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20 闇夜の行軍

 そして最終試験が本格的に始まった。

 俺たちは進む、暗闇で足元すらよく見えなくなった山道を。


「隊列は一列縦隊! 山道は細い! 注意して進め! 常に前後のメンバーを確認、異変があったらすぐ知らせろ!」

「「「「「はい教官!」」」」」


 だから俺が教官じゃねーって。

 皆が俺のことを『教官』と呼ぶ。実際のアテコロじゃなくて俺の方を。


 実際夜の山道は、最終試験に相応しい難所だ。

 いや、最終試験としてハードすぎるかもしれない。


 ただでさえ道なき道。どこをどう歩いてきたかもわからず気を抜けば遭難してしまう。

 それに闇夜で視界がまったくきかないとなれば、遭難の確率はさらに上がる。


「そうなんです?」


 それでも正規兵ともなれば夜間を押しての行軍もあるかもしれず、その際地形も選んでいられなくなるかもしれない。


 この最悪の状況も、正規兵としての適性を見るために必要ということか。


 試験場に指定された山は錬兵所近くで、よくこういう風に利用されているらしい。


 幸いというべきか、山中には蛇の腹のように細い道が伸びていて、それを辿っていけば無事山頂へたどり着ける仕組みになっていた。


 山自体も、丘というべき程度の高さ、頂上の往復はそこまで苦ではあるまい。


 隊列を乱さず慎重に、道を見失わずしっかり進めば、全員漏れなく合格できる。


「落ち着いて進め! 道筋はしっかり見えてるぞ! 踏み外さず一歩一歩踏みしめていけばゴールに着けるんだ! 焦らなくていい!」

「わかりました教官!」

「教官がいてくれてよかった……! おかげで皆合格だ……!」


 だから教官じゃねえって。


 宣言した通り、夜山踏破の攻略手順は既に解明されていて、あとはそれを堅実に実行するだけで頂上到達は可能だ。


 このまま何もなければ、列になって進んでいることだし皆まとめて無事合格することだろう。


 気を抜いてはいないが、若干安心しつつも前に進んでいると……。

 ……やっぱり起こった。


 このまま試験を終わらせはしないアクシデントが。


「なッ!? なんだあれは!?」


 という怯えた声が上がったのは、隊列の中腹辺りからだった。


「なんだ!? 異変を察知したらすぐ報告しろと言ったはずだぞ! 明瞭にだ!」

「す、すみません教官ッ!?」


 だから教官じゃ……!

 もういいや。


「あっちの木々の向こうで、何か光ったんです! キラッて……!?」

「お前の見間違いじゃねーのか?」

「かもしれない。一瞬だったから……!?」


 同輩からの揶揄に、発見した当人も自信をなくしている。

 しかし小さな違和感の黙殺は、次の瞬間の死に繋がる場合もある。


「皆! 松明を、問題の方向にかざしてくれ!」


 無論深夜の山道を完全に暗闇のまま進むことなどできない。

 煌々と松明を燃やし、せめて自分らの周囲だけ視界を確保してあった。

 その松明を、何かが光ったという方向へかざし、そちらの方向への視界がより明瞭となる。


 すると……!?


「……光った、たしかに」


 今度は俺も確認した。

 何かが反射するようにキラリと。


「反射……、松明の灯かりに反射している?」


 一体何が?

