91話:軍備事情と日曜大工
執務室に移動した一良は、机の上に広げられた数枚の資料を前にナルソンから説明を受けていた。
資料の内容は、領内の徴兵に関する基本事項が主となっている。
一良はまだこの国の文字が上手く読めないので、資料の要点をナルソンが口頭で説明する形だ。
一良の隣にはリーゼが座っており、一良の求めに応じて書類に記載されている内容を読み上げている。
「資産に応じて規定された装備を各自が用意するとありますが、装備品の規格は統一されていないのですか?」
「裕福な貴族の私兵は装備を統一していることが多いのですが、徴兵によって集められる市民の装備はバラバラですな。ただし、第2階級以上の者には、長槍と盾の大きさは指定したものを用意するように指示しています」
説明によると、この領地での徴兵内容は所得に応じて異なるとのことだ。
徴兵される市民は資産に応じて5階級に分けられ、装備や加わる部隊もそれによって異なる。
第1階級がもっとも裕福で、第5階級がもっとも所得が少ないといった区分けだ。
イステール領におけるそれぞれの階級ごとの装備は、次のようになっている。
第1階級:兜、円盾、脛当て、胴鎧、長槍、剣
第2階級:兜、円盾、胸当て、長槍、剣
第3階級:兜、円盾、短槍
第4階級:短槍、投げ槍
第5階級:投石器、石
このうち、第1、第2階級は重装歩兵という兵種に分類され、それ以外のものは軽装歩兵である。
また、第1、第2階級のものが用意する盾は青銅製でなくてはならず、大きさも厳密に指定されている。
このほかに、弓を扱えるものは階級に関わらず弓兵として採用される。
貴族は幼い頃から騎乗訓練を受けることが一般的なため、基本的に騎兵として扱われる。
貴族の持つ私兵は貴族が装備を提供する分、装備の質が優れていることが多い。
ラタが支給されていることも多々あるので、騎乗技能のあるものは騎兵として参加し、それ以外のものは第1階級の兵士と同列の扱いを受ける。
また、貴族でなくとも騎乗技能があり、ラタを調達できるものは、所得階級を無視して騎兵として扱われる。
騎乗技能というものは弓と同じく熟練を要するものであり、ただ乗るだけならばまだしも、騎乗した状態で剣や槍を振るうことができるようになるまでには長い年月が必要だ。
そのため、幼い頃から騎乗訓練を受ける貴族以外では、騎兵として戦うことのできる者はごく少数に限られてしまう。
「なるほど、資産が少ない市民は用意する装備が少ないんですね」
「槍はともかく、胴鎧や剣、盾といった武具は調達や手入れに金がかかりますからな。全ての招集兵に統一された武具を用意させるとなると、その者たちにかかる負担が大きすぎます。なので、所得に応じて必要最低限の装備を指定している形になっております」
「領主側で武具を用意して配布するといった形にはできないんですか?」
「さすがにそこまで用意するのは厳しいですな……青銅の武具は高価ですし、平時から全ての武具を我々が用意しておくとなると手入れにも手間がかかりますので、それ相応の財源が必要になります」
「んー、そうですか。やはり財源問題か……」
本来ならば規格が統一された武具を領主側で用意し、それを配布して使わせる形にしてしまうのが一番いいのだろう。
規格が統一されれば戦力のばらつきも抑えられるし、何より貧富の差に関係なく同一の戦力として扱うことができる。
だが、先立つものがないのではとやかく言っても仕方がない。
まずは領内の財源問題を何とかしなくては、軍備をどうこうするどころの話ではなさそうだ。
「となると、やはり穀倉地帯の生産高を上げることと、新たな道具の導入であちこちのコストを下げるしかないですね……手押しポンプの導入で鉱山の採掘量が増えれば、なおのこといいんですけど」
「そうですな。特に銀の採掘量が増えれば、財源はかなり潤うことでしょう。それに、銅と錫の採掘量が増えれば装備の価格も下がりますので、招集兵の武具の質も向上するはずです」
「価格と質か……ふむ」
