29.決闘の狼煙(のろし)
「景品なんてものはいらねぇ~よ!! その代わり、一発と言わずてめぇをブチのめすっ!!」
彼との会話をしている間、凍夜の頭の中では、昨日の香里の生徒会への勧誘ことや、今朝の騒動なんかが頭を過ぎっていた。
特に、今朝の騒動は強ち悪いことばかりではなかったのかも知れない、と思えてくるから不思議だ――いや、勿論いいことなど何もないのではあるが…………だがもし、今朝のことが無ければ、このクラスメイト小野大輔は、凍夜が止める間もなく小夜によって八つ裂きにされていた可能性がある。
冗談の様で実に冗談ではないことが分かってしまうだけに実に恐ろしい。何せ、現に今小夜が凄い形相で大輔を睨んでいるのだ。凍夜としては冷や汗ものである。
だが、凍夜にとっての不幸が大輔にとって幸いし、彼の命は散らされずに済んだ。取り敢えずこのことには素直に喜んでおこうと思う凍夜であった。
何はともあれ、これで本気で相手をしてくれる相手が見つかった。今の彼を見て本気でないと思う者はまずいない筈だ。
そうでなくては意味がない。でなければ、皆には分からない。
「ええ、その粋でお願いしますね」
「上等っ!! ぶっ殺すっ!!」
先刻よりも度が上がっていた。
※※※※
SHRの連絡事項で急遽時間割の変更があった。一限目の実習Ⅰと三限目の国語が入れ替えになるというものだった。
これには流石に皆気を削がれてしまった。
そして、一限目が終了し、二限目からはいよいよかと思いきや、またも肩すかしを食らってしまう。確かに詠歌は来たのだが、最初ということで自己紹介から始めるということだったからだ。
考えてみれば当たり前のことではあるのだが、皆の意識は完全に詠歌の魔法実習に向いていたため、なんとも焦れったさを感じずにはいられなくなってしまった。
「では、次の授業はいよいよお待ちかねの実習だ。皆着替えて校庭に集合」
この言葉で漸く実習に入るという安堵、それと共に緊張感が湧いてきた。
「凍夜。お前は昨日の部屋を使え。ほれカギだ」
そいういって詠歌は左腕を振って見せただけで、実際にカギは投げていない。だが、凍夜の携帯がポップアップした。
合い鍵は物理的にではなくこうして使用権限を与え、携帯を使用することにより、その利用者を特定・限定出来することができる。
腕を振ったのは気分――というのもあるだろうが、あれは動作制限だ。
思考制御は思考のみで操作出来る反面、思考のみで動いてしまうというデメリットもある。故に、外部との通信などに音声や動作などの制限がかかる様に推奨されている。
「ありがとうございます。使わせて貰いますよ」
通常更衣室は男女共にそれぞれ用意されているので、他の生徒からしてみれば疑問を抱かざるを得ないが、相手が(特別な立場にある人間という意味で)凍夜なのでそれほど気に留めるようなことも無かった。
「檜山さん、いきましょうか」
「ああ。だが、いいのか? 俺は一般生徒だぞ?」
そういって、凍夜が修之を誘う。確かに昨日協力するという約束はしたが、まさかここまであからさまなことをされるとは思っていなかった。修之としては少々困惑気味だ。
「大丈夫ですよ。単に、個室で着替えるだけで、別にシャワーが専用で用意してあるわけじゃないんですから。他の方より利点が有るわけじゃありませんし」
「確かにな……まあ、いいか」
シャワーが使えないというのはそれはそれで気分がいいものではないが、それでも凍夜の申し出の方が随分とありがたい。その件とは違った意味で人の目はあるだろうが、そんなものは気にする程度のことではない。などと考え、凍夜の申し出を受け、後に続いて歩を進めたときだった。
「ちょっと待ちな凍夜!!」
修之に話しかけるあたりから見ていた神埜が凍夜を呼び止めた。その形相はかなり不機嫌なものだった。
「なんですか、蒼縁さん?」
「そいつと"一緒に"着替えるのか?」
「ええ、そうですよ」
凍夜は何と言うこともないという風に答えるが、神埜は更に不機嫌さを増した――最早、殺気と言えるレベルの視線を修之に向ける。
「大丈夫ですよ。僕にそういう趣味はないですから」
そう言って、凍夜はこれ以上は話すことはないと言わんばかりに歩き始めてしまった。
修之を後に続き、廊下に出たときに凍夜へと問いかけた。
「彼女のあの右眼の眼帯はアレか?」
「ええ、そうです」
「そうか……こりゃ、とんでもないところに来たな……ここは魔窟か?」
修之は肩を竦めて参ったなと弱音を吐いてみた。
「そうですね。まあ、それも昨日からですけど」
っと、凍夜もそれに合わせてみる。
すると、修之は大きな声で笑いだした。
「……ハハハ、傑作だな。自分で言って置いてなんだが、魔窟――実にいい表現だ」
魔族が四人に、内一人は覚醒者である。これを魔の巣窟と言わずしてなんと言えようか? 何の気無しにいった言葉だったがよくよく考えて見れば実にしっくり来る言葉だと、面白さを堪えることが出来なかった。
着替えを済ませて、皆が校庭に集まると凍夜の指示でウォームアップを始めた。
このときは皆凍夜は詠歌のアシスタントなのだらからと何の疑いもなくその指示に従ったのだが、この後落胆の知らせを受けることとなる。
詠歌が軍からの要請で急遽出動したというのだ。これには流石に皆不快の意を隠しきれない。
一限目の変更からずっとフラストレーションが溜まっていく一方なので無理もない。
「取り敢えず、姉上から好きにする様に言われているので、今日のところは先ず『魔法』について考えながら少し体を動かしましょうか」
皆呆れた様な懐疑的な視線を凍夜へと向ける。
魔法とは何かここにいる者全てがもう十二分に知っている、故にここにいるのだ。従って、その意図が見えてこない。
自分たちはそれを『知った』上でその『使い方』を学びに来たのだ。何故今更そんなことをする必要があるのか誰にも分からなかった。
すると当然分からぬが故に気分を害する者もいる。
そして、今までのことも相まって相当にストレスの溜まった者がついに爆発した。
「お前何様?」
ある男子生徒がボソリと、しかししっかり聞こえる様に呟いた。
「そりゃ、四大柱様、紫司様だろうかもしんないけどな、要はそれってのは力があって初めて意味があるんじゃないのか?」
周囲の者が凍夜と彼との間を空ける。
「魔法が使えない様な奴がここにいるんじゃねぇ~よ!!」
何しろ凍夜は魔術が使えないと、そう昨日公言しているのだ。
その凍夜が自分たちにそんな基本的なことを――いや、その凍夜が指示を出すということが癪に障ったようだ。
流石に彼の言い方に危うさを感じた友人らしき人物が、彼を宥めに入ったのだが効果は無かった。
「そうですね。先ず力の証明は必要ですよね」
凍夜は彼の意見に賛同する様な姿勢を見せた。
「ほ~、魔法なしでやろうってか?」
「僕は使えませんけど、貴方はどうぞ小野くん」
彼の怒りのボルテージが更に上がっていく。
「なめてんのか?」
「まさか、先ほども言ったでしょう? 魔法について考えながら体を動かして貰うって。その意味をお教えしますよ。その為には貴方に全力でやって頂かないといけませんからね。なんなら、一撃入れられたら何か景品でも差し上げますよ」
「景品なんてものはいらねぇ~よ!!その代わり、一発と言わずてめぇをブチのめすっ!!」
「ええ、その粋でお願いしますね」
「上等っ!!ぶっ殺すっ!!」




