11 いつか戦う弟と
『卒業証書』
『たぬ賢者』がなんか紙切れを寄越してきた。
『おぬしは、ワシの教えの全課程を修了したことを、ここに証するたぬ』
「いりますこれ?」
『はあッ!? 何言ってるたぬ!? 証書なくしてどうやっておぬしの卒業を証明するたぬ!?』
はいはい。
じゃあせっかくだし貰っておこう。
これからまた野越え山越え長旅しないといけないというのに、余計な荷物が増えるのは厄介だが、紙切れ一枚ならそこまでの負担にはなるまい。
「セロとも、これでお別れだな」
俺は既に荷物をまとめ、旅立ちの準備を整えていた。
ありがたいことに師と弟弟子が見送りに来てくれている。
『セロは、今しばらくウチで預かるたぬ』
当のセロの肩に乗って『たぬ賢者』が言う。
『おぬしと違って、まだまだ教えねばならんことが多くあるたぬ。それに年齢的にも一人前になっておらぬたぬゆえ、十五歳になるまではここから出さぬつもりでいるたぬ』
十五歳は、この世界での一人前の年齢。
俺が兵役に就く年齢もそうだしな。
「その時までセロのことをお願いします。この世界は、コイツに対してあまりにも非情だ」
だからせめて我々だけでもこの子に優しくあらねば。
セロが庵を訪れたのが十歳の頃。
それから二年が経って、俺が一足先に旅立つ。つまりセロが十五歳になるのは、今からさらに三年後ということになる。
その時こそ彼が打倒帝国を目指して旅立つ時であり『ビーストファンタジー4』本編の開幕の時でもある。
その頃俺はどうしているのだろう?
帝国軍の一員として、いずれこの子とぶつかることになるのか。
「セロ……」
別れを惜しむために向き合う。
「本当に行っちゃうの? 兄ちゃん?」
「ああ、故郷に帰って兵役に就かなきゃならない。それに家族も待ってるから」
このまま帝都に帰らずバックれてしまおうという考えも浮かばなかったわけではない。
しかし、そんなことをして兵役を拒否すれば、故郷に残した両親や妹に多大な迷惑がかかる。
帝都にて兵役逃れは、殺人に勝る大罪。
犯した当人だけでなく家族にも、どんな災厄が降り注ぐかわからない。
だから俺はここの家族を残しても、あっちの家族のために戻らなくてはならない。
「俺はセロのことを本当の弟のように思っている。ここでお前と出会うことができて本当によかった」
それは偽りない本心だ。
しかし未来を思えば、ここで俺たちが出会ったことは本当に正しかったのか?
これからセロの未来には、本当に悲しいことばかりが待っている。
彼の人生をゲームとして疑似体験した俺が言うんだから間違いない。イベントが起こるたびにコントローラーを叩きつけて『運営には血も涙もないのか!?』と怒号することばかりが起こる。
既に始まりからして一生モノのトラウマなのに。
こののち、敵となった俺と再会するとなれば、セロのトラウマエピソードがまた一つ追加されるじゃなかろうか?
かといって俺にはどうすることもできないし。
俺にできることと言えば、せめて今のうちに真実を告げて少しでも心に余裕を持たせてあげることしかない。
受け入れがたいことを受け入れるための余裕を。
「だが……、しかし……!?」
ダメだ言えん!
俺のことを兄のように慕うセロに、『俺はお前の敵なんですよ』なんて非情に言えるわけがない!
しかし今ここで言わなければ、いずれ本格的に敵になって再会した時ショックが倍増してしてしまう。
今言わないと!
しかし!
俺は思い悩んだまま無言であること、どれくらいの時間だっただろう。
そのうちセロの方から俺に腕を回し、抱き付いてきた。
別れを惜しむ抱擁だった。
「セロ……!?」
「僕は兄ちゃんのことが大好きだよ……! たとえどこの国の人だろうと、兄ちゃんが大好きだよ!!」
セロ、お前まさか。
『セロたんは、すべて知っておるたぬよ~』
「お前が喋ったのかタヌキ!?」
『グズグズ何も言いださないおぬしが悪いのたぬ。そうでなくともセロたんは、お前と最初に会った時の奇行をずっと疑問に思ってたぬよ』
奇行!?
ちょっと待て、俺はそんな奇異なことをした覚えはないぞタヌキじゃあるまいし。
……あ、もしや。
「土下座?」
『ピンポーンたぬ』
初めてセロが訪れた時、俺は唐突に土下座して周囲の困惑を買った。
あれは、前世の記憶から未来に何が起こるか知っていながら、それを生かすことができなかった自分のバカさ加減に対する謝罪だったが……。
「……そうか」
二人は、別の意味でとったか。
俺は帝国出身者だから、帝国が巻き起こした災いに俺が代わって謝罪したと、そう思っているのだろう。
しかしそれはどうでもいい。
俺は改めてセロを抱きしめ返した。
「お前は、自分の思う通りに進め。お前の復讐は正しい。もし俺が、お前の敵として立ちはだかることがあったら、喜んでお前に殺されよう」
「やだ! 兄ちゃんを殺すなんて嫌だ! 悪いのは皇帝だ! 僕は……!」
セロは俺の体を抱きしめながら、えずく。
「皇帝を倒す! 皇帝の後ろにいる獣神ビーストも倒して、兄ちゃんたちを解放して見せる! 皇帝と獣神が、本当に倒すべき悪だ!」
セロはそういう結論に行きついたか。
彼の中にある様々な複雑さを整合するには、それしかあるまい。
『ビーストファンタジー』シリーズの黒幕として暗躍する獣神ビーストと。
その獣神と契約するベヘモット帝国の皇帝ヘロデ。
この二者こそが真の悪であり、他の者は帝国関係者であっても、その被害者に過ぎないのだと。
「……わかった。そういうことなら俺も、お前の戦いを応援しよう」
「兄ちゃん!」
「俺は死ぬまでお前の味方だ」
こうして俺は、弟弟子との別れに最悪の形だけは避けることができた。
俺が去ったあともセロはしばらく『たぬ賢者』の下に身を寄せて、彼自身の辛く厳しい人生を生き抜くための術を学んでいくに違いない。
あと三年。
時が来ればセロもまた巣立っていくという。
その頃俺は、どんな立場になって彼と再会するのだろうか?
願わくば、誰も傷つけない立場での再会を果たしたいものだ。
◆
そして帰ってきた。
帝都へ。
五年ぶりの帰還であった
時は帝国歴九十七年。
久々に見た帝都の風景は……。
「何か荒んでるな?」
という感じだった。
旅立つ前の帝都は、それなりに人通りも多く、一国の首都たるに相応しい賑やかさであったが……。
今はけっこう人通りもまばら。
露店も少なく活気がなくて、道端には浮浪者と思しき身なりの汚い男が座り込んでいた。
「まるでスラムの様相じゃないか……?」
故郷の変わりように、懐かし半分物珍しさ半分であちこち見て回っていると……。
「おぶッ?」
何かにぶつかった、余所見しながら歩いていた俺が悪いのだが、ぶつかったのが人の体だとすぐわかって恐縮。
「すみません! 前を見ずに歩いていて。お怪我はありませんでしょうか!?」
「あぁ?」
そして、ぶつかったのが壁のように巨大な大男だとすぐにわかった。
これなら相手が怪我したかもって心配はしなくていいな。
別の心配が必要だろうけど。
「このガシ様にぶつかっておいて詫び一つで済まそうとはムシのいい野郎だ。ケンカ売ってるってことか? なあ?」




