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断片の使徒 extra  作者: 草野 瀬津璃
ふわっと思いついたSS
20/35

迷惑を気にするトリトラの話(※本編終了後の一部ネタばれ含む)

 ※注意※

 本編修了後のネタバレを一部含みます。

 だいたい修太の外見年齢18~19歳くらい。


・修太がグレイを「父さん」呼びしてて、サランジュリエに家を構えて暮らしてる。

・啓介やシークがそれぞれすでに結婚してて、アリッジャで暮らしてる。

 

 この辺が出てくるの無理って人は読まないでくださいね。 


 本編がいつ終わるか分からんから(笑)、書きたくなって書いてしまった。

 実は終わったら終わったで、その後の修太の生活編も書きたいんだよね。私が楽しいから。

 


「え? トリトラって、この都市に来るたび、毎回、知り合いの家に泊まってんの? うわ、すげえ迷惑だぞ、それ」

「……え?」


 臨時で組んでいたパーティリーダーの人間の男が口にした内容に、トリトラはぎくりとした。

 黒狼族の間では、仲間内での助け合いは至極当たり前のことなので、気まぐれ都市サランジュリエに修太とグレイが家を持っているのをいいことに、毎度のように厄介になっていた。

 それから家へ戻ってきたものの、なんとなく気まずくなって玄関先で立ち尽くす。


「うーん」


 荷物を引き上げて出て行くべきか?


「うーん」


 今日は夕食だけとって、明日の朝、出て行くか?


「それとも聞いてみる?」

「何を?」

「うん、迷惑かなって……ん?」


 振り返ると、修太がコウと立っていた。買い物帰りなのか、修太は食べ物の詰まった紙袋を抱えている。彼はじっとりとした目で、トリトラを見た。


「なに、お前、まーたパーティでごたついてるのか? シークがいないだけで、もめまくりだよな。毒舌で追い詰めたのか、それとも仲間を見捨てる発言でもしたのか」

「えっと?」

「どっちだ」

「もめてないよ!」


 無言での威圧に、トリトラは急いで叫ぶ。


「なんだ、違うのか。ふーん、お前が悩むなんて珍しいじゃん。それよりそこにいると邪魔だから、どいてくれねえ?」

「あ、ごめん。待って、扉は開けてあげるよ」


 両手がふさがっているのを見て、合い鍵で扉の鍵を開け、内へと押す。中へ意識を向けて、特に異変がないのを確認してから、修太を通した。


「そうそう、今日の夕飯、鳥の唐揚げにするんだけど、構わねえか?」


 玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えてから、修太が問う。


「もちろん、僕の大好物だ」

「そうだっけ? それなら遠慮なくたくさん揚げるか。俺も食うし」

「もしかして迷惑?」

「は?」


 居間に入ろうとしていた修太が、けげんそうに振り返る。コウは玄関脇に置かれた雑巾で、丁寧に前脚と後脚の汚れを拭い落していた。相変わらず、賢いモンスターだ。


「さっき邪魔って言ったのを気にしてるのか? どいてくれたからもういいよ」

「そうじゃなくてさ」


 鍵を閉め、靴をスリッパに履き替えて、トリトラも後に続く。


「今、組んでるパーティの人間が言ってたんだ。毎回、知人宅に泊まるなんて迷惑だって」

「今更じゃねえ?」

「そうだけど、邪魔なら宿に移るし……」

「迷惑でも邪魔でもねえよ。うちは部屋が余ってて、トリトラは身の回りのことは自分でやってる。料理は自分の分を作るついでに多めに作ってるだけだから、手間でもねえしな。そもそも面倒だったら、外で食べるか買ってこいって言うだろ?」


