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28 選抜開始

 巨大魔獣の投入によって、選抜会場はパニックに陥った。


「魔獣!? 魔獣だ!」

「しかもクソデッかい!? なんだあれは!?」


『なんだあれは?』と問われたが、全体的なシルエットはウマに近いだろうか。

 かろうじて馬。


 四肢はあって蹄もあるし、軽快に走りそうだ。

 ただし頭部がウマには似ても似つかない。他の動物でもって何に近いか例えるなら……。

 ……ヤツメウナギ?


 頭部がヤツメウナギみたいなウマ。

 何を言ってるかわからねーレベルの奇矯な外見だった。


 あと巨大。

 ウマをモデルとしながら、全長はその何倍も巨大。


 て俺は、そんな珍妙生物が何という魔獣か知っている。


「あれはマングラトンだ。皇帝め、とびきり凶悪なのを送り込んできやがった!」


 マングラトン。

 訳せば『人大食い』となるだろうか。


 その名のごとく人肉が大好きな大食い魔獣だった。

 あのヤツメウナギみたいな筒状の口で人間を一飲みにすると、内部の無数の歯でミキサーのようにグチャグチャ砕いて液状にしながら飲み込むという。


 解説するだけでも身の毛もよだつような生態を持つこの魔獣は、ことさら人間にとって有害。


 そりゃそうだ。

 好きな食べ物:人間で、しかも際限なく食べる。


「そんな魔獣を選抜に使うなんて! 何考えているんだ皇帝は!?」

「帝国最強を決める大事な選抜。命ぐらい賭けてくれねばな」


 皇帝は遥か上方のテラス席にいるので魔獣の脅威からは安全だ。

 まさに高みの見物。


「最初の選抜をこれより始める。挑戦者のお前たちがすべきは、生き残ること。もっとも凶悪なる魔獣を前に生き延びれば合格じゃ」


 無茶を言う。

 それが一番難しい相手じゃないかマングラトンは。


「方法は問わぬ。戦って倒すもよし、ひたすら逃げ回るもよし。守るべきことは広場から出ぬこと、出れば即失格とする」


 スタートとかない。

 魔獣は既に広場に乱入しているので、皇帝の解説中もヒトを追いかけ貪り食おうとしていた。


 のん気に解説聞いてたら、その間に食われて終わる人生が。


「うぎゃああああッ!? 逃げろ! 逃げろおおおおッ!?」

「絶対に捕まるな! 口に入れられたらその瞬間に死ぬぞ!」

「でも相手はウマ型だから、走っても絶対逃げ切れないいいいッ!!」


 広場の猛者たちは一気に恐慌に陥って逃げ惑う。


 それも致し方ない。

 マングラトンという魔獣はそれだけヤバいということだった。


『ビーストファンタジー』の尺度に当てはめれば、マングラトンは終盤になって出てくる大強豪魔獣。


 俺が前に倒したスパイク・ビッグ・フェイスよりなお手強い。


 十二使徒入りを目指す腕自慢といえども手に余るだろう。


「ここまでやるのか……!? 選抜会舐めてたな」


 人間に対して害意しかないマングラトンを放ってくるなら、この選抜で死者が出るのは上等と考えてるってことだ。

 それどころか大半が死んで屍山血河が出来かねないぞ!?


「おー、頑張るぞぉー!」

「えええええッ!? セレン!?」


 こんな緊急事態だというのに、ウチの妹は溌剌としていた。

 巨大な鉄棒をブンブン振り回しながら。


「いや待てセレン! もしや戦う気なの!?」


 待って!

 目の前で妹がバリバリ食われたら一生心の傷になるんだから安全をとって逃げてよ!


「お兄ちゃんと一緒に十二使徒になるんだー! ほあああああッ!!」


 鉄棒が、マングラトンの頭部を正確に捉えた。

 ヒットと共に凄まじい音が鳴って、魔獣が吹き飛ばされる。


「つえええッ!?」


 うわ妹強い。

 あの鉄棒、錬兵所にも持ち込んでいたが、やはり凶悪な武器だった。


 あの音の響き方は、魔獣の頭蓋骨粉々になってるだろうな。

 元々人を食うような超害獣なので少しも同情は湧かんが。


 ……え?

 ウチの妹、上級魔獣を一発で殺せる腕力なの?


 強い強いとは思っていたけど、想定を超えた強さかも!?


