99 原初の勇者
十作ものシリーズを重ねる『ビーストファンタジー』。
その記念すべき第一作目、のちに『ビーストファンタジー1』と呼称されるソフトが発売されたのは、ゲーム機がまだ八ビットで動いていた頃のことだった。
聖なる神の意を受けた勇者が、邪神の差し向けた獣魔王と戦うというシンプル極まりないストーリー。
しかし、まだ当時RPGというものが珍しかったころの独特なシステムで人気をさらっていったという。
その第一作目を代表する主人公は、智神ソフィアの加護を受けた名もなき勇者。
出身、経歴、性格すべてが謎というか設定されていない。
あの当時のゲームなら、まあ普通と言ったところだろうが、完全なプレイヤーの分身として極めて透明に近い、アクションやシューティングゲームの自機みたいな扱いだった。
名前も設定されておらず、プレイヤーが任意の名前を入力(最大四文字、ひらがなのみ、濁音半濁音使用不可)して自由に設定できる。
ここでプレイヤーが自分自身の名前を入れるかどうかで性格が出たものだったな。
ただ色々メディア展開が進んでいくと主人公も名前なしとはいかず、小説版ではちゃんとしたオリジナルの名前が付けられたはずだ。
たしか……。
「カレス……!」
勇者カレス!
十二使徒のお披露目会にも出席していたダブラ王国の使者も言っていた。
『今から三百年前。王国を襲いし獣魔王を倒せし勇者の名がカレスであった』と!
その勇者カレスが、今俺たちの目の前にいる!?
そしてガシやレイたちを蹴散らしている!?
「でもなんで!? なんで勇者カレスが今ここに!?」
『ビーストファンタジー』シリーズは、同じ時系列に並ぶ一繋ぎの物語であることは確定している。
『ビーストファンタジー4』が『3』のたった十年そこらあとの話であったように。
確認したところ『1』の物語であった勇者カレスと獣魔王の戦いは、今から三百年ほど前に勃発したものだという。
それが事実であれば、三百年も前の人間がどうして今ここにいる!?
「しかもあんな若々しい御容姿で……!?」
せめて寄る年波に押されて老いさらばえたジジイになっていろよ!?
それなのに勇者カレスは、獣魔王を倒した時とまったく変わらぬ全盛期の様子だ。
「はッ!? まさか……!?」
俺は、小柄なマント姿を見る。
生者の死を司る死神ノーデス。
「まさかこれは……! アンタの仕業……!?」
「予定から外れたこの世界を修正するには、非常の力が必要だと言っただロウ? お前は既にこの時代の勇者、セロやライガを退けタ。さすれば新たに別の勇者を呼び寄せなくばなるマイ」
そのために勇者カレスを!?
「遥か昔、狂猛なる獣魔王を誅罰せし勇者……。この時代の獣魔を下すために冥府より呼び戻シタ」
やっぱり!
コイツの仕業だったのか!?
死を司る死神ノーデスの力なら、死者を甦らせることもけして不可能ではない!
三百年の昔、とっくに世を去った古き勇者を……。
……神の力で復活させやがった!?
「何が正常な世界のためにだッ!? 死んだ者を現世に呼び戻すなんて、そっちの方がよっぽど自然の理に反してるだろうが!!」
「だからこそ、非常には非常で当たると断ったはずダ。この勇者カレスこそ、この世界をあるべき姿に戻す救世主」
フワリと。
ノーデスの体が宙を浮かんだ。
そして復活せし勇者カレスの背後、上段へと滑り移っていく。
「この時代には、血と、殺戮と、混沌で満ちるはずであッタ。愚昧なる獣神の悪ふざけによって、巷には死が満ち溢れ、非業の魂で冥府は溢れかえるはずであッタ」
死神ノーデス。
もはや神としての荘厳さを隠そうともせず、天啓のごとく唱える。
「ジラ、お前ダ。お前によってこの時代の混沌は取り払わレタ。しかしそれではいカヌ。世界の運行がそう決まっている以上、この時代は死と混沌で満ち溢れなければいかヌ。ゆえニ……」
死神の足下。
烈剛なる勇者が闘気を撒き散らす。
「行け勇者カレス。使命を放棄したこの時代の勇者に代わり、お前がこの時代に大戦争を引き起こすノダ」
その命令に従ったのかどうか。
勇者は剣を振り上げこちらへと迫ってくる。
「……智聖術<ちせいけん>」
刀身に智聖気をまとった単純無比なる攻撃!