 荷物をテーブルに載せると、修太はフードを脱いだ。愉快そうに笑っている。


「お前らって普段は好き勝手やってるくせに、たまにそうやって気にするよな。そういうとこ、嫌いじゃないぜ。――あはは、うける。すげえ今更」


 からからと笑いながら、台所へと荷物を運んでいく修太。

 トリトラはなんだか胸がほっこり温かくなって、いつものように声をかける。


「シューター、僕のこと、お兄さんって呼んでいいよ」

「呼ばねえって」


 今日も冷たい。



     *****



 翌日、夕方にダンジョンから戻って、冒険者ギルドでパーティでの報酬を分けてから、なんとなく雑談していると、パーティリーダーの男が思い出したように言った。


「そういえばトリトラ、知人宅を出たのか? 長居するのも迷惑だぞ」

「いや、迷惑でも邪魔でもないって言うから、そのままだよ」

「はあ? そんなの、言いにくいから遠慮してるだけだろ」


 そうなのだろうか。

 トリトラは少しだけ不安になった。

 人間のことはよく分からない。だが、昨日、修太は特に嘘をついてはいなかったから問題ないはずだ。

 だがそう返す前に、リーダーの横にいた少女が口を出す。


「ええっ、知り合いだからって居候してるの? やめたほうがいいって」

「そうよ。ただでさえ冒険者って汚れもすごいから、掃除も大変だしさ。手間賃を払っておけばいい宿のほうが気楽じゃない?」

「えーと」


 他のメンバーまで口を出してきたので、トリトラが返事に窮していると、後ろから声をかけられた。


「ちょっといいっすか」

「あれ、シューター」


 黒いフードを被って目元を隠しているが、トリトラにはすぐに分かった。見知らぬ少年に声をかけられ、パーティの面々は戸惑いを浮かべる。


「誰?」

「僕が居候してる先の子だよ」


 トリトラの紹介に、彼らは躍起になった。


「あなたがそうなの? ねえ、迷惑ならちゃんと言ったほうがいいわよ」

「そうよ、黒狼族って言わなきゃ分からないんだから。察するなんて無理でしょ?」


 女性達の言葉に、修太の口がへの字に曲がる。


「迷惑じゃない。邪魔でもない。あんた達にはそれが迷惑なんだろうけど、俺にはそうじゃない。自分達の考えを、さも人間の一般常識みたいに言うのはやめてくれないか、そっちのほうが迷惑だ」


 修太にきっぱりと言い切られて、彼らはたじろいだ。修太は今度はトリトラにも向き直る。


「トリトラ、お前もさ、俺とそいつらじゃ付き合いの長さが違うだろ? 俺のほうが長いのに、どうしてそっちを信じるんだ? そもそも、数年一緒に旅したんだから、今更だっつーの。全部分かってて迷惑じゃないって言ってるんだから、いちいち疑うなよ」


 トリトラは首を傾げ、灰色の髪を手でかく。


「うーん、なんでだろ。君には嫌われたくないんだよね。だから気になるのかな?」

「俺もなんでお前にそんなに好かれてんだか、よく分かんねえけど。パーティを組むなら、相手くらい選べよ。お前、ただでさえ癖があるんだから」

「ええー、嘘はついてないのに」

「正直ならなんでも言っていいと思ってんのか? その辺はもうちょっと進歩しろよ」


 遠慮のないやりとりを唖然と見ていたパーティ面々だったが、リーダーが眉を吊り上げる。


「おい、まるで俺達に問題があるみたいなその言い方、納得いかねえな」

「こいつは口は悪いけど、良い奴なんだ。分かってないから、そうやって変なアドバイスするんだろ」

「はあ? 良い奴は仲間を邪魔扱いしないし、考え無しの馬鹿とか言わないだろ」

「トリトラ、お前な」


 今度は修太が責めるように言うので、トリトラは首を傾げる。


「何も間違ったことは言ってないけどな。モンスターがいるのに、ぼーっと突っ立って跳ね飛ばされそうになってるから邪魔って言ったし、事前に情報収集もしないで、未知のエリアに突っ込むなんて考え無しの馬鹿だろ?」

