04 私の母は
「まず……獣人王国は現在、お母さまを先頭にして、女性達が中心となってなんとか回せていますの」
女性中心……。
獣人族は基本的に、トップの命令に従うと聞いていたから、王妃とはいえ王様以外の人が国を回すのは異常事態なんだろう。
「そうか、ウェイルット様は無事なんだね」
「はいですの。それというのも、魔王四天王の一人である淫魔女王ウェルティムの魅了は、男性のみに効いているからですの」
「……つまり、女性は淫魔女王の影響を受けていないって事?」
「そういう事ですの。お二人のように色ボケしてしまっているのは、男達だけですの」
し、辛辣……。
まぁ、ディセルさんに抱っこされて話を聞いてる僕に、反論の余地はないけどさ。
「今の獣人族の男達は、異様にウェルティムに献身的ですの。ですが、獣人族の半分を完全に支配して女達への扱いが雑になったおかげで、ワタクシのように動く者達も出てきたんですの」
「そうか……王様が中心になって国を回していた頃とは、かなり違ってきたんだね」
なにか感慨深そうに頷くディセルさんに、シェロンちゃんは「それもお姉さまのおかげでですの!」と身を乗り出してきた。
「私の……?」
「はいですの!王の決定に背いて追放されたお姉さまが、遠い地でハンターとなり、追ってきたお兄さま達を退けた挙げ句、魔王四天王の一人を倒した……これは王国で、大変に語り草となりましたの!」
あー、確かにそれって、スゴい英雄伝説っぽいかも。
しかも、現状の不穏な空気を考えれば、強さに高い価値観のある獣人族なら、ディセルさんの人気はうなぎ登りだろうな。
「今のところ、お父さまを含めた国の上層部が、魔族に支配されていると知っているのは、ワタクシやお母さまと極一部の者達だけですの。ですから、淫魔女王に悟られぬよう極秘で動いて今回のドワーフの国への遠征を利用し、隙をみて抜け出しましたの」
なるほど……本来なら、そこでまっすぐこの街を目指して、ディセルさんを頼るつもりだったのか。
「……でも、ドワーフの国の危機を見過ごせずに情報を伝えにいくなんて、シェロンちゃんはいい娘ですね」
「ああ、すごくしっかりしてるいい娘さ。私の自慢の妹だよ」
「な、なんですの、お二人とも!照れますの!」
急に誉められて真っ赤になるシェロンちゃんが、ちょっと可愛い。
だけど、そのおかげでディセルさんとも再会できたし、勇者一行との縁もできた。
やっぱり、良い行動には良い結果が出るのかもしれないな。
それにしても、ディセルさんと彼女は異母姉妹だと聞いていたけど、随分と仲がいいなぁ。
同じような異母兄妹のルド達とは、大違いだ。
そういえば、ディセルさんからお母さんの事をほとんど聞いたことが無いので、僕はその辺の事情について尋ねてみた。
「ええっと……まず、ルド兄達男三人兄弟を産んだのが、第一王妃のビルコット様。そして、私の実母で第二王妃のグラリウス。そして、シェロンの母で第三王妃のウェイルット様が、獣人王国の王妃達だね」
そんな三人の王妃の中で、一番下とも思える第三王妃が、現状を支えているというのは意外だった。
けれど、その理由はすぐに判明する。
「ビルコット様は行方不明で、私の母はすでに他界しているんだ。まだ小さかった当時の私は、母の親友でもあったウェイルット様に、実の娘のように可愛がってもらったよ」
そうだったのか……。
第一王妃が行方不明っていうのはちょっと気になるけど、まさかディセルさんのお母さんが、亡くなっていたなんて。
「なんだか、すいません……お母さんの事……」
「気にしなくていいよ。それに、私の母は何て言うか……破天荒で狼の子供みたいな人でね。最後の時も、雨や雪の降る時期に狩りに出ていって、雉のモンスターと相討ちになって川に浮いていたんだ」
お、王族なのに、雉と相討ちに……?