 俺は息を静め、智聖術<生命探知>を発動させる。

 五感より上の超感覚を駆使することで、周囲にいる生命の気配を察しとるスキル。


 山中じゃ生き物が多すぎて煩いだけだと思っていたが、特定の悪意を持っている生命がいれば何らかの反応があるはず。


 ……あった。


「全員戦闘態勢! 敵だ!」

「ええッ!?」


 俺の声とともに向こうも動いた。

 松明の灯かりを反射し、ギラリと光る両目を赤々と燃やしながら迫ってくる……。


 狼。


「おおかみぃ!?」

「迎撃! 剣を! いや松明で利き手が塞がってるうううッ!?」


 所詮はまだ実戦未投入の訓練生。

 突発事態に対処できない。


「はあッ!!」


 そこで俺が動くしかなかった。

 大顎開けて訓練生に迫る狼を、飛び込みざま蹴り抜く。


 ギャインと情けない声を上げながら、山の下り坂を転がり落ちていく狼。

 再び夜の闇に消え去った。


「皆怪我はないか!? 隊列は乱してないな!? いないヤツがいないか前後しっかり確認しろ!」


 俺の呼びかけに、戸惑いつつも指示をしっかり実行する訓練生たち。

 刷り込まれた行動なら動揺しながらも実行できる。日ごろの訓練が生きたな。


「なんだったんだ今のは? 野犬か?」


 巨体をノシノシ揺らして、ガシが歩み寄ってくる。

 頼りになる彼には最後尾の守りを任せていたが……。


「何しろ山の中だ。そりゃ狼ぐらいいてもおかしくはないか……。でもあれ」

「なんだよ? もったいぶらずに言ってみろ?」


 ガシに急かされて、俺も胸中に湧いた疑念を口にしてみる。


「……魔獣かもしれない」

「はぁッ!?」


 この世界において普通の獣と、魔獣は明確に違う。


 魔獣は元々普通の獣だった。それが獣神ビーストの獣魔気で強化され、変容したのが魔獣だ。

 だから自然界にはありえない魔物であるし、『ビーストファンタジー』シリーズでは、その存在自体がフィールド発生するモンスターとして扱われる。


『ビーストファンタジー4』では獣神ビーストと契約した獣魔皇帝ヘロデは、獣神の眷属である魔獣を操ることができ帝国の重要な戦力となっている。


 主人公セロが帝国の重要施設に潜入する時、エンカウントして魔獣と戦うのもそういう理屈で説明されるらしいが……。


「来たぞ!」


 闇の向こうに、さっきと同じ反射光が無数。

 アレが全部狼の眼光だとしたら……。


「今度は集団で来る! 腰を沈めろ! 踏みとどまれ、下手に動いて山道から外れたら、頂上にたどり着けないぞ!」


 群れを成して襲ってくる狼たち。

 いや野犬。


 間違いないアイツらは魔獣リックドッグだ。

 野犬が獣魔気を受けて自然の理から外れた、犬型魔獣。


 ゲーム中では比較的初期に出てくるザコ敵の一種。

 犬らしく群れで現れるから厄介なんだ。その分経験値稼ぎにはいいけど。


『ビーストファンタジー』の第一作目から数作に亘って何度も登場し、ゲーム中で親の顔より見てきただけにさっきの一瞬の接触で気づくことができた。


「うぎゃああああッ!?」

「今度は群れで来た!」


 訓練生たちは俺の指示を守って踏みとどまる。

 ここで下手に逃げ散ったらマジで遭難して試験どころじゃないから、怖いのを我慢して動かずにいるのは偉かった。


 そんな彼らの勇気に応えて、何としても全員合格させてやらねば。


「シーデラ! 俺の代わりに先導役になれ! 山道を踏み外さないようにしっかり進め! そうすれば嫌でも頂上に着く!」


 隊列の一番先頭にいる同輩に指示を出す。

 とにかく進まなければ、前に。


「どらあぁッ!」


 俺と共に魔犬どもに立ち向かうガシ。

 その巨躯から繰り出されるラリアットで、一気に三頭まとめて吹き飛ばす。


「くっそ何匹いるんだ!? コイツらにかかずらわってたら夜が明けちまうぜ! なあジラ、お前の魔法でクソ犬ども一掃できないのか」


 共に過ごした訓練生活で、俺が魔法を使えることも知ってるガシ。


「やってもいいけど、間違いなく同時に山火事起きるよ?」

「よし横着せずに一匹ずつ捻り潰していこうかなあ!!」


 仮に冷却魔法に切り替えても周囲に被害甚大になるのは変わらんし。


「それよりもガシ、キミも隊列に戻って一緒に進んでくれ。コイツらなんぞに付き合っていられないのは同意だ」

「お前はどうする?」

「ここで野犬どもを食い止める。……いや片づけていく。所詮相手は低級魔獣だ。チマチマ一匹ずつ潰していくのは手間だが、それでも時間はかからないよ。すぐ追いつく」

「たしかにお前なら、それぐらい簡単だろうが……」


 心配そうな視線を向けるガシ。

 おいおい、いつからそんなに互いを気遣いあう仲になった俺ら?


「ここより先に危険がまったくない保証もない。その時はキミに頼みたいんだガシ。皆を守ってくれ」

「…………」


 巨漢はすぐさま後退し、既に前進し始めている隊列に戻る。


「こっちは任せろ! お前もすぐ追いついて来いよ!」

「ああ」


 実際のところ今の俺にとってリックドッグの数頭など敵にもならない。


 しかし気になることはある。

 何故こんなところに低級とはいえ魔獣がうろついている?


 魔獣は、前述したように獣神ビーストの魔気に冒された哀れな獣たち。

 ゲーム中の敵を通じて獣神の支配力が広まるほど獣魔気も満ち、フィールド上にも魔獣が現れる設定になっている。


 しかし獣神ビーストと契約し、魔獣の操作権を持っている帝国の領内で、誰彼かまわず人を襲う野良魔獣が徘徊するだろうか。


 帝国は魔獣を操ることができる。

 だから悪の帝国なんだが。


 まさか試験の一環として魔獣をけしかけたとしたら、試験としては殺意が高過ぎはしまいか?


 では他に、あり得る可能性は?

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