第45話-2 開戦(後編)
鄧骨は嬉しそうに大きな口を開けてこう告げた。
「来いよ。お前の姿が無くなるまで切り刻んでぐちゃぐちゃに潰してやる。そしたらあの女に送ってやろう」
鄧骨は森の中に顔を向けて言い森の中へ消えた。霜月も後を追った。
鄧骨の姿が見えると鄧骨は霜月に向かっていきなり切りつけてきた。霜月は横に飛ぶと手裏剣をニ枚正確に胸と喉に狙って投げた。
キィン! キン! 鄧骨は大剣を振り上げて防ぐ。霜月は幻術を使った。鄧骨の周りの景色が歪む。霜月は鄧骨の右側からミドルキックを繰り出す。鄧骨は腹で受ける。
ザザッ、足が50センチほど右へ滑る。間を置かず上から短剣を持った霜月が鄧骨の目の前に現れる。鄧骨は大剣を振ってそれを防ぐ。
鄧骨は大剣を回しはじめた。
「大旋回」
鄧骨は歪んだ景色の中へ迷いなく突っ込む。突っ込んだ先には霜月が目の前にいた。
キキキキキキキ!! キキキキ!! 霜月が短剣で回りながら切りつけてくる刃を食い止める。
「待ちぼうけ」
霜月は幻術で鄧骨を動けなくした。すぐに幻術は解かれてしまった。
「やはり嗅覚は鋭いのか?」
「そうだ。血の匂いなら一発で正確な居場所が分かるがな。他にもまだあるぞ。お前の幻術もなかなかだな。早く続きをやろうぜ」
「分身」
霜月は幻術で複数の自分を鄧骨の周りに作り出した。霜月は右手の指の間に四本の細いクナイ、針のような武器を持つと分身も同じように手に持ち鄧骨に投げつけた。鄧骨は大剣を地面に刺すと身体を旋回させた。
今度は左手の指に持つと足を狙って投げる。一本がかする。そして鄧骨もかすったことに気がついた。そうすると素早く体勢を整えて深く深く足を踏み込むとまっすぐ霜月の胸へと飛び込んで来る。
(やつの動きが早すぎる)
霜月は短剣でガードしようとしたが間に合わない。顔は狼に変わっていた。鋭い牙が霜月の目の前に迫る。
霜月は思わず左腕でガードすると鄧骨の牙は左腕に刺さった。霜月は痛みで顔を歪める。
幻術で鄧骨の足を狙い伸ばした手を宙で思い切り握る。
「圧搾」
「キャイン!」
鄧骨は獣の声を上げて、霜月の左腕から顔を離すと鄧骨は後方へ下がる。実際に潰せないが足を潰させたような痛みは感じたはずだ。
痛みを感じているのは鄧骨だけではなかった。霜月もまた傷口が痛み始めたのを感じていた。
これはまずいな、懐の小さな箱に手をかけた。
■
あの晩、諒は一つの箱を開けて霜月に中身を見せると注射器が六本入っていた。
「これは局所的に且つ一時的に効く強力な痺れ薬」
「恩に着る」
霜月は諒から受け取る。そして諒は懐に手を入れたがそのまま動かない。その様子を霜月は見ていると諒と目が合った。
二人は閉口したまま見つめあった。
その後諒は視線を外してため息をつくと懐からもう一つ箱を取り出して霜月へ渡してきた。諒は声音を落として説明する。
「多分注射してる暇ないと思って、もう一つ用意した」
霜月は諒からその箱を受け取り中を開けると小さな薬丸が三錠入っていた。それを見ると言葉を溢す。
「これは⋯⋯?」
「脳の興奮剤って言ったら分かる? 赤龍の高継が瞬の決闘の時に使った燕を覚えている?あれと似たようなものだよ。アドレナリンが溢れて周りが見えなくなって目の前のものにだけ集中する。力が湧いてカッと身体が熱を帯びて興奮するでしょ? あの状態って痛みも感じにくいんだ。
一錠で10分。身体の危険性から三錠より多くは出せない」
諒はそこで言葉を区切ると霜月に人差し指を向けて念を押す。
「どちらかだけだよ⋯⋯注射と薬の両方は絶対に使わないでね!!」
諒は目を涙で滲ませた。
「僕は⋯⋯僕は霜月さんが鄧骨に負けるのは嫌だけど、霜月さんが死ぬのはもっと嫌だからね」
霜月は諒の小さな、しかし大きく見える肩をしっかりと抱いた。
■
目の前の鄧骨を見ながら懐の箱をぎゅっと握りしめた。
(諒の言った通りだ。もう注射は打っている時間がない。左腕も鄧骨の牙でジンジンする)
霜月は箱から一錠を取り出すと口に入れた。鄧骨は狼となって走ってくるのが見えた。
鄧骨は獲物を捉えるように霜月に近づくと鄧骨は上体を上げて手の大きな爪を霜月の肩にかけて押し倒そうとする。すると目の前の霜月は手応えが無かった。
しかし血の匂いは目の前からする。
実は霜月は幻術を30センチほど前に作り出していた。クナイを持って鄧骨の肩に刺す。刺さりきらないところで鄧骨に横に逃げられてしまう。
