番外編 修太がちびっこになる話 2―1
前回の続編みたいなものです。
感想でトリトラやササラの反応も見たいというのを読んで、第二弾について考えていたら、気づいたら書いてた。
「あの魔具で若返ったという話は、本当なんだろうか」
男はつぶやいた。
書物や巻紙が山を作る部屋の中、椅子に座っては、数分とせず落ち着かなくて立ち上がる。
「ああ、気になる。しかし、冒険者ギルドに問い合わせても教えてくれないし」
しつこく食い下がる男はうっとうしがられた。一介の研究者だからと、アポがなければギルドマスターも会ってくれず、「偶然によるものだからかかわるな」という返答だけで、あの忌々しい受付の青年につまみ出された。
「思い出しても腹が立つ。なんなんだ、どう見ても弱そうなくせに、大人の男を軽々と運びおって」
外見詐欺だとイライラする。
あんな男なら、多少おどせば言うことを聞くと思ったのに。
「確認したい。どうすれば……そうだ!」
幸いなことに、男はアイテムにとても詳しい。闇市で売られているものでも、おおよその検討はつく。
男は財布をつかむと、闇市に出かける。危険物がないかチェックする仕事を依頼されることもあるため、日時と場所は把握していた。裏の住人だって、危険は避けたい。男は知人に頼まれて、鑑定するだけだ。多少の金はもらうが、違法行為ではない。
まずはアイテムを買いに行き、野鳥で効果を確かめた。茶色の地味な小鳥が、赤い鳥に変わったので間違いない。
「よし、行くぞ!」
あいにくと冒険者ギルドからしばらくの出禁をくらったので、近くから出入りを確認することにした。
*****
「ずるいですわ、ひどいですわ」
「僕も小さいシューターを見たかったー!」
自宅に響くのは、ササラとトリトラの声だ。あまりのうるささに、修太は耳を両手で押さえる。
「そんなことを言われても、俺は覚えてないんだって」
謎の魔具でいたずら攻撃されて、無意識に魔法を無効化した反動で、なぜか六歳の子どもに若返ったのは、つい一週間ほど前のことだ。
久しぶりに家に訪ねてきたササラとトリトラが、ニミエがうっかりこぼした雑談で知り、自分達も見たかったと大騒ぎしている。
「ニミエさん、なんでよりによってこの二人に教えるんだよ。うるさいじゃないか」
「申し訳ありません、シューター様。旦那様が内密にとおっしゃるので、こちらの方々はよろしいかと思いまして。あまりのかわいさを自慢したくて、このばあやはうずうずしていたのですよ。つい! うっかり! ふふふ、いけませんわねえ、この口は」
ニミエはにこにこしながら、しまったという顔を作って、口に手を当てた。
つまり、ニミエはわざと教えたのだ。
修太はため息をつく。
(まあ、うっかり話せるような信頼できる相手となると、自然と限られるもんなあ)
そもそも、この屋敷の中に入れる人間がほとんどいない。
グレイの仕事は他人から恨まれるもので、修太は〈黒〉だから何かと危険だ。〈黒〉を見つけたら処刑しようとする過激な白教徒もいれば、珍しい〈黒〉を売ろうとする人買いもいる。
このエレイスガイアという世界は、結構物騒だ。
修太はグレイという強い保護者がいなければ、生きていくのも大変だ。もし独り立ちをする場合、専属護衛を雇わなければ、誘拐されて人買いに売られる可能性もある。一人暮らしなどしていたら、さらってくださいと言っているようなものだ。
つくづく、グレイの養子になれて幸運だったと思う。
「ずるいですわ、ニミエさん。どんな感じでしたの?」
「恥ずかしがり屋さんでしたわ。ちゃんとあいさつはしてくださいますのに、旦那様のコートにくっついて隠れてしまうんですの。それに、この家は広いからと、わざわざ旦那様のとなりに行くんですよ。本当に、血がつながっていないのが不思議なくらい、どう見ても親子でしたわ」
