番外編 修太がちびっこになる話 前編
※アフター編のどこかであったかもしれない一幕と思って読んでください。
ツイッターでつぶやいてたネタから書き起こしました。行間をあける元気がなかったので、そこはすみません。
全部で1万7千字近くあります。
あと、グレイがちょっと物騒なことを言ったりしますので、そこだけ残酷描写注意です。
第三者から見た二人の様子を書きたかったので、リック視点が多めです。
それはとある日の朝に起きた。
冒険者ギルドで待機するというグレイについて、修太も待合室にやって来た。紫ランクのグレイには、ギルド内で一定時間の待機義務がある。
旅をしている時も待合室に入り浸っていた修太は、グレイの傍で読書や勉強をするとはかどるので、宿題を抱えてやって来た。
「賊狩りのお兄さん、マスターが呼んでるぞ」
受付からリックが声をかけ、グレイが頷く。
「分かった」
「父さん、俺はいつもの席にいるよ」
「おう」
そしてグレイが二階へ続く階段を上っていくと、修太はグレイがよく座っているテーブルに向かった。
その時だった。
「お前が賊狩りの養子だな?」
「はい?」
青年が何かの魔具を、修太に向けて投げたのは。
割れる音がして、光り輝く魔法陣が現れる。
とっさに無効化しようと手を前に出し、そこで修太の意識は途切れた。
*
※ここからしばらくリック視点
「シューター!」
受付からその光景を目撃したリックは、急いで修太のもとに駆け付けた。
すでに冒険者が犯人を取り押さえている。
「そいつを逃がすなよ! おい、シューター、大丈夫か?」
黒いフードをかぶった修太が床に倒れているので、心臓がひやりとする。意識を確認しようとして、違和感に気づいた。
「……ん?」
傍にやって来た冒険者達もけげんそうに呟く。
「なあ、なんか」
「ツカーラ、小さくなってねえ?」
そしてリックと彼が顔を見合わせた時、修太が動いて、ゆっくりと起き上がった。まるっきり小さな子どもが、ずり落ちてきたフードを手で押さえながら首を傾げる。
「おじさんたち、だれ?」
謎の魔具で若返ったのだとさとった瞬間、魔王――いや、修太の養父であるグレイが戻ってきた。
「なんの騒ぎだ」
騒動を聞きつけ、すぐに戻ってきたらしい。
リックや冒険者らは命の危機を感じ、慌てて自己弁護に走る。
「お、俺は無実だ! 何もしてない!」
「そうだぞ、旦那! 犯人はこいつだ。俺らは取り押さえただけ!」
震えあがるリックらに、グレイはしごく冷静に言った。
「何があったか、簡潔に話せ」
「はい!」
リックが説明している間に、誰かが医務室に駆け込んだようだ。医療部部長のヘレナ・アンブローズがじきじきにやって来た。
「謎の魔具で、ツカーラ君がちびっこになったとか聞いたんだけど、どういうこと? 毒なら解毒を……解析……」
ヘレナは修太を見つけると、その歩く速度が上がる。
「きゃーん、かわいいー! ツカーラ君、ちっちゃい!」
「???」
飛びついてきたヘレナに、修太は固まってなすがままである。
どう見ても修太がヘレナを誰だか分かっていないので、リックは修太の前にしゃがみこんで目線を合わせて問う。
「俺のこと、分かる?」
修太はふるふると首を振った。
(なるほど。記憶のほうも若返った可能性があるな)