鄧骨は霜月の動きが変わったことに気がついた。そして鄧骨は片側の口角を上げて言った。
「面白くなってきたな」
霜月は身体中の血が騒いで熱いはずなのに目の前だけは時が止まったようにはっきり見えていた。幻術の分身と圧搾によって鄧骨を追い詰めようとするが、なんと説明しようか、固い。
攻撃があたっているのにダメージはあまり受けていない印象がある。身体強化も入っているのだろうか? もう少し鄧骨を追い詰めないとあの技は出せない。
「鏡牢」
鄧骨の周りに鏡で映したような霜月が立ち並ぶとありったけの力を入れる。
「圧搾」
「グルルゥ!」
「威嚇」
鄧骨は圧搾により苦しそうな声を出した後、狼の威嚇の声を出し霜月の幻術を解く。霜月は解かれた幻術を再度出そうと思ったが力が入らなかった。仕方なく景色を歪ませて分身を作ると近くの木に左腕から滲む血をこすりつけた。
薬の効果が切れたのだ。重たい倦怠感が霜月の全身を覆う。鄧骨は走ってくると右の大きな爪で霜月を切り裂こうと振り上げた。霜月はそれを右手の短剣で防いだがカタカタと音がする。
「さっきの勢いはどこにいったんだ? もっと遊ぼうぜ」
霜月は草の塊のようなものを左手で鄧骨の口へ投げ入れる。そうすると鄧骨は頭を霜月のお腹へ頭突きすると頭を振って霜月を睨みつける。
「ペッ! 何食わせやがった? 怒ったぞ。そろそろ終わらせてやる」
「⋯⋯強力な痺れ薬だぞ? なぜ効かない」
鄧骨はそれを聞くとニヤリとして鄧骨の瞳が赤くなった。狼の全身の毛が立ち上がり殺気と威圧で霜月は肌をひりつかせる。
鄧骨も興奮状態で痺れ薬が効かないようだ。
しかしその隙に霜月は二錠目を口に入れた。そして霜月は短剣を二本出すと柄の先に開いた穴に両手の人差し指をそれぞれ入れて回し始めた。
まずは右手を横から振り投げる。
幻術の短剣が鄧骨に飛んでいく。それを鄧骨は旋回して軽々避ける。霜月はその間に踏み込み下から上へ振り上げるように短剣で鄧骨の身体を切る。
ブシュッ!
(浅い!)
鄧骨は後ろへ引いて体勢を整えると足を踏み込みすごい勢いで霜月に迫ってきた。そして牙の揃う口を大きく開ける。血の匂いは目の前の霜月が一番濃い。既のところで霜月は腕を引く。
キキキィン!短剣が鄧骨の牙に当たる。霜月は一旦後に引く。
(鄧骨の攻撃は一度受けたら大怪我を負う。絶対に避けないといけない。)
霜月は心に刻んだ。
「分身・改」
先ほどよりも精巧な分身が出た。霜月は鄧骨との戦いの中で血をいたるところに流した。そのため匂いが分散される。
(ただし致命傷を与えないと地獄牢に送れない)
霜月は幻術で靄を作り出す。鄧骨は周りをみる。しかし靄で見えないどころか匂いが散漫する。
そこで鄧骨は神経を研ぎ澄ますと、ぼんやり霜月の本物がここだと直感が知らせる。霜月は鄧骨が地面にさした大剣を手に取った。
霜月は大剣を構える。
鄧骨は足を踏み込んだ。
両者が動く!
グシャッ!!!
辺りは静けさが覆った。
靄がだんだん晴れていく。霜月の持った大剣には長くのびる血痕がついている。
しかし霜月の肩に鄧骨が噛みついていた。
そして鄧骨が口を開いて倒れる。
霜月も鄧骨が倒れてその場に崩れ落ちる。その様子を見た鄧骨はヒューヒューする呼吸音を立てながら横になって言った。
「なかなかやるじゃねーか。ただお前の方が分が悪いな」
「ぐっ⋯⋯」
霜月は痛みに顔を歪めた仰向けになった。
震える手で最後の一錠を口に入れた。
(早く効け!)
もう一つの箱から注射針を乱暴に二本取り出すと鄧骨に噛まれた肩に二本とも打ち込んだ。苛立つようにまた二本を取り出し左腕に乱暴に打ち込む。残りの二本を箱から掻っ攫うと腹に打ち込んだ。
霜月の腹は血が滲んでいた。
ようやく霜月は肩で息をし始めた。
霜月は鄧骨の方を見て息絶え絶えに言った。
「次が最後だ⋯⋯」
「俺も最後の力を使うぞ」
鄧骨はよろよろと立つと言うとこう叫ぶ。
「死力」
先ほどよりも威圧が上がり怪我を受けたのかも忘れるほどだった。
鄧骨はものすごい勢いで走ってくる。
次回:第45話-1 霜月と鄧骨の闘い(前編)です!
次回は瞬が霜月の元へ向かっていきます。間に合うんでしょうか?
次回の作者イチオシの台詞↓
「出陣!!!」
その後大きく振り返って瞬を見るとこう告げた。
「私は他の者が守ってくれる。瞬、霜月の元へ行け!」