よくわからないけど、なんだか壮絶そうだ……。
「そんな最後だったし、ウェイルット様のお陰もあって、あんまり悲しいって感じじゃなかったのさ……」
そうは言ったけど、ディセルさんはちょっとだけ寂しそうに笑った。
それから、少しだけ話が脱線して、ディセルさんのお母さんの話を色々と聞くことができた。
第一王妃とお母さんは、事あるごとに衝突していたという事、そのせいもあって兄達との折り合いも悪かったなんて事。
他にも、王妃らしからぬ様々なエピソード等をディセルさんは嬉しそうに話してくれた。
うっかりそのまま、僕の両親やロロッサさんの両親の話にスライドしそうになったけど、そこは最年長者のお姉ちゃんがストップをかける。
「今は作戦会議中でしょう。思い出話は、後でねぇ?」
ごもっとも。
つい、脱線した話に夢中になっちゃった。
「──それでは、話を戻しますの」
コホンとひとつ咳払いをして、シェロンちゃんはこれからの予定について語りだす。
「本来でしたら、お姉さまと合流した後でこっそりと国に戻り、お母さまの手引きで城内に入って淫魔女王を倒す算段でしたの」
シンプルではあるけれど、それがもっとも穏便で確実な作戦かもしれない。
「そこに僕達が加われば、成功率はグンと上がりますね!」
「ああ、期待しているよ!」
「……また、イチャイチャしてますの」
僕をぎゅっと抱き締めるディセルさんと、笑い合いながら意気込みを語っていると、少しトゲのあるシェロンちゃんの呟きが聞こえてきた。
イチャイチャしてるなんてとんでもない、これが僕達にとっては普通の状態なのに!
「バカップルですの……」
「バカップルねぇ……」
「バカップルッス……」
あれ、満場一致でバカップルの烙印を押されてしまった。
おまけにリズさんまで、うんうんと頷いてるじゃないか!?
こんなに、真面目にお付き合いしてるのに……。
まぁ、お姉ちゃんだけは、「だが、それがいい!」なんて言って、むしろ煽ってきてたけど。
「なんにしても、お姉さまや協力者達と連絡を取り合って、下準備を整得るまでに、数日はかかりますの。その間に、皆さんの準備をよろしくお願いしますの!」
ペコリと一礼するシェロンちゃんに、僕達も大きく頷いた。
「一国を相手取るなんて、久しぶりだわぁ。ちょっと、気合いをいれて魔力を練っておこうかしらぁ」
「ウチも、ターミヤ氏に代わる新しい人と契約するために、ちょっと冥界とコンタクトをとってくるッス」
最高峰のG級ハンターに匹敵するお姉ちゃんと、冥界神の加護を得ているロロッサさんが、めずらしくやる気を見せている。
それだけ、失敗は許されない作戦だという事なんだな。
そんな二人の熱気に充てられて、僕も改めて気合いを入れ直すと、ディセルさんの方へ顔を向けた!
「僕達も特訓しましょう、ディセルさん!」
「ああ!一緒に頑張ろう!」
獣人族が相手なら、ほとんどの敵が近接戦闘メインになるだろう。
ディセルさんほどの剣士に訓練の相手をしてもらえれば、たとえ息つく間もない乱戦になったとしても、活路を見出だして魔法でサポートできるはずだ!
そんな僕の思惑を汲んで、快く引き受けてくれたディセルさんのためにも、しっかりと結果を出して見せたい!
そして、できれば誉めてほしい!
「僕もディセルさんに満足してもらえるよう、精一杯やりますから!」
「ふふ、あまり気負いすぎないようにね。焦らなくても、私の大事な婚約者はちゃんとリードしてあげるから……」
「は、はい。よろしく……お願いします……」
なんだか、僕の頬を撫でながら気遣ってくれるディセルさんが、とても格好よく見えて、つい顔が赤くなってしまう。
それに、彼女が楽しそうに僕を婚約者なんて呼んでくれるのが、気恥ずかしいけど嬉しかった。
「またイチャイチャしてますの……」
「またイチャイチャしてるわねぇ……」
「イチャイチャしてるッス」
再び、僕達の様子を見ていた三人から、呆れたようなため息が漏れだしていた。




