者だ! この私の全力をもってお前に挑む! 見るがいい! これこそ『竜』のビーストピースを得て私が辿りついた最強の暴力だ!!』
グレイリュウガが大きくなった。
『さらに変身したあ……!』
『これこそビーストモード第二形態! より獣性を解放した私の力は先ほどまでの比ではない! これが正真正銘私の最後の切り札だ!!』
そうそう。
コイツ二段変身するんだった。
ゲーム時はそれが面倒くさいことこの上なく、『倒した!』と思ったのにさらに強くなって復活するから厄介すぎる。
二段変身、三段変身持ってるヤツとのバトルは必然長丁場になるからな。
一回戦闘が終わるたびにバフも解除されるし。回復もさせてくれないし。
要するに嫌いってことだこういう敵!
二回目の変身を果たしたグレイリュウガは、さらに人間だった頃の面影を失い、怪物に迫っていた。
かろうじて手足のあるシルエットは保っているものの、さらに太く、巨大になって巨人の様相を呈していた。
膜翼だけでなく尻尾まで伸び、顔は前面に突き出し口は耳まで避け無数の鋭い牙が並ぶ。
ヤツが得た獣性、『竜』に限りなく近づいている。
『普通そこまで獣性を解放したら、理性が完全に消し飛び二度と元に戻れなくなるもんだがな』
その不可逆を可逆にすることこそグレイリュウガ鋼鉄の精神力。
やはり帝国最強は伊達じゃないなあ、……って何度も言ってるけど。
『全身を覆う鱗の硬度も増した! 遥かに! もうお前のいかなる攻撃も通じないぞ!』
『<リアマヘスティア>』
『あっついッ!?』
なるほど。
火炎魔法超最上級<リアマヘスティア>でも軽く炙った程度にしか効かない。
二回も変身した成果はあったようだ。
『お前の持つ獣性「竜」の力が効いているな。同じようにビーストモードを突き詰めたとしても、他の獣性じゃそこまで堅くはならない』
『お褒めにあずかり光栄だ。さあお前にこの鱗を突破できるかな? 次はお前が、隠した力を見せてみろ!!』
そうだな。
まだ俺は聖獣モードの真の力を発揮していない。聖獣モードになりながら、使用しているのはいまだに智の部分が多い。
『お前に「竜」の力があるならば……』
『ん?』
『俺にも授かった獣性がある。「鼠」の力』
『そうだったな。聞けば聞くほど哀れなヤツだ』
あッ、今ネズミのことバカにした?
後悔することになるぜ?
『ネズミといえばこの世でもっとも小さな獣。家に忍び入り、食物を密かに食い荒らすことしか能のない。そんな小物の力を得て何の意味がある』
『これだから王子様は、下々の悩みを理解できておられませんなあ?』
皮肉たっぷりに言ってやる。
『それこそもっとも深刻な獣害じゃないか。人の食い物を横取りして甚大な被害を与えるものこそネズミだ。人間をもっとも悩ませ害あるのがネズミかもしれんな』
『うッ……!?』
『そんなこともわからず国を治めようというのかい?』
十二使徒がそれぞれ象徴する獣性。
その中で『有害』という点もっとも抜きんでているのがネズミかもしれない。
『そのネズミの獣性を得たのが俺だということに、アンタらはもっと絶望すべきだ』
俺は掌をかざす。
身を覆う青白い聖獣気。それを掌に集中させ適量、手の上でこねる。
『何をしている……!?』
『よし出来た』
形を整え、聖獣気は割と具体的な形を帯びていた。
小さなネズミの形に。
『聖獣気を操作し、疑似的なエネルギー生命を作り出した。霊獣とでもいうべきかな』
さあ行け。
俺の手からピョンと飛び降りた霊体ネズミ。
ネズミならではのすばしこさで走る。
目指す先は恐ろし気なる巨体グレイリュウガ。
『何のつもりだ!?』
グレイリュウガは足を踏み下ろし、走る霊体ネズミをグチャリと潰してしまった。
一回で当てるとはさすが。
『ふざけているのか? こんなお遊びで私を惑わすか? 何がしたいのかまったくわからんな!?』
『ふざけていないし、すぐにわかるさ』
お前がこれからどんな惨たらしい目に遭うか。
『ネズミ算とかいう言葉があるだろう?』
『あ?』
『あれは、ネズミが凄まじい勢いで繁殖することからできた言葉だ。一度の出産で十匹近く、その子も一ヶ月程度でさらに子を産む。殺しても殺しても増え続け、根絶することなどできない』
ほら、お前の足元をよく見ろ。
踏み潰した霊体ネズミが……。
二匹に増えて復活したろう?
『なッ!?』
『俺に宿った「鼠」の獣性を受けて生み出された霊獣は、その特徴をもって無限に増殖する。二つに斬り裂かれれば、その断片それぞれが再生し二匹になって復活する』
砕いても砕いても。
増えながら復活するから攻撃する前より状況が悪化する。
これが俺の生み出した霊体ネズミの恐ろしさ。
『グレイリュウガさんよ。たしかにアンタの得た「竜」こそ最強の獣性だろう。力は強いし表面は堅い。まさしく最強だ』
でもな。
それだけが強さの種類じゃない。
『叩かれようと殺されようと、それを超える繁殖力で数を増やし群れとなる。数は立派な力だ。一個一個が弱くても千匹万匹ともなれば最強の一を滅ぼすこともできる』
そもそもそれは人間の持つ強さでもある。
群れ助け合って自然界を生き延びてきた人間。その人間に生まれながら個の強さに拘泥しすぎた。
そんなお前は負けて当然だ。
『うわああッ!? やめろッ! まとわりつくなッ!?』
その間もグレイリュウガは俺の忠告も無視し、まとわりつく霊体ネズミへの攻撃を繰り返していた。
叩いて砕ける。
しかし砕けた破片の分だけ増殖しながら復活する。
最初は一匹だった霊体ネズミもあっという間に数十匹に増えていた。
もう既に立派な群れだ。
その全部がグレイリュウガへ向かう。
『当然、ただ増えるに任せるだけじゃないんだぜ?』
霊体ネズミを作ったのは俺だ。
だから新たに自分で作り出すこともできる。
我が身を覆う聖獣気から、次々霊体の小さなネズミたちが湧き出てくる。
『無限の繁殖力。我が聖獣気が続く限り百匹、千匹、万匹、億匹でも増え続ける群体の脅威。獣魔の力は、聖なる智を伴ってさらに脅威を増す』
この技の名は……。
『……聖獣智式<鉄鉄奔鼠神蔵>』
唯一無二の最強竜を倒すのに、さて何万匹のネズミが必要になるかな?




