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23 月虎、現る

 無事、夜山の頂上に到達した俺たち。


 試験内容も完遂し、これで無事誰もが正式に帝国兵になれる。


 そう思っていた。


「ジラ、ガシ、レイ、セキ……」


 しかし、困難はまだ尽きていなかったようだ。


「お前ら全員不合格だ」

「なんで?」


 得意満面のしたり顔でそう言うのは教官アテコロ。

 まだいたのかコイツ?


「何言ってんだオッサン!!」


 色をなすガシ。


「オレも! ジラもレイもセキも、しっかり頂上までたどり着いたじゃねえか! それが試験内容だろう!? しっかり達成したのに何故不合格になる!?」


 と。

 アイツ自身、すっかり合格したものと確信していたから冷や水をぶっかけられたようなものだ。


「当たり前だろう? これは行軍訓練だぞ!? 列から離れた者が別個に到着しても、不合格に決まっているだろうが!!」

「そんなこと言ってなかったろうが! あと出しで勝手に決めてんじゃねえ無能が!」


 訓練生たちからのアテコロの評価は既に地に堕ちていたので、ガシも抗議にまったく遠慮がない。


「……アテコロ教官、ジラ、ガシ、セキの三人が隊列から離れたのは私と、ギリーによる悪行のせいです。私は不合格でかまいません。だから他の三人にはどうか再考を!」

「いや、お前は悪行関係ないだろ」


 自己犠牲するレイを押しとどめ……、仕方ない、俺も抗議するか。


「まあ、おかしいとは思ってたんだがな」

「ああ?」

「ギリーのヤツが、いかに魔獣を操れるアイテム持ちとはいえ誰にも知られず、試験場内に魔獣を連れ込むことができるのか? しかも複数? まあ無理だろ。あんな凶悪なバケモノがゾロゾロしてれば誰かが気づく」


 そして騒ぎになる。

 そうならなかったのは、運搬において誰かしら協力者がいなければ話にならない。


 しかもただの協力者ではダメだ。

 この場を取り仕切ってコントロールできるだけの権限を持った者でなければ……。


 アテコロ。

 コイツ以外に考えられない。


「試験内容や、試験場を取り決めたのもアンタだろう? むしろアイツの襲撃を助けるよう取り計らったんじゃないのか?」

「…………ッ!?」

「思えば襲撃中の、ギリーの態度にも不可解さはあった。あまりにも落ち着きがあったからな。アイツも頂上に行きつかなければ不合格で帝国兵にはなれないだろうに。……アンタと裏取引があったんじゃないか?」


 頂上にたどり着こうが着くまいが、どっちにしろ合格扱いにしてやるという密約が。

 ギリーは帝国貴族、しかもかなりの有力者の御曹司だとか。

 教官一人転がす程度の鼻薬を用意するのは容易かろう。


「言ってみろよ? 一体いくらで買収された? 帝国軍に携わる者としてのプライドをどれだけの金額で売り払った?」

「煩い! 根拠もなく当てずっぽうの疑いをかけるでないわ! ワシが買収されただと!? だったら証拠を持ってこい証拠を!」


 はい来たー。

 追い詰められた犯人が吐く常套句。


 反論できなければ結局最後は『証拠を出せ!』ってなるんだよな。

 そして今、証拠はない!


「貴様らがどんな言いがかりをつけようと事実は変わらん! ワシは教官! 貴様らはゴミ虫! お前の生きるか死ぬかはワシの気まぐれ次第なのだ! さあ、合格にしてもらいたかったら土下座しろ! 今までの無礼を詫びてワシに許しを乞え! プライドを捨てるのは貴様らの方だああああッ!!」

「その必要はない」

「!?」


 深夜の山頂に、凛とした声が響き渡った。


 夜天に、爪牙のごとく鋭い三日月が浮かんでいた。

 その三日月が、声を発したかのようだった。


「たかが練兵場の一教官が、いつからそんなに強い権限を持った?」

「はえ?」

「新たなる兵は、帝国軍の礎、国家の宝。そんな新兵を不合格に処すにはお前だけでなく教導局長の判断までいる。そんな重大事をお前ひとりの判断で決めるなど、許しがたい思い上がりだ」

「あ、あああ……! アナタ様は!?」


 降り注ぐ月光に照らされ、白く輝く悪魔がいた。


 全身を純白の鎧で覆い、頭部を半分以上覆う兜のために面構えもわからない。

 しかし、凛然とした三十以上の男性だということはわかった。


 その鎧姿、その寂びた表情。

 俺にも見覚えがあった。

 前世で……!


