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▲ 67.人である故に……

 高い金属音、鈍い打撃音、軽い銃声、魔法による爆発音が響き渡る。

 動くものはただ三つ、戦う二人とその二人を中心に生じる余波たる衝撃波だけだった。

 凍夜が右手に逆手持ちした日本刀を体を回転させる勢いで振るい相手の左肩からの袈裟斬りに掛かる。それを、魔力を固めた左手で受け止めて、右手に携える煌めく赤剣せきけんを横一線に走らせる。

 だが、右手の剣は凍夜の胴を捉える事無く空を薙いだ。

 凍夜の体は避けるための動作でなはなく、追撃のための動作によってそれを躱し、刀を振るった勢い――否、その一連のための勢い全てをあますことなく、刀を持った手を回転軸にして縦に体を回転させ刀の棟に、左足の踵落としで叩き付けた。

 その勢いに左手は外されて、凍夜の刀が相手の胴を袈裟斬りにするも、それだけでは終わらない。

 体が回転して足が刀を捉えるよりも速く、左手に構える銃の口は既に相手の胴を確実に捉えていた。凍夜がそのトリガーを引き撃てる限りの弾を浴びせる。

 しかし、それに構うことなく避けられた先刻の横薙ぎを逆巻きにした一振りが繰られ、それを今度は右手の刀の棟に右足を当てて受け止める。

 凍夜の体はその姿勢のまま、相手の剣撃に押し流される。

 そこへ人の頭より一回り程大きい炎弾が数発叩き込まれた。

「コールドブレット」

 迫る炎弾に同じ数の弾丸を叩き込み、全てを相殺した。

「人間とは不便なものだな……物理法則概念に雁字搦がんじがらめに縛られ、物質である体はあの程度の動きに反応出来ぬ上に、五感も頗る鈍い」

 この場合の五感というのは、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・霊覚のことを指す。

「だがそうは言っても、手負いの者にこうもあしらわれるとは、我がことながらなさけない……」

 『凍夜』よって神であったこの者は真の意味では終焉を迎えていた。先刻海に落ちたのはそのためだ。

 そして、以降の戦闘では誰から見ても凍夜が優勢を強いている。

「アンタが今まで卑怯過ぎたんだよ。神の最高位の刀浄とうじょう神格級二十八の一士の炎神:ガイスラス」

「ほう、我に気づいていたか」

幻刃げんじん二十三こう、炎赤剣ハクルメンツ。そんなの振り回していれば誰でも分かる」

「これか、確かにな」

「もっとも、今のアンタにそいつを使いこなすことは出来ないわけだが」

「誰の所為だ、誰の」

 そういうガイスラスに怒りの表情は見あたらない。それどころか――――

「楽しそうだな、アンタ」

「まあな…………不思議なものだ。体は重く、動きも鈍く思ったようには全く動かんし、魔法は施行せねば発動しない。だが、自らアストラルを生み出すということがどれ程満ち足りることか……

 まあ、貴様ら人間には分かりはしないだろうな…………」


※※※※


 神という種にアストラルと生み出すという能力はない。神だけでなく、天使や悪魔、幻士族にはその人間には当たり前であることが実に当たり前でない。

 しかし、彼らの存在の源は飽くまでもアストラルである。それらがなくして、彼ら幻士の存在はあり得ない。

 彼らが自らでは生み出せないアストラルを得るための違いこそが、幻士の種族を違いでもある。

 天使というのは、その翼によって外気に放出されたアストラルを得る種族であり、悪魔は直接人間から得る種族のこと。そして、神という種はその方法が実に厄介な種族で、その方法と言うのが崇拝だ。

 人々がその神を想い捧げる祈りこそ彼らの糧となる。故に、より多き崇拝者を集めたる神こそがより力を得る。神が人々に崇拝を求めるのはその意味が大きい……否、それが理由だ。

 情けは人のためならず、神が人々にもたらす恩恵は人間のためのものではなく、自身の繁栄のためのものなのである。そして、その逆もまた然り。

 この様にして人々の崇高なる祈りから糧を得る神族を聖神というが……それに対して、厄災をもたらし畏敬の念を持って人々を支配する邪神もまた存在する。

 そして、同種でありながらにその手法によって派閥を分けているのは天使と悪魔にも等しく言える。純天使と堕天使、功悪魔と凶悪魔、この三族六派さんぞくろっぱの攻防はアストラルの乱獲と浪費という悪循環を生み出した。