リックは心の内で判断をくだしつつ、自分を示して笑顔を作る。ダンジョンでは常識など通用しないから、異常事態には慣れている。さすがに大人が子どもになるなんてことは、今まで一度もなかったが。
「俺はリック。君の名前は?」
「……塚原修太」
「ツカーラ・シューター? あれ? シューター・ツカーラじゃないのか」
意外な返事にリックが疑問を呟くと、グレイが答える。
「セーセレティー風に変えただけだ。で、そいつが犯人ってことで合ってるんだな、受付」
「は、はい。そうですけど、ちょっ、殺さないでくださいよ!」
リックは慌てて止めるが、グレイは犯人の胸倉をつかんで引きずり立たせた。
「どういうつもりで、シューターにこんな真似をした? 元に戻る方法は? そもそも、害はないのか」
「し、知らねえよっ。闇市で見つけた、遺跡から出てきたっていう謎の魔具を使っただけで」
「……どうしてそれを、わざわざシューターに使うんだ? 答えろ」
グレイが物騒な目をするので、犯人は委縮して口をパクパクさせる。
するとグレイが珍しく、薄い笑みを浮かべた。魔王のような冷酷な顔に、冒険者達は震えあがる。
「そうか。話したくないなら、話したくなるようにしてやるよ」
グレイが犯人をギルドの地下牢に引きずっていこうとするので、リックは走って回り込みながら職員に叫ぶ。
「おい! 誰かマスターを呼んでくれ! ――落ち着こう、グレイ。そんな調子じゃ、しゃべるものもしゃべらない。それから小さな子どもの前だ、セーブしてくれよ。泣いちゃうだろ!」
我ながらどういう止め方だと思うが、泣くという単語に、グレイはぴたりと足を止めた。
床に座り込んでいる修太が、グレイをじーっと見ている。
(冷酷無慈悲なくせに、あいっかわらず養子には激あまだな)
まさかこの一言で足を止められるとは思わなかった。安堵した途端、どっと冷や汗が噴き出した。激怒中のグレイを止めるなんて、自殺行為もはなはだしい。
皆が息を飲んで見守る中、修太はふいっと顔をそむけて、ヘレナの後ろに隠れた。
グレイが怖かったのだろうとリックは同情したが、修太はヘレナにこそこそと話しかける。ヘレナが顔を緩めて、修太を抱きしめた。
「『キレイな人がいっぱいいて、はずかしい』~? きゃーん、なんてかわいいのー!」
聞いたこともない黄色い声を出して、ヘレナが満面の笑みを浮かべて叫ぶ。修太は顔を真っ赤にして、「言っちゃだめだよ」と怒る。
「ぐっ、かわいい!!!!」
子持ちの冒険者が数名、ドシャッと膝から崩れ落ちた。その中には強面も交じっており、小さい子どもに弱いという意外な一面に、リックはひそかに驚愕する。
ヘレナはきゃあきゃあ騒ぎながらも、素早く修太の状態をチェックして、グレイを仰ぎ見る。
「落ち着きなさいよ、賊狩り。体調には問題ないわ。むしろ、良いぐらいよ。なんで若返ったのかは謎だけど」
「そうか」
いったんは落ち着いたように見えるグレイだが、いつ爆発するんだか分からない。リックがひやひやしていると、ようやくマスターが階段を降りてきた。
「おい、緊急事態ってのはどういうことだ?」
熊男を見つけた修太はビクッとした。あきらかに怖がっているので、ヘレナが真剣に教える。
「ツカーラ君、いーい、この中で一番の危険人物はそこの男だから、あっちは怖がらなくていいのよ」
「……おい」
グレイが低い声を出す。
――やめてくれ、ヘレナさん。グレイがさらに怒ったらどうしてくれる!
