06 分断されてしまったか
ルキスさんを先頭に、僕達は魔王城の隠し通路を進む。
「元々、脱出用の通路らしいから罠は無いと思うけど、一応気を付けてね」
そんな風に、妙な物を見つけても絶対に触らず、自分に報告するようルキスさんから注意を受けていたけど、今のところはなんの変哲もない一本道が続くだけだ。
このまま、城内に入れれば問題はないんだけれど……。
「んっ!」
その時、先頭のルキスさんが、何者かの気配を感じたようだ!
「前に何かいる!これは……モンスターね!」
その言葉を聞いた瞬間、僕の隣を走っていたディセルさんが加速した!
ルキスさんを追い抜き、前方にたむろしていた数匹の巨大なトカゲ型モンスターへと、一気に間合いを詰める!
「異界抜刀術・疾風!」
居合い一閃!
ディセルさんの抜き払う高速の刃が、巨大トカゲを三体同時に両断した!
突然の奇襲に残りの巨大トカゲが慌てて逃げ出すけれど、逃がす訳にはいかない!
「電撃槍魔法!」
逃走を図る巨大トカゲを、僕の放った電撃魔法が撃ち貫く!
そうして、悲鳴をあげてモンスター達が倒れると、ルキスさんがそいつらに近づき、両断され、焼け焦げた亡骸を調べ始めた。
「ふーん……おそらく、こいつらは、この通路の守護者か番犬代わりってところね」
「番犬……ですか?」
「ええ……少しまずいかもしれないわ」
トカゲモンスターを調べ終え、彼女は小さく呟いた。
「何か問題でも?」
ちょっと不安になって僕が尋ねると、ルキスさんが神妙な顔で頷く。
「こいつらの大きさからして、本来ならこんな所に住み着いてるようなやつらじゃないわ。なのに、そんなものがいるって事は、この通路からの侵入者用に放たれてたって事でしょ」
「あ、確かに……」
「しかも、瞬発力に優れたタイプじゃなくて、持久力に優れたタイプを選んでるあたり、そこそこ前から配置されてたみたいね……まぁ、こっちには元魔王四天王がいるから、この道が警戒されててもおかしくないけど」
はぁ……スラスラと状況を整理するルキスさんに、思わず感嘆のため息が漏れる。
さすが、勇者パーティの目や耳として旅を支えてきただけの事はあるなぁ。
「しかし……警戒されていても、今さら引き返す手はないだろう?」
「ま、そりゃそうね」
ディセルさんの問いかけに、ルキスさんも笑みを浮かべて答えた。
「あんなモンスターは配置されてたけど、大がかりな罠の類いを設置するほどに手間も時間もかけた痕跡はないわ。それに、人員を割いてる訳でも無さそうだし、あくまで警戒を強めてるって感じね」
そうか、自生できそうなモンスターを放って、兵士を置いてる訳じゃないから、そこまで本気で守りを固めてる訳じゃ無いとも考えられるのか。
もっと言ってしまえば、この通路を完全に埋めるなりして封鎖したほうが確実だもんな。
まぁ、できるだけ使える物は使いたい気持ちはわかるけど、敵のそのもったいないの心は逆にチャンスだ!
「まだ、モンスターはうろついてるかもしれないけど、敵が異変に気づく前に急ぎましょう!」
ルキスさんの言葉に頷き、僕達は勢いを増しながらさらに奥へと進む。
彼女の危惧した通り、通路の先には少々のモンスターはいたけれど、それらを斬り伏せ、魔法で倒しながらようやく僕達は城側の扉へとたどり着いた。
「……うん、この扉にも罠はかかっていないわね」
念入りにチェックしたルキスさんが、そのまま解錠にかかる。
鍵穴に解錠ツールを差し込んで、格闘すること数分……。
カチン!という小気味のいい音と共に、ルキスさんが親指を立てて見せた!
どうやら、無事に解錠はできたみたいだ。
「よぉし……それじゃあ、行くわよ」
扉の向こうに人気のないのを確認したルキスさんが、ソッと扉を左右に開いていく。
念のために身構えていた僕達だったけれど……開いた扉から漏れてきた目映い光に、一瞬だけ視界が白く染まっていった!
◆
「うっ……!」
あまりの眩しさに、思わず呻いてしまう。
やがて、視界が元通りに広がっていった時……僕はひとり、見知らぬ部屋の中にたたずんでいた!
「えっ!?」
ディセルさんは?
他のみんなは?
混乱しかけながらも、慌てて周囲に仲間の姿がないか探す!
だけど、やはりみんなの姿は無くて、僕は愕然としてしまった……。
「うふふふ……」
この事態に戸惑う僕の耳に、不意に女の人の笑い声が届く。
この声は……!?
聞き覚えのある、その声のした方向に目を向ければ、そこにはやはり思った通りの人物の姿があった!
「うふふ。いらっしゃい、お嬢さん……いえ、そんな格好だけど、男の子なのよね」
「淫魔……女王……」
僕の視界の先で、色気溢れる満面の笑みを湛えながら、魔王四天王のひとり、淫魔女王ウェルティムがこちらを値踏みするように、ねっとりとした視線を送ってきた。
◆
「……これは、どういう事なんだろうね」
「どうもこうもない、貴様らは単純に罠に落ちただけよ、この転移魔法の罠に、な!」
私の眼前で、魔王四天王の一人、鬼人王ラグロンドが嗤う。
勇者パーティのルキスが、通路の扉を開けた瞬間、光に包まれた私達だったが、それがおさまった時には私は一人、この室内で立ち尽くしいた。
さらに、目の前にはこの通り魔王四天王が待ち構えていており、ご親切に私達がバラバラに転移させられてしまったのだと、説明してくれたという訳だ。
「まんまと、分断されてしまったか……」
「そういう事だ。あの場所に仕掛けられた転移魔法は、因縁のある相手を選んで個別に転移させる、特別な術式が組み込まれていたらしいぞ」
まるで、世間話でもするかのように、ラグロンドは余裕の表情で私を見下ろす。
魔法に疎い私では、いまいちその凄さはわかりかねたが、たぶん大した技術なのだろう。
そして、そんな真似ができるのは、おそらく大魔王ギストルナーダ……。
おのれ、私とアムールを離ればなれにさせるとは……!
