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断片の使徒 extra  作者: 草野 瀬津璃
web拍手掲載済ss
26/35

 3



 グレイが食事を終えると、一緒に食堂を出た。

 そういえば、二人だけというのは珍しい。いつもはコウも一緒にいる。

 グレイがすたすたと歩いていくのを、修太が小走りに追いかけていると、方向が違うことに気付いた。


「あれ? 宿、あっち……」

「大道芸や動物を見るんだろ」

「えっ、行ってくれるの?」

「俺も思い出せるもんなら、思い出したいしな」


 グレイはハルバートを担いでいない左側で振り返り、独り言みたいに返す。

 つまり、グレイはトリトラ達の言うことを真に受けたということか。


「ふーん」


 どっちでもいいが、変わった動物というのを見てみたかったので、鑑賞できるのはうれしい。エシャトール国はパスリルと似た雰囲気で、森が多いのだが、山のほうは少し生態が違うようだと、冒険者ギルドで得た情報を啓介がひろうしていた。


 相槌を返した時、急にグレイが立ち止まったので、修太は背中に顔から突っ込んだ。フードを目深にかぶっているので、視野が狭いせいだ。


「ぶっ」


 顔を押さえて後ろにずれると、グレイは思案げにつぶやく。


「お前、歩くのが遅いな」

「グレイが速いんだよ。そもそも、身長差もあるんだから、歩幅が違うだろ」

「子どもだな……」


 グサッとくることをしみじみつぶやかないで欲しい。グレイは通行人を目で追い、出店を指さす。


「あの店を見ろ。あれがあればいいんじゃねえか」

「迷子紐かよ!」


 修太は顔を引きつらせたが、グレイは気にせず買ってしまった。


(ぐぬぬぬ。頼むから、今すぐ記憶が戻ってくれ!)


 以前は迷子紐なんかなくても歩調を合わせてくれていたのだと知り、修太は今までで一番、力強く願った。


(この年齢で、迷子紐を引っ張ってる奴、俺くらいじゃない?)


 先が輪になっている取っ手を握り、うつむき加減についていく。恥ずかしさで周りを見る余裕がない。


(くそー! ここでトリトラとシークに会ったら、しばらくネタにされる! 会いませんように!)


 特にフランジェスカ! あいつには会いたくない。

 しかし、面倒なことが嫌いなグレイが、迷子紐を引いてでも同行してくれるのはありがたいことなんじゃないだろうか。


「いたぞ。あれか、変な動物」

「おおー!」


 雑踏の先、広場の真ん中にテントが張られている。その柵の中にいる動物がどーんと立っている。見上げるくらい大きい。

 アルパカを二倍くらい大きくして、毛をふわふわにふくらませたみたいな、変な動物だ。むしゃむしゃと草を頬張っているところは、のどかそのものだ。

 なんて名前なのだろうかと、立て看板のほうに行く。


「フワパカ。変な名前だな」


 脱力感がすごい。しかし、よく似合っている。

 グレイも説明を読んで、感心したように言う。


「あの毛が、毛織物の材料になるのか。大量にとれそうだな。(えさ)代もかかりそうだが」

「他にもいろいろいるんだな。あ、ここにお金を入れるのか」


 それぞれの動物の檻には、木箱の貯金箱が据えてある。そこには「いただいた寄付は、この動物の餌代になります」と書いてある。きっと大食いだろうからと、修太はフワパカの餌代に、小銭を何枚か入れておいた。

 広場を見回すと、大道芸人の前にも箱が置いてあり、観客がお金を入れるシステムになっている。


「祭りかな」

「そうだろう」

「あ、あっちにモンスター屋って書いてある。行ってみていい?」

「どうせ、素材用のモンスターだろ」


 グレイはそうこぼしながら、後をついてくる。

 そういうことは覚えているみたいなのに、グレイが紫ランクの冒険者で、賊狩りと呼ばれていることについては忘れている。バランスが謎だ。


 緑色のテントに入ると、通路の両脇に檻が積まれている。それぞれ、鉄狼や綿を足につけた大きな蜂、綿の巣でとぐろを巻く蛇なんかがいた。小瓶入りのスライムなども。


 うなったり威嚇したりと、不穏な空気に満ちているモンスター達は、修太を見た途端、大人しくなった。通路側に出てきて、甘えるように鳴く。猛獣がペットに早変わりしたので、修太も動揺した。〈黒〉の魔力のせいだろう、変わりようがちょっと怖い。