「え? あんた達、もしかして新人なの?」


 修太の質問に、リーダーの顔が赤くなる。


「なんだと、馬鹿にしてるのか?」


 リーダーが一瞬で逆上して修太に掴みかかろうとするので、トリトラはその右手を掴んで止めた。


「学校を卒業したてだってさ。うん、確かに組む相手を間違えたかな? 僕は君らの無謀さの巻き添えで死にたくないから、パーティは今日までにするよ。――それと」


 掴んでいる手首に力を込めると、リーダーがうめいた。


「いだだだ」

「彼に手ぇ出したら、殺すよ?」


 冷ややかに見ると、他の面子が青ざめて引いた。


「僕が言ったら反論するだけで、シューターが言ったら手を出すなんて、君ってちっさい奴だね」


 そのまま床に放り出すと、リーダーは尻餅をついた。手首を押さえて、ぎろりとにらんでくる。

 修太が困ったように口を開く。


「えっと……もしかして俺が変に口を出したから、こんなことになってんのかな」

「違うよ、合わなかっただけ。シーク以上の相棒ってなかなかいないな。でも、ここのダンジョンはソロだと限界があるからなあ」


 戦闘能力ではなく、鍵開けや罠避けなどのほうで制限があるのだ。このダンジョンは誰かと協力しあわないと、次の階への扉が開かない仕組みが多いので厄介である。


「おい、お前ら、ギルドでの喧嘩はルール違反だぞ。何やったんだ?」


 一触即発の空気を察して、ギルドマスターが仲裁にやって来る。その後ろにはグレイがいた。


「……なんの騒ぎだ」

「あ、父さん。お帰り」


 修太がひらひらと手を振る。

 どうして彼が冒険者ギルドにいるのかと思えば、グレイに会いに来たらしい。


「急用か?」

「いや、外食したい気分だから、食べに行かないかと思って。そうだった、トリトラも誘いに来たんだ」

「俺は構わんが」


 グレイがちらりとトリトラを一瞥する。


「僕も行くよ、もちろん」

「こら、待て。話し合いが済んでからだ」


 だがギルドマスターに捕まったので、渋々向き直る。

 修太は右手を挙げた。


「トリトラ、俺らはその辺で待ってるよ」

「何か飲むか?」

「ジュースがいい」


 楽しそうな会話がずるい。だが待っていてくれるというので、ちょっとうれしい。

 やれやれと思いながら、元パーティメンバーとギルドマスターで話し合う。

 結局、彼らは無謀さを叱られ、トリトラは口の悪さを叱られた。




 それから料理が美味い酒場に行って、三人でたらふく食べた。

 食後に酒を飲みながら、グレイがふんと鼻を鳴らす。


「なんだ、お前、またパーティともめたのか。何回もめるか賭けるのはどうだ、シューター」

「あはは、むしろ何回もめたら、ベストなパーティが見つかるかのほうが面白くない?」

「ひっどいなあ」


 完全に面白がっているグレイと修太を、トリトラは恨みがましく見つめる。琥珀色の酒をあおった。

 グレイはしげしげとトリトラを眺める。


「しかし、あんなガキどもと組むとはな、そんなにいないか?」

「はあ、ここのギルドじゃ、だいたいの奴とはもめたので」

「あはははは、やめてくれよ、腹筋が痛いだろ!」


 ツボに入ったらしく、修太が珍しく大笑いしてテーブルを叩いている。グレイは淡々と問う。


「シークはどうだって?」

「今、アリッジャで暮らしてるじゃないですか? ケイ達がいるから、人間のことでよく分からなくても教えてもらえるからって。子どもが生まれたての今が一番大変だけど、稼がないといけないから、そのうちこちらに来るって話ですよ。それまではソロでどうにかやりますかね」


 あーあと溜息を吐くトリトラの横で、ようやく修太が笑いやんだ。会話に加わる。


「しっかし、イェリさんもよくセーセレティー暮らしを許可したよな。アリテの傍にいたかったんじゃないか?」

「イェリも呼んでやればいい。よりによってオルセリアンのスラム近くに住むなんざ、酔狂すぎるからな。あの辺は俺達にも危険すぎる。アリテがシークと結婚するとなると、レステファルテ人からの当たりが強くなるから心配したんだろ。あいつはアリテに激あまだ」


