8.渦中の『三人』
校舎の外、クラス分けの発表画面の前の人だかりは、友人のクラス状況を一頻り確認し終えると、一様にある話題へとうつり始めていた。
『なぁ? A組のあの『三人』って、マジでおかしくねぇ?』
『なんでこんなとこいんのって感じだよな?』
『偽物っとか?』
『そりゃねぇ~だろ』
『だよな…………』
『いーじゃん、いーじゃん! 若しかしたらお近づきに成れっかもよ?』
『まあ、確かに成れたらスゲ~よな。芸能人よりもよっぽどレアだしな』
『でも、成れると思うか?』
…………
大概の生徒は気になる相手の名前しか確認しないものだ、そういうときの人間には例え視界に入っても意味をなさないものがある。関係ない赤の他人の名前なんというのはその最たるものだろう。
実際に、今教室の中に居て状況を分かっていない者達がそれだ。別に彼ら彼女らが抜けているわけではない。どちらかと言えばこの状況で気づけた、という者の方が余程だとも言える。
そして、この騒ぎはその者が気づいたが故に起こったことだ。
自分の名前の直ぐ下に、どこかで見たことのある気がする文字を見つけて、なんだったかと思い返して見た。そして、思い出したのは思い出したのだが、どうにも自分の解答に自信が持てなかったため、隣の友人に問いかけて見た。
「ねぇ、淳司。何か、僕の名前の下に……何か、凄い名前がある気がするんだけど……どっ!! どう思う?」
「なんだ、なんだ? チョー美少女でも連想させる雅な名前でもあったか? ドレドレ~」
呼んで問いかけて来た割に、ホロウィンドウの方から目を反らさず固まっている友人に、飄々とした調子に答え、意気揚々と画面から件の名前を探していく。
「紫司小夜ねぇ~。うん、確かにいい感じっぽい名・ま……えっ?」
つい、素っ頓狂な声を出してしまった。
淳司と呼ばれた少年も固まった。しかし、復帰は早かった。
「おいおいおいおい!!! ちょっ、マジかよっ!!!!! 最高の大当たりじゃねぇかっ!!!!」
更に気分は一気に最高潮のようだ。
「違うでしょっ!!!! ねぇっ? 紫司だよ!!? 紫司っ!!! しかも、二つ並んでるだよっ!!!」
小夜は近隣中高では有名だ、それは紫司というだけに捕らわれず、スポーツや容姿でもその名を馳せている。故に、淳司の反応も分からなくもないものだが、まず『紫司』っというビックネームに反応しろと大声で返した。
そして、その声にて漸く周囲の生徒にも『紫司』の名に意識が向いた。
誰かが気づくと早いもので、話は一気に広がった。
先ず始めに皆一応に何故? と疑問の声を上げる。しかし、その様なことは当人たちにしか知る由もないことだ。
次にバラバラな憶測や対応の仕方など――特に同じクラスになるA組の者はどう接するかというのは切実な問題と言えた。
そして、色々な話題が飛び交う中で最も多いのは、やはりというべきか小夜のことだ。
中学時代、一年生の頃からヘックスボールの公式戦に参加し、そのプレイに誰もが魅了され、後に誰が付けたのか騎士妖精という二つ名まで付けられた。
初戦のときに撮られた動画や写真が瞬く間に広がり、次の試合からは地区大会ながらに会場の客席が生徒たちで殆どが埋められていた。地区大会は平日にやるので、彼らは当然学校を自主欠席して来たということになる。
殆ど男子が締めているため、最初相手校の選手や応援の女生徒からは当然厭がられたが、試合をして納得するとともに彼女らもまた虜にされた。
この調子でこの年のこの大会(全国中学総合体育大会・通称:総体)を全国にまで進み、更にその年の他二大会:新人戦(普通なら一年生はここからがスタートとなる)・球技会でも同等の成績を残し、三年間を通してそれを貫いたことも周知の事実だ。
ただ、悔やまれるのはやはり優勝出来なかったことだと、当人は気にしていないことなのだが周りはそう思わずにはいられない。しかし、優勝は経験していないものの、彼女の個人で獲得した賞の数は過去最多のものとなり、他の追随を許さなかった上に、得点記録など様々な記録で彼女の名前が載っている。
沙樹が言っていたキューブとは、この正式競技名称:Hexballのことを差している。
Hex:魔法を掛けるという意味と、Hexahedron:六面体という単語のことを表している。フィールドは、直方体の形をしており、その中でスティックとボールを使い点を取り合う競技だ。
別称として、3Dラクロスやスティックバトル、キューブなどがあり、競技人口は圧倒的に女子が多く、(女子)選手たちの間で『競技名が可愛くない』ということで、主に女子はキューブと呼ぶ傾向かある。また同一の競技ではあるが、女子部がキューブで、男子部がスティックバトルと呼ぶ場合が多い。
フィールドは直方体なので、Cube:立方体は正しくないのだが、これはフィールドの形からくるものではなく、3Dと称されるように立方体のフィールド内を縦横無尽に駆け回ることから、三次元というCubicという言葉が当てられ、略してキューブと呼ばれる様になった。
自分たちで意味さえ通じればいいという、日本人ならではの発想からくるものだ。
そんな彼女が何故か十二校にいるのか、その他に色々気に掛かることがあっても先ず彼女の話をせずにははいられないのは当然だろう。
凍夜が来たのはちょうどこの当たりの話をしているころだったのだが、周囲の話には気づいていなかった。
そして、小夜の話で盛り上がっている中、先ほど『紫司』に気づいた少年から、またも別の(嵐の)ネタが投下された。
彼もまた、小夜の話に乗っていたため、暫し落ち着くまで『最後の人物』を失念していたのだ。
時刻は7:55分頃、その名前が出たことにより、騒ぎは更に激化し、A組の者達は一様に教室への歩みを重くした。
そんな話題が渦巻く中、一人の生徒が凍夜と同じ様に群衆へと近づき、データを落としてはそそくさと教室へと向かった。
ただ凍夜と違ったのは、周囲の話をしっかりと聴いていたというところだ……