リックは青ざめておたおたした。
「なんだこりゃあ」
マスターであるダコン・セリグマンはというと、奇妙な状況に首をひねった。
グレイから保護した犯人は、ダコンが尋問することで解決した。
いくら紫ランクでも、ギルドマスターの権限のほうが上である。
犯人から事情を聞き出したものの、リックから見てもくだらない理由だった。
応接室で、ダコンがグレイに説明する。
「嫉妬だよ。酒場で人気の歌姫が、お前に懸想してるんだと。それで歌姫に振られたんで、お前にいっぱいくらわしてやろうと思ったらしい」
「人気の歌姫だぁ? この国は歌手なんぞごろごろしてるから、どいつだか分からねえな。それでなんで、シューターを狙うんだ」
「お前の弱点だろ」
「……クソ野郎だということは分かった。よし、とりあえず西の森でいいな。埋めてくる」
「待て待て待て待て待て」
長椅子を立つグレイを、ダコンは必死に呼び止める。
リックもさっと扉をふさいだ。
「謎の魔具といっても、原理が分からんだけで、効果は肌や髪の色が変わる程度だったらしい。それがどうして若返ったんだか、あいつにも分からんのだと。そもそも若返る魔具なんてあったら、それを売ってひともうけするほうが賢いってもんだろ」
「……まあ、そうだな。それこそSSSランク魔具だ。城が買える」
「国に売れば、爵位と土地ももらえるだろ。元々は半日で効果が解ける悪戯用の玩具だったみたいだからな。とりあえず、しばらく様子見することにした」
「分かった。それで、何本もらっていい?」
「なんの話だ」
グレイが静かに問うので、ダコンだけでなく、リックも首を傾げる。
グレイは平然と言った。
「指か、それとも腕か足か」
「無表情のまま、静かに激怒するのはやめてくれよ、俺でもチビるわ! ゼロだ。いったん様子見。以上!」
物騒すぎる内容に、ダコンは顔を引きつらせて叫ぶように言う。
グレイが真剣に言っているのを分かっているからこそ、リックも背筋が冷える。
(神様、シューターを早く元に戻してくれーっ。死体が一つできちまう前に!)
リックは心の中で神へ叫んだ。
リック達が待合室に戻ってくると、修太がわんわん泣いているところだった。
「おうちに帰りたい。お母さん、お父さん、どこ」
ヘレナが聞き出したところによると、今の修太は六歳だそうだ。そりゃあ、家族が恋しいだろう。幼子が泣く様にリックは胸を痛め、周りの冒険者もおろおろしている。
変顔をしたり、おやつを見せたりして、なんとかあやそうとしているが、子どもがうるさいと舌打ちする輩がいるせいで、修太はビクッと震えてまた泣き出す始末だ。
しかし舌打ちした輩は、グレイに恐ろしい目でにらまれて待合室から逃げだした。賢明な判断である。
「困ったわねえ。確かツカーラ君のご両親って……」
「だよなあ。会わせてやりたいのはやまやまだがよう」
ヘレナはため息をつき、あやそうとしていた冒険者の男も後ろ頭をかく。修太の両親がすでに亡くなっているため、グレイが養子に迎えたという話は有名だ。
どうしたものかと思っていると、グレイがハルバートをリックのほうに突き出した。
「受付、持ってろ」
「ええっ」
まさか戦士にとって、命の次に大事な武器を手放すとは。
驚愕に固まるリックだが、武器を持ちなれているリックにも重いハルバートに、さらに驚いた。
(えええ、こんなもんを持ち歩いて、軽々と振り回してんの? どんだけだよ)
武器は良いものに限るが、各自に合った重さというものがある。
リックにはこの重さはかせにしかならない。それを、棒切れでも振り回すみたいに扱うグレイに、さすがは紫ランクになるだけはあると納得した。
「おい」
グレイが上から見下ろしたので、修太はビクッとして泣き止んだ。
(いやいや、怖がらせるだけだろ)
ひそかに焦るリックだが、グレイは修太の前に片膝をついて、視線を合わせた。
「いいか、よく聞け。お前の親は今、遠い所に旅に出てる」
「……りょこう?」
