第154話 蕎麦を探して3km
「ちょっと蕎麦を探してくる」
「ナザルさん!? またあてもないのに旅に!? ちょっとナザルさん、ソバってなんですか!?」
エリィの声を背にして、僕は大いなる目的のため、アーランを旅立つのだった。
お供はコゲタ一人。
というか、コゲタの鼻が今回はとても頼りになる。
「ご主人、なにさがしてるのー?」
「蕎麦と言ってだね。うん、えーと、あれって自生してる時どういう姿なんだっけ? よし、職人に聞きに行ってみよう」
困った時の、森林の職人たち。
彼らなら、蕎麦くらい常食しているかも知れない。
コゲタと一緒に顔を出した。
「こんにちはー」
「おお、ナザルじゃねえか!!」「お前がどんどん開発する美味い食い物、本当に助かってるぜ……」「干パスタなら日持ちするしなー」「水で戻して茹でりゃなんとかなるし、本当に食生活が豊かになったよなあ」
彼らは僕を大歓迎だ。
なるほど、ここまで、アーランで開発された食材の恵みが届いていたのか。
こころなしか、彼らがふっくらしている気がする。いや、間違いなくちょっと太ったろ。
こんなハードな仕事をしながら、ちょっと太れるくらい高カロリーなものを食えるようになっているというのは素晴らしいことだ。
うんうん、と僕は頷き。
そしてイヤーな予感がした。
「あのー。実は、蕎麦ってのを探しててね。こう、救荒作物で自生してたりするんだが、荒れ地に生えてて粉が取れて、それを練るとまあまあ食える感じの塊になる的な……」
「お?」「おお……」「あーあーあー」「昔は食ってた気がする……」
「本当か!? 教えてくれ!!」
職人たちはみんな、首を傾げる。
「うーん……」「んん? んー」「うーむ……」
「お、おい。わからないのか……!?」
「いや、確かにそういうのを食ってたんだ。灰色の粉でな」「ああ。石みたいな見た目の塊になったのを齧ってた」「ボロボロ崩れてな。そんなもんでもあの頃は食えるだけマシだったよなあ……」
いかん!
思い出話が始まった!
「おいしくないの?」
コゲタの素朴な疑問に、職人たちは揃って頷いた。
「今思い返すと、必ずしも美味いものじゃなかったな」「パスタを知った今、食べてえとは思わねえ」「ああ、なんか無意識のうちに記憶から追い出そうとしてるぜ」
「や、やめろー!? 僕は今それを求めているんだ! 頼む! どうにか思い出してくれ! 蕎麦を! 蕎麦の行方を教えてくれ!」
だが!
美食によってすっかりハッピーになってしまった森林の職人たちは、蕎麦の行方を完全に忘れていたのだった。
な、なんてこったー!!
良かれと思って広めた僕の美食はアーランを超えて広がり、結果的にそんなに美味しくない現地の食べ物を押し流していってしまっていたのだ!
これは文化的損失ではないか?
美味しくない料理もまた一つの文化……。
脳内をスーッと横切っていく、昨年アーランで食べた塩味しかしないクズ野菜のスープを思い出す。
消えてしまえ、出汁も何も無い美味くないスープ!!
僕は職人たちを責められない。
人は美味しいものを求めるのだ。
それこそが自然……。
「だが、蕎麦が存在し、彼らがそれを常食していたところまでは分かったんだ。やはり、この森や山に自生しているに違いない……」
「おおー! ご主人! よかった!」
「ああ、良かった……! 蕎麦の匂いでもどこかにあれば、コゲタに覚えてもらえたんだが……」
職人たちの詰め所の外でそんな話をしてたら、職人の一人が後から追いかけてきた。
「おーい。蕎麦を食う時に使ってた容器がな、あったんだ。みんな壊れちまってたんだがこいつだけ残っててな」
「ありがたい!」
陶器の容器を受け取った。
底には、なんとなく汚れがついているような。
蕎麦かな?
「コゲタ、頼むぞ!」
「はーい!」
くんくん、と嗅ぐコゲタ。
「ふしぎなによいがする」
「どんなふうな?」
「ちょっぴりだけど、たべられそう?」
「多分それが蕎麦だな。そういう匂いを探していこう!」
「わん!」
こうして僕らは森に踏み入れていった。
ここにはヴォーパルバニーやモンスタースクイールというおばけムササビがいるから気をつけねばな。
まあ、僕がいればそこまで恐ろしい存在でも無いのだが……。
コゲタは鼻をくんくんさせながら、僕の一歩前をトコトコ歩いている。
「どう? コゲタ」
「どうぶつのによい」
「ほうほう……。なんかのモンスターかな」
動物とモンスターの境目は何か?
人間に役立つ生き物は動物。食べられたり、毛皮が活用できたりな。
危険度のほうが高いのはモンスターだ。
森にいるのはヴォーパルバニー、モンスタースクイール、オウルベアなんかがいる。
「あとね、くだもののによい! じめん!」
「地面!? 果物が落っこちてるのか」
ちょっと進むとそれが明らかになった。
木々に生っていた野生の柿みたいなのが、熟して落ちている。
で、そこに見たことがある生き物が数匹いるのだ。
ヴォーパルバニーだ!
彼らは落ちた果実を無心になってもりもり食べている。
肉食ウサギヴォーパルバニー!
だが、彼らだって好んで危機のある狩りがしたいわけではない。
安全に栄養があって美味いものが食えるなら、それが一番なのだ。
「これ……職人たちが森の幸を取らなくなったから、結果的にヴォーパルバニーが食える量が増えたんだな……。よく見たら丸々太ってやがる……。あの体格では機敏に動けないだろうが」
平和なことだ。
僕らはヴォーパルバニーの横を、スッと通り過ぎるのだった。
彼らもまた、ちらっと僕らを見た後、また果実をもりもり食べ始める。
何年後かにヴォーパルバニー大発生しそうな気がするが……。
それはその時だなあ……。
お読みいただきありがとうございます。
面白いと感じられましたら、下の星を増やして応援などしていただけると大変励みになります。




