表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しい月のトリニティクロス~My dear elder brother~  作者: F/L
二章・氷上の平穏
41/73

41.男の体

《IBGM:Masquerade/Hitomi》


 凍夜は居間のソファーに、先程意識を失った小夜を、自身の膝に頭を乗せた状態で横たえさせ、その頭を愛しむ様に軽く撫で、愛らしい寝顔を愛でながら、座っていた。

 所謂、膝枕というやつだ。そして、実際に(初めて)やって見て、なるほどこれはなかなかいいものだなと思っていた。

 普通、状況的に男女の位置関係が逆転しているのではあるが、こうして相手の寝顔を眺めていられるというのは、なかなか面白い。しかしながら、自分は良くても果して小夜の方は、自分の体では不服なのでは? という、不毛な事も考えていた。勿論、そんなことがあるわけもない。

 小夜が凍夜の好意にれるということはない。

 好意の意思を向けて貰えることには馴れたとしても、凍夜から与えられる好意にいつまで経っても免疫がつくことはなく、そればかりか与えられれば与えられる程に、小夜の中には恋慕の情となって募っていく。

 恋の病とはよく言ったものだ、と小夜は常々感心している。小夜は、まさに病の如き症状に侵され、常に(むしば)まれているのだった。

 小夜は『凍夜』と最も親しい間柄である(と自負している)が、その実凍夜に対して気を張っている――緊張という言葉に置き換えることも出来るが、心が引き締まるという点以外では相応しくない、何よりそう陥るのではなく、意図してそうしている――というのが現状だ。

 勿論、完全に気を許してはいるのだが、しかし小夜にとっては、ある意味置いて、それがいい事だとは限らない。

 何故かと言えば、警戒心のないひたすらに膨れ上がる恋心に、狎れるのことのない好意(あい)が注がれるのだ、(今回の様に)気が動転しているときや、不意打ちのときなどは感極まって失神してしまうこともあるからだ。

 故にもう少し、ふてぶてしく狎れようなどとは露程にも思ってはいないが、せめて乙女としての体面を保てる程ではありたいと思っている。

 小夜と言えど(逆になればこそとも言える)、凍夜の前でそうなるのは恥ずかしい、という思いもあるし、何より凍夜に迷惑が掛かるのだから、不本意極まりない。……のではあるが、そうはあっても凍夜に介抱してもらって嫌なことなどあろう筈もない、などと回りくどい言い回しではなく、素直に嬉しいと思ってしまっているのも事実なので、実に悩ましいところだ。

 小夜が目を醒ましたときには、その二律背反する想いに煩わされるのだろうな、などということも考えて、ただ小夜の寝顔を眺めている。

 女の子の悩みはそういう程度――程度と表してはいても、軽視しているわけではない――のことで十分だ。それ以上のことで悩ませることなど、そうはあってはならないし、そうさせる存在などは本来あってはならない…………それが、凍夜の考えであるし、願いでもある。

 しかし、皮肉なことに、それに一番反しているのが、自分という存在というのだから救えない。


 今の世界では、最早その言葉にすら確かな意味を持たせてしまっているので、言葉の重みとしては、些か欠けているかも知れない。だが、そんな今の世であっても『神』という存在はおらず、また概念的偶像崇拝の対象かみだのみとして消えてはいない。

 故に、凍夜ですら、思うことがある。もし、『魔法』が使えたならばと……

 『魔法使い』に成れたのならばと……

 そうすれば、誰も彼もがただ幸せを願い、それだけが悩みのタネであるような世界が築いて行けるのに……


※※※※


 小夜が目を醒ますと、凍夜の顔が迫って来ていた。

 視線は近づいてくる唇に集中し、その軌道がどこへ向いているのか、真っ先に思ったのはそれだけだった。

 凍夜の唇が自身の顔の一部に触れた。

 額に触れた唇は、触れたと思った瞬間には離れ、凍夜は元姿勢に戻った。その一連の動作は、実際には僅か数秒という時間であったにも関わらず、小夜にとってはかなり長い時間に感じられた。

 そして、暫く小夜は何も考えることが出来ずに、ただ凍夜の唇を見詰めることしか出来ずにいた。

 「おはよう」という、凍夜の言葉で漸く意識まで取り戻した。

 本来なら、その時点で羞恥心からバタついてしまうところだが、今は凍夜が左手で頭を撫でて暮れているので、当然恥ずかしい気持ちはあるのだが、顔を真っ赤に染めながらも、それでも落ち着いて今の状況を受け入れることが出来ていた。

「もう少し、こうしていたいんだけど、いいかな?」

 凍夜が小夜に問う。

 この台詞は、普通ならして貰っている立場がする筈なのだが、この状況ではそんなことは関係ない。自分がそうしていたいと望んでいる、それを小夜にきちんと伝えておかないと、小夜は気持ちの上では望んではいても、退いてしまうのは火を見るより明らかだったからだ。

 小夜はそれに(当然)肯定を示して、凍夜に身を委ねた。

 暫くそうしていて、凍夜が口を開いた。

「ごめんね。寝てる間にちょっとさせてもら貰ったよ。やっぱり、そろそろ調律チューニングを入れる必要があるね」

 調律の言葉を聞いて、小夜の顔がまたほんのりと赤く染まった。

「では、お兄様の都合のいいときにお願いします」

「じゃあ、今夜はどうかな? もし、小夜の方で明日特に用事がなければ、フルでやっておこうと思うんだけど、どうかな?」

「(フルッ!!)……わたくしは、大丈夫です」

 そう言った小夜の顔が益々が紅潮し、朱みを増していく。

「うん、じゃあ今夜ね。ところで、買い出しはまだだよね?」

 小夜がそれを肯定する。現時刻は二時を少し回ったところだ、凍夜はそれを確認して一緒に行こうと誘いを申し出る。

「それじゃあ、今からデートがてらに、買い出しに行こうか?」

 本来なら、買い出しが主である筈だが、(小夜の気持ちを知っていて、それでも尚普通に接している)凍夜とてそこまで無粋ではない。それに、今朝の詫びも兼ねてという思いもあるので、敢えてデートを主にして置いた。