修太は恥ずかしさで顔を赤くする。それでも、ニミエの話を聞いていて、ほっとしている自分もいた。
記憶がない修太が、グレイを怖がって逃げなくて良かった。
正直、グレイのことを怖いと思う気持ちはあるが、それもひっくるめて全部グレイなので、修太はまるごと受け入れている。今更否定などしたくない。
トリトラはニミエの話から想像して、ほのぼのしている。
「師匠にくっつくシューターか、可愛いんだろうなあ。師匠、少しはでれでれしてたの?」
「戸惑ってらっしゃいましたけど、珍しく笑みを浮かべてましたわよ」
「師匠の笑み……? 駄目だ、背筋が凍るやつしか想像できない」
恐ろしげにつぶやくトリトラ。
「俺もだよ」
「わたくしもですわ」
こればっかりは、修太とササラも口をそろえた。
「でも、グレイさんったら、わたくしに一言くださってもよろしいのに! ひどいですわ。わたくしが子守りしましたし、着せ替えしまくりましたのに」
「欲望がだだ漏れだよ、君」
くやしさをあらわにするササラに、トリトラがツッコミを入れる。修太はパチンと手を叩いた。
「はい、この話はもう終わり! 俺は父さんを迎えに、ギルドに行くから!」
今日は修太とグレイ、トリトラの三人で夕食をとる約束をしている。そろそろ家を出ようという頃に、ササラがスオウの調味料のお裾分けに現れたのだ。
ササラがひかえめに問う。
「皆さんでお食事ですか? わたくしもご一緒して構いませんか」
「それは構わないけど、アレンには言ったの?」
「今日はクエストに行っていて留守なんですよ。家にいるとベタベタしてくるので、せいせいしますわ」
「哀れな奴だな、アレン……」
修太の足元で、コウが「クゥン」と悲しげに鳴く。同意したようだ。
ササラの塩対応にもめげず、愛情をあらわすアレンの根性には脱帽である。
ちょうどニミエも帰るというので、戸締りをしてから屋敷を出る。
雑踏は帰宅する人々で混雑していた。
そのまま冒険者ギルドの前まで来ると、近くの物陰から出てきた痩せた男に声をかけられた。
「あの……もしかしてツカーラさんですか?」
「え?」
名前を呼ばれたので立ち止まると、男は目を輝かせる。
「君がそうなのか! 会いたかった!」
「ええっ」
見た目と違って足が速い。ぎょっと立ちすくむ修太の前に、トリトラとササラが出る。
「なんか変だ、シューター、後ろへ!」
「下がりなさい!」
ササラが厳しい声で男に注意した瞬間、男は足元へ向けて、何かを投げた。それが光り輝いて、魔法陣が飛び出す。
「うわっ」
前にもこんなことがあったなと思いながら、ほとんど無意識に手を前に出す。
魔法陣はトリトラとササラにぶつかり、修太の指先が触れる寸前で、〈黒〉の魔法で砕け散る。
修太の意識は、そこで途切れた。
*****
腕でガードしたが、魔法の前では意味がない。
何も痛みがないことをけげんに思いながら、トリトラは素早く男を取り押さえた。ササラが修太の保護に回ると断定してのことだった。
「シュウタさん……? え? きゃあああっ」
ササラが悲鳴を上げたので、トリトラはぎょっとして振り返る。
「何? どうしたの、すぐに医務室に……は?」
修太の背が、やけに小さい。いや、それどころかこれはどう見ても、
「子ども?」
「おおおっ、成功したぞ!」
トリトラに後ろ手を拘束されたまま、男が歓喜の声を上げる。
「か、かわ、可愛いですわ、シュウタさんっ」
「???」
ササラは小さな修太を抱きしめて、きゃあきゃあ騒ぐ。小さくなった修太はぽかんとして、座り込んでいた。
「姉さん、そんなことしてる場合じゃないだろ。今すぐ医務室に行け!」
トリトラは切れた。
肉体が子どもに戻るなんて意味不明だが、体に大きな変化が出て、なんの苦痛もないなんて考えられない。それに、ちょうど帰宅ラッシュで人通りが多いのが問題だ。このままでは騒ぎになる。