「そうだ。それで、留守の間、俺がお前を預かってる。ここでの父親は俺だ」
修太は不思議そうにグレイを見つめ、首を傾げる。
「おじさんってお兄さん? キレイだねえ」
子どもらしい話の飛躍だったが、グレイは続けた。
「俺はグレイだ。グレイと呼べ」
「グレー?」
「グレイだ」
「グレー」
「……まあ、いい」
グレイはため息をついた。
「えーと……お父さんて呼ぶの?」
修太が不安そうに訊く。
「そうだ」
いつものように、グレイは修太の頭にポンと手を乗せた。
「小さくなってもシューターなんだなあ。賊狩りになついてるぜ」
「微笑ましい光景のはずなんですけどねえ、なんだかゾッとしますねえ」
受付でリックがつぶやくと、同僚の青年が青ざめた顔で言った。
殺し屋になついている幼子にしか見えない。紫ランクの冒険者なのに、犯罪者度が上がってしまった。
(背筋がゾクゾクする)
いちいちぎょっとする。
たとえば、黒狼族が何か知らない修太が、グレイの尻尾に関心を示している今とか。
「いや、だめだろ。だめだ、シューター。そこは爆弾だ!」
思わずリックは受付カウンターから身を乗り出したが、意外にもグレイは尻尾に触らせてやっている。
そうしながらグレイはリックのほうを見て、うざいと言いたげに手を払う仕草をした。
幼子がすることだからだろうか、目くじらを立てるつもりはないようだ。
「え。グレイって子どもには優しいの?」
目の前の光景が信じられず、リックが隣の同僚に訊くと、同僚は首をぶんぶんと振る。
「知りませんよっ。でも、さすがに同胞でも尾までは触らせないでしょ。ツカーラ君だからじゃないですか」
「だよなあ。相変わらず、特別扱いがすごいよ」
そのまま様子を見ていると、グレイは尾には勝手に触らないようにと、理由込みで教えている。修太の小さな頭はこくこくと頷き、聞き分け良くしているのが遠目にも分かった。
「あんな小さい頃から良い子なんだな、あいつ」
「賢いですよねえ。僕、六歳の頃って何してたかな。あ、確か屋根に上って、鳥の真似をして飛び降りて骨折した」
「馬鹿だなあ、お前」
「リックはどうでした?」
「俺は……父さんの剣がかっこよくて、刃を両手でにぎったんだ。流血大騒ぎで、治療師の所に駆け込んだんだよ。手をタオルでぐるぐる巻きにされてさあ。後で教えてもらったが、実は骨が見えていたらしい。まあ、治してもらえたけど、父さんと母さんから説教の嵐だったよ。怖かったな」
「あなたも大馬鹿じゃないですか」
自分達の子どもの頃の馬鹿な真似を話題にしていると、グーッと音がした。修太の小さな頭がうつむく。腹の虫が鳴ったのが恥ずかしいみたいだ。
グレイが売店で茶や軽食を買ってやると、フードからのどく修太の口元がパアッと笑みをえがく。
「いただきます」
両手を合わせてあいさつしてから、もぐもぐと食べ始める。小ささもあって、リスみたいだ。
「あんな小さい頃から、食い意地がはってるんだな」
「ですねえ。いつも通りすぎて、いやされるなあ」
リックと同僚はほのぼのした気分になった。
その日は様子見がてら、修太は冒険者ギルドの客室に泊まることになった。
冒険者ギルドの建物は、二階から三階にかけて宿直室や客室がある。グレイが着替えを持ってきて、風呂に入れてやっている間、リックはヘレナに問う。
「ヘレナさん、子ども服じゃなくていいの?」
修太が大きな服を袖や裾を折って着ているのだ。
「うん。いつ元に戻るか分からないでしょ。小さい服を着ていると、首が絞まるかもしれないわ」
「ああ、確かに危険だな」
「あー疲れた。私は帰宅するから、何かあったらいつでも呼んでね。こんな事例、初めてだから気になるわ」
朝から医務室に詰めていたヘレナはそう言うと、ゆらゆらした動きで帰っていった。リックもそろそろ仕事上がりだ。
引継ぎをして、帰る支度を済ませて荷物を持つと、大人向けのシャツをパジャマ代わりに着た修太が階段を降りてきた。フードの代わりに、バスタオルをかぶっている。後ろからついてきたグレイに、女性職員が声をかけた。