「それにしても、因縁……ね。私とお前には、ろくな接点はないはずだが?」
「まぁ、逆なのかもしれんな」
「逆?」
「他の連中に因縁が有りすぎるために、あぶれた我々がこうして対峙しているという事だよ」
なるほど、そう考えれば今の状況にも納得がいく。
「ククク……しかし、俺の個人的な意見としては、お前と戦えて嬉しさもあるぞ」
「何を突然……」
舐めるようなラグロンドの視線に、私は背筋がゾワゾワするような悪寒を感じた。
ぬぅ……アムールからならともかく、敵からそんな視線を向けられても、嫌悪感しか湧いてこないのだがな。
「早く仲間達(主にアムール)と合流するためにも、さっさと終わらせてもらうぞ!」
言いながら、私が腰の『真刀・国士無双』に手を掛けると、ラグロンドの顔がさらに笑顔の形に歪んでいった!
「……実を言えば以前、お前が大魔王ギストルナーダ様を真っ二つにした時から、戦ってみたいと思っていたんだ」
……ああ、偽アムルズ事件の時か。
そういえば、こいつは私のアムールに化けて、悪行を働いていたんだっけ……うん、死刑!
超個人的な判決を内心で下し、最速で刑を執行すべく先手を打った抜刀術の刃が、鬼人王の首めがけて走った!
◆
「ようこそ、勇者一行の諸君」
突然の光に包まれ、気づけば見知らぬ部屋へと飛ばされおり、さらにアムールとディセルの姿も無い。
そして、転移させられたグリウス、ヴァイエル、ルキスの三人の前には、玉座に腰を下ろした大魔王ギストルナーダがこちらを見下ろしていた。
「……まさか、魔法のトラップだったとしても、私としたことがそれを見抜けなかったとはね」
「フッ、そう落ち込むこともないぞ。なぜなら、あの通路に仕掛けられた罠の発動条件は、『邪神様以外の陣営の者が侵入してきた場合』で、それまでは一切感知できぬようになっていたのだからな。どうだ、良くできているだろう?」
単純なようで、実用化させるまでは大変だったのだぞと、ギストルナーダはおもちゃを自慢する子供のように笑う。
「さらに、侵入してくるならお前達であろうと思って、因縁のある相手の所に個別で、飛ばされるように調整しておいたのだ。ふふ、面白い趣向だろう?」
「ふん……どうりで、俺達三人がここに転移させられた訳だ」
「ええ、これ以上無い、因縁の相手がいらっしゃいますからね……」
そう呟いた勇者一行の視線の先には、大魔王のかたわらに佇む人物の姿。
見た目は変わり果てたとはいえ、彼等にとってはこれ以上の因縁はない人物が、無言で仲間達を見つめていた。
「ったく……なんで元々男のアンタが、アタシよりおっぱい大きくなってんのよ、エルビオ!」
そんな元仲間達の声に、かつて勇者と呼ばれた青年の成れの果ては、わずかな笑みを浮かべる。
「陽動かとも思ったが、いま四方から攻めてきている連中がガチ過ぎて、ほとんどの兵が出場ってしまっていてな……」
そう言って、大魔王は小さなため息を漏らしつつも、次の瞬間には楽しげに勇者とその仲間達を見比べた。
「だから、野暮な邪魔は入らない。闇に堕ちたあげくに、性別まで変わってしまった元勇者だが、水入らずで旧交を暖めてくれたまえ」
嫌みたらしいギストルナーダの言に従うように、暗黒の闘気を纏いながらエルビオがゆっくりと聖剣を抜いていく。
「チッ……女にされただけなら、まだ可愛いげもあったんだがな」
「あの禍々しい闘気……完全に、闇堕ちして暴走していますね」
「つーか、闇堕ちしたからって、何を敵の使い走りみたいになってんだって、話よね」
ルキスの言葉に、グリウスとヴァイエルもうんうんと頷いてみせた。
「まぁ、アムール達が合流するまで、せいぜい頑張りますか」
そんな軽口を叩きながら、三人が身構えた時、急にエルビオの雰囲気に変化が訪れる!
「ア、アムールぅ……アムウゥゥゥゥルゥ!」
咆哮じみた様子でその名を叫びながら、エルビオの表情に凶気が宿っていく!
それに呼応するように、禍々しい闘気が勢いを増していった!
「……アムールの名前は、地雷だったか」
「まぁ、闇堕ちする原因だったしね……」
「ああ……何も知らない時は、あんなに輝いていたのに……」
まだ、アムールが女の子だと思っていた頃の、浮かれすぎていたエルビオの姿を知るだけに、今の変貌っぷりが彼の絶望の深さを感じさせる。
「ククク……元勇者対勇者パーティ同士の戦い……特等席で楽しませてもらおう」
一触即発で同士討ちを始めようとしている者達を眺めながら、大魔王はどこからともなく取り出した酒を優雅に楽しんでいた。




