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【過去編 白狼の記憶】第16話目 秋実の最期(中編)

【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。

 秋実と白狼は夜に語り明かした。そして明け方、秋実は疲れて横になると眠ってしまった。白狼は秋実に布団をかけると朝餉の仕度を始めた。瞬が起きると秋実が寝ていることを伝えた。すると瞬は静かに白狼の仕度する姿を見ていた。



 そして瞬に握り飯と香の物の包みを持たせると春樹を呼ぶように伝えた。瞬は何か言いたげだったが頷いて出掛けていった。それが終わると白狼は秋実の様子を見に行った。穏やかに寝ている。その様子を見て白狼は悲しそうに微笑んだ。



 居間で握り飯を食べていると春樹が部屋に顔を出した。白狼は腰を浮かせた。すると春樹は食べ途中の白狼を見ると手を前に出して制した。



「用件は食べてからでいい。ゆっくりしろ。」



 白狼は朝餉を食べ終わると春樹にお茶を出した。



「秋実先生は寝ています。⋯⋯昨日、秋実先生は吐血しました。」



 春樹は目を見開いた。



「⋯⋯そうか。まずいな。⋯⋯あっ白狼、大丈夫か?」



 春樹は心配そうに白狼の顔を見た。白狼の目は腫れている。白狼は春樹と目が合うと目元に手を添えて口を緩めた。



「これは大丈夫です。昨晩は⋯⋯先生と語り明かしたんです⋯⋯最後になるかもしれないから⋯⋯。」

「そうか、それならいいんだ。悪いがそろそろ秋実殿と今後のことを話さなければならないな。⋯⋯なぁ白狼、お前は陽炎になりたいか?」



 それを聞いた白狼は目をパチパチさせている。春樹は白狼を見つめている。



「秋実先生が望むならなりたいです。それより僕は瞬を守れる方法を見つけたいです。」

「そうか、それも含めて秋実殿と相談しよう。」



 秋実は昼前に目を覚ました。秋実は少し体調が良くなったようでいつもの調子で春樹に声をかけている。



「おう、春樹来てくれたか。昨日吐血した。」



 春樹は秋実の顔色を観察している。



「白狼から聞きました。食欲はありますか?」

「正直あまりないが、粥くらいなら口に出来ると思う。」



 皆は昼餉を終えた後、白狼はお茶を持ってきた。そして皆はお茶を飲み始めた。春樹は二人を見て話し始めた。



「秋実殿、そろそろ今後のことを話したいと思います。話は二つ。まずは秋実殿がコト切れる前にしておきたいこと。二つ、秋実殿がいなくなった後どうなってほしいかと言うこと。」



 それを聞いて秋実はお茶を一口飲むと口を開いた。



「俺は⋯⋯瞬のことが心配だ。何も知らないまま唯一の身寄りの俺も死んでこの里で生きていくのは厳しすぎる。だから俺の死に目を瞬の成人の儀式に使ってほしいんだ。」



 秋実の言葉に白狼は目を丸くした。隣の春樹も驚いて聞いた。



「えっ瞬に切らせるんですか?」



 それを聞いた秋実は口をへの字に曲げた。そして腕を組んで二人を見る。



「そこは二人に相談だ。最悪、俺が瞬の手と刀を握って自害しようと思う。

それから白狼、お前はこのまま影なしの里にいたいか?」

「秋実先生、おっしゃる意味がよく分かりません。この里以外にどこへ行くんですか?僕は瞬と一緒にいるつもりです。」



 秋実は白狼と春樹を交互に見ると、ガシガシと頭を掻いた。



「俺はなあ、白狼や瞬には陽炎になってほしくない。いや、二人が陽炎になりたいなら別の話だが、この里は生きていくのは辛いことが多すぎる。俺は他の選択肢も提示したい。」



 それを聞いた春樹はじとっとした目で秋実を見た。



「さすが秋実殿。後継者の目の前でよくそんなことが言えますね。」

「春樹の前だから言ってるんだ。それに春樹のようなまともなやつじゃないと里長なんて安心して任せられない。」



 白狼は眉を潜めて秋実を見た。



「先生、他の選択肢とは何ですか?」

「影なしの里から脱里して表の人間になるもよし⋯⋯それから影屋敷に行くもよし。」



 白狼はキョトンとした。



「あのおとぎ話の影屋敷ですか?」

「実際にあるんだ。影武者を取り扱う組織だ。実力主義で表にも出れる。忍とも繋がりを持つことが出来る。希望するなら地図と文を持たせる。」



 秋実はにっと笑う。白狼はこう尋ねた。



「先生、僕は瞬を守りたいんです。どんな方法がありますか?」



 秋実は腕組みして下を向いた。しばらくすると顔を上げて白狼を見た。



「一つ目、影なしの里長になって瞬を助ける。その場合は春樹と仲良くやってくれ。

 もちろん里長にならなくてもここにはいられるが瞬もお前もずっと暗殺を強いられる。

 二つ目、影なしの里から脱里して表で生きる。幼い二人だからちと不安だな。まぁ、もっと大きくなってからでも出来るが、里を出るまでは暗殺を強いられるし、表はつても無いとちょっと大変だな。

