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宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する  作者: すずの木くろ


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67話:こだわる理由

 それから数時間後。

 穀倉地帯での本日の作業を終えたジルコニアは、ルーソン邸の来賓室で、ルーソン家の当主であるノールと面会をしていた。


 部屋の中にはジルコニアとノール以外には誰もおらず、ジルコニアが連れていた兵士や従者は部屋の外で待たせている。


 来賓室の壁際には、豪華な調度品や絵画がしつこくならない程度の絶妙なバランスで飾られている。

 床は大理石が敷き詰められ、ピカピカに磨かれていて汚れの一つも見当たらない。


 ジルコニアは部屋の中を一瞥いちべつすると、テーブルを挟んだ対面に座るノールに顔を向け微笑んだ。


「無理矢理予定をねじ込ませてしまってごめんなさいね。どうしても貴方にお願いしないといけないことがあって」


「わざわざおいでいただき恐縮にございます。して、そのお願いとは?」


 ノールはジルコニアと同様、微笑を交えた柔らかい物腰で答えた。

 ジルコニアを前にしても特に緊張したような様子は見られず、実に堂々とした振る舞いだ。


「貴方の家で使っている奴隷なんだけど、1人譲って欲しい娘がいるの。マリーっていう名前の奴隷なんだけど」


 ジルコニアがマリーの名を出すと、ノールの視線がすっと細まった。


「……マリーをですか?」


「ええ。10日前にナルソンの友人のカズラという人が貴方の屋敷に泊まったでしょう? そのカズラさんが、貴方の屋敷で出された夕食をとても気に入っていたみたいなの」


「……10日前というと、息子のハベルがお連れしたといっていた方ですね?」


「ええ、そうよ。カズラさんはまだ暫くうちの屋敷に滞在する予定なんだけど、うちの料理人が作った料理は口に合わないみたいなの。それで、10日前にカズラさんの夕食作りを担当したマリーをカズラさんの専属料理人としてうちで使おうと思って。お金はそちらの言い値でいいから、あの娘を売ってもらえないかしら」


 ジルコニアがそう言うと、ノールはジルコニアから視線を逸らし、眉間に皺を寄せて押し黙ってしまった。


「……何か不都合でも?」


 そんなノールの様子に、ジルコニアは小首を傾げる。

 ジルコニアの問いかけに、ノールは顔を上げると苦しげな表情で口を開いた。


「……他の者ではダメでしょうか? 我が家で料理を担当している侍女は他にも何名かおりますが」


「ダメね。カズラさんは料理だけじゃなくて、あの娘のこと自体も気に入っているみたいだから。他の者じゃ代わりにならないわ」


「……」


「何か困る理由でもあるの? あるなら説明してくれる?」


 再び目を逸らして押し黙ってしまったノールに、ジルコニアは微笑を消して若干顔を顰めて問いかけた。

 それに対し、ノールは焦った様子で慌てて顔を上げる。


「マリーは私の庶子しょしでして、出来れば手元に置いておきたいのです。期間を限定した貸し出しという形にさせていただければありがたいのですが……」


「……マリーがそんなに大切なの?」


「はい。庶子とはいえ、一応私の子供ですので」


 ジルコニアがきょとんとした表情で問い返すと、ノールは実に真剣な表情で言葉を返した。


「……ちょっと言っている意味がわからないのだけど。マリーは貴方が奴隷に産ませた子なのよね? そんなに大切なら、何で奴隷の身分のままにしておいたの? 毎年の戸籍調査の際にイステリア市民として申請すれば、奴隷身分からは解放できるじゃない」


「それを行うとルーソン家の家系にマリーを入れるということになりますので……奴隷の子を正式に家系に組み込むというのはさすがに……それに、私の妻や息子達も納得出来ないでしょうから、仕方なく奴隷身分のまま手元に置いているのです」


「でも、それだとマリーはこの家で肩身の狭い思いをしているんじゃない? 貴方以外の家族はマリーを嫌っているってことなのでしょう? この機会に外に出してあげたほうが、今後の生活も保障されることだしマリーも幸せなんじゃないの?」


