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優しい月のトリニティクロス~My dear elder brother~  作者: F/L
二章・氷上の平穏
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43.移り行くとき

 実際に今の義体ボディに換装したのは、春休みが始まって直ぐの頃だったが、(藤原が)どうせ直ぐに調整のために切り刻むのだからと、全身の人口皮膚スキンラバーを、古いタイプのものを、おざなりに付けたために、細部が不自然になり、他人に見せられる状態ではなかったので、そのため小夜がこの最新の義体を見るのはこれが初めてになる。

 それまでは、これと同じコンセプトの試作義体を中学に上がる前から使っていた。

 そして、その試作品でデータを集め、更に技術開発を進めて行き、数多くのマイナーチェンジを経て、今の完成系へと至る。

 本来ならば、それ以前に別のコンセプトで開発されていた義体があり、完成体として生涯使用する予定だった物があった。しかし、その義体ではどう(滅茶苦茶に)高く設定しても、身体能力が、当時(十二歳)の魔法による最大強化時の5割強と言うレベルでしかなかった。

 当初はそれもむ無しと思っていたが、丁度その時期に藤原が新しい人工筋肉の開発に成功のを切っ掛けに、計画を変更した。

 まだまだ本格的な使用段階には至らない状態ではあったが、将来的な展望を見越して、思いきってフルモデルチェンジをすることとなったのだ。

 それ以来ついこの間までは、その試作義体を使用していたという訳だが、試作品だけあって、様々な制限や制約が付き纏っていて、最低限の私生活は兎も角として、学校生活という日常には様々な不具合が生じていた。

 これでどうにか学徒として普通に生活していける状態になり、喜ばしくはあるのだが、小夜にとってはそれも手放しに喜べる状況ではなかった。

 何せそれだけでなく、『万が一』の事態には、凍夜自らが前線に立つということも可能になったということにもなるからだ。だが、当然の話として、そのことに関して小夜が乗る気になれる筈もない。

 もうこれ以上に、普通の生活から外れた生活はして欲しくなかった。


《IBGM:tune the rainbow/坂本真綾》

 

 ここまでの道のりも決して楽なものではなかった。

 確かに、技術スタッフたちの苦労はあっただろう、四柱とての国内外に対する裏工作とて生半可なものではありえなかった筈だ。

 だが、その中で誰が最も苦労と強いられたと言われれば、凍夜に他らないことを小夜は知っている。

 小夜は誰よりも凍夜の近くで、それを目の当たりにしているからこそ、そう断言することが出来る。

 凍夜は決して他者に決して『不意に』自分を見せる人間ではない。今とて、その気になれば、どれ程の重傷であろうとも、小夜ですら騙し抜くことが容易く出来る程だ。

 しかし、小夜がこの家に来てからの時間、凍夜は敢えて小夜にだけは、己の辛いという胸の内を語る様にしていた。故に、正確に凍夜の辛さを知っていた。

 それは、単に自身の辛さを吐露するとこで、当たる様な真似をしていたわけではないし、況してや思いを吐き出すことによって、小夜に罪悪感を与えさせようとしたわけでは決してない。

 逆に、ある種における特別な優越感――自分にだけは心を開いているのだという感覚――や親近感を与えようとしたわけでもなければ、同情を引こうとしたわけでもない。

 そこにあるのは信頼の証明――――例え辛くても、『お互い』がそれを溜め込まずに、その思いを素直に示すことの出来る間柄なのであると、自分たちは『確かな絆』で結ばれているのだと言うことを小夜に示すための証明だった。

 これ程までしてくれる相手を、こうまでさせてしまった相手を、どうして愛さずにいられようか……その全てが自分のためでないこは知っているし、分かってもいる。

 だが、そんなことは些細なことでしかない。自分の傍らにいるためにから始まったという、紛れもないその事実と彼の覚悟、そして彼と積み重ねて来た時間。例え、彼という存在を真に理解出来ていないとしても、彼の想いあいが、自分の想い抱くそれとは違っていたとしても……今までの生活じかんに嘘偽りは存在しないのだから。


