44 変身・獣
修羅場と化した。
ヤツが獣魔術をここまでの勢いで連続使用できるとは。
一ターンに十回攻撃レベルのハイペースだった。
「りゃりゃりゃりゃりゃりゃあッ!!」
ただでさえヤツの獣魔術<竜砕死>は即死クラスの威力だというのに。
竜の獣性でさらなる鋭さを得たヤツの爪は、それこそ放たれる衝撃波だけで鋼鉄をも裂く。
そんな必殺攻撃をジャブ感覚で連打するのだから、なるほど規格外の男だった。
そしてその被害を主に蒙っているのは俺じゃない。
周囲の見物人たちだった。
具体的には俺たち以外の十二使徒及び皇帝。
何故かって、ヤツが雨あられのように浴びせかけてくる斬裂爪を、俺が全部<回し受け>でいなすじゃない?
すると軌道を変えられ、あらぬ方向へ飛んで行った飛翔斬撃が流れ弾となるわけだ。
試合場となっているのは帝城内にある広場。
周囲には帝国の権威を示す厳かな建物、壁でひしめき合っている。
そこに斬裂爪が当たって建物を打ち砕き、破片が派手に飛ぶ。
降り注ぐ落下物に地上の者たちは大わらわだった。
「ぎゃあああッ!! 危ねえ!?」
「あんな大きい瓦礫が! 瓦礫がぁ!?」
潰されたら確実に死ぬような規模の瓦礫も降ってくるため、直接戦っている俺とかよりも必死の形相で逃げ惑っている。
たまに流れ弾の斬裂爪自体も飛んでくることがあるので益々危険。
「獣魔術<餓狼電刹>!!」
フォルテが果敢にも飛び火に対処しようと必殺技を繰り出すが……。
流れ弾となったグレイリュウガの<竜砕死>に弾かれる。
「ダメだ相殺できない!? 同じ爪斬撃でも、私の<餓狼電刹>とグレイリュウガ様の<竜砕死>では威力が違いすぎる!?」
「当たり前だろ! 無駄なことしてねえで全力で逃げるんだよおおおおッ!!」
いたずらに被害を拡大させるのだった。
無論皇帝とて安全圏というわけにはいかず、俺の受け流した斬裂爪が一つ、偶然直撃コースに入るものの……。
「獣魔術<惨月軌>」
十二使徒の第二位ワータイガが放つ斬閃が、見事流れ弾となったグレイリュウガの斬裂爪を霧散させる。
「陛下、私の後ろより離れませぬよう」
「うむ」
ワータイガが守りを務める限り皇帝は無傷だろう。
チッ、偶発的に死ぬのはなさそうだな。
結果として、斬裂爪が飛んでこない、瓦礫も降ってこないで一番安全なのは却って俺の周囲、さらに言えば後方ぐらいのものだった。
「マジでお兄ちゃんの後ろが一番安全だった……!?」
そこに妹セレンもいるのだから守りにも気合が入る。
しかし、げに恐ろしきはやっぱりグレイリュウガだ。
一撃必殺の最強技を、ここまで持続的に連発できるとは。
ヤツが放って俺が受け流す。
そうした形の均衡はそろそろ五分は継続している。
ヤツの体力はまだまだ尽きそうにないが、その前に帝城が崩壊しそうな勢いだな。
俺はそれでもかまわないからガンガン受け流すけどな!
