絵と地図の話
修太が風呂から大部屋に戻ってくると、フランジェスカが書き物をしているのを見つけた。修太はひょっこりと手元を覗き込んだ。
「何してるんだ? 日記?」
彼女はたまにメモ帳に風土について書きつけている。てっきりそれだと思ったのだが、フランジェスカが書いているのは地図のようだ。
「この街の見取り図だ。大雑把なものだがな」
「ふうん。町の造りって規模が違うだけで、どこも似てる気がするけど」
「鍛冶屋や装備品の店などは配置が違うからな、次に来た時にも分かりやすいようにしているんだ」
「へえ」
濡れた髪をタオルでがしがしと拭いながら、修太は自分のベッドのほうへ行く。
(結構マメなところもあるんだな)
そんなことを思っていると、ピアスが茶器を盆にのせて運んできた。
「戻ってきたわ。お茶にしましょうよ、フランジェスカさん。あら、見事な地図。分かりやすいわね」
感心しつつ、ピアスは盆をテーブルに置く。
「私は騎士と言っても、平民から成り上がったタイプだからな。兵士は土木作業もするんで、測量の技術もある。地図を作ったこともあるよ。あの感覚があるから、地図を作るのは結構上手いほうだぞ」
「そういえばダンジョンでもマッピングで助けてくれたわね。私は道具の図面を書くのはできるんだけど、地図って苦手」
「ははは、そういや、地図をくるくる回していたな」
「もう、思い出さなくていいからっ」
ピアスの白い肌が、パッと朱に染まる。頬を赤くして恥ずかしがっているピアスは、今日も可愛い。
二人が茶を飲み始めると、次々に仲間が戻ってきた。
修太は彼らにも、地図は書けるのかと聞いてみる。
「俺? 書けるわけないだろ、習ったこともないのに。でも、読むことはできるよ」
修太と入れ替わりで風呂に入ってきた啓介が、呆れたように返す。
「俺はメモ程度だな」
グレイは言って、紙に四角い枠を書いて、点をいくつか書いた。方角と目立つ建物の配置、危険な場所だけ名前を書く。
フランジェスカは頷いた。
「これだけ分かってれば、滞在には充分だ。さすが、合理的だな」
「俺はスケッチくらいなら。色鉛筆でちまちま描くのは好きだなあ」
修太が呟くと、啓介がうんうんと同意する。
「シュウは結構細かい作業が好きだもんな。そういや、前は書道も好きだったよな?」
「ああ、頭がすっきりするんだ。母さんに書道教室に通えって連れてかれてただけだけど、結構好きだよ」
そういえばエレイスガイアに来てからはしていない。
「しょどう? いろえんぴつ? 何それ」
ピアスが興味を示すので、修太は教えた。
「へえ、えんぴつって道具は便利そうね。作ってみたいわ。ここでの画材は色石を砕いたものが多いのよ。そういえばその『しょどう』っていうのは、似たようなものがあるわよ。見栄えするような文字を書くの。職人の仕事ね。本の装飾とかね」
「今度探してみようぜ、シュウ」
「おう」
啓介に声をかけられ、修太も頷く。そういった職人仕事は見ている分には面白いので、興味を惹かれる。
「ピアス、啓介は絵なら上手いぞ。美術部からスカウトが来るくらいだ。学校内のコンクールなら賞もとってたぜ」
「たいしたことないよ。美術部員には負けるって」
啓介は困ったように肩をすくめるが、彼の天才性は絵のセンスにもあらわれる。だいたい何をさせてもそつなくこなすのだから羨ましい。
「描いて描いて」
ピアスは羊皮紙を取り出して、啓介に座るようにと示す。
「うーん、仕方ないなあ」
ピアスの頼みは断りきれず、啓介は羽ペンの先にインクを付けて、絵を描き始めた。
「ほら、こんな感じ」
「えっ、すごい! 私を描いてくれたの? ――ケイ、困った時は似顔絵を描いて売りましょう。お金になるわ」
「ははは」
ピアスのがめつい発言に、啓介は苦笑を返す。
周りも絵を覗き込み、これはそっくりだと啓介を褒めた。
「ケイ殿は多才だなあ」
感嘆するフランジェスカに、青年姿のサーシャリオンが口を挟む。
「我もこれくらいはできるぞ。模写なら簡単だ」
そう言って、別の紙にさらさらと絵を描く。
それがそのまま生き写しだったので、修太達は身を引いた。
「なんだろう、すごいんだけど、ちょっと怖いな」
「ああ。ケイ殿の絵には温かみがあるが、こちらは今にも出てきそうな変な気迫がある」
修太の感想に、フランジェスカが同意する。ピアスは青ざめた顔で、涙目になった。
「なんだか嫌だわ、燃やして供養する!」
「なんだ、供養とは。失礼だな」
サーシャリオンはぶうぶうと口をとがらせるけれど、満場一致で燃やすことに決まった。
「ケイの絵はもらっておくわね。今度、おばばにあげるわ」
「え? そんな落書きでいいの?」
「いいの。これが気に入ったのよ」
ピアスが上機嫌なので、啓介も嬉しそうに笑みを浮かべる。
「良かったな、啓介」
修太は啓介の腕をポンポンと叩いた。
「ワフッ」
その時、コウが修太の足元で吠えた。
「こやつも書きたいそうだぞ」
「え? 狼のくせに書けるのか?」
サーシャリオンの通訳を聞き、修太は半信半疑で羊皮紙をコウの前に置く。小皿にインクを入れてあげると、コウは右の前脚を小皿につけ、ペタッと肉球のスタンプを押した。
見守っているうちに、肉球のスタンプが増えていく。
「オンッ」
誇らしげに座っている辺り、どうやら完成したようだ。
正直なところ、ただの肉球スタンプの集合体なだけだが、修太達はほっこり和んだ。
「おお、上手いな。すごいぞ、コウ」
「アートだね」
「可愛いからなんでもいいわ」
修太と啓介、ピアスがコウを褒めまくる横で、サーシャリオンは納得がいかないとすねている。
「何故じゃ、我のほうがずーっと上手いのに! ずるい!」
「孫扱いみたいなものだろう。何をしても可愛い」
フランジェスカの冷静な指摘に、サーシャリオンはぐぬぬと歯噛みをする。急に吹雪に包まれ、五歳児くらいの姿になった。
「我も可愛いぞ!」
「お前、何をコウと張り合ってるんだよ」
修太達は呆れたが、サーシャリオンがうるさいので、しばらく幼稚園児に対するように褒めてやったのだった。
……end.
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