「こんなふうに売られてるのか……」


 話には聞いたことがあったが、実際に見るとかわいそうだ。グレイはけげんそうに問う。


「お前、もしかしてモンスターに好かれるのか?」

「え? どうかなあ。ハハハ」


 店員の前でうかつなことは言えない。修太は誤魔化し笑いをして、テントを出た。




 テントの周りには屋台があり、輪投げや的当てなんかの遊戯場もある。


「花火大会の屋台みたいだな。へえ、これを当てると景品がもらえるのか」


 棚には布や木でつくられた人形が並んでいて、ボールを当てて落とすようだ。日本でも見たことがある。


「あの狼、コウみたいだな」


 灰色のぬいぐるみを眺め、修太はコウを思い出した。目がリアルで怖いのだが、全体的に見ると可愛い……気がする。


「グレイ、ちょっとやってみていい?」

「ああ」


 グレイは頷いたが、何がそんなに面白いんだと言いたげだ。


「はいよ。ボール三個で、五十エナだよ」

「はい」


 日本円だと、だいたい五百円くらいだ。

 割高だが、祭りというだけで財布の紐がゆるくなる気がする。

 テーブルの上の木箱に、三十代くらいの男は毛糸で編まれた綿入りのボールを三つ置く。


「当たっても、倒れるか落ちるかしないと駄目だからな」

「分かりました」


 男が横のほうに移動して座るのを待ってから、修太はボールを投げる。


「ん?」


 ボールがいびつなせいか、やわらかいからか、思った方向に飛ばない。棚の板にぶつかって跳ね返って落ちた。


「よし、次!」


 今度は隣のこけしみたいなのに当たったが、力が弱かったみたいで、倒れなかった。店主がにやっとする。

 三個目を投げようかと思ったら、後ろで見ていたグレイがボールを取り上げた。


「下手だな。どれを狙ってるんだ?」

「あの犬」

「犬? モンスターだろ」


 グレイは犬のぬいぐるみにケチをつけた。


「兄ちゃん、犬だ」

「あれが? あの目、のろわれそうだが」

「い、ぬ!」


 店主はむきになって言い返す。犬のつもりではあるようだ。もしかして、店主の自作かという疑惑が芽生えた。


「なんか不思議な可愛さがあるだろ。うちのペットにそっくりだ」


 ごめん、コウ! 内心で謝りつつ、修太はコウを引き合いに出して、あれが欲しいのだと訴える。店主は「そうだろう、可愛いよな」と、うんうんと頷いた。


「ふーん。まあ、いいが」


 グレイはボールを投げた。


 ――スパン!


 毛糸の玉が立ててはいけないような鋭い音とともに、犬のぬいぐるみに当たる。棚から落ちた。


「当たり! はい、坊主。大事にしてくれよ」


 ちょっと悔しそうにしながら、こちらに背を向けてぬいぐるみを拾い、男はそれを差し出した。


「ありがとう」

「はあ、まったく、黒狼族かよ。商売あがったりだから、もう来るなよ」


 男はうんざりと言い、追い払う。

 なんとなく申し訳なく思いながら屋台を離れると、グレイがふんと鼻を鳴らす。


「馬鹿だな。あれはいかさまだ」

「はい?」

「後ろか底にでも重りをつけてるんだろ。あんな木彫りの人形が、揺れもしないのはおかしい」

「だから、グレイがボールを投げたのか?」


 グレイは頷き、ふっと悪い顔で薄く笑った。


「ああいう客をなめてる奴を負かすから面白い」

「はは……そういうところは変わらないな」


 店主がこちらに背を向けてぬいぐるみを拾ったのは、こちらに見えないように仕掛けを外すためだったのだろうか。

 堂々といかさま商売をしているんだから、なかなかあなどれない。


「あ、父さん。ナイフ投げをやってるぞ」


 グレイ……というより、黒狼族のナイフ技が見たい。グレイ達は野宿の時など、たまに訓練を兼ねて、木を的にしてナイフ投げをして遊んでいる。あんまり綺麗に飛ぶから、見ていて面白いのだ。遅れて、どんな呼び方をしたのか思い出して、修太は口を手で覆う。