しかしそれだけに破壊力も率直だ!
「受けるな! 皆よけろ! 散開!!」
俺の指示に従い、十二使徒の皆は一瞬にして飛び散る。
そして一拍遅れて地面までも飛び散った。
勇者カレスによる剛剣撃の衝撃で。
「ぐぅわあああああああッ!?」
「何で剣で斬って地面が砕け散るんだああああッ!?」
これが『ビーストファンタジー』史上最初の智聖術<ちせいけん>。
本来『智聖剣』と書くのであろう技名は、当時の八ビット情報量の制約から平仮名表記の実にシンプルな技。
効果もシンプルだ。
通常より強烈なダメージを与える。
ただそれだけ!
「それにしてもこれは……!?」
強烈というのは知っているが強烈すぎやしませんかね!?
『1』本編中では序盤の方で覚え、以後ラスボス戦まで頻用される最良スキル。
シリーズ初期ならではの単純さと杜撰さを代表するようなスキルだが、それだけに強烈だ。
「気をつけろ皆! 彼の強さは少なくとも! ワータイガに匹敵する!」
同じシリーズ主人公だからな!
セロも例に挙げてよかったが、彼の強さは知らない者も多いので控えておいた!
「……どいつもこいつも……」
!?
喋った!?
勇者カレスが喋った!?
ゲーム中では終始無言で通したのに!?
「獣魔の臭い。邪悪なる獣神ビーストの臭味が染みついた連中。獣魔王と同じ、獣神に魂を売った者ども。人でありながら心を獣に落とした野獣たち……!」
勇者の全身から智聖気が噴き上がる!?
「この勇者カレスが、智神ソフィアの名のもとに成敗する!!」
智聖気の噴出に伴って、また地面が割れ、土片が飛ぶ。
いちいちエフェクトが騒がしい。
「しゃらくさいのだー!」
相手に反応するのは……。
ウチの妹セレン!?
「お兄ちゃんたちに対してなんて口の利き方! 皆お国のために粉骨砕身頑張ってるのに! ヒトの悪口を言うヤツは鉄棒で殴って顔の形を変えてやるーッ!!」
濃厚な獣魔気を発しながら、我が妹セレン、愛用の鉄棒を振りかぶる。
「獣魔術<猛烈・当たろう>ッ!!」
たぬ賢者から借り受けた智聖気はもうなくなったが、それでも獣魔術として最大級の粉砕力を持った打撃攻撃。
『牛』のビーストピースが発生させる突進力は、岩をも砕く。
あれをまともに受けて、原形をとどめておけるとも思えないが……。
「なあッ!?」
勇者はその不可能を可能にした。
彼の剣が、セレンの鉄棒を真正面から受け止めやがった!?
「あわ!? あわあわわわわわわわわわ……ッ!?」
さすがのセレンも、思ってもみなかった展開に戸惑うばかり。
しかし敵と肉薄しながら、その空白は命取りだ!
「消し飛ぶがいい獣魔の手先よ」
噴出する智聖気が津波となってセレンを飲み込もうとする。
「させるか!」
俺も兄として飛び出ざるを得なかった。
『聖獣モードッ!!』
このなかでは俺のみが自力で発動させられる獣魔気と智聖気の複合エネルギー。
いかに勇者カレスが主役の力をもってしても、これには敵うまい!
刹那。
際どいタイミングで間に割って入り、妹を庇うことに成功する。
「お兄ちゃん!?」
『下がれセレン!』
だが、そこまで心配はいるまい。
獣魔気と智聖気を併せた聖獣気は、智獣双方の上位互換。
かつて俺の聖獣気でビーストモードのグレイリュウガを圧倒したように、同じく下位能力である智聖気だって圧倒できるはず!
…………はず?
「おおおおおおおおおッ!!」
『ウソだろッ!? 押されてるッ!? 俺の聖獣気がただの智聖気に!?』
どういうこったこれは!?
なすすべなく押し負ける。
『うわあああああああッ!?』
「んきゃああああああッ!?」
なすすべなくセレン諸共吹っ飛ばされる俺。
「智は力!」
勇者、キメ台詞で言う。
「極めた知性に砕けぬものなし!」