 その結果、幻士たちは常に飢餓に見舞われることとなった。人間の生み出す感情のアストラルは無尽蔵ではあるが無制限でない、いつしか彼らの果て無き争いは人間の生み出し続けるアストラルよりもより多くを求めるほどに貪欲になってしまったのである。

 尤も、神族という種は存在の定義からして、他の種族とは一線を画す。それ故に、その特異な蒐集しゅうしゅう方法であるのだが、それを抜きにしたとしても、その特異な存在性故に神族に満たされるということはない。


※※※※


「だが、この身であることが口惜しい…………所詮この我は、この世界に置ける我のうつし身でしかない。この身で、人と成りしも所詮は泡沫うたかた、本来の我には何の変化もなく、そしてこの身に沸き起こる感情もまた知り得る術などありはしない」

「そいつは違うな……」

「否、違わぬな。真の意味で我を堕としめることなど、所詮は無理なのだ」

「いや、まあそれも違うんだが、俺がさっき否定したのはそこじゃない」

 その意味が分からずガイスラスは怪訝な表情を浮かべた。

「そのもっと前、『この身であることが』ってことろだ。

 残念ながら俺の眼はそこまで強力じゃないのさ。仮にアンタが魔法によって召喚されたのではく、アカシックレコードから直接介入して着た神という概念体であったなら、俺の眼じゃ堕とすことすら叶わなかっただろうよ。

 つまり、アンタはその身じゃなきゃ、その思いを抱くことすらなかったってことだ」

「成る程、つまり貴様のあの眼……あの技では、概念干渉までは至らぬということか…………

 そして、貴様の口振りからするにこの世界にはあるということなのだな? それを為し得るものが」

「ご明察。“今は”ないけどな……」

「成る程……」

 願わくば…………と考えが過ぎる。神たる自分が願い事をするなど思いにもよらなかった。

 しかし、今はその不毛なる願いに現をぬかしているだけの猶予を持ち合わせてはいない。

「さて、そろそろ本当に時間がなくなって来た様なのでな、続けよう!! この無意味なる戦いうたげを」

 言葉を言い切ると同時に、ガイスラスが両手で剣を構えて大上段から斬りかかった。

 凍夜はその剣を受けることなく、振り下ろすモーションに入ったのを見計らい忍び足を使って視覚へと回り込む。

「無意味だと言うなら止めて欲しいもんだっ」

 そこから攻撃を加えようとしたところで、ガイスラスの全身から炎が吹き出し、攻撃を阻んだ。

「意味はないが、価値がないわけでない」

 防御のために一旦纏った炎が左手に凝縮して剣と化して凍夜の頭上から襲い来る。そして、もう一方の剣もそちらは下から迫る。

 バックステップで剣の間合いから離れ、空かさず銃弾を十発連続で撃ち放つ。

 しかし、双剣を繰るガイスラスは放たれた弾を全て切り捨てた。

「どうした? 威力も数も減ってきている。動きも徐々に鈍くなっている様だが」

「当たり前だ…………アンタと違ってこっちは、一応生身なんでね。消耗だけじゃなくて疲労もするんだよ」

 ガイスラスは神ではなくなった。しかし、魔法によって作り出された魔法体であることに変わりはない。傷を負えば即座に修復され疲れることもない。

 一方凍夜はその殆どを義体化したサイボーグだと言っても生身の部分が存在する人間である。激しく動けばその分疲労するのは当然のことだ。

 『穢れた聖水(セイブランド)』によって常人の数倍の回復力を持ち合わせてはいるが、この戦いにおける消耗はそれでも尚足りるものではなかった。

「だから…………とっとと、やられてくれやー」

 感情を剥き出しにした叫びと共に、今度は凍夜がガイスラスへと斬り掛かる。


 誰も分からなかった。最早この二人が戦っているその訳が…………

 炎嵐は既に消滅している。

 凍夜は外れてはいない。確かに、ガイスラスを消滅させることは出来なかった。彼を構成する要素が凍夜の威力を上回っていたからだ。

 だが、それは彼という存在の中核が残っただけに過ぎず、彼を構成していたその殆どが凍夜によって消し去られている。故に最早彼は神という超常の存在ではいられなくなった。そして、彼に埋め込まれていた炎嵐の術式もそれとともに消え去った。

