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断片の使徒 extra  作者: 草野 瀬津璃
web拍手掲載済ss
22/35

絵と地図の話



 修太が風呂から大部屋に戻ってくると、フランジェスカが書き物をしているのを見つけた。修太はひょっこりと手元を覗き込んだ。


「何してるんだ? 日記?」


 彼女はたまにメモ帳に風土について書きつけている。てっきりそれだと思ったのだが、フランジェスカが書いているのは地図のようだ。


「この街の見取り図だ。大雑把なものだがな」

「ふうん。町の造りって規模が違うだけで、どこも似てる気がするけど」

「鍛冶屋や装備品の店などは配置が違うからな、次に来た時にも分かりやすいようにしているんだ」

「へえ」


 濡れた髪をタオルでがしがしと拭いながら、修太は自分のベッドのほうへ行く。


(結構マメなところもあるんだな)


 そんなことを思っていると、ピアスが茶器を盆にのせて運んできた。


「戻ってきたわ。お茶にしましょうよ、フランジェスカさん。あら、見事な地図。分かりやすいわね」


 感心しつつ、ピアスは盆をテーブルに置く。


「私は騎士と言っても、平民から成り上がったタイプだからな。兵士は土木作業もするんで、測量の技術もある。地図を作ったこともあるよ。あの感覚があるから、地図を作るのは結構上手いほうだぞ」

「そういえばダンジョンでもマッピングで助けてくれたわね。私は道具の図面を書くのはできるんだけど、地図って苦手」

「ははは、そういや、地図をくるくる回していたな」

「もう、思い出さなくていいからっ」


 ピアスの白い肌が、パッと朱に染まる。頬を赤くして恥ずかしがっているピアスは、今日も可愛い。

 二人が茶を飲み始めると、次々に仲間が戻ってきた。

 修太は彼らにも、地図は書けるのかと聞いてみる。


「俺? 書けるわけないだろ、習ったこともないのに。でも、読むことはできるよ」


 修太と入れ替わりで風呂に入ってきた啓介が、呆れたように返す。


「俺はメモ程度だな」


 グレイは言って、紙に四角い枠を書いて、点をいくつか書いた。方角と目立つ建物の配置、危険な場所だけ名前を書く。

 フランジェスカは頷いた。


「これだけ分かってれば、滞在には充分だ。さすが、合理的だな」

「俺はスケッチくらいなら。色鉛筆でちまちま描くのは好きだなあ」


 修太が呟くと、啓介がうんうんと同意する。


「シュウは結構細かい作業が好きだもんな。そういや、前は書道も好きだったよな?」

「ああ、頭がすっきりするんだ。母さんに書道教室に通えって連れてかれてただけだけど、結構好きだよ」


 そういえばエレイスガイアに来てからはしていない。


「しょどう? いろえんぴつ? 何それ」


 ピアスが興味を示すので、修太は教えた。


「へえ、えんぴつって道具は便利そうね。作ってみたいわ。ここでの画材は色石を砕いたものが多いのよ。そういえばその『しょどう』っていうのは、似たようなものがあるわよ。見栄えするような文字を書くの。職人の仕事ね。本の装飾とかね」

「今度探してみようぜ、シュウ」

「おう」


 啓介に声をかけられ、修太も頷く。そういった職人仕事は見ている分には面白いので、興味を惹かれる。


「ピアス、啓介は絵なら上手いぞ。美術部からスカウトが来るくらいだ。学校内のコンクールなら賞もとってたぜ」

「たいしたことないよ。美術部員には負けるって」


 啓介は困ったように肩をすくめるが、彼の天才性は絵のセンスにもあらわれる。だいたい何をさせてもそつなくこなすのだから羨ましい。


「描いて描いて」


 ピアスは羊皮紙を取り出して、啓介に座るようにと示す。


「うーん、仕方ないなあ」


 ピアスの頼みは断りきれず、啓介は羽ペンの先にインクを付けて、絵を描き始めた。


「ほら、こんな感じ」

「えっ、すごい! 私を描いてくれたの? ――ケイ、困った時は似顔絵を描いて売りましょう。お金になるわ」

「ははは」


 ピアスのがめつい発言に、啓介は苦笑を返す。

 周りも絵を覗き込み、これはそっくりだと啓介を褒めた。


「ケイ殿は多才だなあ」


 感嘆するフランジェスカに、青年姿のサーシャリオンが口を挟む。


「我もこれくらいはできるぞ。模写なら簡単だ」


 そう言って、別の紙にさらさらと絵を描く。

 それがそのまま生き写しだったので、修太達は身を引いた。


「なんだろう、すごいんだけど、ちょっと怖いな」

「ああ。ケイ殿の絵には温かみがあるが、こちらは今にも出てきそうな変な気迫がある」


 修太の感想に、フランジェスカが同意する。ピアスは青ざめた顔で、涙目になった。


「なんだか嫌だわ、燃やして供養する!」

「なんだ、供養とは。失礼だな」


 サーシャリオンはぶうぶうと口をとがらせるけれど、満場一致で燃やすことに決まった。


「ケイの絵はもらっておくわね。今度、おばばにあげるわ」

「え? そんな落書きでいいの?」

「いいの。これが気に入ったのよ」


 ピアスが上機嫌なので、啓介も嬉しそうに笑みを浮かべる。


「良かったな、啓介」


 修太は啓介の腕をポンポンと叩いた。


「ワフッ」


 その時、コウが修太の足元で吠えた。


「こやつも書きたいそうだぞ」

「え? 狼のくせに書けるのか?」


 サーシャリオンの通訳を聞き、修太は半信半疑で羊皮紙をコウの前に置く。小皿にインクを入れてあげると、コウは右の前脚を小皿につけ、ペタッと肉球のスタンプを押した。

 見守っているうちに、肉球のスタンプが増えていく。


「オンッ」


 誇らしげに座っている辺り、どうやら完成したようだ。

 正直なところ、ただの肉球スタンプの集合体なだけだが、修太達はほっこり和んだ。


「おお、上手いな。すごいぞ、コウ」

「アートだね」

「可愛いからなんでもいいわ」


 修太と啓介、ピアスがコウを褒めまくる横で、サーシャリオンは納得がいかないとすねている。


「何故じゃ、我のほうがずーっと上手いのに! ずるい!」

「孫扱いみたいなものだろう。何をしても可愛い」


 フランジェスカの冷静な指摘に、サーシャリオンはぐぬぬと歯噛みをする。急に吹雪に包まれ、五歳児くらいの姿になった。


「我も可愛いぞ!」

「お前、何をコウと張り合ってるんだよ」


 修太達は呆れたが、サーシャリオンがうるさいので、しばらく幼稚園児に対するように褒めてやったのだった。



 ……end.


 

 拍手に掲載してたお礼ssです。

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