「はいっ!!」

 小夜にとってはデートという響きだけでも十二分であるが、凍夜のそういう細やかな気遣いがまた嬉しさを倍化させるのだった。


※※※※


「お兄様、お背中流しに参りました」

 浴室のすりガラスの向こう側へと、声を掛ける。

 自分では、落ち着いた声を出せているとは思うが、実際のところは自分では判断できない。何しろ、今は心臓が破裂してしまうかと思う程に強く激しく鼓動していて、冷静な自己判断が出来ないことは明白だからだ。

 これが初めてではないが、やはり幾度やっても馴れることはない。そればかりか、時が経つに連れ、積み重なる想いが増すため、より一層激しくなっている。そのうち自分は、凍夜の笑顔一つで、腹上死――勿論の言葉通りの意味ではなく、快楽による死亡という比喩的な意味――してしまうのではないだろうか? と、半ば本気で考えている。

「お入り」

 凍夜からの許可の言葉を聞き、一つ大きく深呼吸して意を決して、失礼しますと声を掛けてから、自身と凍夜との間にある、すりガラスの戸を開けた。

 先日の朝は、不意打ちでそれを見てしまったがために、今日の昼の様に失神してしまったので、今は警戒というレベルまで意志を強くした。

 戸を開けた先では、一糸纏わぬ凍夜が戸口さよの方に視線を向けていたため、視線が交差する。

 久方ぶりに――先日は、視界に入った瞬間意識が途切れて、次に目を醒ましたときには、眼鏡を掛けていたので、カウントしない――見る凍夜の素顔。小夜ですら、こうして直に視線を合わせるというのは、実に数カ月振りのことだ。

 小夜は凍夜の素顔に見惚れることしか出来ずにいた。

 顔にある各種パーツそのものは決して巧妙なつくりをした、美形顔に足りえる素材ではない。それは、凍夜を見た誰もが認めることである。

 ある程度いい顔をしていれば、例え眼鏡で目が隠れているとは言え、分かるものだ。サングラス一つで、誰も認識を改めて暮れるなら、芸能人はどれ程楽なことか。

 確かに各種パーツそのものが、(ある一点を除いて)人目を惹き付けるものを持っているわけではない、しかし凍夜の場合は、そのパーツのバランスが絶妙だった。

 パッと見はやはり普通という域を超えない印象なのではあるが、その顔をマジマジと(つい、無意識の段階で)見る――否、見たくなり惹き付けられてしまう。そういう魅力に満ちた顔立ちだ。

 各種パーツの大きさや位置といったものが、まるで計算し尽くして造られた芸術品の様で、それ故に、ただ一点でも陰りがあるだけで、完成した美しさを失い、無個性という平凡を強く露わしてしまうのだった。

 そして、その顔の中にあるパーツの中でただ一点。即座に他者の意識を占領する、美しさを持つ異常が在った。昔、実の兄にあった筈の、魔法の瞳に酷似した、凍夜の右眼の位置に収まる紫色の瞳の眼。

 それは、『凍夜』として在るために、植えつけられた証。それと、小夜の罪を咎めるくさびであり、ある種愛の象徴言っても過言ではない絆と呼べる代物でもあった。

「どうかな、この外観からだは? 以前まで、“使っていた物”とは比じゃないだろ?」

 小夜の視線がいつまでも顔(より正確には眼)から離れないので、本当の目的である方へと、凍夜から話題を移した。

 背中を流しに来たというのは名目で、真の目的は今日仕上がった凍夜のカラダにある。

 凍夜に促されて、漸く動き出すことが出来た小夜は、長々と開けっぱなしになっていた浴室の戸を閉めて、凍夜の方へと数歩歩みを寄せた。

「これが……」

 凍夜の胸の下辺りに、感慨深げに手を添えた。

 その位置には、この距離まで近づいて初めて見える程に薄い、ほぼ横一直線に走る線があり、その線は正面から背中へと続いて、凍夜の胴を一周している。

 そして、その線は右腕の付け根の辺りにも同じ様にあった。

「先生の話じゃ、時期にその傷も消えるし、ラバーの色も肌の色と見分けがつかなくなるって言う話だよ」

 およそ9キログラム……それが、今凍夜に残された生身の肉体の重さだ。

 右眼と右腕、そして胸部より下の部分がすべて義体サイバネティックボディにより構成されているサイボーグ、それが凍夜として生きると決めた『彼』のスガタだった。

肉体の重さは、一応計算はしてみたのですが、流石に正確なものは分かりません

細かいところは、スルーして頂けると幸いです


かなり未熟ではありますが、それでも、まだまだお付き合い頂けたら幸いです

これからも、よろしくお願いします



一応、今後の予定……飽くまでも予定

二章は、この日が終わったら終了して、次はちょっと幕間を挟みます

この世界の在り方について説明がメインになって、少しつまらないかも知れません

まあ、直ぐ終わりますけど

本作の用語集を作ろうとしたのですが、初っ端からネタばれありきの状態だったので、なかなか造れていない状態なんですよね

幕間入れれば、少しは書けると思います

後は作者のやる気次第……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