 グレイがそう言って、酒のグラスをゆらゆらと揺らす。


「それ、師匠にも言えますよね」


 トリトラはついツッコミを入れたが、グレイはけげんそうにこちらを見た。


「どこが」

「シューターに甘いです」

「そうか?」


 よく分からんとグレイは呟く。修太も首を傾げている。どちらも無自覚なのでたちが悪い。トリトラから見れば、父親を尊敬して慕っている息子と、息子を溺愛している父親の構図そのものだ。

 修太が提案する。


「シーク達がこっちに引っ越してくるってのはどうなんだ? そしたら、ちょうどいい時にダンジョンに潜れるだろ? 家が見つかるまで、うちに住めばいいし」

「そうだな、ダンジョン都市なら、薬師もそれなりに繁盛するだろ。なかなかいい案じゃねえか、シューター」


 グレイが頷くと、修太は続ける。


「近場の森は薬草の宝庫だしなあ」

「お前は貴重種を見つけるのが上手いし……イェリと組んだらどうだ? そしたらお前、あのクソ野郎ともめずに済むだろ」

「それって薬師ギルドのマスターのこと?」


 修太の問いに、グレイは大きく頷いた。修太は苦笑いを口元に浮かべる。

 修太はサーシャリオンから教わったため、薬草採取が上手い。見つけるのはもちろん、区別も難しい薬草を、雑草でも抜くみたいに見つけてくるので、薬師ギルドで目をつけられているのだ。

 それで薬師ギルドのマスターに、専属採取師になるように打診され、断ったら嫌がらせを受けていたことがある。

 遠方への依頼での留守中に起きていたごたごたを知り、帰ってきたグレイが激怒して、冒険者ギルドのマスターも巻き込んで、大騒ぎになったのを思い出して、トリトラはちょっと遠い目をした。

 とはいえ、誘拐未遂まで発展したのを止めたのはトリトラなので、思い出すと苛立たしいのも事実だ。


「確かに迷惑してるし、いいかもな。でも、ウィルさんには世話になってるから、役に立ちたい」


 修太はそう言いながら、茶のおかわりを注ぐ。

 本来なら薬師ギルドに近づけたくないところだが、修太は薬師の修業中な上、マスターと対立している薬師一派の面々と親しい。

 そちらのトップがウィルという名の薬師の男だ。

 少し気弱だが、腕は良くてのほほんと明るいウィルは人望に厚いタイプだ。修太がギルドに入った当初、誰も素人の相手をしたがらないところに彼だけ手を貸してくれたので、修太が慕っているのを知っている。

 この町で一番良心的な薬師は? と質問したら、ほとんどがウィルの名を挙げるくらいだ。実際に会ってきたグレイも、彼には譲歩するくらいにはお人好しである。


「奴がいなかったら、薬師ギルドになんか出入りさせねえよ。冒険者ギルドの医療部だけでいいだろうが」

「ええっ、またその話を蒸し返すの? 話し合っただろ」

「俺は納得してねえ」


 ほら見ろ、甘いじゃないかと、トリトラは苦笑いを浮かべて酒をあおる。


「シーク達が決めることだから、話だけはしておくよ。でも、良い案かもね。アリテも師匠には気を許してるし、安心するかもしれない」

「ま、どっちにしろ、うちは部屋が余ってるからな、来る分には構わねえよ。今度、レステファルテから、修業の卒業したての奴が来るんで、しばらく世話することになってるしさ」


 修太がそう言うと、グレイが面倒そうに口を開く。


「イェリの奴め、俺が一ヶ所に落ち着くとすぐこれだ」

「でも、イェリさんの頼みは断らないんだろ?」

「奴には世話になったからな」

「そういう義理堅いところもいいよな。やっぱり良い人だ」

「だから俺は良い人とやらじゃねえ」

「はいはい」


 修太のあしらいかたも、前より板についている。


「師匠は僕がたまに居つくのって迷惑ですか?」


 トリトラは思い切ってグレイに問う。


「あ? 今更だろ」


 不可解そうに、グレイは目をすがめる。


「そもそも俺がここに住み始めてから、同胞の連絡ポイント扱いだ。たまにやって来ては居つく奴はお前だけじゃねえし、こいつに迷惑をかけない範囲なら好きにしろ。家主はこっちだ」

