29 選抜会進行中
本格的に始まった十二使徒選抜会。
突出する者はメキメキ頭角を現している。
セレンとか、フォルテとか、サラカとか。
その一方で、地べたを這いずり右往左往する者たちもいて……。
「うおおおおおおッッ!? 死ぬ! 死ぬううううううッ!?」
俺の同期たちが、人食い巨馬に追い掛け回されながら息を乱していた。
「ふざけんなよ! あんな最悪のバケモノどう戦えばいいんだよ!」
「錬兵所の試験で襲ってきたスパイク・ビッグ・フェイスよりも強いんだろう! 絶望的じゃないか!」
「とにかく逃げるっすよおおおおおおッ!?」
ガシもレイもセキも、皇帝演説で上がった士気も一気に吹き飛び死の恐怖に追い立てられていた。
さらに例の激強三人娘が次々巨獣を打ち倒すさまを横目に見て……。
「……マジかよアイツら。あんな強そうな魔獣を次々倒していくぞ?」
「あれが親衛隊の強さ……! 我々には想像も及ばない……! まだ親衛隊に入る前の少女ですら鬼のように強い。あれが選ばれた者の強さなのか……!?」
マングラトンは、倒されるたび次々補充されていく。
『わんこそばかよ』と突っ込みたくなるほどだが、わんこそばのペースに迫るぐらいに俺の知り合いの美女たちが迅速に倒していくからしょうがない。
「やっぱオイラたち場違いなところに来ちゃったんすよ! 十二使徒には親衛隊がなるって最初から決まってるんすよ!」
「私も多少はできるつもりだったが、親衛隊の方々は元からの才覚が違うのか?」
思い切り自信を失っている彼らへ、俺は駆け寄る。
「そんなことないよ?」
「ジラ!? お前今までどこに行ってやがった!?」
「親衛隊の人らがクソ強いのはしょうがない。だってアイツらは既に獣魔気を帯びてるからな」
「獣魔気……!?」
「獣神ビーストは、その力で獣を強化する。魔獣はそうやって生まれるもんだし、人間も厳密には獣の一種だ。獣魔気を帯びて、獣性を刺激されつつ力が増す」
ベヘモット帝国は、そうやって強国へと成り上がったんだからな。
帝国兵を獣魔気で強化し、獣魔気で変異した魔獣たちを操る。
その力で戦争に勝って国土を広げてきた。
「帝国兵は皆、大なり小なり獣魔気によって力を上げられてるんだよ。親衛隊ともなると獣魔気の濃度もかなり上がってパワーアップの度合いも段違いだろうな」
「すると、彼女らは、その力のおかげで……!?」
上級魔獣を圧倒できている。
フォルテもサラカも獣魔術を使っていたから間違いないだろう。
『ビーストファンタジー』シリーズで敵キャラのみが使用する。
セレンなんかはまだ候補生で獣魔気を与えられてないかとも思ったが、がっつり加えられていたな。
おかげで妹無双が捗っておる。
「なんだよクソッ! それじゃ最初から圧倒的差がついてる勝負じゃねえか! 俺たちには何のブーストもねえぞ! 大体! オレたちも帝国兵だ! 晴れて正規の兵士になったんだ! なのになんでオレらには、その何とかブーストがないんだよ!?」
「新兵だからタイミングがなかったとか?」
「そんなッッ!?」
仮に獣魔気による強化を掛けられていたとしても、一般兵程度じゃ大した強化にはならんかっただろうがな。
フォルテたちは親衛隊クラスだからこそ見違えるような強化を実現できている。
それで大活躍できている。
「でもおかしくないっすか?」
小賢しいセキが早速気づいた。
「親衛隊の皆さんが、そんなドデカいパワーアップしてるんなら、今さら『ビーストピース』なんていらないじゃないすか!? 充分強いじゃないすか!?」
「だから……」
セキの疑問のもっともだ。
しかし……。
「『ビーストピース』による強化は、それとも比べ物にならないんだろうな」
「「「…………ッ!?」」」
その指摘に同期の皆が絶句した。
現時点でさえ万能にも思える親衛隊クラスの強さ。しかしビーストピースを得ればさらに上へ行ける。
その途方もなさに想像力が追い付けないのだろう。
「それでも俺たちを、獣魔気の強化なしに放り込むのは酷いと思うがな」
「そうでしょう、そうでしょう!?」
「だから死にたくなければ広場から出るといい。言ってたろ、失格の条件は一つだけ、この広場から出ることだって」