「あ、ごめん。なんでもない」


「俺みたいなのが、お前みたいな子どもに慕われているというのが、どうも納得できないんだが……。その様子を見ると、本当に養子のようだな」


「でも、グレイは弟子達にも慕われてるよ」

「あれとお前じゃ、全然違うだろ」

「そう?」


 修太には違いがよく分からない。


(というか、トリトラ達、あれ呼ばわりなのか……)


 扱いがかわいそうすぎる。


「それで、ナイフ投げ? お前、ナイフ投げができるのか?」

「いや、グレイが投げてるところを見たかっただけ。ごめん! なんでもない!」

「そんなもんを見て、面白いか? ただの訓練だろ」


 訳が分からんと言いながら、グレイは的当てのほうに歩いていく。

 店主は黒狼族だと分かると拒否した。


「いや、黒狼族は駄目ですよ。当てるのが分かってますから!」


 どうも、十本中、一本を真ん中の赤い部分に当てれば景品をもらえるみたいだ。

 無理を言っては悪いなと修太が声をかける前に、店主の奥さんらしき女性が声を張り上げる。


「待ちな、あんた。十本全部、真ん中に当てたら景品をあげるよ」

「いや、お前……」

「黙ってな!」

 

 奥さんにどやされ、店主は不満げに口をつぐむ。


「どう? お客さん」

「それで構わん」

「じゃあ、決まりだ。――みなさん、黒狼族の旦那がナイフ投げをするよー! 見ていかないかい?」


 奥さんが参加を許したのは、グレイを客寄せに使うためらしい。


「したたかな女だな」


 グレイはぼやきながら、店主からナイフが十本入った箱を受け取る。


「おい、子ども。これを持ってろ」

「はい」


 修太が箱を受け取ると、グレイは三本を抜き取った。

 その頃には、奥さんの呼びかけで、近くに客が集まっている。

 グレイはいつも通り冷静な顔のまま、ナイフの柄を指の間に挟み、腕を振る。


 ――ダン!


