37 追加される個性
「セレン!? セレン大丈夫か!?」
「大丈夫だー! っていうか前より調子いいぞ!!」
……ん?
おいセレン? どうした?
俺に向かって、足で地面を掻くように蹴り上げてから……。
「えい」
「ぐごがぶえッ!?」
抱き着き!?
いやしかし突進のような勢いの抱き着き!?
俺は踏みとどまろうとしたが、叶わず吹っ飛ばされる。地面を三回はバウンドして、壁にぶつかってやっと止まった!
「ジラが吹っ飛ばされた!?」
「今まで兄のプライドで何があっても踏みとどまっていたのに。それすらできなかった!?」
「これがビーストピースによるパワーアップ!?」
ぐおおおお……!?
胃液が全部口から出そう?
セレンの抱き着き力が倍増している……!?
「すげー! ビックリするぐらい力が上がった! こーてーへいか、ありがとーございます!」
だから校長先生みたいな語感で言うな!?
「早速暴れよるわ。その元気、これから帝国のために使うがよいぞ」
「はーい!!」
皆息を呑んだ。
ビーストピースを取り込んだセレンのパワーは確実に上がっていた。しかも段違いに。
帝国選りすぐりのトップクラスに限定して与えられる、超レアアイテムだけのことはある。
その力が自分のものとなれば……。
想像に胸高まる者は多かろう。
「あと、お兄ちゃん大丈夫?」
「大丈夫だともよ……!」
「今度からは加減してぶつかるね?」
何を言う。
妹の本気の抱き着きを受け止めてこそ、兄!
兄の威厳に懸けて、いついかなる時も本気のセレンを受け止めるぞ!
……いつか死ぬなと思った。
「では次に移ろう、フォルテよ」
「はッ!」
次に呼ばれたのはフォルテだった。
相変わらず腰から尻にかけての曲線が湾刀のように艶めかしい。
「セレンタウラに次いで撃破数の多かったのはお前だ。よってお前を十二使徒、第四位に任ずる」
「そんなッ!?」
と声を上げたのはフォルテ本人ではなく、サラカだった。
日頃からライバル同士として競い合っている片割れ。
「待ってください陛下! オレは!? オレがフォルテに負けたっていうんですか!?」
「サラカか。お前はフォルテより一人少なかったの。第五位の任命でお前を呼ぶゆえそれまで控えておれ」
たった一人の僅差であったが、フォルテがサラカに勝ったらしい。
そのことにショックを隠せないサラカ。
対してフォルテは勝利の実感をたしかに得てか、我慢しているがニヤつきを隠し切れない。
「はよう来い、お前たちが張り合っているのは周知だが。余はあと九人にビーストピースを授けねばならんのだ。サクサク進めたいのでな」
「はッ! 申し訳ありません!」
フォルテとサラカのライバル意識は順位にも影響をもたらしたと言える。
アイツら、乱戦の後半ずっと一騎打ちだったから、あれで随分キルスコアを落としたに違いない。
その分セレンから差をつけられたのだろう。
互いの足の引っ張り合い。意識しすぎるのも考え物だ。
ビーストピースを埋め込まれたフォルテ。
さっきのセレン同様、禍々しい光に包み込まれ、凄まじい力の高ぶりと共にニョキニョキ生えてきた体のパーツは、耳と尻尾だった。
「峻烈なる草原の狩人ロボス族。みずからを狼の末裔と名乗るお前たちには、まさに狼の獣魔気こそ相応しかろう。これよりは帝国の忠狼、ウルフォルテと名乗るがいい」
「ははッ!!」
最初に出会った時の違和感が払しょくされた。
フォルテは今こそ十二使徒ウルフォルテとなって、俺の初対面での予感を完全なものにしやがったのだ。
「ジラ! どうだろうか!?」
ビーストピース拝領の儀を終えたフォルテが俺の下へ駆け寄てきた。
「おうフォルテ。……いや、もうウルフォルテと呼んだ方がいいのか?」
「アナタの好きなように呼んでもらってかまわない。アナタから呼ばれる名なら、どんなものでも受け入れよう!」
お、おう、そうか……!
やたら規模の大きな物言いだな?