「何言ってんだよ、父さん。家のことは共同名義だろ」


 修太がすかさず反論した。


「俺はたまに家をあけるからな、ほとんど家にいるお前の意思を優先すべきだ」

「だーかーらー、家族ってのは話し合うべきなんだって。俺の好きにしろって言われると、なんかどうでもいい扱いみたいで嫌なんだけど」

「そうは言うが、俺は家には興味がない」

「分かってるけどさー」


 ちぇっと修太はつまらなさそうにそっぽを向く。そして諦めたように言う。


「とりあえずさ、黒狼族の人がうちを出入りしてると防犯にもなるから、俺は迷惑はしてないよ。……利用してるって思う?」


 心配そうに問うので、トリトラは首を横に振る。


「それを言うなら、連絡ポイントにしてるこっちが利用してるんじゃない? これって人間がよく言う、持ちつ持たれつってやつだね」

「それだよ。トリトラ達はしっかり線引きしてる人ばかりだからいいんだけど……たまにうちに下宿したいって奴がいて、そっちのが迷惑。黒狼族はいいのに、なんで自分達は駄目なんだってしつこいんだよな」

「何それ、初耳」


 トリトラは身を乗り出す。


「たまに冒険者に頼まれるんだけど、断ってるよ。ギルマスからも口添えしてもらうようにしてる」

「こいつ、ギルマスの母親と仲が良いんだ。気付いたら特別扱いされてやがった」

「は? どういうこと?」


 グレイの説明に、トリトラは目をぱちくりさせる。


「前に道端で気分が悪そうにしてたから、医者に連れてったんだ。それ以来、茶飲み友達しててさー。俺もギルマスのお母さんだなんて知らなかったから、分かった時は驚いたよ」

「ほんと年上に人気あるよね、君。てゆか、茶飲み友達って……しぶっ」

「うるせえなあ」


 修太がテーブルの下で、トリトラの足を蹴った。だがトリトラの笑いは止まらない。


「ま、冒険者のことなら、僕に相談してくれてもいいよ。ちょっと裏に連れていって話し合うから」

「それ、脅迫っていうんだぞ、トリトラ」


 しっかりツッコミを入れてから、修太は手をひらひら振る。


「別にいいよ。リックに相談するから」

「えー、なんで受付野郎に」

「え? 友達だし、高い確率でギルド内にいるから」

「僕だって上手いことやれるよ?」

「嫌だよ、お前らってすぐに鮫の餌にしようとするじゃん。物騒すぎるっつーの」


 修太はちらりとグレイを見ながら言った。グレイも言うだろう。というより、黒狼族ならばそう言うのが普通だ。

 戦って勝ちとるのが正義なのである。


「ちょっと樹海に埋めてくるだけだよ」

「アウトだからな?」

「ちぇーっ」


 兄貴分としては腕の見せ所だと思ったのに。面白くないなと、また酒をあおった。

 冗談めかして言ってはいるが、結構本気だ。


(そもそもの話、シューターが気付いてないだけで、有害な奴は師匠がつぶしてるもんな)


 黒狼族の連絡ポイントに、戦いに強くない人間の少年が住んでいる。おかげで一部の悪党から目をつけられているのだ。

 都市内で殺すと面倒なので、殺さない程度に痛めつけて、すぐに衛兵に突き出している。

 更に言えば、防犯のために塀に罠も仕掛けてある。塀をよじ登らないと触らないような場所に、しびれ毒の針を仕込んでいた。それに触れると気絶するので、たまに罠に引っかかっている賊を見つけたら、修太が気付く前に回収して衛兵に渡している。