 木製の的の中央には、赤い絵の具で丸が書かれている。そこへナイフが吸い込まれるようにして、突き刺さった。


「おおっ」


 あちこちで感嘆が上がる中、グレイは機械的な作業みたいに次々にナイフを投げる。

 赤い丸を埋めるようにして、ナイフが十本刺さった。

 十本目が刺さると、わーっと歓声と拍手が上がる。


「すげえええ!」

「かっこいい!」

「お兄さん、素敵ー!」


 これを見ていて、皆もナイフ投げをしてみたくなったらしい。客が列を作る。

 奥さんはにんまり笑い、景品を差し出す。


「はい、十本全部命中だから、ナイフをプレゼント。まいど~」


 ここにいたって、渋い顔をしていた店主も笑顔で手を振った。

 雑踏に戻ると、修太は興奮気味に褒める。


「すごいよ! さっすが!」


「ったく、あの店もあこぎだな。見ろよ、的当てで使い古したナイフだ。刃がガタガタじゃねえか。鋳つぶして作り直したほうが良いくらいだ」


「あははは! 皆、商魂(しょうこん)たくましすぎるな」

「面白いか?」

「祭りってそんなもんだろ」

「そうか」


 納得いかないという「そうか」を返し、グレイは木箱入りのナイフを懐にしまう。修太も犬のぬいぐるみを旅人の指輪に入れておいた。


「とりあえず、お前に付き合ってりゃ何か思い出すかと思ったが、特に思い出さねえな」

「そう? それじゃあ、俺が楽しい思いをしただけか。悪いことをしたな」

「楽しかったのか?」

「うん」

「そうか。まあ、いいか」


 そんな会話をしながら的当ての屋台から少し離れると、後ろから女が叫んだ。


「待て、賊狩り!」


 グレイに用事があるみたいだが、グレイは賊狩りと呼ばれても反応せず、そのまま歩みを進める。


「あの……グレイ」


 呼んでるみたいだけど、と修太が言う前に、女が再び怒鳴った。黒髪と褐色の肌という特徴から、レステファルテ人のように見えた。


「ちょっと! 待てっつってんでしょ! おい! そこの黒狼族よ! 黒髪! 黒服! ええいっ、いい加減に振り返るくらいしろ!」


 周りを行きかう人々は、女のほうをかわいそうな目で見る。大きな声で人間違いをしている痛い人だと思ったに違いない。

 なんだかかわいそうになった修太は、グレイの上着を引っ張る。


「グレイ、あのお姉さんが呼んでるけど……」

「あ? 変な奴が騒いでるだけだろ。放っておけ」


 グレイの返事はにべもない。

 これにぶち切れた女は、剣を抜いた。

 周りがざわっとなり、女から距離をあける。


「噂通りの嫌な奴ね!」


 剣を手に、女はこめかみに青筋を立てて怒鳴りつける。グレイは無感動に女を眺め、修太に問う。


「あいつはなんで怒ってるんだ?」

「いや、怒るでしょ!」

「だーかーらー、馬鹿にするなっつってんでしょー!」

 

 この会話もかんにさわったようだ。女は切りかかってくる。グレイは難なくハルバートの()で刃を受け止めた。

 修太はいつものように、すぐに離れる。

 グレイが剣を押し返すと、女は後ろに下がった。


「こんの人でなし! よくも姉さんの夫を殺してくれたわね! 賊狩りグレイ!」


 野次馬達がざわついた。

 記憶喪失まっただ中のグレイは、返事に窮したようだ。黙ったまま答えない。それが女の言うことに真実味を与え、周りの人々の目が恐ろしげに変わる。

 このままではまずいと思った修太は、グレイの代わりに言い返す。


「人聞きの悪いことを言うな! 父さんが殺すとしたら、冒険者ギルドから依頼された悪党だ。もしそいつが殺されたんなら、盗賊か海賊だろ!」


 子どもが言い返したのが良かったのか、周りの人たちは「賊狩りといやあ、確かにそうだな」みたいなつぶやきを零す。

 グレイが呆れを込めて問う。


「おい、なんでお前が言い返すんだ?」

「グレイのことを悪く言われて、黙ってられるかよ!」


 修太は憤然と返し、女に質問を投げる。


「どうなんだよ!」

「そうよ、海賊だったわよ。でも、あんな下っ端まで殺すことないでしょ!」


 逆切れして、女はわめくように言った。

 周囲の眼差しに呆れが混じる。冷たい目が女に向けられた。


「海賊かよ。しかも下っ端! そんな悪党と手が切れて良かったじゃねえか」


「良くないわよ。姉さんは病気だったのよ。あんな小悪党でも夫だったんだから、落ち込んでそのまま死んだの。ああ、かわいそうな姉さん。全部、あんたのせいよ!」


 そう聞くと、ちょっとは同情がわくもので、野次馬達はうーんとうなる。


 ――おい、ほだされるな!


 心の中で、修太は野次馬を怒鳴りつける。


「紫ランクに討伐依頼が来る海賊だぞ。極悪人に決まってんだろ。下っ端だろうが、悪い奴が悪い!」


 修太がなおも言い返すと、女はぴしゃっと返す。


「うるさいわね、部外者は引っ込んでなさい! 私はそこの男に用があるの!」

「くっ」


 修太は歯噛みした。

 女が怒りだすと、時に理屈が通じない。自分の言葉のあらは棚に上げて、都合の悪いことは切り捨てて主張するのだからたまったものじゃない。


「あんたに会ったら、鉄槌をくらわしてやろうと思って、武芸の腕をみがいてきたわ。覚悟しなさい、姉さんのかたき!」


 女は再び、グレイに切りかかった。


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