「グレイさん、頼まれていたお食事、買ってきましたよ」
「……ああ」
さすがに売店では夕食まではとれないが、こんな状態の修太を連れて外出というのも心配な気持ちは分かる。
一番下に降りた修太が、腰に手を当てて注意する。
「だめだよ、グレー。ちゃんとありがとうって言わなきゃ」
グレイはため息をつき、職員に声をかける。
「……ありがとう」
「ハ、ハイ。どういたしまして」
彼女は顔を引きつらせ、テイクアウトした食事をグレイに渡す。
二人が待合室の席につくと、彼女はリックにささやいた。
「お礼を言われて怖いと思ったの、初めてだわ」
「ああ、俺もだ」
頷いたのは、リックだけではなかった。
「すげえな、シューター」
「記憶がなくても、グレイさんになつくのが特に」
彼女には、リックも同意見である。
翌日、午前遅くに出勤すると、小さな修太が待合室でぶらぶらと足を揺らしていた。一緒にいるのは、医療部の新人少年だ。
「夢じゃなかった」
「それ、今日だけで二十人は言ってたぞ」
掲示物をチェックしていたダコンが、こちらを見てにやりと笑う。
「あの犯人、どうなりました?」
「いたずらだが、あれは立派な傷害罪だ。とりあえず様子見で留置所だが、そのうち騎士団に引き取ってもらわんとな」
「まったく迷惑な奴ですよね。よりによってグレイを恨むなんて、度胸があるんだかないんだか。あれ、そういえばそのグレイはどうしました?」
「緊急クエストで、救出に行ってるよ。そろそろ戻るんじゃないか」
だから医療部の新人が、修太の世話をしているのか。
「あいつは弟妹が多いとかで、子ども好きみたいだから任せてる。どうも、記憶は六歳まで戻ってるようなのに、薬草のことは覚えてるみたいだぞ」
ダコンがそう言うので、リックはそちらに行ってみた。
新人少年は薬草図鑑を見せて、絵本代わりにしている。
「それじゃあ、これはなーんだ」
「メルエル草! でもこれ、ここの茎が違うよ。棘があるのは、ティオニカ草だもん。それに生えてるのは川の傍で、沼地じゃないのに。へんなの!」
「え、えーと、変だねえ。あはははは。――やばい、メモしなきゃ。権威ある薬草図鑑が、修正だらけになってるよ、さすがサランジュリエの賢者だよ。半端ないなあ」
新人少年はあたふたしながら、急いでペンを走らせている。
「なんだよ、まさか小さくなったところを利用してんのか? グレイが怒るぞ」
「そうじゃないですよ! 本を見せたら、これだけ興味を示したから読んであげてたら、この子が訂正しまくるんでメモしてるんです!」
新人少年は泣きそうになっている。
「大人しく図鑑を見ていてくれたら楽だなあと思った、二時間前の自分をなぐりたいですよ! すごく忙しい!」
子守りしながらメモをとっているのだから、彼が慌てるのも分かる。
修太は椅子から下りて、行儀よくぺこりとあいさつする。
「お兄ちゃん、こんにちは」
「おう、こんにちは。良い子だなあ」
「あいさつはちゃんとしなさいって、お母さんが言うんだ」
しつけが行き届いているようである。修太はあいさつをしたものの、急に新人少年の後ろに隠れた。
「ん? どうした。なんか怖がらせちまったかな」
「シューター君、恥ずかしがりなんですよ。リックさんがかっこいいから、困ってるんじゃないかな。朝から、うちのギルドの美形どころに声をかけられるたびに隠れてたんで。ねー?」
「言っちゃだめだってば」
修太は新人少年の腕を引っ張って抗議する。
リックの胸に、ほわーっと温かいものが広がる。
「うおお、いやされる。ほんっと可愛いな、おい。後でお菓子を買ってやろう」
「そう言って、みんな、お菓子を置いていくんで、そこに山になってますね」
あいている椅子に置かれた籠には、菓子が山盛りになっている。
「なんか俺、孫かわいがりする祖父の気持ちが分かっちまった」
「リックさん、祖父の前に父でしょ」
「俺はじいちゃんでいいよ。お小遣いとおやつあげたい。それで庭でひなたぼっこしたい」