 つまり、今作戦の目的は最早達成されている。

 だが、彼らの戦いは終わらなかった。

「アンタにとってのこの戦いの価値ってなんだ?」

「知れたこと、戦神である我が……戦うことに意味など必要ない。ただ戦うことそのものに価値があるのだ」

 多くの存在を剥ぎ取られたが、神としての有り様までは失わなかったガイスラスに止まる理由はない。

 しかし、それはガイスラスだけの理由であって凍夜が戦う理由にはならない筈だ。

「貴様こそ、揺りかごを消し去るためにその右眼を失った身で、何故我と相対する?」

 凍夜の発動と同時に消え去ったのは、炎嵐だけではない。

 彼の右眼もまたその自身の放つ魔法の効果に絶えかねて失われた……単に、肉体を失ったわけではない。

 確かに、彼の眼は義眼ではあった。だがそれは、手術によって晴眼であったものと入れ替えただけに過ぎない。つまり、彼の眼は実質的は意味で言えば失ってはいなかった。

 だが、凍夜を放ったことにより、義眼諸共に霊体までもが消え失せた。この身のこの右眼は永久に失われてしまったのだ……

「馬鹿か? そいつの所為で大事なものに傷がついたんだ、なら取る行動は一つだろうが」

 即ち報復……まだ、存在しているとは言え、凍夜の影響で最早ただの魔法体と化した彼に残された時間はそう多くはないというのに…………

 多少の痛みはあるものの直ぐに修復されてしまうので傷自体に意味はない。

 しかし、修復するのには体に残された僅かな魔力を消費しなければならない。その分、ガイスラスの消え去る時間は早まる。また、攻撃にしても同じこと。より多くの魔力を消費する程にその存在は消滅へと近づく。

 そうと分かっていても、止まらぬ元神ガイスラス……

 いずれ消えると分かっていてもそれを一刻でも早めんと、満身創痍の心身を振り絞る凍夜……

 二人の戦いは、最初の頃の様な苛烈さと優雅さを微塵も感じさせぬ程に、戦いの程度としては見劣りするものへとなっている。

 だが、それでもここにいる誰一人として、立ち入れる気がしない。詠歌や誠吾のみならず神埜までもがである。

 覚悟・意志・本能・感情の応酬は見た目以上に見るものに戦闘の凄まじさを印象づけさせている。


 だが、次第に状況に変化が現れ始めた。

 凍夜の手数が減り始め、回避もままならぬようになってきたのだ。

(くそっ!! 体が……)

 魂と肉体の連動性が徐々に悪くなって来ているのだ。目覚めが近い…………

 彼ならば、ただの魔法体であるこの者を一瞬のうちに屠り去る術を持っている。このまま体を明け渡してしまえば、本来それが誰にとっても良いのだというのは分かっている。恐らく彼も自分にこれ以上のことなど望んではいない筈なのだから。

 これ以上この体は傷つくことなく、彼を想う誰をも悲しませることもなくなるというのに、今の自分にはそれが許容出来なかった。

 ガイスラスの言ったとおりこの戦いに意味はない。ただあるのは、個人的な価値だけだ。

 そして、この戦いはそのままで終わらさなければならない。余分な意味など持たせぬうちに……

『良く聞け』

 内側より直接思考に介入された声が響く。

(何だっ!!)

 こうして彼と語れる程に今の自分たちの距離は縮まっている。もう入れ分かるのは時間の問題だ。


「はっ?」

 突如この場に相応しくない素っ頓狂な声が上がった。

 その好きを逃さず、ガイスラスの剣が凍夜を捉えた。

「くそっ」

 月御衣つきみごろのお陰で胴が真っ二つという事態は免れたが、打撃の威力によって内部が破壊されてしまった。

「どうした? らしくもない、つまらんミスをしたものだな」

「……るせ~」

 何があったのかは分からないが、状況がかなりこちらに向いたのは確かだ。勝利の美学というものは持ち合わせてはいない。あるとすれば、己のその手で相手を倒すというその一点に尽きる。

