06 天才ですの……?
「解読が終了いたしましたの!」
目の下にくまを作り、夜通しで暗号化された情報を読み解いていたシェロンちゃんが、朝一番に広間にいた僕達の元に姿を現した。
ちょっとフラつく彼女に、音もなく近付いたリズさんが、身体を支えてソファへと移動させる。
そうして、差し出されたお茶を一杯飲んで、シェロンちゃんは大きく息を吐いた。
なんだかすごく憔悴してるけど、そんなに複雑な暗号だったんだろうか……。
ちょっとだけ興味が湧いたので、どんな暗号文だったのか聞いてみると、シェロンちゃんはそれが記されていた手紙を見せてくれた。
「これは……」
何やら、文章の中に不必要に散りばめられた文字、そして紙の隅っこに描かれたタヌキの絵……。
「フフフ……それは、獣人族の一部に伝わる『タヌキ暗号文』と呼ばれる物ですの。いかにお姉さまが認めたアムールさまでも、容易く解析できるものではありませんのよ!」
「そうなんだ……てっきり、文章中の不要な「た(タ)」を抜くのかと思った……」
「て、天才ですの……?」
ポツリと漏らした僕の言葉に、シェロンちゃんは愕然としながら小刻みに震える。
え、本当にそうだったの?
ま、まぁ、国によっては識字率があまり高くない所もあるし、こういう暗号も有効なのかもしれないけど……。
なにはともあれ、暗号を解いたシェロンちゃんは、その中身について説明を始める。
「やはり、手紙には警備の配置や、ローテンションの時間帯などが記されていましたの。そして……」
その来た手紙にあった、もうひとつの情報。
それは、帰らないルド達の探索と、再度の武力侵攻を目的とした、『第二次ドワーフ国侵攻計画』の発動についてだった!
「……情報によれば、ヘイルお兄さまとドストルお兄さまを隊長にして、再びドワーフの国に攻め入る計画らしいですの」
「あの二人か……」
以前に戦った事もある、獣人王国の長兄ヘイルと、三男のドストル。
確か、ルドに勝るとも劣らぬ戦士達だったと記憶している。
「あのお二人は、ルドお兄さまに匹敵する武を誇る戦士。そんなお二人が、兵を率いて攻めるなんて……。ドワーフの国は、大丈夫なのでしょうか……」
「……ふむ。まぁ、今もルド兄と同等くらいの腕前のままなら、ターミヤ先生がいれば問題にならないと思うよ」
心配そうに呟くシェロンちゃんに、ディセルさんは事も無げに言う。
もちろん、彼女の言葉はドワーフの国にいる獣人族の捕虜や、攻めようとしているヘイル達の引き連れた戦力等、すべて考慮した上での発言だろう。
それだけ、ターミヤさんの強さに絶対の信頼を置いているって事なんだろうな。
「それに、あのターミヤ先生が鍛えると言ったんだ……たぶん、捕まっているルド兄達は、バキバキに心を折られて、おとなしくなってるだろうね」
どこか遠い目をしながら、ディセルさんが呟く。
確かに、『領域』を始め、彼女がターミヤさんから修行をつけてもらっていた時も、身心共に疲労し尽くして気を失うなんて事がしばしばあったっけ。
あまりの実力差に、ちょっとだけ心が折れて弱気になった彼女を慰めていたのも、いい思い出だ。
「なんにしても、獣人王国が手薄になるなら、チャンスよねぇ」
「そうッスね。ドワーフの国はターミヤ氏に任せて、ウチらは本命を叩くのが良策だと思うッス」
「上手く行けば、ウェルティムだけを相手にできるかもしれないしね」
実際、内側からの手引きもあるし、余計な戦闘も無しでウェルティムと戦えるなら僕達の勝率はかなり高いと思う。
サキュバスの最大の武器である『魅了』も、同姓であるディセルさんやお姉ちゃんには通じないだろうし、ひょっとしたら瞬殺もあり得るんじゃないだろうか。
ただ、少しだけ心配なのは僕が操られてしまう事だけど、相手の手の内がわかっているんだから、魔法で魅了に対する抵抗力を上げておけば、いきなりやられる事はないと思う。
「いけますの……これで、お父さま達も正気に戻せますの!」
「うん。そうすれば、今は魔族にいる王国も、こちら側に引き込む事もできるだろう」
やっぱり、身内が敵側に属していたのがちょっと気になっていたのか、ディセルさん達の言葉には明るさがあった。
「うふふふ、なによりの事が上手く進めば、ワタクシと勇者さまの仲が進展するかもしれませんの」
なにやら、下心を秘めて含み笑いを漏らすシェロンちゃん。
一瞬、なんで?と思ったけど、確かに獣人族を味方につける事ができれば、魔界に入る際にかなり安全になるだろう。
魔王を倒す使命を持つ、エルビオさん達からすれば、それはとてもありがたいはずだし、その功労者であるシェロンちゃんに大きく感謝してくれるかもしれないな。
僕とディセルさんからしても、エルビオさんとシェロンちゃんが上手くいってくれるなら大変ありがたいので、その際には精一杯シェロンちゃんの功績を称えよう!
