100 智はパワー
強い……!?
最初の勇者強い!?
ただ単に強いというならともかく、智聖気で聖獣気を押し返すって何なんだ!?
智聖気も獣魔気同様、聖獣気の下位じゃないのか?
ヤツにはそういった理屈が通じないのだ。
極めて初期の存在だからして、基準も何もあったもんじゃないから力加減が往々にして壊れている。
シリーズ初期の黎明期だからこそ生まれるぶっ壊れ性能。
それがヤツなのだ。
しっかり設定が整って、その上で『強い』と説明がついてもヤツには聞き分けられない。
『同じ一千万でも、オレたちは鍛え方が違う! 精根が違う! 決意が違う!』とか言っちゃう輩だ。
そんなヤツらには一目瞭然の数字の多寡すら覆される。
「まずいな……!?」
吹っ飛ばされる体を何とか押し止めつつ、俺は勇者カレスに向かい合うのだった。
アイツには勝てないかもしれない。
白玉天狐とはまた別種の滅茶苦茶加減だ。
正義の名のもとに悪を倒す。
それだけを追求した殺戮マシーン。
ストーリーも設定もなく、ただゲーム中の目的だけを設定され邁進する。
余計なバックストーリーだの、過去だのを持ったキャラではこのストロングスタイルは砕けないのかもしれない。
しかしそれで納得できるものか。
砕けなければ、こちらが砕かれるまでなのだから。
「智聖術<ちせいけん>」
「「「「「ぎゃあああああーーーーーーーッ!?」」」」」
ヤツが使ってくる技は<ちせいけん>のみ。
破壊力が上がるだけの単純無比な技に、数多のスキルを操る俺たちが圧倒される。
その後ろにいるのは、死を司る神ノーデス。
遥か過去に世を去ったはずの勇者カレスを、世紀を跨いで現世に呼び戻した張本人。
「そうダ、そのまま駆除され滅びるがイイ」
宙に浮きながら戦況を見下ろす。
「それが正しい筋道なノダ。この時代、巨大なる戦乱が地上を舐め尽くし、数多の命が散って魂は天に昇ル。それが新たなる歴史を作るノダ」
勇者カレスが振るう剣に俺たちはなすすべもない。
一方的に蹴散らされるだけだった。
まるで悪は正義に敗北するのが当然だと言わんばかりに。
本来なら俺たちは、同時代の勇者セロによって蹂躙されるべきだった。
それがされなかったから歴史を修正するのだと言わんばかりに今、最初の勇者によって蹂躙されている。
「ふざ……! ふざけるなよ……!」
グレイリュウガが立ち上がる。
彼もまた嵐のように吹き荒れる<ちせいけん>に煽られて直立不動ではいられない。
「獣魔術<竜砕死>!!」
苦し紛れに放たれる奥義も、勇者の剣撃に容易く相殺されるだけだった。
帝国最強の男ですらまったく歯が立たない。
それでも……。
「わからない……! 神よ! アナタの言うことは私にはまったく理解できないぞ!」
「ほウ」
「何故我々が悪だという!?」
いずれ帝国を背負って立つ男、神に対してすら気後れすることなく我を通す。
「武力をもって他国を侵略したからか!? しかしそれは戦国乱世の習い、我が国がやらねば他の国家から侵略され滅ぼされていたことだろう! 生き残るために全力をもって戦い抜く! それが罪だとでもいうのか!?」
「…………」
「それとも獣神ビーストの力を借りたことが悪いのか!? 悪神に頼ったことを!? しかし我々は、その報いならとうに受けている! 我が父が、国家存亡の危機を乗り越えるために禁断の力に触れた現皇帝が、そのためにどれほど苦しみ苛まれてきたか!!」
「…………」
「同じ神であるアナタにならわからないはずがない! この上まだ贖罪が必要だというのか!?」
死の神は答えない。
神なる者に対して一歩も引くことなく理を説ける。
まさに今グレイリュウガは、次代の支配者としての資質を示したと言えるだろう。
「それらはすべて関係ナイ」
あ、死神答えた。