「それよりも、私の外見の方だ! ビーストピースをいただき、我が部族が神獣と崇める狼により近くなった! なんとも晴れやかな気分だ!」
「お、おう……!?」
たしかにフォルテは、ビーストピースの濃厚獣魔気を受けて狼の獣性を得たらしい。
それに伴って、外見にも狼を思わせるパーツが付加された。
「セレンに角が生えたのと同じ理屈かな?」
ただ、フォルテに付加されたパーツというのが狼のような耳と、尻尾。
どっちかというと勇猛となるよりは……。
「あざといな」
「何がだ!?」
いやだって。
むしろそれ犬耳と犬尻尾じゃん。
犬耳つけた女の子とか可愛いに決まってるだろ。
「可愛い」
「可愛い!? ちょっと待ってくれジラ! それはいくらアナタでもあんまりだ! 皇帝陛下から更なる力をいただき、最強の戦士となった私は見るからに恐ろしさが湧き出してくるようだろう!」
「いや可愛い」
「また言う!?」
フォルテには犬耳の他にもう一つ、獣化アイテムとして加わっているものがあった。
尻尾だった。
それが可愛いと言われるたびにブンブン振れて、なんか嬉しそう。
「と、とにかく『可愛い』などという世辞は市井の町娘にこそ言うべきだ! 戦士である私には似つかわしくない! 今後控えてくれ!」
「すみません、もう二度と言いません」
「えッ? もう二度と?」
すると途端にフォルテの尻尾は振るのをやめ、力なく垂れさがるのだった。
「そんな極端な……、二度とは、ちょっと……!?」
「やっぱりフォルテは可愛いなぁ」
「わふぁあああああ……ッ!?」
あまりにフォルテの仕草が可愛かったので勢いで頭まで撫でてしまった。
さすがに接触スキンシップは踏み込みすぎかと思ったが、フォルテの犬耳犬尻尾をみているとつい、な?
「こらッ!? 言ったばかりの言葉をすぐさま翻すとは!? しかも何で頭を撫でる!? 私は戦士だぞ慣れ慣れしい振舞いをやめろ!」
と言いつつフォルテの尻尾は再び、引きちぎれそうな勢いでブンブン振れ回るのだった。
犬化フォルテ恐ろしいな。
尻尾のせいで心情がまったく隠せていない。
そんなゲロ甘い益体もないやりとりをしていたら……。
「はッ、アホみたいなことしやがって」
サラカがやってきた。
「サラカお疲れー、キミもビーストピース貰ったの?」
「おうよ! 今日からオレは十二使徒の第五位サラカサル様だ! ジラ! オレのことを敬い従えよ!」
「えッ? なんで?」
唐突なご主人様宣言に俺も戸惑うしかない。
「そりゃそうだろ! オレは既に名前を呼ばれて第五の位階を賜ったが、お前はまだ呼ばれてない! つまりお前はオレより下の順位で確定ってこった! 目下が目上に服従するのは当然のことだろう!?」
それで勝ち誇っているのか。
「最初の約束は生きてるからな! 今日からお前はオレのもんだ! オレとハヌマ族のためにキリキリ働くんだぜ!」
「そうだな第五位?」
「うッ!?」
得意ぶるサラカに、音もなく忍び寄る第四位ウルフォルテさん。
「たしかにお前の言うことにも一理あるぞ第五位? 序列は大事だよな第五位? 下は上の言うことに絶対服従だよな第五位? この第四位ウルフォルテも大いに賛成だぞ?」
「煩えッ! たった一個上だからって偉ぶるんじゃねえ!」
「たとえ一つでも上位は上位。第五位が第四位に、そんな乱暴な言葉遣いをしていいのかな? 第五位?」
「うがあああああッ!?」
サラカが権力を振りかざしてオレを囲い込もうとするのを、フォルテが圧倒的パワハラで阻止してくださった。
持つべきは頼れる上司。
「いい気になるなよ! 十二使徒の位階は不動じゃねえ! 功績次第で順位の入れ替わりはあると皇帝陛下も受け合ってくださった! お前なんかすぐ追い越してやるぜ!」
「その時は私もお前以上の成果を上げてやるさ。それより……」
「ん?」
「サラカ、お前の姿は変わらないな?」
フォルテの言いたいことは俺にもわかる。
これまでセレン、フォルテと、ビーストピースを取り込むことで明確な外見的変化が起こったものだ。
角が生えたり、耳尻尾がついたり。
しかし今回サラカのケースではそれらしいものがない。
外見的に以前の彼女そのものだった。
「お前本当にビーストピースを貰ったのか? 見ただけじゃ以前と変わったかどうかもわからんぞ?」
「知らねえよ。変化にも個人差があるんじゃないか? でも強さが上がったのはたしかだぜ。何ならこの場で試してみるか?」
「それよりも……、もしかしたら短い尻尾でも生えているんじゃないか?」
「きゃあッ!?」
服の裾をめくりあげられてサラカ、想像以上に女の子っぽい悲鳴を上げる。
フォルテ的には短い尻尾が生えてないかとサラカの生尻を確認したかったのだろうが……。
「……ぶッ!? ぶははははははッ!? 赤い! お前の尻が真っ赤だぞサラカ!? どうした!? 思い切り叩かれたか!?」
「はあッ? どういうことだよ? 知らねえぞ? え? 尻が赤い!?」
サラカに起こった身体変化は『尻が赤くなった』ことらしい。
……。
…………猿か。




