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15 錬兵所の洗礼

 教官という人が出てきたので、訓練生一同並んで向かい合う。

 まるで前世での学校の体育を思い起こさせた。


 そう、俺たちはあの日の学生と同じ、まだ一人前ではない。

 これから始まる訓練を乗り越えて、やっと正規の兵隊さんになるのだ。


「いいか! 貴様らはゴミクズだ! 子ども以下だ! 地面を這う芋虫だ!」


 教官殿からの有難い訓示。

 いかにも退役軍人っぽい、厳つい顔つきの中年男性であった。


「帝国男子は、偉大なる獣魔皇帝ヘロデ様のお役に立たねばならん! そのために貴様らは兵士になるのだ! いまだ兵士ではない、皇帝陛下の役に立てんから、今のお前らはゴミクズだ! わかったか!」

「「「「「はい、わかりましたッッ!!」」」」」


 若者たち、大声を張り上げる。

 今ここで教官のご機嫌を損ねるわけにはいかないから必死だ。


「声が小さい! 本当にわかっているのかゴミクズども!?」

「「「「「はいッ!! わかりましたぁッッッッ!!!!」」」」


 本当に必死だ。


「そのゴミクズでしかない貴様らを、一人前の正規兵に育て上げるのがこのワシだ! 教官アテコロ様だ! 貴様らにとってワシは神だ! 地の底を這いずるしかない貴様らを天に届けてやる救い主だ! わかるなッ!?」

「「「「「はいッ!! わかりましたッ!!」」」」」

「ワシの命令には絶対服従だ! それが帝国正規兵になれる唯一の道と思え!! 質問は許さん! 疑うことも許さん! それができないなら錬兵所を去れ! そして一生地べたのウジ虫人生を過ごすがいい!」


 いかにもこの軍隊の鬼教官といったような。


 こういう強面のしごきに耐え抜いてこそ、地獄の戦場で生き抜く兵士が完成するってことなんだろうが。


「ここ、第十八錬兵所には約百人の新兵候補が登録されている。国中の十五歳の男子を全員一度に収容することなどできんからな。小分けにされてるってわけだ」


 それで第十八まで錬兵所ができるわけだから、新兵候補はたくさんいるんだろうなあ。

 実際は第十九、二十以降もあるかもしれんし……。


 まあ、若年層が多いことは国が豊かな証拠だ。


「全員もれなく兵士になれるなど甘ったれた考えは持つなよ? このアテコロ様が教官になった以上、役立たずはどんどん切り捨てていく、それが皇帝陛下のおためと確信するからだ。……たとえば貴様!」


 なんかいきなり指さされた。

 俺ですか?


「貴様だ、返事せんか!」

「は、はーい……!!」


 なんでいきなりピックアップされたんだ? 


 まだ俺ここに来てから何もやらかしてないはずなのに。

 ついさっき来たばかりなんだからやらかしようがない。


「貴様は第三十四区画街に住むブルスの息子、ジラだな!?」

「はい、そうです!」

「『はい、そうです教官』だ! そんなこともわからんのかぁッ!?」


 いきなり横っ面を殴られた。


「知ってるぞ貴様? 兵役に就くのに先立ち、旅に出てあちこち回ってきたそうだな? 修行のためにな? 間違いないか?」

「間違いありません教官」

「バカなことをしおって! いいか、お前の選択は大間違いだ! 無駄な時間を過ごしたな!」


 教官は、張り付くヒルのような距離感で俺に向かい合い、俺を恫喝する。


 周囲の訓練生たちも何事かと注目する。


「貴様にはな、精鋭候補生に組み入れる話が出てたんだ。貴様が頭角を現し出した五年前のことだ。しかし貴様は愚かにも、その誘いを蹴って旅なんぞに出おった! その罪深さがわかるかあ!?」


 俺の襟首を掴んでガクガク揺さぶる。


「貴様は、我ら帝国の兵士育成システムにケチをつけたんだぞ? 貴様が強くなるためには、我ら帝国錬兵署の精鋭育成プログラムを受けることが唯一の正解だったんだ……! 他は全部間違いだ!」


 それでやっとわかった。

 この教官が、俺を目の敵にする理由が。


 兵士を育て、帝国に役立つ精鋭に仕立て上げるのが仕事の人たち。

 なのに、自分らとは別の方法で最強の兵士になろうとする者がいたら、それは目障りに違いない。


 自分らの存在そのものを否定するようなものだから。


「あらかじめ言っておく! お前は正規の帝国兵士にはなれん! このワシが必ず貴様を潰してやる! 貴様に課す訓練は他のゴミ共の倍だ! すぐさま耐え切れなくなって逃げだすだろうよ! そして貴様は一生を底辺として過ごすのだ!」

「はあ……」


 この帝国では、満足に兵役を務めきれなかった者は一人前とみなされない。

 あらゆる社会活動から爪弾きにされて、見下されながら生きることになる。


「お前は後悔するんだ一生な! 小賢しい自分の判断などせず、ワシらの言う通り精鋭候補生になっておけばバラ色の人生が約束されていたはずなのに、それを自分で投げ捨てたと死ぬまで泣き続けるんだ! なァ!?」


