第140話 ポシビリティ・オブ・ソイ
完成した豆腐を宿のおかみさんに食べてもらったら、寒天とは違うなめらかな舌触りと、豆の味がしっかり感じられる爽やかさが大好評だった。
そうか、あの青臭さは豆そのものの味だったんだな!
「このままだとかなり淡白だけど、それだけにソース次第で化けそうだね。いきなりこの白いのが出てきたら、あたしゃきっと食べないね……。だけど、ナザルが出すのなら間違いないんだろうね」
「信頼していただけて嬉しいですよ。これは今年の自信作なんですよ」
「……期待して……いいんだね……?」
「大いに」
おかみさんがニッコニコになった。
こうして僕は、豆腐を携えて酒造へ向かう。
発酵蔵前で職人が待ち構えており、僕の姿を見るなり駆け寄ってきた。
「見せてもらおうか、大豆の可能性とやらを!」
「どうぞどうぞ……」
酒造は造り酒屋であり、このカウンター部分が店とも言える。
そこに豆腐を取り出すと、職人氏と受付さんが目を丸くした。
「白い……!! あの豆から、こんな白いものが出来上がるのか!?」
理想像は本当にあの白い豆腐なのだが、これはちょっと豆の色をしている気がする。
それでも、白い食べ物というのはアーランでは大変珍しい。
職人氏が舌を巻くほどのものなのだ。
受付さんはもう、食べたくて仕方ないらしい。
「どんな味なのかな? 気になる……! 想像ができない……! それにこの人、巷で噂の油使いでしょう? あの美食アドバイザーの! だったらこれは間違いなく美味しいものでしょう!!」
「僕のことを調べたようですね……。いかにも。僕はアーランに美食を広げ、食の大革命を引き起こす男、ナザルです!!」
「おおーっ!!」
「あんただったのか……!!」
なんか酒造の人たちの態度が変わってるな。
そんなに僕の名前は知れ渡っているのか。
「ご主人すごーい!!」
コゲタがピョンピョン跳ねて喜んだ。
ハハハ、一番最初のファンであるコゲタがいてくれるおかげだよ!
こうして、大豆の可能性を舌で確かめてもらうため、実食と相成った。
用意してきたのは、ゴマ油にピーカラを合わせたもの……ラー油である。
さらに塩もある。
これで豆腐に味をつけて食べてもらう。
匙で掬って、パクっと口にする受付さん。
「うおっ! なめらかー!! 舌の上をつるんと滑ったよこれ!! 未知の食感~!!」
職人氏も唸る。
「こいつは……。流行りの寒天とは全く違うな。歯を押し返す弾力じゃない。なんというか……口の中でほろほろと解けていく儚い食感だ。そしてこの豆の香り、味……。なるほどな。淡白だが、しっかりと素材の味を主張して来る。それに」
塩をつけて食べる職人氏。
「むうっ! 化けやがった! こいつは真っ白な土台だ。乗せる薬味によって、全く表情を変えてくる! 塩をつけた途端、酒のアテに化けやがった! それからこの赤いソースか。どれどれ……」
ラー油につける職人氏。
パクっと食べて、うぐぅと唸った。
「ぴりりと辛い……。こりゃあたまらねえ……。酒が、酒が欲しい……! うちのエールに合うぞ、これは……!!」
隣ではコゲタが、豆腐をパクパク食べている。
「おいしー!」
うんうん、ちょっぴりだけ塩で味をつけた豆腐、気に入ったかー。
職人氏はひたすらに食レポしまくったあと、豆腐を全て食べきって椅子に深く腰掛けた。
ため息をつく。
「豆から……豆からこんなもんが生まれてくるのかよ……!! こいつを発酵させるだ? おいおい……イサルデのいたずらが働いたら、どうなっちまうんだこいつは……。おい、レシピを後で教えてくれ。うちでもこれを作ってみたい」
「もちろんです。ここに持ってきているのでレシピを差し上げる……」
「ありがたい!!」
職人氏、本気でありがたがっている。
この人、今夜から豆腐を作り始めるな。
フォーゼフには話をつけているから、近日中に大量の大豆が輸入されてくるはずだ。
殿下にはシャザクを通して話をつけてある。
だからお金も問題ない。
早く殿下に豆腐を収めないと……。
「よし、乗った。あんたの頼みを引き受けてやる。いや、引き受けさせてくれ。うち以外には話を持って行ってねえんだよな?」
「ええ、もちろんです。腕の良い醸造所で作ってほしいので……」
「だったら間違いない。うちがアーランで最高の醸造所だ! 俺が賢者としての知識を使って、そして先代の経験を得て最高の酒を作っているからな。別に蔵を用意する。そこで、大豆とやらを発酵させてやる」
「ありがたい! 頼みます!!」
「任せてくれ!」
僕と職人氏は固い握手を交わした。
「殿下からお金が注ぎ込まれると思うので、存分に活動をしてください」
「……殿下?」
「第二王子のデュオス殿下ですよ。僕のパトロンでして……」
「げげえっ!? あんた、ロイヤルとつながってるのか!? ああ、道理で……。だからこんな即金にならないような趣味の美食を研究して……」
職人氏の目が納得の色に染まった。
お分かりいただけただろうか。
僕の人生は、すなわち道楽だ。
王家を味方につけたことで、金がじゃぶじゃぶと僕の趣味に注がれることになった。
王家の美食と僕の趣味が結びついている!
だから、幾らでもお金を使えるのだ!
「あんた、意識はしてないだろうが……。あんたがやってることは、賢者そのものだからな」
「なんですと!?」
妙なことを言われてしまったのだった。
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