「あっ、失礼しました。すぐに行きましょう! トリトラさん、その不届き者はお願いしましたよ」
「言われなくても!」
ササラは修太を抱えてギルドへ飛び込み、トリトラは男を拘束したまま待合室へ入る。
「何? 誰? 怖いようううう」
その瞬間、まるでスイッチが入ったみたいに、修太がぎゃん泣きし始めた。トリトラは半笑いを浮かべる。
(そりゃ、そうだよねえ。いきなりこんなむさ苦しい連中ばっかりの部屋に連れ込まれたら、小さい子には怖いだろうさ)
ちょうど夕方の報告ラッシュで、がたいの良い冒険者が列をなしている。彼らがいっせいに振り返り、鋭い視線を向けたのだ。
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいまし。きゃっ」
修太はばたばた暴れ、持て余したササラの手が緩んで、修太が落ちた。尻から落ちたが、今度は痛みでわんわんと泣く。
「あわわわ、だ、大丈夫ですか。痛かったですね。どうしましょう、べろべろばー」
ササラは必死にあやすが、小さな修太には全く聞こえていないようだった。
待合室がざわつく。
「もしかして、またあの悪夢再来?」
「どうすんだよ」
ひそひそと言葉を交わす中、待合室の奥にいたグレイが歩み寄ってきた。
「なんの騒ぎだ。――おい、まさか」
グレイは修太を見下ろし、口元がわずかにひくりと動く。さしものグレイも動揺したようだ。トリトラだって混乱しているので、グレイがこんな反応を見せるのは自然に思える。
「こいつが魔具を投げて、シューターが小さくなったんですよ、師匠」
「ああ、だからお前ら、髪が赤いのか。その魔具、肌や髪の色が変わる悪戯用品らしいからな」
「「はい?」」
トリトラとササラの間抜けな声が重なる。
そこで初めて、トリトラはササラの白い髪が真っ赤に変わっていることに気づいた。
「本当だ、姉さんの髪が赤い!」
「トリトラさんの灰色の髪も、夕焼けみたいですわ!」
「つまりお前らには普通の効果があって、シューターだけまた変な感じになったわけだな」
グレイは納得した様子で呟き、修太の前にしゃがむ。
「おい、どこが痛い?」
「うああん、おどうざーん」
「ん?」
腹にタックルして抱き着いてくる修太を、グレイは眉を寄せて見下ろす。
「お前、俺が誰か分かるのか?」
「……グレーでしょ」
「よく分からんが、まあいい」
グレイは修太を抱き上げて、左腕に座らせる。修太はスンスンと鼻を鳴らして泣きながら、グレイの肩にしがみつく。
冒険者ギルド内が、どよっと衝撃に揺れた。冒険者達があ然とグレイと修太を見つめ、グレイがそちらをにらむ。
「おい、見てんじゃねえぞ」
彼らはいっせいに反対方向を見る。グレイはフンと鼻を鳴らし、トリトラが押さえている男に近づいた。右手でガシッと男の頭をつかむ。
「――で? てめえはなんだ。話を聞かせてもらおうか」
「ひいいいい、すみませんでしたぁぁっ。だ、誰か助けてっ。殺されるーっ」
グレイのアイアンクローで、頭がみしみしという音が恐ろしいのだろう。男は無様に悲鳴を上げる。
「それ、怖いよねえ。なんかほら、頭蓋骨がくだけて、中身が出そうな気がするもんね。まあ、師匠ならできるけど」
トリトラが「分かる分かる」と同意して言うと、男の声が絞め殺されそうなものに変わった。
「ひいいいいいいい」
「うわ、うるさっ。どこから出てんの、その声。一発殴ったら静かになるかな」
トリトラは黒い笑みを浮かべる。修太の変化はもちろんのこと、自分の髪がおかしな色にされたことにも怒っている。
そこへ、受付カウンターを飛び越えて、リックが駆け付けた。
「グレイとトリトラ、そこまで! ったく、あんた、また来たのか。このくそ忙しい夕方の報告ラッシュに騒ぎを起こすんじゃねえよ。一週間の出禁にしたのに、まだこりてないとはね」
リックのほうも、珍しく切れている。
