第三十二話 ちゃんと謝ろうと思ったのに
おっきな黒い変な蜥蜴みたいなのは、誰かと戦っていた。
{マスクをつけよ。埃で目と喉をやられるぞ}
クサじいがモワモワする煙にまかれる前に教えてくれた。
潜入者用仮面と名付けられていたけどさ、悪い事に使うやつじゃん、コレ。
[潜むものを知るには潜むものになりきる。真理だな]
ヘンじいは納得してるみたいね。視界は狭くなる――――ようで、逆に土埃の先まで見えるような感覚に戸惑った。
その隙を今度はあたしが突かれた。信吾がドス黒い火の玉のように背後から飛んできた――――
「咲夜危ない!」
――――あたしを庇うように体当たりをかまし、聖奈は切り裂かれた。
「聖奈!!」
凄まじい怒りが、あたしの中に沸き起こる。そこにさらに悲劇が続く。
「グハッ」
あの女が刺された。
胸を貫く刃は、背中から現れたネフティスという皇女――――――――七菜子だった。
「あれ、おかしいわね。魂を砕いたはずだったのに――――」
あたしの怒りを慰めるかのように、冒険者のレガトという人が、崩れ落ちるあの女を受け止めていた。
いつの間に来たの、あの人。ここって変なダンジョンだよね。
死んだように見えたのに、どうなってるの?
(あの娘はしぶとい。あれが生きているなら小娘も、親友もなんとかなろう)
エラじいが、信吾の攻撃にうまく対応しながらカラカラ笑った。
そうだよね。散々聖奈を殺したあたしが言うのも変な話だ。
聖奈は生き返る保証もなく、あたしを守った。
殺されても文句言えないって思いながら······本当に殺されて怒ってたけど。
ずっと気にしていたんだね。次に生き返る保証はないのに。
それなら聖奈にかわり、こいつはあたしが倒すよ。
そしてちゃんと謝る。お礼も言う。
切り裂かれたけど、聖奈はまだ息がある。
なんとか人形というものだから、痛みがあるのかわからない。
ただ死ぬと、気力がごっそり削れて辛いみたい。
「ふん、ゴミクズがしぶとい」
こいつ、マジムカつく。
聖奈の悪口を、言っていいのはあたしだけ。幼なじみだから。
それは聖奈も同じだ。
あたし達は仲良しじゃない。ただの幼なじみ。
お互いに嫌いあっても、実はクズ男を取り合って、痛い目を見てここにいる。
どっちかっていうと、今は聖奈の方に不幸が偏ってるけど。
(ううむ、まだ届かぬのう)
悔しい。エラじいが力を貸してくれても、この目の前の男には届かない。
かろうじて剣の切っ先はかわす。でもそのたびに切り傷を負い、重い蹴りを喰らう。
少しでも退がると信吾は下卑た笑みを浮かべ、聖奈の身体に剣を突き刺す。
「悔しいか、泣け。みっともなく泣け。親友を助ける事も出来ず惨めに泣いて赦しを乞えば一生飼ってやるぞ」
――――ムカつく。悔しくて、我慢しても、涙が溢れる。
でも力が足りない。あぁ、これはあたしの報いだ。
こんな男に惚れたせいで、聖奈と喧嘩して、憎んで。
罰を受けるなら聖奈じゃない。あたしだ。
{そんなことはないぞい。好いた惚れたで揉めるのは世の常じゃからのぅ}
クサじいがわかったようなことを言う。でも、おじじだから、そうなのかなって思えてくる。
{今度はわしの番じゃ。まずは生きて、それから考えるとええ}
クサじいが、いつも通りなのに格好いい。それに――――――――
――――――――鎧のような武装姿と斧と槍を持つ男女があたしの目の前に現れた。
「お父さん、お母さん!?」
姿、格好がいつもと違うけれども、まぎれもなくあたしの両親の姿がそこにあった。