ナルソンの説明を聞き、一良は以前検討していた製鉄技術の導入について考える。
もし近場で鉄鉱石が手に入るのならば、製鉄技術の導入によって武具の価格を大幅に下げることができるだろう。
これは地球の話だが、鉄は銅や錫といった金属とは比べ物にならないくらいの埋蔵量がある。
埋蔵量が多いということは希少価値も低いということであり、調達コストも安くなるということになる。
青銅の代わりに鉄を用いれば、武具の価格を確実に下げることができるはずだ。
鉄は青銅よりも硬く耐久性に優れるので、装備の質の向上にも繋がる。
青銅に比べて加工に手間はかかるが、鉄の導入には大きなメリットがあるだろう。
装備品の作成による鍛冶職人の負担は激増するが、水車を動力とした鍛造機の導入によって、ある程度の負担は軽減できるはずだ。
以前バレッタに聞いた話では、4年後にはバルベールとの戦争が再開されるかもしれないとのことだった。
前回の戦いでは痛み分けという結果だったようだが、次の戦争でも前回同様にこの国が持ちこたえることができるかは分からない。
自分が手をこまねいていて支援が遅れ、アルカディアが滅ぼされるようなことになっては取り返しがつかないので、必要とあれば製鉄技術は導入するべきだろう。
だが、戦争が再開されずにこのまま平和を維持できるのであれば、革新的な技術である製鉄技術の導入は行う必要がない。
製鉄技術が導入された場合、周辺国とのパワーバランスは大きく崩れることになるはずなので、導入には慎重を期す必要がある。
「ナルソンさん、他国との外交状況……」
一良はそこまで言いかかって、隣に座っているリーゼが不思議そうな表情で見つめてきていることに気がついた。
うっかりしていたが、リーゼは一良がグレイシオールだとは知らないのだ。
軍備についてあれこれと何も知らないふうに質問する一良を見て、不思議に思っているのだろう。
「……は、また今度詳しく聞かせてください。続きはまた時間がある時にでも」
一良がそう言って席を立つと、隣のリーゼも一緒に立ち上がった。
「ん、そうですか。わかりました。詳しくはまた後ほど。お話を聞いてくださり、ありがとうございました」
そんな一良に、ナルソンは深く頭を下げた。
執務室を後にした一良は、リーゼと共に屋敷の廊下を歩いていた。
今は午前中だが、午後からはアイザックやハベルと共に、中庭で水力発電機用の水路を掘る予定になっている。
今の時間は午前11時過ぎといったところで、昼食までは少し時間が空いていた。
「カズラ様、先ほどのことなのですが……」
軍備について考えながら一良が歩いていると、おずおずといった様子でリーゼが話しかけてきた。
「あ、はい。何ですか?」
そう返事をした後で、一良は資料室での一連の出来事を思い出してしまい、背中に変な汗が吹き出てくるのを感じた。
もしあの時ナルソンが資料室に来ていなかったら、あのままどうなっていたのか想像がつかない。
何やらすごい勢いで迫られていた気がするが、あれはいったい何だったのだろうか。
「もし軍事関連に興味がおありでしたら、私が軍部をご案内いたしますわ。近衛兵隊やその他の私兵は日々訓練を重ねていますから、訓練場や兵舎に行けばその様子を見ることができます」
「え、そっち?」
「え?」
「あ、いえ! 是非お願いします! 一度軍の様子も見てみたいなと思っていたところなので!」
てっきり資料室での話の続きをされると思っていた一良は、予想外の提案に思わず心の声を漏らしてしまった。
これではまるでそっちの話を期待していたかのようにとられかねないと、慌ててリーゼに頷き返す。
「では、早速午後から……は、私は面会の予定が入っていました。明日……も、確か面会が……すみません、また後ほど時間を合わせて、一緒に参りましょう」
自分の予定が立て込んでいることを思い出し、リーゼは残念そうな表情になった。
一良がグリセア村に戻っている間、リーゼはできる限り仕事を進めてしまおうと、申し込まれた面会を全て断っていた。
