46 現在の先にあるもの
『おおおおおおおッ!? おッ!? おおーーーーーーーッ!?』
明らかに変容した俺を目の当たりにし、竜人が動揺する。
そう、俺は変わった。
獣魔気と智の聖気を融合させ、まったく新しい高次元のパワーを生み出した。
その名を聖獣気。
聖なる知性が宿った獣の力。
聖獣気は我が体を覆い、細胞一つ一つまで感化し、体全体をさらなる段階へ押し上げ、引き上げる。
俺は変わった。
グレイリュウガのように変身した。
智と獣の力を併せ持って変化したその姿を……。
『聖獣モード……!』
と言う。
『なんだ? その姿は、変身? 変身なのかッ!?』
目の前のトカゲ人間が言う。
醜い姿だ。
俺の聖獣モードはあんな見苦しい変化は起こらない。
体を青白い聖気が覆い、体そのものも呼応して光を発する。
体を覆う聖気が、獣性に反応してぼんやり獣のシルエットを形作っていた。
俺の場合はネズミだ。
グレイリュウガのビーストモードとはあまりにも違う。
自分で言うのもなんだが俺の聖獣モードの方が圧倒的にスマートで、神々しかろう。
傍から見れば俺は、天魔を調伏するために降臨した神獣のように見えるかもしれない。
では見た目だけでなく実際に……。
バケモノを調伏するか。
『えげおッ!?』
一蹴。
俺の前蹴りを食らってグレイリュウガは思い切り吹っ飛ばされた。
広場の外れの壁にぶつかって、跳ね返ってくる。
『ぐおおおッ!? なんだ今のはッ!? 殴られた? いや蹴られたのか!?』
速すぎて何が起こったのか感知できなかったらしい。
『ぐえ……ッ!? バカな、体が軋む……ッ!? 鈍痛が……ッ!? ダメージを受けたというのかこの体が? 鋼鉄の竜の鱗に覆われた体が……!?』
『そんなものに何の意味がある?』
聖獣気の前では。
追撃。さらに二、三発小突いてやったけど、今度もヤツは反応できなかった。
『ぐがあッ!? おのれ調子に乗るなあッ! やられっ放しでいる私ではないぞ!』
グレイリュウガは五指の爪を唸らせ、凶悪な飛翔斬撃を放つ。
『獣魔術<竜砕死>!!』
ビーストモードになった分、速さも威力も倍増している。
今のあの必殺技なら帝城そのものを吹き飛ばせるかもしれない。
しかし、猛烈巨大なる斬裂爪は、俺の聖獣気に触れただけで霧散、消え去ってしまった。
『は……ッ!?』
これにはさすがに帝国最強の男も目を剥くのだった。
『我が獣魔術が……、効かない? ダメージを与えることすらできないだと? そんなバカな……!?』
『当然だ』
いかに凄まじい威力を有しても、その源は獣魔気。
より上位の聖獣気の前で無意味化されるのは自然の理だ。
『聖獣モードは、ビーストモードの完全上位。この状態になった俺の前で、半獣人のお前は雑魚以下というわけだ』
『お前は……、このためにビーストピースを得たというのか? 智聖の力と獣魔の力、二つを掛け合わせてさらなる力を生み出そうと……!?』
基礎は、『たぬ賢者』の下で既に組み上げていた。
修行の最終段階、『たぬ賢者』を相手に試した力がこれだ。
人間も動物の一種である以上、僅かながらも獣性を有している。
その僅かな獣性と智聖術を合わせただけでも『たぬ賢者』をビクッとさせる程度の力は出せた。
しかし人間が絞り出せる獣性は僅かばかり。
これではどれだけ智聖術を極めてもバランスを欠き、大きな聖獣気は生み出せない。
だからこそ獣魔気が必要だった。
帝国に戻り、兵役に就き、選抜会を勝ち抜いて十二使徒に加わることで得たビーストピース。
『たぬ賢者』の下で培った智の聖気にかけ合わせるには充分な量だ。
『くおああああああッ!!』
事実を受け入れられないグレイリュウガは、さらに<竜砕死>を放って斬裂爪を飛ばす。
さっきに劣らぬ凄まじい乱れ撃ちだが、我が聖獣気に触れる傍から雲散霧消。
弾き飛ばされることすらしないので、今度は余計な被害が広まらず平穏だ。
『バカな、バカな! ならこれならどうだ!? <エクスリアマ>ッ!!』
竜人の手から放たれる大火炎。
火炎魔法<リアマ>系の最上級<エクスリアマ>を当たり前のように使ってくるのは帝国最強の面目躍如だな。
純粋な獣魔気攻撃がまったく無効化される以上、別の手段に切り替えるのは至極真っ当な判断だ。
魔法攻撃も代替手段として真っ先に挙がる候補だろう。
だが……。
『甘い判断だ』
お前、選抜会から見ていたんだろう?