 よってガイスラスに手を休める理由はなく、寧ろ畳み掛けるかの如き猛攻へとうつる。

 その猛攻に反撃の余地はなく、凍夜は防戦一方へと追いやられた。しかし、それでも流石というべきか防御に徹した凍夜にそれ以上の追撃は通らない。

 だが、この状況も長く続かないというのは誰にでも分かる。凍夜が押し切られるのは時間の問題だと誰しもが思っていた。

 だが、凍夜の中では戦況以上に大きな変化が引き起こされていた。

「うるせ~、うるせ~、うるせーーー」

 叫びと共に、左手の銃をかなぐり捨てて一歩踏み込む。その一歩は、今までの速度に馴れた目では追いきれない速度を生み、ガイスラスの胴に一撃を入れて通り過ぎた。

「てめ~はごちゃごちゃと好き勝手なこと言いやがって……

 ああ、分かったよ。見せてやるよ。俺の戦いをよっ」

 夜が薄れ始めて陽が元の明るさを取り戻して行く。だが、それは完全にではなく、虫が食ったかの様な模様を作り出した。

 夜の多く残る部分で空の明けたところからは、光の柱が立ち。逆に青空が多く覗く所で陰る部分からは、影の柱が立つという、自然現象ではあり得ることのない光景を作り出す。

「何やら随分と雰囲気が変わったものだな」

「認めたのさ。自分の矛盾なる心を有り様をな…………」

 質問に応えているのか、単なる独白なのか凍夜は淡々と語る。

「人間ってのは、不完全で歪で……その癖完全であることを求めて、求めてる癖にいつでも正しくはあれなくて……」

 咎に対する制裁のみを望んだ。らしさを全て捨て去ろうとした。

「大切なのに憎くて、殺したいと思ってても愛おしい、裁かれたいのに救いたい…………矛盾する心と感情、相反する理性と心理、混沌だらけの心緒と思考を同時に抱えて、それでも尚生きている。それこそが人間だってな」


「次がラストだ。この攻撃を耐え切ったらアンタの勝ちだ」

 刀を突き立てて宣言する。

「実のところこの体は俺のものじゃない、そしてその活動限界も近い。次の攻撃で俺は、その全てを費やす。攻撃が止まるのは俺の人格が消えるときだ。そのとき、この体は無防備となる。そうなったらここを狙え」

 自分の右胸を指し示す。

「頭や心臓じゃ意味がない。殺すつもりならここを狙え」

「何故それを? 貴様の体ではないというのなら、尚のこと弱点は伏せるものだろう」

「言った筈だ。大切でも憎いものだってあるんだよ。じゃ、行くぜっ!!」


《BIBGM:凛として咲く花の如く/紅色リトマス》


『無限刀舞』

 銃を捨てて空いた左手にもう一つの獲物を握り、双刀を携えて突進する。

 突撃の勢いで防御を弾き、無防備にさせた。

 今のガイスラスには凍夜のこの渾身の攻撃を防ぐだけの余力はなく、彼の言った通りに耐える他ない。

 意識がある内に、ガイスラスの体を維持する魔力を全て削り取れれば凍夜の勝ち。耐えきり反撃出来ればガイスラスの勝ちだ。

 名に相応しく途切れることのない連撃が叩き込まれる。しかし、実際に無限であることはない。

 初撃から約十秒、凍夜の顔に苦悶の表情が色濃く見える。

 相変わらず絶え間はないが、秒毎に手数が衰えて行くのを止めることは出来ない。

 身動きは封じられているが、痛みがない分思考に余裕のあるガイスラスはそのことを冷静に把握し虎視眈々と狙いを定める。

 もし、勢いが衰えたならば彼が止まるよりも早く、反撃に転じるつもりだ。

 そうでなければ、それは仮に勝っても価値がない。自分が勝ちたいのはこの者であって、元の人格がどうのと言った話は関係ないのだ。

 ……二十秒…………三十秒………………

 徐々にではあるが、だが確実に手数が減ってきている。

 ガイスラスは凍夜の攻撃が止まる前に、渾身の力でそれを押し返す。そして、両手に携えた剣が砕けた。

「くそっ!!」

 止められた凍夜に再び動き出すだけの力は気力は残されていない。

「我の…………負けだ……」

 最早魔術を施行するだけの魔力が残されてはおらず、ただ後数刻体を維持するのが限度だった。

「消える前に訊いて置こう、貴様名は?」

「紫司……と――、いや……」

 紫司凍夜と名乗り掛けて言葉を切った。

 今の自分がそうであるということは間違いない。何よりそう名乗るのは義務でもある。

 だが、この者を相手にその名を名乗るのは無粋だと感じた。

「たちもり……こう」

 最も馴染み深く心に刻まれた、そして憎らしい……今の自分に最も相応しい名を名乗った。

 果たしてその声は最後まで聞けたのかどうか、ガイスラスは名乗る間にその姿を消していた。

次から、学園話に持って行きます

章は一応三章のまま……

まさかこんなに長くなってしまうとは全くの予想外……

でもまだまだ終わらない、章の区切りとしては後二編書くつもりなので、ホントにアンバランス


感想とか頂けると非常に励みになります

執筆もペースアップするかも知れないので、宜しくお願いします

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