48話:常勝将軍
翌日の昼間、ナルソン邸の一室は騒然とした空気に包まれていた。
バレッタたちを連れてグリセア村に向かった護衛兵の一行が、村を襲撃した野盗を連れて帰還したのだ。
「バレッタさんたちは無事なんですか!?」
グリセア村が野盗の一団に襲われたと聞き、一良は思わず座っていた長机の椅子から腰を浮かして護衛兵の男に問いかけた。
「グリセア村の人々は全員無傷です。それどころか、襲撃してきた13人の内の10人を逆に討ち取り、野盗の首領ともう2人を捕縛しておりました」
護衛兵の報告を聞くと、護衛兵以外のその場に居る全員に驚きの表情が浮かんだ。
「……13人もの武装した集団に襲われたというのに、逆に殲滅したというの? それも村人は無傷で?」
「この目で確認しましたので間違いありません。しかも、殺されていた野盗はほぼ半数が一撃で急所を貫かれ、一部の者に至っては首を切断されたり、胴体を肩口から腹の中ほどまで一撃で切り裂かれておりました」
護衛兵の男がそう答えると、ジルコニアはちらりと一良に目をやった。
一良は険しい表情のまま、黙って護衛兵の男を見つめている。
「村が襲われたのは昼間かしら?」
「いえ、村人たちが寝静まった頃合を狙って、深夜に村長邸を襲撃したようです。バリン殿は襲撃してきた野盗から逃れて村の者達を起こし、集団で反撃してこれを殲滅したと話しておりましたが……」
「どうしたの?」
そこまで言って、話すのを躊躇するかのように言い淀む護衛兵の男に、ジルコニアが続きを促す。
「戦闘があったという現場を確認しましたが、バリン殿の話と現場の状況の辻褄が合いません。一部の野盗には武器や防具に戦闘痕が見られるのですが、それ以外の者には戦闘痕が見られないのです」
「……戦闘痕がない?」
「はい」
戦闘痕とは、戦いの際に生じる武器や防具の傷や、身体に出来る抵抗の痕である。
それがないということは、完全な隙を突いて一撃で殺されているか、降伏して無抵抗状態になったところを殺されているかのどちらかだ。
「無抵抗で殺されているってこと?」
「そうです。それも背後から、一撃で急所を貫かれたり首を切断されたりして即死しています。そして、それらの全てが刃物傷です。矢傷ではありません。ジルコニア様、恐れながら申し上げますが、私には……」
「ジルコニアさん」
護衛兵の男が何か言いかけたとき、それまで黙って話を聞いていた一良がジルコニアに声を掛けた。
「はい」
「予定を繰り上げて、私は今からグリセア村に向かいます。アイザックさん、ハベルさん、すぐに準備をしてください」
「かしこまりました」
「直ちに準備いたします」
「第2軍団の近衛を護衛に出すわ。アイザック、兵舎に行って私の名前で100人準備するように近衛部隊長に伝えて。装備は往復10日分で従者の同行は可。私が到着するまでの指揮権はアイザックに委譲。大至急よ」
「はっ!」
アイザックは一良から指示を受け、ジルコニアが近場にあった皮紙に羽ペンで走り書きしたメモを受け取ると、ハベルと共に部屋を飛び出していった。
その2人に続いて一良も席を立つと、執務室に向かうために部屋の扉へと足を向ける。
「カズラ殿、馬車や布袋などは後から発つということでよろしいですか?」
「それで構いません。よろしくお願いします」
護衛兵の男はナルソンの問いに振り向かずに答えて出て行く一良を見送ると、先程阻まれた続きを言おうと口を開いた。
「ナルソン様、ジルコニア様、私にはバリン殿や村の者達が何かを隠しているとしか……」
「オーティスと言ったかしら?」
「は、はい」
またもや言いかけた言葉を遮られ、護衛兵の男――オーティス――はジルコニアの質問に頷き返す。
「オーティス、グリセア村で見たことは他言無用よ。絶対に誰にも話してはいけない」
「……は」
