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医務室に戻ると、ヘレナと職員達が待ち構えていた。
ヘレナがトリトラの箱を見て、にっこりする。
「良いものを持ってるじゃないの、トリトラ。実験のために残業するつもりだから、買ってきてくれたのね?」
「しかたないなあ。菓子はシューターのだから、屋台料理だけだよ。僕も食べよう」
トリトラが木箱から取り分けた料理に、残業予定のヘレナと助手二人が飛びついた。四人が腹ごなしを済ませた頃合いに、ササラが現れた。
「服を手配しましたわ! シューターさん宅まで、使用人が届けてくれます。あら、どうしたんですか?」
実験の内容について説明し、グレイはさらりと言う。
「もしこいつらも子どもになったら、お前がまとめて世話しろよ」
「グレイさんったら、面倒くさいことはわたくしに押し付けなさいますわよね!」
ササラはこめかみに青筋を浮かべて、怒りの微笑みを浮かべる。
「そうか。断るなら、シューターに近づかせるわけにいかねえな」
「卑怯ですわ!」
「なんとでも言え」
グレイはさらりと聞き流す。ササラが構いたくてしかたがない修太は、グレイの後ろに隠れている。修太に大泣きされたのがこたえたのか、ササラは無理に距離をつめる気はないようだ。
「わ、分かりました! その時はわたくしの屋敷に預かって、使用人とともにお世話しますわね」
「ええーっ、それはずるいよ、姉さん! 使用人を連れてくればいいじゃないか」
「そちらのお屋敷は物騒すぎて、小さい子には危険ですわ。外にしかけられた侵入者対策の罠の数々、わたくしは気づいておりましてよ!」
トリトラが反論すると、ササラは勢いよく返した。
医務室の面々はざわめく。
「家に罠をしかけてるのかよ」
「さすが、賊狩り。抜け目がないわね」
ササラの意見に、グレイは頷く。
「一理あるな。シューターは大人しいが、そいつらがどうか分からん」
「あー、イミルは大人しかったけど、俺は結構やんちゃしてたみたいだしなあ」
「そうね、ラミル。元に戻る前に死んだら意味がないから、あちらの方のお世話になりましょ」
ラミルの返事を聞いて、グレイはササラの提案を受け入れることにした。この双子は修太の数少ない友人なので、怪我でもしたら修太が気にするだろう。
「分かった。代わりに、俺も泊まるから、あの若造に言っておけよ。あの野郎、すぐに浮気などなんだのやかましいからな」
「僕も一緒に行くから大丈夫ですよ、師匠」
ちゃっかりとトリトラも加わることになり、ササラは不満げにため息をつく。
「しかたありませんわね。仮にも父親と引き離しては、シューターさんが泣いてしまいますもの」
「仮じゃねえ」
「いつまでもつでしょうかねえ」
ふふんと嫌味な笑みう浮かべるササラ。グレイはイラッとしたが、話がまとまったので、ようやく実験を始めることにした。
ヘレナが実験について確認する。
「それじゃあ、手順を説明するわよ。これを割ると魔法が発動するから、それを無効化する。終わり!」
「簡単だろ?」
グレイが問うと、ラミルが苦笑する。
「他人事だと思って……」
「とりあえずやってみましょ、ラミル」
イミルがとりなし、実験を始める。
修太は簡単にやっていたが、どうやら道具が発動する魔法を無効化するタイミングは難しいようだ。二回連続で失敗してイミルの髪が赤くなった。そして、三個目でイミルとラミルが床に倒れる。
「大丈夫?」
ヘレナと職員が急いで二人を介抱する。
「うーん、なんか衝撃が……」
「きゃっ、あれ、裾がからまって……」
実験は成功だ。それぞれ体が若返ったせいで、服のサイズが合っていない。といっても、少しの変化だ。
ヘレナは二人に話しかける。
「二人とも、二歳くらい若くなったのかもしれないわ。記憶はあるの?」
「え? うわー、本当だ!」
「え? きゃー、本当だ!」
双子は声をそろえて叫んだ。
「男女の双子でも、気が合うんだな」
グレイの感想に、トリトラは首を振った。
「いや、そんなこと言ってる場合ですか」
どういうわけか知らないが、双子の記憶は普通だった。
「あいつは若返りすぎたとか?」
「謎の状態に、謎が加わっても、謎にすぎないわ」
グレイの疑問に、ヘレナがそれらしいことを言ったが、まるで解決していない。
「どちらにせよ、子どもだけで家に帰すわけにはいかないわよ」
ヘレナは、グレイにちゃんと世話をしろという視線をぶつけてきた。グレイは舌打ちする。面倒くさい。
「お前ら、自分達の面倒は見れるんだろうな」
グレイが双子に問うと、双子はこくんと頷いた。不安なんだろうか、ぴったり寄り添っている。
「住まいはどこだ。荷物をまとめて、うちに来い」
「ササラさんの家に行くんじゃないの?」
ヘレナが確認するので、グレイはそうだと返す。
「これくらいなら面倒を見れる。客室は同胞のために、いつも使えるようにしてるしな」
双子に異論がないようなので、グレイは受付に頼んで、辻馬車を呼んだ。もう夜も遅い。子どもを連れて徒歩で歩き回るのは面倒だ。
トリトラとササラが先に戻って準備をするというので、グレイは修太と双子を連れて、双子の家へ行った。双子はすぐに荷物をまとめ、馬車に戻る。
「友達の家にお泊りなんて、初めて」
ちょっぴり浮かれた声で、イミルがつぶやく。
「そうだな。友達は下宿暮らしだから、泊まりに行くこともないし」
ラミルは同意し、グレイをじっと見つめる。
修太がすっかり寝落ちして、グレイにしがみついて寝息を立てている。
「グレイさんって怖いのに、なんでシューターはなつくんですか?」
「ラミル!」
失礼極まりないラミルの質問に、イミルが慌ててラミルを揺さぶる。
「知るか。変なガキだろ。会ったばかりの頃もそうだ。怖いくせに、俺を良い人と言ってたからな」
「良かったですね」
「何が」
「一人は寂しいでしょ?」
グレイは眉を寄せる。黒狼族に訊く問いとしては、間違っている。




