静かな砂漠の夢を見る
2021年の、10月25日修太の誕生日のSSです。After編です。
ふと思いついたので、お祝いに書いた。
不器用ながら大事にしているグレイと、修太なりの甘え方…みたいな?
「あ」
学校から帰宅した修太は、テーブルの上に木箱が置いてあるのを見つけて、声をこぼした。自分の手にも、似たような木箱がある。
開けてみると、ベリータルトがワンホール入っている。
修太のほうはマロネの実のケーキだから、味が違うのが幸いだった。
「なんだ、お前も買ってきたのか」
いいにおいを漂わせている台所から、グレイが顔を出した。
「うん。父さんが買ってくると思わなくて」
「祝う時はケーキを用意するんだろ?」
修太が口癖のように何度も言うから、嫌でも覚えたとでも言いたげに、まるで文句を言うかのような口ぶりでグレイは言った。
「……うん。ありがとう」
そんなささいなことでも、覚えていてくれてうれしい。
修太ははにかんだ笑みを浮かべる。
今日は修太の誕生日だ。
黒狼族に誕生日を祝う習慣はない。
それでも、修太の誕生日と、黒狼族が年を重ねる年始の二回は一緒に食事をする。その約束を守ってくれていることがうれしい。
こういう時、冷酷だの協調性がないだのといわれている黒狼族に、修太は情の深さを見る。
まるで炉でくすぶる熾火のようだ。炎は立っていないのに、確かにそこに熱はある。彼らの愛情は、近くに行かなければよく見えない。
家族である修太だけ、分かっていればいいことだ。
きっと、黒狼族と家族になった人間は、そうして大事に胸にしまいこみ、周りに話さないに違いない。だから冷たい人達だと誤解されているのだ。
「なんだ?」
グレイは修太をじっと見て、何を喜んでいるのかと問う。
「はは。ただうれしいだけだよ」
説明するには気恥ずかしくて、修太は少し大げさな笑い声を上げて誤魔化した。
夕食の時間になると、グレイがこしらえてくれた料理がテーブルいっぱいに並んだ。
グレイの料理はおいしいが、グレイは気分が向かなければ作らないので貴重だ。
「わあ、こんなにたくさん作ってくれたのか。ありがとう!」
「何がいいんだか分からねえから、故郷の宴料理にしておいた」
グレイはそう言うが、修太が好んでいるピリ辛スープもしっかり用意してくれている。
修太は大喜びで、肉料理が多いご馳走に手を付けていく。
最後にしっかりケーキまで食べるので、「どこに入っているんだか」といつものようにグレイは呆れた。
グレイは皿にいくらかよそった分をつまみにして、酒をあおっている。お気に入りの紅色の酒が、魔具ランプの明かりに揺れた。
「何か欲しいものはないのか」
誕生日前にも質問されたことだった。
黒狼族に誕生日を祝う習慣はないが、セーセレティーの民は祝うので、誕生日にプレゼントを用意することをどこかで聞いたのだろう。
「ううん、何も」
しかし、修太は欲しいものは自分で買える範囲だから、グレイに頼むほどのものはない。
親としてすべきことはすると言うだけあって、グレイとしてはそれが面白くないらしい。
「でも、そうだな」
グレイの実際の誕生日がいつかは知らない。けれど、冬生まれだと聞いている。
「なんだ」
「冬の砂漠の話を聞かせてくれないか」
あまり自分のことを話さないグレイに、故郷の話をねだるチャンスだ。
グレイはそんなことでいいのかといぶかしがったが、修太はそれこそ貴重なのだと大きく頷く。
「相変わらず、欲がないというか、変な奴だな」
グレイは眉を寄せたけれど、椅子にもたれて、遠くを見る仕草をする。
なつかしそうに力を抜く様子に、成人した黒狼族の男はマエサ=マナを追い出されるが、それでも故郷への愛情は確かにあるのだと思わせる。
そんなくつろいだ様子を見るのも、修太のひそかな楽しみだ。
グレイは静かに語る。
降ってきそうな星々、静寂の砂漠。
凍てつく寒さ。
焚火の音。
修太はその夜、寝床に入ると、静かな砂漠の夢を見た。