 ジルコニアがそう指摘すると、ノールは一瞬「しまった」といった風な表情を見せた。


「あ、いえ……それは……そうなのですが……」


「(……ああ、そういうこと)」


 歯切れ悪く答えるノールに、ジルコニアはマリーがどのような立場に置かれているのかをおぼろげながら理解した。

 恐らくだが、マリーはハベルをルーソン家に縛り付けるための首輪のような存在なのだろう。


 先日、一良がハベルたちを伴ってグリセア村へ向かった際、マリーは一良の指示で一良と一緒の馬車に乗っていたとジルコニアはアイザックから聞いている。

 アイザックはハベルが一良に気を使って、一良と面識のあるマリーを連れてきたようだと言っていたが、恐らくそれは違うだろう。


 というのも、一良がグリセア村に向かうことになった時点では、一良の食事の好みに関する問題は浮上していなかったのだ。

 食事の問題が既に出ていたというのならば、ハベルが気を回してマリーをつれて来たということも理解出来る。

 だが、食事に関する問題が浮上していなかったあの時点では、マリーを連れてくる理由が見当たらない。


 一良の身の回りの世話や話し相手をさせるためにマリーを連れて行ったといえば、いかにもそれらしいように聞こえるが、よく考えればそれは若干不自然だ。

 ジルコニアが一良に同行させた従者とて、イステール家に滞在している間に一良の身の回りの世話を担当させていた者をそのまま付けたのだ。

 ハベルとてそのことは知っているはずなので、わざわざ自分の世話をさせる従者に、一良と面識があるという理由だけで年端のいかない少女であるマリーを選んで連れてくるだろうか。

 しかも、イステール家で数日の間一良の世話をした従者と違い、マリーが一良の世話をしたのは一晩だけである。

 その間にどれほど一良とマリーが親しくなったのかは分からないが、いくら万人に愛想のいい一良とはいえ、一晩の間に初対面の使用人とそこまで親しくなるだろうか。


 さらに、先程のノールの言い分では、ルーソン家のノール以外の者はマリーのことを心良く思っていないはずである。

 もしそれが本当なら、なおのことハベルがマリーを従者に選んだ理由に矛盾が生じるのだ。


 ジルコニアがハベルに一良の食事の話を持ちかけた時も、ハベルは真っ先にマリーを推薦した。

 ハベルがマリーを嫌っているのならば、そうまでしてマリーを推すような真似はしないだろう。


 マリーを一良の専属料理人としてしまえば、マリーは一良とイステール家の庇護下に入ることになる。

 恐らく、ハベルはそれを狙っているのだろうという結論にジルコニアは達した。


「……まあ、貴方がそこまで言うのなら、とりあえずは貸し出しという形にしてもいいわ」


 とはいえ、ハベルの思惑にわざわざジルコニアが合わせる理由はない。

 ここで無理にマリーの所有権を買い取るような形を押し通しても、イステール家に対するルーソン家の心証を必要以上に悪くするだけなのだ。


 既にある程度ハベルの思惑どおりに事が進んでしまった後なので、マリーを一良に宛がうという当初の目的が変更されることはない。

 ジルコニアとしては、どのような形であれマリーが一良付きの料理人になればそれでいいのだ。

 もし一良がマリーを自分のものにしたいと言ってきたら問答無用でマリーの所有権はルーソン家から買い取るが、そうでなければ別に貸し出しという形でも問題はない。


「そ、そうですか。ありがとうございます」


「ただし」


 ジルコニアの返答を聞いてほっとした様子を見せているノールに、ジルコニアは言葉を付け加える。


「マリーを借り受けている間は、マリーはうちの屋敷に住まわせるわ。所有権はルーソン家のままだけど、もしカズラさんがマリーを欲しいと言って来たら、その時はマリーのことは諦めなさい」


「……わかりました」


 渋々といった様子でノールが頷いたのを確認すると、ジルコニアは表情を緩めて微笑んだ。


「無理を言ってごめんなさいね。じゃあ、このままマリーの私物は回収していくから、用意させてもらえる?」


「はい、少々お待ちください」


 ノールはジルコニアに一礼してから立ち上がると、来賓室を出て行った。




 一方その頃。


 日が完全に没して暗くなったナルソン邸の中庭では、一良とアイザックが発電機の前で話し込んでいた。

 ハベルは一緒に戻った荷馬車や荷車の片付けを引き受けており、今はこの場にはいない。

 今まで発電機の見張りをしていたルートは、先程一良に大量の角材や板の手配を指示され、邸内の資材置き場へ行っている。


「これを囲って屋根まで付けるとなると、ちょっとした小屋みたいになりますね」


「扉をつけて中の物を出し入れ出来る様にしたいので、コレを完全に覆う木箱って形には出来ないですからねぇ……あと、部屋の中におきっぱなしになってるドラム缶も中庭に出すんで、それ用の小屋も作りたいですね」


