12 手荒い歓迎
俺の故郷は、いつからこんなに治安悪くなったのだろう?
長い旅から帰ってきた矢先、ガラの悪い大男に絡まれた。
世紀末か?
「おいテメエ? ガシの兄貴にぶつかっといて詫びもせずに過ぎ去る気かい?」
大男の脇から、いかにも子分だと言わんばかりのヒョロ長い男まで出てきた。
なんだこの典型的チンピラ系小悪党二人一セットは?
「……詫びならしただろう?」
すみません、と。
「言葉なんかが何の意味になるんだよ!? 詫びっつったらコレだろう、コレ!?」
そう言ってお供の小男、指で輪っかの形を作る。
銭か。
益々小汚くなってきたな。
「オレもこの辺をシメる者としてよ。舐められるわけにはいかねえ。本当ならテメエをボコボコにして見せしめにしたいところだが、金で解決してやると言ってるんだ。優しいだろう?」
当の大男も揃ってカツアゲにかかる。
これは致し方ないな、俺はため息交じりに行動に出た。
「ぐおぼッ!?」
俺の突き出した拳が、大男のどてっ腹に突き刺さった。
『たぬ賢者』の下で積んだ修行を甘く見るな。
体術だって相応にレベルアップしてるんだ。
さらに前蹴りで、相手の顎を思い切り跳ね上げた。顎先が下から上へ、思い切り吹き飛ぶ。
「あごんあッ!?」
反動で頭部をシェイクされ、意識消失。だらしなく崩れ落ちる大男。
口ほどにもないヤツだった。
「うひぃいいいッッ!?」
情けない悲鳴を上げるコバンザメ。
二人を置いて早々に、俺はその場から去った。
これ以上付き合っても時間の無駄でしかないから。
「帝都も物騒になったものだ」
白昼堂々与太者がカツアゲしに来るんだからな。
益々『悪の帝国』のイメージに近づいてきた感じだ。
◆
そしてやっと本来の目的地にたどり着く。
我が生家。
五年ぶりの帰還だった。
「ジラッ!?」
「おお、ジラじゃないか! ついに帰って来たのだな!?」
五年ぶりに顔を合わせた父母の顔は、相応に老いていた。
「今帰りました。長いこと無沙汰をしてしまいました」
「何を他人行儀な! ここはお前の家で、お前は私たちの息子じゃないか! 畏まらなくていいんだぞ!」
「はい……!?」
何年経とうとここが俺の実家。
迎え入れる父母の態度は暖かだった。
「しかしこのバカ息子が。五年間手紙の一通も寄越さんで、どれだけ心配したか。旅の途中で野垂れ死んだかと思っていたぞ!」
「すみません……!?」
修行していた『たぬ賢者』のには、手紙を出したりできる環境など整っていなかったから。
最後に手紙を出したのは賢者の庵を目指して山に入る直前で、『以後は出せなくなります』としたためておいたはずなんだが。
「おまけに、兵役が始まるギリギリに帰ってきおって! もし間に合わなくなったらと気を揉んでいたのだぞ!」
「本当にすみません」
「……で、旅の成果はどうだった? 修行になったか? 実際ある程度は強くなってないと、あの時募兵官の勧誘を断ったオレの立場がないからな?」
父さんは、俺が武者修行でどれだけ強くなったかを気にしているようだった。
「いいじゃないですかアナタ。私たちのジラはちゃんと帰って来たんですから」
そんな父さんを、母さんが宥める。
「元気で帰ってきてくれたことが何よりのお土産ですよ。本当は兵役もどうでもいいの。ジラとセレン、私たちの子どもが二人とも元気に育って幸せになってくれれば何も言うことはありません」
「そういえばセレンは?」
俺が帰還して、やっぱり何より気になるのが妹セレンのことだ。
旅立つ時は、俺を行かせまいと大泣きしていたからな。
無事帰ってきた今だからこそ、何より早く再会して喜びを分かち合いたい。
「…………」
「……………………」
なんで押し黙るの?