「お兄ちゃん、お兄ちゃん! 見てた今の!? 見てたーッ!?」

「うん、見たけど……!?」


 見たことへの理解が追い付かない。


「アタシも強くなったよ! お兄ちゃんと一緒に戦うために強くなったよ! お兄ちゃんはアタシが守ってあげるからね!」

「お、おう……!?」


 妹の愛が重い。


 そんな妹の活躍で魔獣が死んだ。

 頭蓋骨粉砕だからさすがに生きていられまい。


 これで無事第一関門終了かと思いきや……!?


「安心せよ。『おかわり』はたっぷり用意してある」


 皇帝の合図で、また大門から新たに魔獣が現れた。

 またしてもマングラトン。


 しかも今度は一挙に五頭。


「うげひゃああああッ!?」

「一度に五頭もおおおおおおッッ!?」


 現れる死の体現に、皆涙目。

 しかも『食われる死』という最悪な……、でもないか。自然界ではほぼすべて食われるために殺されるんだからな。


「十二使徒選抜会に参加しているのは三百人。これが百人以下になるまで続けることにしよう。さあ戦え。前に向って進む者だけが強者の誉れに相応しい」


 そして選抜会場は阿鼻叫喚となった。


 泣きながら逃げ惑う者、腰を抜かしてその場から動けない者、平静を失って笑い転げる者。


 正気の体をなしていない。

 帝国最高峰の強者を決める儀式に相応しいという感じの凄惨さだった。


 ただし、誰もが恐怖に負けているわけではない。


「セレンに一番槍を譲ってしまったからな。私も遅れてばかりではいられない」


 躍り出る艶めかしい体。

 腰から尻、太ももにかけてのラインが、曲刀のすべらかさを持つ……。


 フォルテだった。


「私も負けずにいいところを見せなければ、何しろ私は、セレンの姉貴分だからな!」


 広場内を縦横無尽に暴れまわる人食い魔獣。

 その一頭がフォルテの闘気に反応した。

『新しい獲物を見つけた』とばかりに迫ってくる。


 その巨獣に向って、フォルテは怯むことすらなく向かっていった。そして猛スピードですれ違う。

 その一瞬で勝負がついた。


 巨獣の体が二つに裂かれ、疾走の勢いのまま別れて崩れ落ちていった。


「獣魔術<餓狼電刹(がろうでんせつ)>。……ワータイガ様直々に伝授された爪捌きを堪能せよ」


 フォルテも強い。

 しかし活躍する者はまだ他にもいた。


「獣魔術<放身猿戯(ほうしんえんぎ)>!!」


 サラカがフッと息を吹き出すと、その息から彼女の分身が何人も生まれ出てきた。

 本体とまったく同じ姿、少なくとも外目からは見分けがサッパリつかない。


「おら来いよバケモノ! こっちだ!」

「いいやこっちだー!!」


 偽者たちの派手な陽動に巨獣はまんまと翻弄される。

 獲物を見失って足が止まったところへ……。


「だらやッ!」


 背後から襲い掛かる本物。

 真っ直ぐな長棒を突き立て、見事魔獣の頭部を貫く。


「死ねや畜生! オレを食おうなんて一千万年早いんだよ!」


 こうしてまたしても凶悪な魔獣は倒れた。

 思ったよりもバタバタ死んでく。


「……ふん、いつ見ても卑劣な技だ」


 手柄首とったばかりのサラカへ、嫌味っぽく言うフォルテ。


「偽者で惑わしながらの不意打ちなど、自分が弱いから真っ向勝負できないと白状しているようなもの。ハヌマ族らしい姑息なやり口だ」

「ああぁ!? テメエこそ使ってるのはワータイガ様のパクリ技じゃねえか! 真似っこ技で勝って得意ぶってんじゃねえ!?」


 やっぱり仲が悪い二人。

 女同士だからなおさら姦しい。


「なあジラ!? お前も私と同意見だよな!? 私の技の方が強くて素敵だよな!?」

「戦場では勝てばすべてだ! オレの技の方がテクニカルで効率的だと思うよなジラ!?」


 何故俺へ判定を求める?


 そしてあえて返答を言わせてもらえば俺、どっちの必殺技も嫌だ。


 何故かって?

 彼女らの必殺技。前世で『ビーストファンタジー4』プレイしてた時何回も食らって全滅させられた覚えがあるからだ!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 「うわ妹強い」という流行のパワーワード。
[良い点] 技を見て大体他の合格者が予想できちゃうんじゃないかな
[一言] 本家西遊記の悟空っぽいのに封神演義。 飢狼伝説の突進技だと、師の邪影拳⇒弟子の残影拳なのかな?
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