「ワタシの役割は死という現象をつつがなく継続させるコト。それ以外に義務を負う神ではナイ。善悪の比も、刑罰の執行も、我が役割の中にはナイ」
「では何故出しゃばる!? 我が国は、多くの戦乱を乗り越えてやっと安定の時代を迎えたのだ! 今帝国が滅べば時代は再び戦乱へと戻り、多くの命が意味なく失われる! それが望みだというのか!?」
「そうダ」
死の神の即答にグレイリュウガは絶句した。
彼だけではない、他の十二使徒たちも。
「どういう意味だ……!?」
「意味なく人を殺すのが神の望みだって言うのかよ!? それでも神かよ!?」
噛みつきたくなるのも人情というものだろう。
しかし人と神の尺度はまったくもって違う。
「お前たちヒトからは見えないものがアル。この時代、この舞台では、死ぬべき人の適正数がアル。それを外れてしまえば、歴史もあるべき道筋から外れてしマウ。それを防ぎ、正しい歴史へ修正するのがワタシの神としての役目」
「意味がわからんぞ! 正しい歴史とは何だ!? 人が幸わい、繁栄することこそが正しい歴史ではないのか!?」
「それは歴史の正誤に関わりのないことダ。正しい歴史から外れれば、さらなる破滅がお前たち人間を襲うやもしレン。それはお前たちも望むべきではあるマイ」
死神ノーデスは勇者カレスを駆り……。
「だからお前たちはここで死ぬべきなノダ」
ここにいる誰にもわかるまい。
死神ノーデスの語る正当性など。
ヤツにとって重要なのは、進行していく歴史の正しい方向性だけであり、人間の死者数などハナから問題にしていない。
まさに神の視点だった。
しかし俺には……。
……俺にはわかった。
ヤツが何に拘り、何を恐れているのか。
この世界に転生してしまった俺だけが知りえた。
「俺のせいなのか……!?」
俺がこの世界に生まれ落ち、破滅の結末を回避するため八方手を尽くして未来を変えた。
多くの死すべき人が死ぬことなく、起こるべき戦いも起こらなかった。
それは、この世界の基調となる『ビーストファンタジー4』の物語が丸々潰れたということでもある。
そうしたらどうなる?
『4』以降の『ビーストファンタジー』の各作品は。
『4』の結末が大きく変わったことによって歴史の進みも方向転換し、『5』『6』『7』と続いていく未来から外れていかないか。
ヤツはそれを修正するために降臨した?
本来なら滅びるべきベヘモット帝国の、滅びた先に正しい『ビーストファンタジー』があるならば……。
帝国は滅びなければならない。
そのための歴史の修正者が死神ノーデスであり勇者カレス。
彼らは歴史を正しい形に戻すために降臨してきたのか!
「あるべき未来は、お前たちの死の先にアル。この世界のために死すがイイ。お前たちの魂の安らぎは、死の神である私が保証しヨウ」
『ダメだッ!!』
俺は聖獣気を全開放出。
なりふりかまわず死神ノーデスに飛び掛かる。
「無駄ダ」
それを遮るのは勇者カレス。
思い切り叩き飛ばされた。
『クソッ!? だからなんで智聖気で聖獣気を上回れる!?』
理屈が通じない相手は本当に厄介だ。
それでも果敢に攻め続ける。
すべて勇者にシャットアウトされる。
『なんでだ勇者!? なんでお前が今出てくる!?』
お前が活躍するのは『1』の世界だろう!? なんで『4』になってしゃしゃり出てくるんだ!?
お前の活躍する時代は終わったんだ!
死の神なんて設定を免罪符にしてノコノコ現れてるんじゃねえ!
『聖獣智式<鼠祢裂神獣>ッ!!』
「智聖術<ちせいけん>」
俺の最強攻撃力を誇る技ですら、あのシンプルイズベストの前では歯が立たない。
無様に押し返される。
「勇者よ! お前の使命はなんだ!? 獣神にまつわる者たちをただ無差別に殺戮することか!?」
違うだろう!
「お前がすべきことは、罪なき人たちを大義なき暴力から守ることだ! お前のしていることは勇者の行いじゃない! 目を覚ませ勇者よ!!」