「ま、いいや。迷惑じゃないなら、またここに来た時は泊めてもらおうかな」

「トリトラもサランジュリエに住めば?」


 修太の提案に、トリトラは目をぱちくりさせる。


「住むっていう考えがなかった」

「……は?」

「僕は一ヶ所って飽きるから、転々としてるのが好きでさ。でもいいね、拠点としての家を持ちつつ、あちこち旅するのも」

「なんか、それならうちの部屋の一つを、トリトラ専用にしておいたらいいんじゃねえ? 家って住んでないといたむんだよな」

「そうなの? 面倒だね」

「お前らの家って天幕だもんなあ、分からないもんかな?」


 あんまりあっさりしているので、トリトラは不思議に思う。


「というか、なんで普通に僕の部屋を置いておくって考えになるの?」

「え? だって師匠の家は弟子の家でもあるだろ?」

「……そうなの?」

「トリトラやシークって、父親と縁がないじゃんか。じゃあ、実家みたいな場所って、グレイがいる所だろ?」


 なんでそんなことを訊くんだと言いたげだが、トリトラからすれば修太の考えのほうが驚きだ。

 グレイが迷惑そうに口を挟む。


「おい、俺はこいつらの親じゃねえ」

「例えばの話だよ。でも、せっかく縁があるんだから、大事にしたらいいじゃないか」

「はあ、まったく……お前には敵わん」


 反論を見失い、グレイは首を大きく振った。


「同胞に親切なのはありがてえが、お前に負担になるんならやめていいんだぞ。はっきり言えよ」

「なってないって。だって黒狼族の人達って、掃除も洗濯も自分でするだろ? 料理もしてくれることもあるし。俺の手間なんて、部屋に案内して、使い方を教えるくらいだよ。それに、通いの家政婦さんもいるしな」


 確か風呂がある家を選んだら、ちょっとした屋敷しかなかったので、今の家を選んだのだったなと、トリトラは思い出した。それで部屋が余るくらいには広く、手が足りないので家政婦を雇っているのだ。


(師匠、神経質になってるよな)


 分からないでもない。

 修太は〈黒〉としての力が大きすぎる上に、制御が下手だ。

 そのせいで、一度大規模な魔法を使うと、体に負担がかかる。旅の間に、知らないうちに溜め込んでいた負担が体をむしばみ、最近では医者にはあまり魔法を使いすぎないようにと注意されている。

 本人が全く気にしていないので、周りがはらはらしている状況だ。


「お前が所帯を持つまでは、倉庫代わりにして構わねえよ。今、使ってる部屋をそうしとけ」

「師匠がいいなら、是非!」


 トリトラは頷いたが、修太がまた爆笑し始めたのが気になった。


「なんで笑ってるのかな、君は」


 じとりとした視線を向けるが、修太はテーブルを叩いて笑っている。


「トリトラが結婚って。パーティすら組めないのに、結婚? 無理じゃねえ? グレイと似たタイプじゃんか」

「分からんぞ。ある日いきなり、子どもが出来たと連れてくるかもしれない」

「ありえる!」


 ぎゃははと笑っている修太と、口元に薄ら笑みを浮かべているグレイ。


「失礼だよ!」


 怒ってみたところで、逆効果。

 がやがやとした酒場の空気に、笑い声は溶けて消えていった。

 その日は遅くまで飲みながら雑談をして、くだらないことで笑いあっていた。



 ……end.




※こちら、After編のパイロット版として扱ってください。だいぶ流れが変わりました。


 修太はサランジュリエを気に入って、趣味で薬師ギルドで簡単な薬を、ボックス販売する程度の薬師業もしてるんだけど、薬草専門の採取師として才能発揮してるので、それだけで充分食べていける。

 でも力がないので、お偉いさんに目をつけられてて、グレイや周りがピリピリしてる。

 加えて〈黒〉の力が両刃の剣になってて、わりと体調面が不安定。

(本編ですでに出してたけど、聖女レーナの弟、〈黒〉の彼も似た感じで体を壊して短命だった。……となにげなくにおわせてたりする)


 学校に通ってて、そちらの学生生活を書くのも楽しそうだなーと思ってて、この話ではその辺はぼかしてるけど、下地はこんな感じかな。

 本編が終わった後を書くのも楽しみにしてます。うふふ。

 ほんと私が楽しいだけで書いてる世界。

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