「護衛として同行した他の者も連れてきなさい。私から直接言うから」
「かしこまりました」
「それと、捕らえた野盗を尋問するわ。その辺の兵に野盗を引き渡して、地下の尋問室に連れて行くように伝えなさい。部屋は全員別々よ。兵に引き渡す前に、野盗には目隠しと猿轡をしておくように」
「はい」
有無を言わさぬといった口調でジルコニアに命令され、オーティスは姿勢を正して礼をすると部屋を出て行った。
「……ジル、長剣で人間の肩から腹までを一撃で切り裂くことは出来るか?」
「やろうと思えば出来ないこともないけど、そんな大振りの攻撃をする余裕があるのなら、私だったら腹でも突き刺すわね。乱戦時なら尚更そうよ。でも、戦闘中はその時の状況によって何でも起こりえるし、一概には言えないけど」
「ふむ……」
ジルコニアが一良の出て行った扉に目を向けたまま答えると、ナルソンは椅子に腰掛けたまま考え込むように唸った。
「カズラ殿が我々の元へやってきてから、ジルは何か体調に変化は感じているか?」
「そうね……カズラさんが来た次の日の朝、今まで感じていた体の疲労が少しだけ楽になっていたような気はするかも。でも、それからは特に何もないかしら」
「私と同じだな。グレイシオール様が現れたという高揚感のせいだと思っていたが、これはもしかしたらカズラ殿が我々に何か祝福のようなものを与えてくださったのか、もしくは……」
「……もしくは?」
「あの時食べた、缶詰のせいかもしれん」
ナルソンの台詞を聞くと、ジルコニアは訝しむような視線をナルソンに向けた。
「ジルはグレイシオール様の言い伝えを知っているだろう? 思い出してみろ、気になる一文がある」
「一応言い伝えは知っているけど、文面全てを暗記しているわけじゃないから……」
困り顔で答えるジルコニアに、ナルソンは少し意外そうな表情をした。
グレイシオールが現れて一番大喜びしていたのはジルコニアだったので、言い伝えは全て覚えているものだと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「言い伝えの中には、『不思議なことに、男の持ってきた食べ物は少しの量でも身体に力が湧き起こり、大勢の飢えた人々を救うことができた』という一文があるんだ。今までは御伽噺にありがちな話だと大して気にしていなかったが、もしかすると言い伝えの内容は本当のことを指し示しているのかもしれんぞ」
「……ちょっとまって。それだと今回の野盗の襲撃を撃退できた理由は、『グリセア村の住民達はグレイシオール様の持ってきた食べ物を食べていたから』ってことになるの?」
「あくまで推測だ。そうとは限らん。『グレイシオール様の持ってきた食べ物を食べたから』なんていう理由ではなく、本当にグレイシオール様がグリセア村の住民に祝福を与えて守っているのかもしれないし、野盗と戦ったのはグリセア村の住民ではない何者かという可能性もある」
ナルソンの推理を聞くと、ジルコニアは険しい表情で自分の額を片手で押さえてみせた。
どれもこれもそれっぽく聞こえるし、何が正しいのかさっぱりわからないのだ。
「……何か頭が痛くなってきたわ。どちらにせよ、真実を知るにはカズラさんに直接聞くしかないけど……」
「……聞きづらいな」
険しい表情のまま振り返りもせずに出て行ってしまった一良を思い出し、ナルソンとジルコニアは溜め息を吐いた。
自分達の部下が一良をイステリアに連れてくるような真似をしなければ、一良が不在の時にグリセア村が襲われるなどといったことはなかったはずなのだ。
一良がグリセア村の住民、特にバレッタという少女を大切に思っていることは先程の一良の態度でわかったし、その後出て行く際の一良は相当不機嫌そうに2人の目には映っていた。