セレンのことを聞いた途端、父さんも母さんも苦笑するばかりで沈黙が続く。
「セレンは……、まあセレンはなあ……!」
「あの子は留守よ。今日アナタが帰ってくるとわかっていたら出かけずに待っていたんでしょうけど、アナタが何の連絡も寄越さないから……」
えッ、母さん?
連絡しなくても俺の無事な姿が何よりの土産なのでは!?
「一刻も早く会いたいなら、アナタの方から会いにいったら? あの子は今、訓練場にいるはずだから」
訓練場?
何故そんなところに?
◆
父母に促され、俺は帝都にある訓練場へと訪れた。
訓練場とは何ぞや? という問いから答えると、帝国ならではの施設と言うべきか。
兵士や戦士が、プライベートでもみずからを鍛えられるよう開放されている公共スペースというべき場所だった。
職務にない時間でも自発的に鍛え、国家もまたそれを推奨する辺り、実に軍事国家らしい施設ともいえるが。
訓練場は、帝都内だけでも複数、それはたくさんあって公園並みに気軽な施設なのだが、その中からもっとも家の近所にある訓練場を訪れた。
だってそこにセレンがいるっていうから。
訓練場は、まるでスタジアムのような内部構造で、建物内を進むと、内側に大きな広場が広がっている。
多くの人々でごった返していた。
非番の兵士だったり、引退してなおやる気充分なオジサンだったり……。
あとはそれこそ、兵役を目の前にして少しでも鍛えようとする少年たち。
そんな顔ぶれが、それぞれ広場の一区画を使ってランニングしたり、筋トレしたり、魔法の練習をしたり、模擬戦を繰り広げたりとしている。
「ホント殺気立ってるなあ……」
こういう部分を覗くと、嫌でも我が祖国は戦闘国家なのだと実感する。
そうした訓練場で、もっとも派手に動いているのが中央辺りの集団だった。
なんだか凄いぞ。
やっているのは模擬戦のようだが、規模が違う。
数十人単位の集団戦のようだ。
しかもなお異様なことに、その数十人はピッタリ半々に人数を分けて模擬戦するのではなく、もっと歪な割合で敵味方のチーム分けをしていた。
一人vsそれ以外全部。
無茶としか言いようがないほどの戦力比。
多は単を取り囲み、一斉に押し殺さんと攻めかかるが、しかし次に起こったのがもっとも異様なことだった。
その取り囲まれた一人が、腕を振り回しただけで相手数十人を一挙に吹き飛ばしてしまったからだ。
「うぎゃあああああッ!?」
「ぐわああああッ!?」
腕の一振りで竜巻のような風圧が生まれ、敵役の集団は木っ端のように吹き飛ばされる。
地力が違い過ぎる。
これでは多対一にしたくなるのも仕方のないことだった。
人数差を圧倒的なものにしても、個人的戦力差を埋められない。
そこまで見届けてやっとわかった。
あの多人数は、たった一人の訓練に付き合わせるために集められたものなんだろう。
「何なんだアイツは……? 恐ろしい強さだな……?」
もしや未来の十二使徒の一人か?
よく確認しようと目を凝らして、さらに驚いた。
恐ろしい強さで訓練場の中央に立っているのは女だった。
しかも小柄で、少女と言っていいほどの体格。
あんな小さな子が、大の男を数十人と蹴散らしたのか!?
信じがたい思いでマジマジと観察していたら、目が合った。
しまったガン見し過ぎたか。
こういう界隈ではジロジロ視線をやっただけでケンカ売っていると揉め事になったりするからな。
さあ、どう言い逃れるかと考えていたら、次に信じがたい言葉が飛んできた。
「お兄ちゃん!?」
「はい?」
驚愕の事実が発覚した。
あの無類の強さを誇る少女こそ、五年前に別れた可愛い妹セレンだったのである。