 一良はそう言うと、発電機が置いてある場所とは対面になる中庭の端へ目を向けた。


 既に日は落ちているが、2人は中庭にドラム缶などの資材を置くための物置小屋を建設するための下準備を行っているのだ。

 もちろん今夜から建設を始めても終わるはずがないし、人員を手配するにも夜になってしまっているので、本格的な建設は明日の朝から数日かけて行う予定である。

 だが、それに先立って、稼動し続けている発電機を囲う簡易的な小屋を今夜中に作ってしまおうというわけだ。


 今は数枚の木の板を発電機に立てかけて目隠ししている状態なので、人が付いていないと簡単に覗き見されてしまう恐れがある。

 だが、簡易式とはいえ小屋のようなものを作って鍵をかけてしまえば、わざわざそれを破壊してまで覗き見しようという者は現れないだろう。

 当然付近に見張りは立てさせるのだが、小屋さえ出来てしまえば今のように使える人員が限定されてしまうといった事態は解消出来るのだ。


 とはいえ、発電機から断続的に出ている音を聞いても、好奇心に負けて覗き見しようといった真似をしない人物を選ばなければならないのだが。


 2人が暫くその場で雑談をしていると、木板などの資材を載せた荷車を引いてルートが戻ってきた。


「カズラ様、これくらいで足りますでしょうか?」


「うん、これくらいあれば十分です。ありがとうございます」


 荷車に載せられた大量の資材に、一良は満足げに頷いた。


「では、今からちゃちゃっと組み立ててしまいましょうか。ちょっと道具を持ってくるので、アイザックさんはここで待っていてください。ルートさんは今日はもう帰っていいですよ。長時間見張りをさせてしまってすみませんでした」


「いえ、私にもお手伝いさせてください。何でもいたしますので」


 一良がルートに帰宅の許しを出すと、ルートは姿勢を正して一良に手伝いを申し出た。


 ルートは朝からずっと発電機の見張りをしていたはずなので、それなりに疲れているはずである。

 それにも関わらず、ルートの表情はやる気に満ちていた。


「え、でも、ルートさんはまだ夕食も食べていないでしょうし、疲れているでしょう? また明日からも手伝いをお願いする事になると思うんで、今日は帰って休んだほうが……」


「お心遣いありがとうございます。ですが、私はまだまだ元気ですので、どうかお手伝いさせてください」


 一良の気遣いに、ルートは感激したかのように少し瞳を潤ませている。

 その隣では、アイザックが少し嬉しそうにルートに目を向けていた。


 ちなみに、一良とアイザックは既に夕食を済ませている。

 本日はナルソンもリーゼも予定が入ってしまい、一緒に食事がとれなかったので、それぞれ1人で夕食をとった後にここへ集合したというわけだ。


「(あ、この人小さいアイザックさんだ。プチアイザックさんだ)」


 今朝、一良はルートと少し言葉を交わした際に、ルートの雰囲気が誰かに似ているなと感じていたのだが、それはアイザックのものだったようだ。


 ルートは身長が160センチちょっとといったところで、180センチ程もあるアイザックに比べると大分小さい。

 だが、身体は日々の鍛錬でアイザックと同様に引き締まっており、無駄な贅肉は皆無である。

 立ち振る舞いに少し硬いところはあるが、ちゃんと礼節もわきまえており、実直な印象を受ける好青年だ。

 年齢はまだ17歳とのことだが、もう数年もすればアイザックのような立派な大人の兵士として成長していくだろう。


「カズラ様、ルートは他人に秘密を漏らすような男ではありません。元よりカズラ様がグレイシオール様だということは知っていますし、手伝わせても問題はないかと」


「……じゃあ、お願いしようかな。3人でやってぱぱっと終わらせてしまいましょう」


 アイザックの進言もあり、一良が手伝いの申し出を承諾すると、ルートは表情を輝かせた。


「ありがとうございます! 全力で取り組まさせていただきます!」


 張り切って返事をするルートに一良は苦笑すると、工具を取るために部屋へと向かうのだった。

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