そんな話をしていると、修太がパッとギルドの奥を見た。
「あ、グレー!」
きゃーっと小さな子供が走っていって、グレイの足に抱き着いた。
父親に飛びつく子どもの図だ。可愛いのに、相手がグレイだと、命の心配のほうでドキッとする。
「おかえりー」
「おい、足元をちょろちょろするな。踏む」
グレイは注意して、腰をかがめて修太に手を伸ばす。ひょいっと左腕に座らせた。
(どう見ても休日のお父さんーっ)
驚愕の光景だが、血がつながっていないのに、修太とグレイは親子らしさがあるので、妙にしっくりとなじんだ。
「ああやってると、グレイが普通のお父さんに見えるぞ」
「分かります。怖いですよねえ」
「そうそう。微笑ましいより先に、怖いが出てくるんだよな」
グレイといえば怖いという単語しか出てこないので、変な感嘆になってしまう。若干、混乱してしまうリックである。
「なにしてきたのー?」
「化け物退治」
「ばけもの~?」
「……オバケみたいなもんだ」
「オバケ!?」
途端に修太は周りをきょろきょろし始める。
「オバケ、どこ?」
「ここにはいない。やっつけてきたからな」
「そうなの? おとーさん、すごーい! かっこいいー!」
拍手して騒ぎたてる修太。
「そういえばお前、幽霊が駄目だったな」
グレイは分かりやすく適当にあげただけなんだろうが、修太にとっては大嫌いな天敵をやっつけるグレイは、最高にかっこよく見えたみたいで、「すごい」「かっこいい」を連発している。
しかしそれにもすぐに飽きた。
「ねえ、お父さんとお母さん、いつ帰ってくるの?」
「……あと七回くらい朝日が昇ったらな」
「はやく帰ってこないかなあ」
修太はしゅんとして、そこで悲しそうに呟く。
「つかれた」
「なんだ、のどが渇いたのか。何を飲みたい?」
「ジュース」
グレイは売店でジュースを買ってやり、いつもの席に落ち着いた。
「え? なんで今ので、のどが渇いたって分かるんだ」
リックの疑問に、グレイはこともなげに返す。
「ガキってのは、語彙がない。『疲れた』とか言い出したら、だいたい暑いとかのどがかわいたって意味だ。マエサ=マナで年下の仲間を世話してた時もそうだった」
「ええっ、グレイも子どもの世話をしてたのか?」
「母親が集会なんかで忙しい時は、子ども同士で世話するものだからな」
「意外だな」
協調性ゼロの黒狼族のくせに、仲間内だと結束力がある。そのあたりをもう少し人間社会でも発揮すればいいのに。
一方、女性達がギラッとした目でグレイを観察していることに気づいて、リックはゾクッとした。
(こえ~っ、結婚願望の強いご婦人方の目がやばい!)
グレイは怖いところをのぞけば、結婚相手には理想的だろう。一流の冒険者で財産もあるし、容姿が良い。修太に接するところを見て、自分も同じ扱いをされたらと想像したら、悪くないと思えるかもしれない。そこに「意外と家庭的?」ワードが追加されたのだから、目の色を変える気持ちも理解できる。
(いやいや、やめとけって、「怖い」のところが全長所をくつがえしてるんだぞ!)
もろもろひっくるめて、「良い人だ」と断定してのけられる修太くらいの度量がなければ、グレイの傍になんて一日もいられないはずだ。
リックからすれば、そんな苦行は断固拒否である。
「……なんだ」
グレイが修太に問う。
子どもの背丈には、待合室のテーブルと椅子は大きすぎるようで、昨日も飲食がしづらそうだった。今日もジュースを飲みにくそうにしており、修太はじーっとグレイの膝を見ている。
「お膝、乗っていい?」
「飲みづらいのか? そういう時は、さっさと言え」
「はーい」
膝に座らせてやるグレイという衝撃の光景に、リックはめまいがした。
「天変地異の前触れか?」
「さっきから、ぶつぶつとうるせえぞ」
グレイに追い払われたリックは、これが夢ならいいのにと思いながら、ロッカールームに向かった。
見直ししてないので、修正は後日しますね。