いつ会っても愛想が良いが、今日はこめかみに青筋を浮かべている。その様子に、ギルド職員や冒険者が再びざわめいた。
「うっわー、リックを怒らせたぞ、あいつ」
「この間のツカーラちびっこ化事件のアイテムについて、かぎ回ってた奴だろ」
「出禁であきらめておけばいいのに。リックが怒るなんて滅多とないんだぜ。あいつを怒らせるとめちゃくちゃ怖いぞ~」
冷やかし半分に、あちらこちらで噂が飛び交う。
そこへ、今度は医務室からヘレナが助手を連れてやって来た。
「ええっ、ちょっとまたなの!? ああ、今度は乳母を雇わなきゃ」
ヘレナは額に手を当て、修太を見つけてため息をつく。
「ちょっとあんた達、この忙しい時に、死人も怪我人も出さないでよ。そいつのことは、いったん地下牢にぶち込んでおきなさい。とりあえずそこの三人、医務室にいらっしゃい。全員、健康状態を診るわ」
グレイとトリトラが無言のまま不満をあらわすと、ヘレナはキッとにらむ。
「リック、その馬鹿を地下牢に連れてって! 言うことを聞かない奴は、次の治療でわざとしみるように処方するわよ! とっとと来なさい!」
多忙な時間帯なのでイライラが最高潮に達していたのか、ヘレナは目を吊り上げて脅す。
「ちっ、しかたねえな」
「卑怯だ」
「ううう、すみません~っ。シュウタさんに大泣きされるなんて、傍付き失格です。うわーん」
グレイはしぶしぶ手を放し、トリトラは文句を言い、ササラはへこんで泣きながら医務室に向かう。
さすがに修太はササラが泣くのを見てかわいそうになったのか、小さな手を伸ばして、ササラの頭をポンポンとなでる。
「痛いの痛いの、飛んでけ~」
「ふわぁっ、あ、ありがとうございますぅ。飛んでいきましたよ。ふふふふ、びゅーんって。うふふふふ」
感極まって、奇妙な笑い声をこぼすササラに、グレイが心底どん引きした声で言う。
「気持ち悪いぞ、お前」
だがその悪態は、舞い上がっているササラの耳には届かなかった。
「問題なし! ツカーラ君は前と同じ六歳のようね。前のこと、覚えてる?」
「……?」
ヘレナの質問に、修太はこてんと首を傾げる。
「分かってないようね」
修太はきょろきょろと周りを探す。
「ねえ、お父さんとお母さんは?」
「うっ」
以前も困った質問に、ヘレナが目に見えてひるむ。医務室内に気まずい沈黙が落ちる中、グレイが堂々と嘘をつく。
「今度は仕事で、しばらく留守にするんだと」
「またグレーのおうちで留守番なの?」
「そうだ」
「いつ帰ってくるの?」
「また七回朝が来たら、だ」
彼らのやりとりを聞いていて、トリトラの胸はざわつく。
「だ、大丈夫なんですか、師匠。そんな適当なことを言って」
「あ?」
てめえ、誤魔化しが通用してるのに邪魔すんじゃねえよ。
そんな裏の言葉が聞こえたトリトラは、慌てて言葉を合わせる。
「あ、そうですよねー! 一週間ですよねー!」
それにしたって、小さい修太は可愛らしい。同胞の子どもなんて、こ憎たらしいばっかりだが、弟分だと思うと、全力で構いたくなる。
修太はというと、警戒してグレイにくっついたまま離れようとしない。
「いいなあ、師匠。シューターに信頼されて」
「本当に変なガキだよな」
グレイはそう呟いたが、穏やかな空気は満更でもないことを告げている。
トリトラは自分の髪を引っ張った。
「それにしてもこの悪趣味な赤、どうにかなんないかなあ」
「半日で効果が切れるそうだ。明日の昼には戻ってるだろ」
「まじですか」
赤色にもいろいろとあって、これは派手な赤色だ。トリトラの好みではない。
トリトラが苦い顔をしていると、修太がじーっとこちらを見上げていることに気づいた。
「なあに、どうしたの? 僕はトリトラっていうんだよ。君のお父さんの弟子なんだ」
「デシって何?」
「君にとってはお兄ちゃんだよ」
「兄ちゃん?」