だが、断られた面会者はそのまま諦めるわけではなく、面会予定を後ろ倒しにする形で再度申し込んできたため、リーゼは身動きが取れない状態になってしまっている。
都合が悪いと言って面会をキャンセルすれば、その予定自体がなくなるとリーゼは考えていたのだが、考えが甘かった。
さすがに何度も断り続けるのは体裁が悪いので、仕方なく本日の午後から面会を受ける形になってしまっている。
「あ、大丈夫ですよ。私のほうも午後からは予定が入っていますから、そのうちまたご一緒しましょう」
「ありがとうございます。また時間がある時に、是非。街へのお出かけも、楽しみにしていますね」
「そうですね、近いうちに都合を合わせて、出かけてみましょうか」
一良が話を合わせると、リーゼはとても嬉しそうに微笑んだ。
「はい! では、後で私の予定を整理して、都合が付きそうな日程をお伝えしますね!」
「え、ええ、わかりました」
楽しみで仕方がないといった様子のリーゼに、一良は若干戸惑いながらも頷いた。
資料室での一件といい、今の会話の流れからの食いつきといい、一良がイステリアに戻ってきてからというもの、リーゼの態度が急変しているように思える。
かなり社交的な性格の娘だとは思っていたが、何やらそのベクトルが予想外の方向に変わっているように感じられた。
その後、一良は昼食までの時間を、リーゼと中庭で雑談をして過ごしたのだった。
その日の午後。
ナルソンとリーゼとともに昼食をとった一良は、自室のすぐ外の中庭で、アイザックとハベルと共にいた。
一良の傍らには水力発電機が入っているダンボール箱が置かれており、その上には説明書が広げられている。
ちなみに、先ほどの昼食の席にも、ジルコニアは姿を見せなかった。
今日のところは自室でゆっくり休むらしい。
「なになに、『発電機を動かすにはある程度の勾配が必要』……って、平らな地面じゃ発電できないじゃないか」
一良が購入した水力発電機は、太い塩化ビニールの筒の中に水を流して使用するタイプの物だ。
筒の中には扇風機のような形の羽がついており、筒の中に水が流れると羽に水流の力が加わり、回転する。
羽の軸は発電機に直結しており、水流の力によって軸を回転させ、発電機が駆動するといった方式だ。
「高い所から水を流す必要があるのですか?」
一良のつぶやきを聞き、様子を見ていたハベルが声をかける。
「ええ。これは水車を使って水を汲み上げて、高い位置に水路を設置して筒と直結させるしかないですね。また日曜大工をやるのか……」
「作業にあたる人員は我々で用意致しますので、なんなりとお申し付けください。すぐに作業に取り掛からせますので」
「では、敷地の取水用の水路に水車を設置して水を汲み上げることにしますか。汲み上げた水は水道橋を作って部屋の前まで持ってくるようにしましょう」
敷地内に流れている水路を部屋の前まで引き伸ばせば事足りると思っていただが、どうもそれでは上手くいかないようだ。
かなり手間ではあるが、水車と水道橋を使って部屋の前まで水を持ってきて、その先に発電機を設置する以外に方法はないように思える。
「かしこまりました。では、早速人員を集めます」
「お願いします。私は必要な部材や水道橋の設置位置を確認しておきますね。アイザックさんは水車の手配をお願いします。確か、大工職人の工房に製作途中の水車が何台かあるはずなので、それらを全てこちらに流用しましょう」
「わかりました」
現在はガソリン式発電機を使って冷蔵庫の電力を賄っているが、今回用意した水力発電機を用いれば、エアコンや電子レンジといった家電も使えるようになる。
発電機に使うガソリンはそのままとっておき、どこか別の場所で電源が必要な時に発電機と一緒に持ち出す形にできるだろう。
そして何より、エアコンが使えるようになれば日々の暮らしはかなり快適になるはずだ。
用意した水力発電機の発電量からいって、こちらに持ち込んだ家電に必要な電力は全て賄うことができる。
上手く水力発電機が設置できれば、今後は日本での生活とほぼ変わらない日々を過ごすことができるだろう。