皇帝と並んで一緒に。
ならば覚えていないのか?
あの魔術師三人組の魔法攻撃を、智聖術<絶対魔法遮断>で無効化して見せたことを。
『ぐぬ……ッ!?』
『聖獣モードで智聖術のキレも増している。魔法無効化状態をより俊敏に起動させ、好きなだけ持続させることも可能なんだぜ』
つまり魔法攻撃もまた無意味ってことだ。
『……なんなんだお前は?』
『んッ!?』
『帝国最強と謳われたこの私が、最高の力であるビーストピースを賜り、誰にも負けない無敵となったはずだ。その遥か先を行く。お前のその力は何なんだ!? その力を生み出したお前はいったい何なんだ!?』
そんなに大した者じゃない。
聖獣気と聖獣モード自体も俺が考えついたものじゃないしな。
俺はただ前世の記憶と言うアドバンテージを生かし、その中から有効な手段を選びとっているだけだ。
聖獣モードも、実のところ『ビーストファンタジー』にちゃんと登場する力だ。
ただし『7』から。
聖獣モードが初めてプレイヤーキャラクターに実装されたのは『ビーストファンタジー7』の時。
そりゃ『4』を元にしているこの世界では想像も及ばないだろう。
智聖気と獣魔気を合わせてしまうなど。
しかし前世で生きていた間『ビーストファンタジー11』までプレイした俺は、全十一作のあらゆる情報を蓄積している。
その情報を武器として、この世界で生き抜くために活用するのに何の躊躇いもない。
そのために『たぬ賢者』へ弟子入りし、『4』から数えて三作後に実装されるはずの聖獣モードをこの時代に開発した。
この力をもってすれば、全プレイヤーのトラウマとなった鬼畜ボスのグレイリュウガすら赤子の手のように捻れる。
『智は強さだ。知るべきことを知り、適切に活用すれば単純な暴力などものともしない』
強さの多様性を教えてやると言ったな?
これはそのレッスンワンだ。
そうそうシリーズ後発作品を知っていることで、こんなこともできるんだぜ?
『<リアマヘスティア>』
『え? ぐおおおおおおおッ!?』
俺の手から放たれる極大の魔法炎。
それはさっきグレイリュウガが放った<エクスリアマ>をも遥かに超える火力だった。
『え、<エクスリアマ>ッ!?』
グレイリュウガも同系統呪文で対抗するが、威力があまりに違いすぎる。
当然弱い方の呪文を放つグレイリュウガが押し負け、相殺しきれなかった炎をもろに浴びる。
『ぐぎゃああああッ!? なんだこの巨大な炎は!? 火炎魔法なのか!? しかし<リアマ>系に<エクスリアマ>以上の呪文は存在しないはず! ヤツの放った呪文は何なんだ!?』
『<リアマヘスティア>だ』
<エクスリアマ>を超える、<リアマ>系の超最上級呪文。
しかし『4』の時点では存在しない。
<リアマヘスティア>が追加されるのは『ビーストファンタジー9』からであり、それまでは<エクスリアマ>が間違いなく<リアマ>系の最強呪文だった。
この世界にはありえないもの。
最強を超える最強。
そんな呪文を披露されれば、この世界の人間は驚き狼狽えるしかあるまい。
馬車しか知らない時代の人を自動車に乗せるようなものだ。
『立てよ帝国最強』
戦いはまだ終わらない。
無知なお前に知らしめてやりたいことはまだまだたくさんあるんだぞ。
『俺はまだ聖獣モードの片鱗しか使ってない。せっかくモノにしたばかりの力だ。試運転がてら、一通りの技をお前でたしかめさせてもらうぞ』
神鼠を形どる聖獣気が、凶悪に揺らめく。




