14 錬兵所に入門
「違うよ、お兄ちゃん!」
危うくフォルテに掴みかかりそうになったのを、止めたのは他でもないセレンだった。
「アタシがフォルテお姉ちゃんにお願いしたの! 無理にお願いしたの! アタシも戦いたいって!」
「えええッ!?」
我が妹はいつからそんな好戦的に!?
「だって、アタシも戦わないとお兄ちゃんと一緒にいられないもん! アタシも戦えれば、お兄ちゃんと一緒にいられるでしょ!?」
「…………ッ!?」
それでセレンは力を得ようと。
五年前の旅に出ようとした時、幼いセレンは必死にしがみついて俺との別れを拒んだ。
もう二度と、そんな苦しみを味わうまいと。
俺と一緒にいられる道を選びとったのか……!?
「ジラ……」
フォルテも言う。
「私も、女ではあるが戦いの道を選んだ一人だ。私が生まれたのはロボス族。草原に生きる狼の一族。しかし帝国と戦って敗れ、屈服した」
降伏の証として差し出された人質がフォルテ。
だから彼女は草原の民でありながら帝国で暮らしている。
しかし彼女は状況に甘んじることなく訓練を重ねて強くなろうとしている。
強くなれば軍に取り立てられ、戦いで功績を挙げれば彼女のベヘモット帝国での立場は上がり、そうすれば自然彼女の出身部族も重く用いられる。
そうして彼女は自族に尽くそうとしているのだ。
「同じ女としてセレンの努力を止めなかった私に責任はある。恨むなら私を恨め」
「…………」
俺は深いため息とともにかぶりを振った。
そこまで重大な決意を込めた二人を、どちらも責められないではないか。
「そうは言ってもな……! 俺はまだ兵役にも就いてないんだぞ。それなのにキミらは精鋭候補とか、先に進み過ぎだろ?」
セレンはまだ十三歳。
性別どころか年齢でもまだ軍に入る条件を満たしていない。
それでも精鋭候補として選抜されるのは、何より強さがあれば他は何でも免除になるということ。
いかにも悪の帝国らしい仕組みだった。
「その辺は心配あるまい? ジラが軍籍に入ればすぐさま上に行ける。それだけの実力があるのだから」
「お兄ちゃん、すぐアタシたちと同僚だね!」
いや、そんな。
なんでそんな当たり前のように俺が強いと決めつけるんですかね。
「もしよければ私から推薦しておこうか? そうすれば無駄な手順など踏まずともすぐに私ぐらいと同格にはなれよう」
「やったねお兄ちゃん! 親衛隊のフォルテお姉ちゃんから推薦貰えば、お兄ちゃんもすぐ親衛隊だよ!」
だから勝手に物事を進めない。
「っていうかフォルテさんも当たり前のように上位ランク入りしてるんですね」
「ああ、幸運にも機会を得て、皇帝直属の親衛隊に籍を置いている。こっちのセレンはまだ候補生ではあるが、そのうちすぐに正規の親衛隊入りを果たすだろう」
皇帝直属の親衛隊。
それはまさか……。
「それと、ここだけの話だがな」
フォルテが、耳元に唇を近づけ、息を吹きかけるように囁く。
周囲に聞かれないようにという配慮なのはわかるが、年頃の娘さんが異性にするのは躊躇すべきような接触では?