「十二使徒の第二位ワータイガ!?」

「ほう、耳が早いな」


 俺が思わず漏らしてしまった呟きに、目ざとく反応する虎士。

 まさしく虎のような鋭さが視線にある。


「このたび皇帝陛下が新たに組織する最精鋭の集団、その名を『帝国守護獣十二使徒』」


 その名が述べられた途端、周囲にざわめきが広がる。


「帝国守護獣……!?」

「……十二使徒?」

「噂になっている新しい超精鋭部隊……!?」


 訓練生たちの戸惑いを捨て置きながらワータイガは続ける。


「四方と八方より帝国を守護し、皇帝陛下の御ために千里を駆けて敵を噛み殺す。獣神ビーストの力をより濃厚に与えられた十二人の獣の闘士。それが『帝国守護獣十二使徒』」

「待ってください!」


 俺はとりあえず質問してみた。


「その十二使徒の選別が近々行われると聞いたんですが! 第二位のアナタが既にいるということは、選別はもう終わったんですか?」

「正確にはまだ途中だ。……十二使徒に連なる十二人のうち、第一位は帝国最強たるグレイリュウガ様、そして二位はこの私と決まった」


 帝国の双璧と謳われる二名。

 第一位グレイリュウガと第二位ワータイガの強さは、ゲーム内でも三位以下とは次元を画するものだった。


 三位を倒してそのままの勢いで挑んだら瞬殺された、なんてプレイヤーが当時何万人いたことか。


「……近日行われる選抜会は、我らに続く第三位以下の十二使徒を選び出すためのもの。皇帝陛下は真の最強集団を欲し、階位に拘らずすべての強者にチャンスを与えよとお命じになった。それはたった今帝国の正規兵となった、お前たちとて変わりない」


 その言葉にまたざわめきが起こった。

 何やら揉め事が立て続けだが、この帝国最精鋭の一人が正式に、俺たちのことを正規の帝国兵だと認めたのだ。


「それゆえ今年の新兵訓練最終試験は、私が直々に視察することとなった。もし資格ある者がいれば、十二使徒に連なるためのチャンスを与えようと」

「そんな! そんなことワシは聞いていない! 毎年変わらない普通の試験だと……!?」

「完全な公正を期すために現場の教官にも伏せておいた。おかげでこんな見苦しいものを見る羽目になったとはな……!」


 ワータイガの鋭い視線がアテコロに向いた。

 神通力を得た賢虎が、悪代官を噛み殺す昔話があったような気がする。それを思い出した。


「高官ハロギの息子ギリーに様々な便宜を図ったこと既に明白。闇を見通す虎の目に隠し立てはできない」

「い、言いがかりだ! 証拠は! 証拠はどこにある!?」


 俺にも言った最後の言い逃れを、再びぶつけるアテコロだが。


「十二使徒は、親衛隊の上に置かれる最精鋭機関。皇帝陛下の直命を受け、他の命令に従う義務を持たない」


 そこまで強い権限を持った勇士にとって……。


「お前ごときを裁くのにいちいち証拠がいると思ったか?」

「ひいいいいいいッ!?」


 さすが悪の帝国カッコいい!

 いやダメだろ!


「待ってくれ! 仕方ないじゃないですか! 相手は大貴族ですよ! そんなお方の息子にお願いされちゃあ、それこそ底辺教官ごとき逆らいようがないじゃないですか!?」

「それでも逆らうのが帝国の気骨。帝国における正義とは何か。力だ。力こそがあらゆる法に勝り、力こそが階位を定める尺度となる」


 帝国軍の基礎となる新兵にこそ、その尺度が何より厳密に適用されるべきなのに……。


「お前は肩書きにおもねり、帝国のもっとも重要な法を曲げた。大貴族の息子と言うだけでとるに足らない弱者を正規兵にし、あまつさえ有望な四人を不合格にしようとした」


 それって俺たちのことでしょうか?


「弱きを取り、強きを捨てる。それは強者をこそ求める皇帝の意向に逆らうこと。お前の所業は、帝国に対する重大な裏切り行為だ」

「待って! 待ってください! ワシが間違っていました! 心を入れ替えます! これより身を粉にして帝国に尽くします! 帝国のために働きます! だから御慈悲を!」


 土下座して許しを乞うアテコロ。

 無様この上ない姿だった。


 さっきまで俺たちに求めていた屈辱の行為を、今日まで威張り散らしてきた訓練生たちの前で。

 見苦しさこの上ない。


「もう遅い」


 月光を身に受けて、虎は静かに言った。


「我が虎爪は、既に断罪を済ませている」

「へ? あれ?」


 アテコロの体に線が入った。

 体の中央に縦一本、ヤツを綺麗に左右に分けるように引かれて、その線に沿ってメキメキと裂けていく。

 体が。


「え? 待って? 体が!? ワシの体が裂けていくうううううッ!? 真っ二つにいいいいいッ!?」

「獣魔術<惨月軌(さんげつき)>」


 アテコロの体は弾けるように裂け、真っ二つとなって分かれた。

 当然致命傷だった。


 これが帝国の、間違いを犯した者への粛清なのか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 虎で「さんげつき」と言ったら「山月記」ですね!?
[一言] この手の演出は格好いいけど、処刑役の腕が良すぎると罪人に苦しみや痛みが伴わない不具合が発生する(・ω・)
[良い点] お前はもう死んでいる演出
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