41 闘牛vs亢竜
「セレン!?」
俺は悲鳴を上げそうになった。
可愛い妹が、あの恐ろしい第一位にみずから挑もうとしている!?
「ほう! これは素晴らしい!」
挑戦者の声を聞き、グレイリュウガの態度も弾む。
「いいぞセレンタウラ! それでこそ十二使徒第三位だ! お前こそ私に挑むに相応しい!」
「精一杯頑張りまっする!」
なんか話がまとまりかけているが、いかん。
「待て待て待て待て!?」
俺は慌てて止めに入る。
「やめておけセレン! いくらなんでもお前の敵う相手じゃない!」
ゲームをやってた俺にはわかる。
十二使徒一位と二位の実力は、本当に次元違いなんだ。
いくら妹が第三位に入る快挙を遂げたとはいえ、それがヤツらと戦える根拠にはまったくならない。
それぐらいヤバい相手なんだグレイリュウガは。
妹がズタボロになって負ける姿なんて見たくないぞ!
「大丈夫だ、お兄ちゃん!」
しかし妹セレンは、掴む俺の手を振り払った。
「アタシも十二使徒になったからには、上へ行くチャンスは見過ごせないのだ。アイツを倒して、アタシが第一位になってやる……!」
「セレン……!?」
お前そんなに野心ギラつくキャラだったっけ。
「お兄ちゃんは引っ込んでて。……それからアタシはもうセレンじゃない」
妹は、敵へ向かって歩を進める。
「セレンタウラだ」
頭部から鋭い一対の角を生やし、俄かな異形となった妹。
……しかし変わったのは、外見だけじゃない?
「いいではないか。三位と一位、戦いの見応えはよさそうじゃの」
皇帝が言う。
どこか口調の端に、慌てる俺を嘲る印象があった。
「我が戦士たちの活きがよくて満足じゃ。これで全員がグレイリュウガに恐れをなして棄権したら、最初から選び直そうと思うところよ」
「誰も合格できませんよ」
それに一度埋め込まれたビーストピースはそう簡単に取り出せないでしょう?
いや、完全に先入観で言ってるけど。
「まあ、共に見守ろうではないか。お前の妹の躍進ぶりをの。どこまでグレイリュウガに通じるか、見ものだろうて」
こんのクソジジイ。
どう転んでもセレンが勝てないって確信してやがるな?
俺も同感だけど。
この上は怪我なく何事もなく、可及的速やかに終わってくれることを願うばかりだ。
選抜会場から移動することもなく同じ場所で、妹セレンと最強闘士グレイリュウガとの激突が始まる。
ギャラリーは同じ十二使徒と皇帝のみ。
浮ついた気色のない真剣勝負となった。
「では始めよ。手加減無用。決着の条件は特に決めぬ、余が止めるまで死力を尽くして戦うがいい」
「クソジジイ!?」
それって、たとえ死ぬような怪我を負っても皇帝が認めない限りは終われないってことでは!?
「やってやるぞ! はあああーーーッ!!」
先に仕掛けたのはセレンだった。
得意の巨大鉄棒を掲げ、その体より獣魔気を発する。
「うおッ!?」
噴出する獣魔気は烈風の勢いで吹き荒れ、周囲で観戦する俺たちを吹き飛ばそうとする勢いだった。
「獣魔気の強さが先までと段違い……! ビーストピースのせいか!?」
「さあセレンタウラよ。生まれ変わったお前を見せてくれ」
それこそ獣のように口を引き裂いて笑う皇帝。
すべてはヤツの掌の上だった。
「うきゃあ! 死ねええええッ!!」
突進。
土煙を上げて駆けるセレンは、彼女自身小柄であるにも関わらず巨大な圧力を発する。
まるで猛牛の突進のようだ。
その勢いを乗せて巨大鉄棒を振り抜く。
獣魔気も強烈に帯びたあの凶器は、巨岩すら破片も残さず粉にすることだろう。
当たれば必ず死ぬ。
その迫ってくる明確な形の『死』を……。
グレイリュウガは何の対処もせずまともに受けた。
バッドに打たれたボールのように、人体が軽やかに飛んでいく。
「おおッ!?」
先手が通じ、周囲がどよめく。
「あんな簡単に一撃入れられるなんて……?」
「なんだかセレンちゃんが優勢なんじゃねえか?」
「案外思ったよりグレイリュウガ強くないのかも……!? くそッ、アタシが挑戦しておけばよかった!」
バカなことを言うなよ。
あのグレイリュウガが、そんな簡単に倒せるタマか。
いや、苦労すれば勝てるという認識自体が迂闊。
そういう相手だ。
「まだまだ手は抜かないぞーッ!!」
セレンもそれをわかっているのか、初撃が成功したぐらいで舞い上がったりしない。
気を張り詰めて着実に追撃を狙う。
吹っ飛ばしたグレイリュウガを追って地上を猛進する様は、闘牛士の息の根止めようとする猛牛そのものだった。
牛の突進力。
それこそセレンがビーストピースと共に得たものか。
「食らえ!! もういっぱーつッ!!」
吹っ飛ばされて地上に落ちてこんとするグレイリュウガ。
その体を、猛突進にて地上から先回りしたセレンが、巨大鉄棒で再び打つ!
ホームラン級の当たりで再び打ち上げられるグレイリュウガ。
その軌道を読んで、落下予測地点へ再び駆けていくセレン。
そして地表近く落ちてきたところで……また打ち上げる。
「おいアレ……!?」
「ああ、アレ永遠に終わらないんじゃないか!?」
落ちてきては打ち上げ、落ちてきては打ち上げ……。
その無限ループでグレイリュウガは反撃どころか地表に触れる暇もない。
空中にいる限り、意識して移動するどころか体勢を整えることもできないのが人の悲しさ。
空でも飛ばない限り逃れることもできない。
一方的に殴られ続けるしかなかった。
セレンの元々のパワーに、ビーストピースの獣魔気が加わったら、こんな理不尽なワンサイドゲームができるのか。
「これで最後だ! 死ねええええッ!!」
妹からの恐ろし気な言葉と共に、振り上げる鉄棒の動きが、振り下ろすものに代わった。
落下するグレイリュウガを、その勢いも併せて殴り、地面に叩きつけるため。
地面と鉄棒と。
その二つにサンドイッチにされたグレイリュウガの頭部。
そして地面に亀裂が走った。
「うわああああーーーッ!?」
と悲鳴を上げたのは周囲の観衆たちだ。
セレンの殴打。その衝撃を受け止めきれなくなった地面が砕け散り、ポップコーンのように跳ね上がる。
しかも無数に。
「マジかよ!? ここまでなるの地面殴っただけで!?」
しかもその衝撃は、グレイリュウガの頭越しに地面に伝わったのだ。
直接食らった頭蓋骨は粉々になっていなければおかしい。
「や、やった……!」
さすがのセレンも全力猛攻に息を切らせていた。
恐ろしい。
あの可愛くて純真だったはずの妹が、悪魔のような残虐行為をしてのけるとは。
ビーストピースのせいだよな。
そう思いたい。
「アタシの勝ちだ! グレイ何とかさんは死んだ! アタシが一番だーッ!」
「ダメだセレン! そんなセリフを喋っちゃ!」
気が気じゃない俺。
可愛い妹のキャラが崩れる。
「たしかに、そんなセリフを吐くのは早いな」
え?
「何故なら私は死んでなどいないのだからな……」
頭部を地面にめり込ませたグレイリュウガが、そのまま立ち上がった。
傷一つなく。