が。
スッと嵐はやんだ。
グレイリュウガのヤツ、乱射をやめたな。
「これ以上は、どう見ても時間と体力の無駄だな」
と言いつつグレイリュウガ、息を乱すこともなく汗もかいていない。
消耗している様子はまったくない。
今までの攻防、最小限の力で攻撃の軌道をずらしただけの俺に対し、ヤツは攻撃の一つ一つに必殺の気を込め続けたはずだ。
どちらの消耗が激しいかは考えるまでもない。
それなのにアイツは涼しい顔。
「たしかにお前の言う通りだ。認めよう<竜砕死>でお前を倒すことは不可能であると」
「それで、降参するのか?」
絶対認めんがな。
「まさか。お前とてわかっているはずだ、<竜砕死>など私が数多く持つ手札の一枚に過ぎないと」
まあな。
推測でそう思ってるんじゃない。
俺はゲーム『ビーストファンタジー4』の中でコイツと何度も戦ったのだから、ヤツに何ができるかはヤツ自身よりも把握しているつもりだ。
一枚目の札は投げられた。
次に切られるのは……。
「お前はたしかに稀有な人材だ。その智聖術とやら、我が帝国の役に立つことは疑いない。だからこそここで叩いておかねばならん」
グレイリュウガの全身を覆う獣魔気の質が変わる。
より禍々しくなっていく。
「徹底的に叩きのめし、力の差を見せつけ、私に対して絶対に逆らえないという恐怖を植え付ける。その上でこそ絶対の信頼を置いた有用な人材としてお前を使うことができる。これは儀式だ。お前を正真正銘、帝国の臣とするための」
「そんなことをしなくても俺は帝国に忠実だ」
俺が新しい生を受けたこの国に対して。
忠誠を誓っている。
「それより、そんなことのために戦いを始めたのか?」
「ほう?」
「俺だけじゃない、他の連中にもだ。お前の力を見せつけ徹底的にビビらせ、逆らう気力を削ぎ取る」
たしかにビーストピースで力が段違いに上がり、有頂天になっているヤツには必要な処置かもしれない。
「ってことは御前試合の勝敗次第で序列を入れ替えるって話もウソだな」
「可哀想だがな。実際のところ十二使徒の序列は変わりようがない。身に宿したビーストピースの性質次第だ」
十二個のビーストピースには、それぞれ象徴となる獣性が宿っている。
たとえばヤツ、グレイリュウガが宿したのは『竜』のビーストピース。
「宿した獣性の力が、どうしても強さに優劣をつけてしまう。宿主の力量次第で僅差ならば覆せるかもしれない。しかし最弱のビーストピースを宿した者が、最強のビーストピースを宿した者を超えるのは、どうやっても不可能だ」
「誰と、誰のことを言っているのかな?」
「仮に最弱のビーストピースでも宿せば親衛隊などより遥かに強くなれるがな。しかし頂点に立つことはできない。お前は選抜会の時点でもっと必死になるべきだったのだ」
だから何のことを言っているのかなー?
俺の宿した『鼠』のビーストピースがなんだって?
「ところでビーストピースの力にはまだまだ先がある。ただ単純に宿主を強化するだけではない。もっと根本から劇的に、宿主を変えることができる」
知ってる。
俺がどれだけ『ビーストファンタジー』をやり込んできたと思ってるんだ?
「見たがっていたな、私の次なる手札を? 見せてやろう。それは同時にビーストピースを宿す者が行く着く新しいステージでもある」
「ビーストモード」
「知っていたか。どこまでも底知れんヤツだ……!」
グレイリュウガが放つ獣魔気がどんどん激しくなっていく。
激しすぎて抑えたくなる、普通なら本能的に手綱を絞りそうな局面に、ヤツは逆にどんどんスピードを上げていく。
「では見るがいい。極限を超えた獣魔気を宿す者だけが到達できる領域。力だけでなく身も心も獣と成り果てることで、人もまた魔獣になることができる。その姿こそ……、名付けて……!」
ビーストモード。
グレイリュウガは変身し、人ならざるものとなった。
シルエットはまだかろうじて人間の形を残している。
しかし全身は固い鱗に覆われ、背中から膜翼、五指からは鋭い爪、瞳は爬虫類のように冷たく、感情がない。
その全体的印象は爬虫類、いや竜そのもの。
人と竜を掛け合わせたドラゴン人間であった。
『これが獣魔術の極致、ビーストモード! ビーストピースに宿る獣そのものになることができる! 私が得た獣性は「竜」! 今まさに私は、人にして竜の最強者だ!』
「セレン」
目の前のトカゲ人間はひとまず無視。
背後にいる妹の首根っこを掴む。
「ちょっと離れててくれ、派手な殴り合いになりそうだ」
「えッ? にょわわああああああッ!?」
そのまま力任せにセレンをぶん投げる。
「ガシ! フォルテ! しっかり受け止めてくれよ!」
「「えええええッ!?」」
巨体のガシと、セレンの姉代わりになってくれたフォルテなら身を挺してでもキャッチしてくれるだろう。
「よっしゃ、こい!」
「させるか!」
「ぐふぉおッ!?」
だからってリバウンドみたいに奪い合いしろとは言ってない。
「雑な避難のさせ方でゴメンな、セレン……!」
しかし本当に余裕がないのだ。
ホラもうアイツはすぐ目の前に、恐ろしいスピードで迫っていたのだから。
間近で見るのもおぞましい爬虫類の皮膚を持った。
ドラゴン人間が。