 三つ目、白狼が影屋敷で実力をつけて瞬を迎えに来る。」

「僕は⋯⋯春樹殿がいるので陽炎にはなりません。瞬を暗殺から手を引くのを考えると、影屋敷で実力をつけることが最善策だと思います。」



 白狼は秋実をじっと見つめて答えた。

 秋実は白狼を見て頷くと春樹の方を見た。



「春樹、その場合は白狼と瞬の脱里を許可してくれ。」

「⋯⋯分かりました。これはお願いになりますが脱里後も交流を望みます。影屋敷と里をつなぐ者になってほしい。」

「春樹殿、分かりました。」



 秋実は咳き込んだ。すかさず白狼は秋実のほうを見たので、慌てて秋実は手をあげる。



「悪い、大丈夫だ。俺は白狼に瞬を守ってほしいと思っていたが重荷になるんではないかと心配していたんだ。だがそれを聞いて安心した。⋯⋯俺は白狼や瞬が生きるこの世界がもっと平和になればいいなと思っている。」



 白狼は秋実の顔に近づいた。真剣な目をしてこう宣言した。



「秋実先生の願いは僕の願いです。僕がこの先、平和な世の中に変えます。」



 それを聞いた秋実は深く頷いた。





 それから秋実は日を追うごとに悪くなっていった。その度に瞬には色々と理由を付けては春樹の家に向かわせたり、秋実は出かけたことにして幻術で寝ている秋実を見えないようにした。



 その頃から白狼は春樹の家に来ると畳に突っ伏すことが増えた。時には震える手で春樹の手を握ったり泣くこともあった。その際には春樹は優しく白狼の背中を撫でたり寄り添うように抱きしめてくれた。



 しかし秋実の前では決して泣かなかった。白狼は秋実に笑顔を向け続けた。




 ある日秋実が春樹と瞬を家に呼ぶようにと白狼に伝えた。秋実のやつれ加減に瞬に気づかれてしまうと白狼は狼狽えた。しかし秋実の目は真剣だった。その目を見た白狼は秋実が白狼の心配を分かって言っていると分かったので、何も聞かずに二人を呼びに言った。春樹の家に言って、そのことを春樹に伝えると白狼と同じような反応をしたが白狼も真剣な顔を向けた。瞬はキョトンとして白狼と春樹を交互に見ていた。そして三人は秋実の家に着いた。



 瞬は家の中へ駆けて入った。秋実の体調が崩れ始めてから瞬には秋実の本当の姿を見せてこなかった。おそらく瞬の記憶では昔のような元気に話して笑うじいちゃんのままだったのだろう。布団の上でようやく起き上がった秋実はやつれた顔をしていた。その姿を見た瞬が驚いている。



「じいちゃん⋯⋯どこか悪いの?」

「あぁそうなんだ、瞬とにかくこちらへ。」



 瞬は言われるがままに秋実に近づくと、秋実は弱々しい腕で瞬を抱き寄せた。



「瞬、お前は誰よりも強くなれ。これから先もずっと白狼と仲良くな。白狼、お前もお別れの挨拶しておけ。」

「お別れ?」



 それを聞いた白狼と瞬はポカンとした顔で口を開いた。



「あぁ、しばしのお別れだ。」



 秋実の言葉に白狼はその意味を悟った。瞬だけは言葉の意味を飲み込めていない。

 白狼は瞬を抱きしめると目を潤ませて苦しそうな声で瞬に伝える。



「瞬、僕は強くなって迎えに来るから待っててね。」

「うん⋯⋯。」



 白狼は瞬を自分の胸からそっと離した。その二人の姿を見て秋実は苦しそうな顔をして目を潤ませたまま、人差し指と中指をつけると瞬の胸の前で印を描いた。



 すると瞬は目を閉じてその場に倒れた。

 白狼は急いで瞬に駆け寄った。



「瞬、大丈夫? 秋実先生、何をしたんですか?」

「⋯⋯白狼と会った日から先程までのお前と瞬の記憶を封印した。白狼、この先はお前が強くなって迎えに来るまで瞬とは会うな。」



 秋実は痛みを我慢するように感情を抑えて白狼にそう告げた。それを聞いた白狼は顔を歪めて頷いた。そして春樹は瞬を背負う間、白狼はずっと瞬のことを見ていた。いつになるか分からない長い別れだと分かっていたからだ。白狼は目に焼き付けるように瞬きもせずに目を見開いていた。そして春樹は瞬を背負い終わると秋実にこう尋ねた。