実際のところ、一良は不機嫌になっていたというわけではないのだが。
ふと、額を押さえていたジルコニアは思い出したように顔を上げると、長机の両端を手で掴んで持ち上げるように力を込めた。
「んーっ! ……だめ。持ち上がらない」
「何をやってるんだお前は……」
「もし食べ物で力が備わってるなら、私でも持ち上げられるかなって」
分厚い板で作られている重厚な長机は、とても女性1人の力で持ち上げられるような代物ではない。
それを、片側だけを持ち上げようとしたならともかく、ジルコニアは机に抱きつくように両手で端を掴んで丸ごと持ち上げようとしたのだ。
余程の剛力の持ち主でなければ、一人で持ち上げることなど不可能である。
「まあ、食べ物がどうという話は保留にしよう。この状況でこちらからずけずけとカズラ殿に聞くのも憚られるしな。これ以上機嫌を損ねるわけにはいかん」
「そうね……それに、捕らえた野盗を尋問すれば、どんなことが起こったのかくらいはわかるはずだし」
机に手を付いて起き上がったジルコニアがそう言った時、部屋の扉がノックされた。
護衛兵が、仲間を連れて戻ってきたのだ。
それから1時間後。
ジルコニアは、ナルソン邸の地下にある尋問室へと向かっていた。
ジルコニアは両手で40センチ四方の大きさの木箱を抱えており、箱には布が被されている。
ジルコニアは野盗がいるであろう尋問室の前に辿り着くと、部屋の前で待機していた衛兵に扉を開かせ、中に入った。
部屋の中には人相の悪いスキンヘッドの男が後ろ手に手首を縛られて椅子に座らされており、その両脇には真っ赤なマントを着けた重装備の兵士が控えている。
ジルコニアの子飼いの兵である、第2軍団の近衛兵だ。
ジルコニアは机の上に木箱を置き、男の対面に置いてあった椅子に座った。
「こんにちは。これからあなたを尋問する、尋問官のジルコニアよ。よろしくね」
男はジルコニアが座ると、ジルコニアの顔をまじまじと見つめて驚いたような表情を見せた。
「ジルコニアって、あの『常勝将軍』のジルコニアか?」
「あら、私のこと知ってるのね。でも、その呼び名は好きじゃないの。もう呼ばないでくれる?」
『常勝将軍』とは、4年前まで行われていた戦争の後半にジルコニアが呼ばれていた渾名である。
数々のバルベールとの戦いにおいて、彼女が率いる部隊が参加した戦いは敗北したことが皆無だったという噂から付いた渾名なのだが、どういうわけか当の本人はその渾名が嫌いらしい。
ジルコニアは笑顔でそう言うと、机の上に置いておいた木箱から布を取り去り、中から長方形の青銅の刃が付いた小さな木製の台を取り出した。
青銅の刃の片側は半固定されており、もう片側には木製の取っ手が付いている。
取っ手を持ち上げれば刃が上がり、降ろせば刃が台に接するという、至ってシンプルな仕組みだ。
「何でだよ。あんたの部隊が来れば戦場は……お、おい、何だそれは?」
目の前に置かれた物騒な台を見て、男が顔色を変えた。
それもそのはず、台の木製の部分には、いたるところに血がこびりついたような跡が残っていたのだ。
「ごめんなさいね。ちょっと忙しくて、あまり時間がないの。今から私がする質問に答えてくれればそれでいいんだけど、他の部屋に入ってる2人と答えがもし違ったら、そのときは全員の指を1本落とすから、そのつもりでね。じゃあ、最初の質問なんだけど……」
さらりととんでもないことを言ってのけるジルコニアに、男は戦慄した。
まるで指の切断など大して重要ではないといったような言い方であるし、自然な笑顔で言い放つ神経も信じ難い。
「あなたたちの野盗団は、全部で何人いたのかしら?」
そんな男の反応など全く気にしていないといった風に、ジルコニアは質問を開始した。
グレイシオールの言い伝えの全文は23話の後半を参照してください。