子どもらしいまん丸な黒い目をさらにまん丸にして、修太は首を傾げる。
「うわー、かわいいー。ネズミにこんなのがいたよねー!」
へらへらと笑ってしまうトリトラを、修太はやっぱりじーっと見つめる。トリトラは彼の前にしゃがんだ。
「もしかしてこの髪が気になるの?」
「なんかへんなの。これ、嫌?」
「まあ、嫌だけど」
どうしようもないしね。
トリトラが肩をすくめると、修太はトリトラの頭に手を伸ばす。
「きえろー。きえろー」
「ん?」
なんだかおかしいなと思って修太を見ると、黒い目に青く輝く魔法陣が浮かび上がっている。
「え!?」
次の瞬間、青い魔法陣が目の前に飛び出してきて、トリトラとササラにぶつかった。
「きゃっ」
ササラが短い悲鳴をこぼす。
「シューター、お前、魔具の魔法を無効化したのか」
グレイが冷静に指摘すると、修太が糸の切れた人形みたいにパタンと倒れた。
「ええーっ、ちょっとシューター!」
「シュウタさん、しっかり!」
まさか、死んだのではと焦るトリトラだが、ヘレナがすぐに様子を見た。
「寝てるだけよ。小さい子が魔法を使うと、エネルギー消費に体力が追いつかなくて、こんなふうに寝ちゃうことが多いの。気を付けないと、魔法使いの子はその隙に誘拐されることがあるのよね。とりあえず、今回は乳母を雇うべきよ」
ヘレナはグレイに声をかける。
「ほら、賊狩り、ツカーラ君をベッドに寝かせてあげて。目が覚めるまでは、医務室で待機ね。診察して問題なかったら、家に連れて帰っていいわよ」
「分かった」
グレイは修太をベッドに寝かせると、近くの椅子に落ち着いた。
「乳母を雇う必要はございませんわ。このササラ、シュウタさんに一日中お仕えいたしますとも! 傍仕えとして腕が鳴りますわ。まずは身の回りの物を全てそろえてまいります!」
ササラの使用人魂が熱く燃え上がったようだ。憤然と宣言するなり、上品ながら素早い足取りで医務室を飛び出していく。
「あーあ、姉さん、暴走してるよ。それじゃあ、師匠、僕は食事を調達してきます」
「おう」
トリトラは医務室を出ようとして、ふと足を止める。
「あ。先に、さっきの奴を締め上げたほうがいいですかね?」
「俺が尋問するからいい」
「師匠だと殺しちゃうでしょ」
物騒な会話に、医務室にいる人々が青ざめる。
ヘレナがうるさいと言いたげに手を振った。
「それなら激おこリックが対応してるから、大丈夫でしょ。あの寛大な青年を怒らせるんだから、相当しつこかったんでしょうねえ。研究以外何も見えなくなるタイプなんでしょうけど、お勉強ができて良かったんじゃないの」
さばさばしているヘレナの言葉に、医務室のみんなも首肯する。
「リックさんを怒らせるってすごいよな」
「あの人、多少の失敗は『大丈夫だから、気にすんな』で終わらせるのに。それでいて必要なことはちゃんと叱るんだよ」
「うちのギルド職員の間じゃ、憧れの先輩ランキング一位だもんね」
トリトラは彼らに問う。
「そんなランキングがあるの?」
「そうよ。ちなみにトリトラさんは、パーティを組んだらいけない冒険者ランキングで一位」
「なんでだよ!」
言い返すトリトラに、グレイが鼻で笑う。
「組んだ相手とことごとくもめてるだろうが、お前」
「だからってひどくないですか! それじゃあ、師匠は?」
「そりゃあ、もちろん」
医務室の女性が仲間のほうをちらりと見る。
皆、声をそろえた。
「敵に回したらいけない冒険者ランキング一位」
「それは納得」
トリトラは頷くと、さっと医務室から逃げ出す。
「おい、そのランキングはどこでやってんだ?」
「あ、仕事しなきゃ」
「お仕事お仕事」
医務室のメンバーは誤魔化して、グレイから距離をとって、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
途中なので、つづきます。