「私はこのまま瞬と一緒に家へ帰ります。このまま瞬を預かってしまっていいんですね?」



 秋実は愛おしそうに瞬を見つめた。



「あぁ、瞬⋯⋯強く生きていけよ。」



 それから2日後の晩、秋実は苦しそうに言葉を絞り出すとこう告げた。



「白狼、俺にはもう時間がない。⋯⋯おそらく⋯もって明日だ。」



 白狼は秋実を見た。秋実の言葉を聞いた白狼は心を勢いをつけた鉄球でぐちゃぐちゃに潰されたような気がして目は泳いでしまったが、無理矢理笑顔を作った。



「⋯⋯今夜はお側にずっとついててもいいですか?」

「あぁ、いいとも。」



 白狼は急いで春樹にこのことを告げた。それを聞くと春樹と白狼は走ってすぐに家に戻ってきた。

 秋実は横になって目を瞑っている。

 白狼は秋実に優しく声をかけた。



「先生、春樹殿がいらっしゃいました。」

「ん、あぁ。」



 白狼は席を外すと春樹は秋実と二人で話した。白狼は邪魔にならないように寝床に使っている部屋へ行くと正座をして拳が石になるくらい強く握って下を向いて耐えていた。



 秋実は懐から手紙を出し春樹に渡しながらこう説明した。



「これは瞬宛のものだ。俺には暗器の能力が二つある。一つは知っての通り無効化の力。そしてもう一つは⋯⋯相手の記憶を見れること。瞬はその両方を持っているはずだ。それに関して困ったことがあれば渡してほしい。」

「分かりました。」

「⋯⋯眠い⋯⋯。」

「すぐに白狼を呼んで来ます。」



 春樹は白狼を呼ぶと、白狼は走って部屋に戻ってきた。春樹は白狼にこう告げた。



「おそらくまだ大丈夫だと思う。脈もしっかりしている。俺も今晩はここにいるから安心しろ。秋実殿の容態が変わったらすぐに瞬を呼びに行く。」

「⋯⋯はい。」



 白狼は秋実の手を握った。



(温かい⋯⋯まだちゃんと脈打っている。このままずっと続けばいいのに。)



 秋実はその後2時間ほど寝た。起きると目を少し開けた。それでも眠そうだった。白狼は目を開いた秋実を見て心の底から安心した。そして顔を近づけて秋実に聞いた。



「秋実先生、白湯を飲みますか?」

「あぁ、もらおう。」



 それを聞いた白狼は腰を浮かせたが、春樹は白狼を秋実の隣に戻すと白湯を準備しに行った。白狼の心には秋実に伝えたいことが溢れていた。なぜ時間はあっという間に過ぎていってしまうのだろう。その溢れた気持ちが抑えきれなくなり白狼は独り言のように話し始めた。



「僕がこの里に初めて来た日のことを覚えていますか?

 僕は人生で初めて人の温かさを知ったんです。こんな世界があるものなのかと驚きました。こんなに楽しい日が毎日来るものなのかと胸を躍らせました。

 先生に褒められることがどんなに嬉しいか、どうやったらあなたに伝わるのでしょう? どう伝えれば私の感謝の気持ちが伝えられるのでしょうか? こんなに大切な存在だとどう説明すれば表現出来るのでしょうか?

 秋実先生は僕の心の中でずっと生き続けますよ。僕の命が尽きるまで貴方の存在が、記憶が、感触が、声が、眼差しが消えることはありません。」



 春樹は部屋の外で声を噛み殺して泣いていた。

 秋実の目から涙が流れていた。白狼は秋実に笑顔を向けた。



「秋実先生、僕は貴方の最期の1秒まで笑顔でいたいです。泣くのは貴方がいなくなった世界で十分です。一つお願いしてもいいでしょうか?」



 秋実の目は白狼を捉えている。



「僕がこの手で貴方を黄泉の世界へ送りたいのです。瞬には形だけそうとってほしい。僕が秋実先生のすべてを背負いたいのです。」




 その後、白狼は秋実の意識が朦朧になることが増えてもずっと話しかけ続けた。

 それは予想以上に長く続いた。

 白狼は春樹に会うと自分が秋実を最後に刺すことを告げた。意外なことに春樹は驚いていなかった。なぜなら春樹は白狼と秋実の会話を聞いていたからだ。春樹は正直にそれを話すと、白狼に向かって深々と頭を下げた。




 次の日、日が暮れ始めた頃、秋実は口を開いた。



「そろそろ⋯⋯迎えが来る⋯⋯。眠い⋯⋯。」

次回は瞬がじいちゃんの死に目に会うシーンですね。白狼はどんな思いだったのでしょうか⋯。

次回の作者にすみイチオシの台詞↓

「秋実先生⋯⋯私の生きる希望!」

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