「……まだ噂の段階でしかないのだが、近々親衛隊が再編されるらしい」
「えッ!?」
「より厳しく、少数精鋭に選び抜き、まったく新たな皇帝直属の集団を作り上げるのだそうだ。審査対象になるのは既存の親衛隊員だけではない。帝国兵ならば最下の雑兵に至るまで、実力さえあれば用いられるという」
身分上下おかまいなしか。
まさに実力主義。
「しかし選抜されるのはあくまで帝国軍に所属する兵士のみ。それが最低条件だ。ジラもこのチャンスを掴みたければ、選抜が始まるまでに正規の帝国兵になっておかねば……」
いや、そんな急いで出世したいとも思わんのですがね。
……と思っていたのも昔のこと。
今となっては少し考えが変わってきている。
以前は戦いから遠ざかることで平穏無事に生きようとしてきた俺だが、修行の旅から帰って目指すところはむしろ逆になった。
『ビーストファンタジー4』の主人公となるセロと過ごしたのが大きかったな。
いずれ帝国の宿敵となるアイツと、殺し合いになるような事態は避けたい。
究極的な目的は保身であるとは終始変わらないが……。
人と出会うたび望むものが増えていくのは、我ながら欲深いことだ。
◆
しかし俺は、結局普通に錬兵所に入ることにした。
一般の兵役従事者はまず錬兵所に入る。
そこで決められた訓練を受けてから、正規の兵士になるのだ。
フォルテの推薦を受ければ、そうした段階をすっ飛ばしていきなり正規兵に……しかもそれなりの階級を得ることができたのだろうが、熟考の末、彼女の好意に感謝しつつも固辞した。
フォルテには、セレンの扱いについてもだいぶ便宜を図ってもらったようだし、兄の俺まで世話になっては心苦しい。
この先もフォルテにセレンを助けてもらうためにも、俺は独力で地道に進むことを選んだ。
帝国歴九十七年。
満十五歳の帝国男子になら誰にでも送られてくる招集状に従って、俺は練兵所へとやってきた。
現地には俺と同じような年ごろの少年たちがわんさかと集まっていた。
とても数えきれないぐらいで、少なくとも百人単位でいるだろう。
彼らも兵役に就くためにやってきたのは間違いなく、帝国のある一定の若年層が大集合という形だった。
「……ん?」
その中で、何やら見覚えのある顔を見かけた。
つい最近見た気がする。
見上げるような巨体で、そっちの方が印象に残るように思えるが……。
「あッ」
思い出した。
「通りで会ったカツアゲ大男!」
「ばッ!?」
俺が指さして言うと、向こうも俺に気づいたようだった。
「なッ? お前は、なんでここにッ!?」
「こっちのセリフなんだけど」
錬兵所に現れたってことは、コイツも兵役に就くってことか。
ということはコイツも十五歳!?
この体格、この面構えで!?
「んまーッ! まあまあ!」
睨み合う俺と大男の間に、いかにも太鼓持ち的な物腰で小男が一人割って入った。
その顔にも見覚えがあった。
この大男に絡まれた時一緒にいたコバンザメ男。
「こんなところまで一緒にいるとは!?」
「まあ、ガシのアニキとオイラは一心同体ですからねえ! それよりアナタこそ、こんなところで合うとは意外ですよ! 風体からただの旅人とばかり思ってたんですがね!」
小男、滑らかな口調でまくし立てる。
「旅には実際出てたからな。兵役を務めるための修行の旅の帰りだった」
「まあまあ、それでオイラたちと同じくここに!? 奇遇ですねえ! オイラはセキと申します! こちらの巨漢はガシのアニキですぜ!」
と流れるような自己紹介に俺も口を挟めない。
できるな、この口八丁。
「おいセキ! 何フレンドリーに接してやがるんだ!? オレがコイツに何されたか忘れたのか!?」
「だからですよ! この方がバケモノみたいに強いって、もう思い知ってるでしょう? そんな人と険悪なままで訓練乗り切れると思うんですか!?」
なんか相談しておる。
そして小男の話術に説き伏せられたのか、大男いかにも面白くなさそうな表情をしつつ……。
「……そ、その、この前は悪かったな」
「いいよ、一方的にやったのはこっちの方だし」
一応、和解と挨拶を兼ねた握手を交わす。
「俺はジラだ」
「そうか。……オレは、ここでの訓練を必ずクリアして正規兵になりたいと思っている。それで錬兵所に入る前に少しでも力を見せつけておきたかった」
「あと、不審者を捕まえて衛兵さんに届ければポイントも稼げますしね。あの時の旦那いかにも旅装束で余所者っぽかったから、もし他国のスパイだったら高得点って思ったわけっすよ!」
それで絡んできたと?
ならばとにかく地元人じゃなかったらわざとぶつかって難癖付ける、お前らの方が不審者じゃないか。
あと明らかにお金も要求してたよね?
と追い込もうとしたがやめた。
コイツらも同じ訓練生なら、いがみ合って問題を起こす方が不利益だ。
ここは和解を受け入れて、共に帝国兵となる道を目指すとするか。