 小夜は、白い長襦袢が濡れるのもいとわず、凍夜の体へと自らの体を合わせ、耳を左胸に当てて、確かな鼓動を聴いていた。

「お兄様、この体でどの程度まで、近づかれたのですか?」

「そうだね……多分、以前の全力の8割弱くらいかな?」

 以前、それはまだ凍夜が今の状態になる前のこと。

 元々は魔術も当然の様に使えていた。否、それどころの話ではない筈だ、と小夜は確信している。何しろ、凍夜の魔法の才は身近にいながら嫌という程に思い知らされているからだ。

 今までの状態でも、魔術を使えない凍夜に、Bランクの魔法師ですら翻弄させられている。無論、自分など赤子の扱いだと言ってもいい、と小夜が感じる程に、凍夜の魔法技術は卓越――最早超越と言えるのではないだろうか――している。

 もし、凍夜が最良の状態で今の歳を迎えていたのなら、どれ程の存在に成っていたのだろうか、想像もつかない。若しかしたら、本当に『魔法使い(ドリーマー)』になっていた可能性だってあっただろう。それ程の逸材であることは間違いない。

 だが、今彼はここにいる。

 彼にとっては、悪いことなのだろうと分かっていても、自分にとっては、喜ばしいとそう思わずにはいられない。そんな自分が何より疎ましいと思う、ジレンマを抱えながらもだとしても……

「ほら、余り時間が経つと風邪を引いてしまうよ」

 凍夜がそっと引き離すと小夜の長襦袢は、凍夜の体の水分を奪って、薄っすらと濡れているのが見て取れたいた。

 近代(?)の和服の着こなしとして、中に身につける下着までが和物であるということはなく、小夜もその流れに反らずに洋物の下着を身につけている。そして、小夜の胸元では濡れた長襦袢越しから淡い水色が、完全にではないもののそれと分かる程には、透けて見えていた。

 凍夜は視線で小夜にそれとなく伝える。小夜は、胸元を手で覆い、ほんのり顔を赤らめた。

「失礼いたしました……」

 凍夜になら見られれも――否、寧ろ……という思いは無きにしも非ずだが、さりとて恥ずかしいものは恥ずかしい。

 それに、凍夜の好む女性のタイプが如何ものかは兎も角としても、慎みのない蓮葉女はすはおんなに好感を抱くことなど、(想像すら出来ない程に)あり得ないことなので羞恥もる事ながら、故意わざとではないにしろ若干の焦燥感もある。

「直ぐに出るけど、冷やさないようにね」

 小夜の心情を察してのことと、凍夜としては、名目は兎も角本題は終わったのだからと、脱衣所へ送り出すつもりで言ったのだが、小夜としては名目で止めておくつもりなど毛頭なかった。

「まだ、終わってません」

 頬を朱に染めながらも、そう言い張る瞳は、決して負からぬと主張する様に凛としているのに、薄っすらと潤みも帯びていた。

(これを意図的にやっているんだったら、断れるのになぁ~)

 そうでないことを誰よりも分かってしまうが故に、凍夜にはこの申し出を断ることが出来なかった。

「……わかった。じゃあ、本当に背中だけ、お願いね」

「はいっ!」

 凍夜の許しに、満面の笑みで返す小夜。

 今まで幾度となく見ているその表情は、やはり何度見ても見飽きるということはなく。それどころか、日を追うごとにその破壊力を増している気がする。

 だがそれは凍夜の気のせいというわけでもない。

 高校一年生、思春期真っただ中の女の子である。その成長は、凍夜おことが考えているよりもずっと早熟で、つい先日までは、あどけない少女だったとしても、いつの間にやら女性へと変貌をとげているものだ。

 小夜も丁度そういう時期に差し掛かっている。

 例えその変化が、当人の望むと望まざるにかかわらず、確実に……周囲に与える影響も構うことなく。

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