 めぎょ、と惨たらしい音が鳴った。


 教官が、俺の腹部に思い切り拳を突き入れた。


「今日から貴様はワシのオモチャだ。一瞬も心休まる暇はないぞ? せいぜい長く耐えて、旅の成果とやらを示してくれよ、なあ?」


 それですべて言い終えたのか、教官はクルリと踵を返して離れていった。


 残された俺の下へ駆け寄るのが二人。


 大男と小男だった。


「……おい、大丈夫か!?」

「アンタ初っ端からヘビーすぎますよ。いきなりアテコロに目をつけられるなんて……!?」


 たしかガシとセキとかいうヤツら。

 さっき名乗り合ったばかりの俺を気にしてくれるなんて、案外いいヤツらだ。

 他の訓練生は、興味を引かれて注目はしているが、また同時に巻き込まれるのが嫌で遠巻きにしているだけ。


 そんな中迷わず駆け寄ったガシとセキは男気があるといってもいいだろう。


「あのアテコロって教官は、訓練生苛めで有名な男ですぜ? 毎年必ずターゲットを見つけては、脱落するまで苛め抜くらしい」


 と小男のセキが解説してくる。


「アンタ、もう正規兵にはなれないよ。アイツに目をつけられたからには。せっかくスゲえお人なのに……!」

「いや大丈夫さ。それよりもあのアテコロって教官も、なかなか見所のある男じゃないか」

「はあッ?」


 俺の言葉に、大男のガシが色めき立つ。


「お前、相当心の広いヤツだな!? さもなくはバカか!? あんな風に怒鳴りかけられて、殴られたのに! それで見所のあるヤツだと!?」

「殴ったからさ」

「はあ?」

「最初に顔を殴った時に気づいたはずだ。なのになおも腹を殴りにきた果敢さがな。しかもそれで骨が砕けたって言うのに、耐え切って叫び声も出さない我慢強さも」

「は!?」


 そう言うのと同時だった。

 遠くの方から苦悶の叫び声が聞こえてきた。


「あぎゃあああああッ!! 痛い! 痛いいいいいッ!? ワシの手が!? ワシの拳があああああッ!?」

「あら、やっぱり耐えられなかったか」


 殴った瞬間は、脂汗吹き出しながらも平静を装っていたのに。


「おいッ!? 教官がいきなり倒れたぞ!?」

「右手を押さえてのたうち回ってる!? どうするんだ!? 医者を呼べばいいのか!?」


 周囲の訓練生の戸惑いの声。


「ど、どういうことだ!? 殴られたジラよりも殴った教官が苦しんでる!?」

「手の骨が砕け散ったのさ。俺を殴ったせいでな」

「んなあッ!?」


 智聖術<バリアシールド>。

 それを全身に張り巡らせて我が身を守った。


『たぬ賢者』の下で学び修めた智聖術は、一般的なRPGで言うところの魔法とは別形態。

 いわゆるスキルの枠に収まる能力だが、同じような系統として獣魔術があるのでもっと厳密に分けると、いわゆるサイキック的なものと言えるかもしれない。


 元々定義が『人の持つ知性を源とする力』なのだから、どういうものかと色付けしたら超能力になっちゃうようだ。


 とにかく俺は、そんな智聖術を『たぬ賢者』から習って修得した。

<バリアシールド>は、その一つ。念動的な力で見えない壁を作り出し、自身を防御する智聖術だ。


『ビーストファンタジー』では味方一人の防御力を上昇させるのが<バリアシールド>の効果。さらに味方全体の防御力を上げる<αバリアシールド>という上位スキルもあったが……。

 この世界では相手も気づかないほど体にフィットした透明防御膜を展開し、害意ある影響すべてをシャットアウトし、それだけでなく受けた衝撃をそのまま相手に返すことができるようだ。


 そのおかげでアテコロ教官は、殴打に使った自分の拳を砕く結果になってしまった。

 天に向かって唾を吐いたのだ。


「痛い! 痛いいいいいいいいッ!?」


 いまだ痛みにのたうち回る教官。

 訓練生も見ているというのに威厳が形無しだな。


「……ジラ、お前の仕業なのか?」

「んなわきゃないでしょう。俺は殴られただけだ。それはお前らだって見てただろ?」


 そう、俺は人知れず<バリアシールド>を展開しただけのこと。

 シールド自体には防御機能だけしかなく、他者を害することなどできないのだから。


 そのシールドに向って拳をぶつけ、拳を砕いたのはあくまでアテコロ教官の能動だ。

 一発目で頬を殴った時、既に<バリアシールド>は張られていたから違和感に気づいたはずだ。

 それなのに追加で腹を殴った。


 警告を活用できなかった自業自得であった。


「楽しい訓練生活になりそうじゃないか? なあガシ、セキ?」

「「…………!?」」


 錬兵所でできた新しい友だちは、二人とも脂汗を流すのみだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] というか一般的なRPGうんぬんと言われても最近の魔法は多様化が進みすぎて、個人の力で一定の法則にしたがっているのか、精霊に力借りてるのか、ただ魔法名唱えたら発動するゴミみたいなものなの…
[一言] 覚悟が足りねえな!
[一言] サイコシールド?バリアシールドじゃなくて?
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