それは裏返せば救済措置でもある。
命が惜しい、十二使徒になることを諦めるというなら試練の場から脱出すればいいのだ。
広場周辺にはいくつも門が開け放たれていて、出入りを制限されていなかった。
不思議と魔獣たちは門には近寄りもせず、広場内のみに限定して暴れまわっていた。
「広場から出れば、十二使徒になれる資格を失う代わりに命は助かる。そのカラクリに気づいてさっきから何人も脱出してるぞ、お前らはどうする?」
逃げないことは勇気ではない。
現状を分析して不利だと判断すれば、退くのも立派な決断だ。
「上位の魔獣は、生身で挑むには無謀な相手だ。逃げても全然臆病じゃないぞ?」
「………………ざっけんな」
ガシが重い声で言った。
「オレは絶対十二使徒に入ってやる……! 『ビーストピース』もいただいてやる! 負けるつもりでここに来たんじゃねえんだよ! セキ!」
「はいな! お任せください!」
小男セキはどこからかロープを持ち出してきた。
そしてこれまでの進行方向とは逆へ向かって駆けだすと、自然追いかけてくる人食い魔獣に向っていくことになる。
「小物には小物の戦い方があるんすよ!」
上手いことマングラトンの頭部を回避し、四本の足の間を潜るように走り抜ける。
すると彼が持っていたロープが魔獣の四肢に絡みつき、その動きを阻害し、凶悪な魔獣はバランスを崩して倒れる。
「やったあ!」
まるで計算したような。
いや、実際計算したのだろう。セキにはそういう賢さがあった。
「パスですアニキ! お願いしますよ!」
「よし来た! うおりゃああああああああッッ!!」
セキからロープを受け取っだガシ、全力で引っ張る。
既に充分すぎるほど魔獣の足に絡みついたロープ、引っ張ればそれだけで四肢を縛り、拘束することができる。
巨体自慢のガシだ、獣魔気に頼らずとも単なる筋力だけでアイツは充分強い!
「動きは止めたぞ! 仕上げは任せた!」
「承知!」
身動き取れなくなった魔獣へ駆け寄る一騎。
それこそ残る同期の一人レイだった。
その手にはどこから調達してきたのか分厚い戦斧が握られていて……!
「御命頂戴!」
魔獣マングラトンは倒れた上に身動き取れず、振り下ろされた戦斧をなすすべなく身に受けるしかなかった。
しかも頭部に。
普通ならその一撃で即死だろうがそこは上級魔獣。硬い頭蓋で受け止めて致命傷を避ける。
「ならばもう一回だ! もう一回! もう一回! もう一回!」
「レイ早くしてくれ! 引っ張られるううううッ!?」
ガシが動きを止め、レイがとどめを刺すという見事な役割分担の末に、マングラトンは四肢をビクリと撥ねさせて、その挙句二度と動かなくなった。
「「「やったあ!!」」」
一人一人の戦闘力では親衛隊クラスにまったく敵わないが、三人がそれぞれの長所を発揮しあって重なり合わせ、ついに上級魔獣の撃破に成功した!!
「凄いぜ! やっぱお前たち最高だ!」
「お前は何してたんだジラ?」
はい?
「オレらが必死に頑張ってたのに横で見てただけかよ?」
「心を合わせた同期だと思っていたのに……!」
「幻滅っすね!」
申し訳ありません! なんか本当に申し訳ありません!
たしかに俺、選抜会が始まってから特に何もしてないなあ。
妹セレンが一番槍で活躍し、フォルテとサラカが親衛隊の面目躍如して、ガシ、レイ、セキの三人が持たないながらも工夫で困難を乗り越える。
それを横から眺めていただけで実況していただけの俺。
マングラトンも俺だけまだ一体も倒していないし。
しかし、まだ俺を見捨てないでくれ。
俺は俺なりにやっていることがあるんだ。
それは……、人食い魔獣を投入された選抜会場は、阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。
なにせ送り込まれたのは人を餌としか思っていない魔獣だから、普通であれば参加者の半数は噛み砕かれて飲み込まれ、生きて帰れぬであろう。
主催者側はそれでもかまわないと思っている。
弱者には死を。それが『ビーストファンタジー4』の悪役ベヘモット帝国のイズムなのだから。
しかしそれが気に入らない俺は、ひそかに行動開始することにした。