「ほらほらぁ、あんまり皮算用ばっかりしてちゃダメよぉ」
パンパンと手を打ちながら、お姉ちゃんが僕達を嗜めた。
う、ごもっとも……今は成功した後の事より、成功させる事を考えなくちゃ。
「それで、ヘイル達がドワーフの国に攻めいるのはいつ頃なの?」
気を取り直した僕は、手紙に記されていたであろう『第二次ドワーフ国侵攻計画』の日取りについて尋ねた。
理想としては、彼等がドワーフの国に攻め入る寸前に、ウェルティム討伐の方が部隊に届くのが理想だ。
なので、できればそうなるようにヘイル達の動きに合わせて、僕達も獣人王国に向かわなきゃならない。
「ええっと、お兄さま達が出立するのは……今日ですの」
「ブホッ!」
シェロンちゃんの言葉に、思わず僕達全員が噴き出した!
「きょ、今日!?」
「は、はいですの!この手紙には、そう記されていますの」
そ、そうか……暗号文が出されてから、こちらに届くまでののタイムラグのせいで、ヘイル達の行動開始とほぼ重なっちゃったのか!
現在、内情はどうあれ、魔族サイドに立っている獣人王国に向かう、乗り合い馬車的なものはない。
つまり、僕達は徒歩で向かわなくちゃいけないんだけど、でもそうなるとドワーフの国へ向かう部隊の進み具合と、僕達が獣人王国へ向かう日程を計算して……。
「まずいな……若干、出遅れてる」
「も、申し訳ありませんの!ワタクシの解読に、時間がかかってしまったせいでっ……!」
シェロンちゃんが頭を下げるけど、まぁそれは仕方ない事だから……。
「大丈夫!少し急にはなるけれど、この日のために準備はしていたんだから!」
「そうよぉ、だから安心なさいな」
「ウ、ウチのマイペースさに比べたら、全然はやい方ッスよ……」
落ち込む彼女をみんなで慰めるように撫でると、シェロンちゃんはちょっとだけ安心したような、それていて照れたような笑みを浮かべていた。
さて、せっかく獣人族の抵抗勢力が命がけで送ってくれた情報を活かすためにも、とにかく荷物をまとめて出発しなきゃ!
僕達はバタバタとバッグに荷物を詰め込み、急いで準備を整えた!
(みなさま、これを道中でどうぞ)
すると、いつの間に用意してくれていたのか、リズさんが僕達全員分のお弁当を渡してくれた。
これは……ありがたい。
「それじゃあリズさん、後の事はお願いします!」
(お任せください!)
ドン!と胸を張る、頼もしいゴーストメイドさんに家の事を頼んで、僕達は獣人王国へと向かって走り出した!
……ちなみに、なぜかお姉ちゃんが早速取り出したパンをくわえて、「チコク、チコクー!」なんて言いながら駆けていた。
いったい何なのかと思ったら、なんでも遅れそうな時に事態をよい方向に向けるための、古のおまじないなんだそうだ。
「あーちゃん達も、やっときなさぁい」
「ええっ!?」
うう……ちょっと恥ずかしいけど、お姉ちゃんの言う事だと、無下にも断れない。
仕方なく、同じようにパンをくわえて叫びながら走る僕達を、街行く人達が怪訝そうな顔で見送っていた……。




