08 推して参る!
ドワーフ達に頼み込み、縛られていた妹をなんとか解放すると、彼女は大泣きしながら私に抱きついてきた。
「お、おねえしゃまぁぁぁ!お会いしたかったですのぉぉぉぉっ!」
涙と鼻水で胸元をぐしょぐしょにされながら、私はシェロンが落ち着くまでその頭を撫でてやる。
母親が違うとはいえ、昔から懐いてきていたこの妹には、どうにも甘くなってしまうな。
しかし、なんでこの子がこんな所に……?
しばらくして、ようやく落ち着いたのか、シェロンは私から離れると取り出したハンカチで鼻をかみ、ペコリと頭を下げた。
「お久しぶりですの、ディセルお姉さま」
「うん。私が追放されてぶりだね」
「もうっ!そんな、自虐的な事は言わないでほしいですの!」
ちょっとした冗談のつもりだったけど、私を慕ってくれているシェロンは叱るように嗜めてくる。
ふふ、相変わらず生真面目な娘だな。
「それで、なんだってシェロンがこんな場所で、こんな目にあっているんだい?」
「そ、そうなんですの!ワタクシ、ドワーフの皆さんに危機を伝えに来ましたの!」
「俺達の危機……だの?」
シェロンの言葉に、回りのドワーフ達も怪訝そうな顔を浮かべる。
まぁ、スパイだと思って捕らえた娘から、そんな事を言われれば、困惑もするだろう。
「実は、今このドワーフの国に、お兄さま達が率いる獣人族の精鋭が向かってきておりますの」
ザワリと、周囲に緊張感が走る!
「なんだと……それで、兵の数はどのくらいなんだ?」
「約二百名ですの」
「はぁ?」
緊張の面持ちだったドワーフ達だったが、シェロンの口から出た数字を聞いてキョトンとした顔になった。
中には「そんなの返り討ちじゃ!」と、笑う者もいる。
確かに、その数ではね……だけど……。
「その数でもこの国を落とせる、何かしらの切り札があるんですね?」
「さすが、お姉さまですの!」
我が意を得たりとばかりに、シェロンが頷いた。
「お兄さま達を筆頭に、その精鋭二百名は全員が『完全獣人化』することができますの!」
「なにぃ!」
その言葉に驚愕の声をあげたのは、ドワーフの戦士長だった!
「ば、馬鹿なっ!『完全獣人化』する獣人族なんて、ほんの一握りのはずだ!」
さすがに戦士長だけあって、獣人族の事にもちょっとは詳しいようだ。
彼の言うと通り、爆発的に戦闘力が向上する『完全獣人化』は一部の獣人族、しかも夜にしか使えない。
だけど、私は以前にある例外を見ている。
「恐らくは……魔道具の力ですか」
「その通りですの……」
私の推測に、シェロンも頷く。
以前、兄上達が私を魔族に献上するために連れ戻しに来た時に、昼間でありながらも『完全獣人化』して襲ってきた。
その時、それを可能としていたのが、魔族から提供されたという魔道具の力だったのだ。
てっきり、数個しか無いものだと思っていたけれど、まさかそんなに量産が可能な物だったとはね……。
「戦士長よ、その『完全獣人化』ってのぁ、そんなにヤバイんですかい?」
まだ若い(とは言っても、同じような髭面だけど)ドワーフが、そんな事を尋ねる。
すると、当の戦士長は苦虫を噛み潰したような渋面になった。
「……その状態の獣人族は、あらゆる魔法が効きづらい上に、パワーもスピードも桁違いだ。かつて戦いになった時、『完全獣人化』した獣人族と相討ちになったドワーフは、百人近くにのぼったという……」
それを聞いて、ドワーフ達の間にゴクリと息を呑む音が響いた。
「そ、それじゃあ……」
「ああ……その嬢ちゃんの言うことが間違いないなら、敵は二万の兵に匹敵するだけの戦力で攻めてくるって事だ!」
「しかも、その背後には数百のモンスターと魔族が控えていますの!」
戦士長とシェロンの言葉に、ドワーフ達の間に動揺を通り越して重い沈黙がのしかかる。
しかし、私はそこに小さな違和感を覚えた。
「解せないね……その布陣じゃ、まるで獣人族がモンスターの捨て石みたいじゃないか」
私が言うのもなんなんだけど、父上にしろ兄上達にしろ、一時は魔族の圧力に屈したとしても、どこかで上に立つチャンスを狙っていたはずだ。
それが、今回のような獣人族の戦士だけを先行させて、いたずらに数を減らすような真似をするのは、ちょっと考えづらい。
「そこですの、お姉さま!」
シェロンが再び我が意を得たりとばかりに、ズイッと身を乗り出してくる!
「ワタクシ達とドワーフの皆さんばかりが犠牲を増やし、得をするのは魔族だけ……こんな作戦が行われる背後には、ある魔王四天王の影がありましたの!」
「魔王……四天王!?」
まさか、ここでその名が出てくるとはっ!
「お父さま達を始め、国の男達のほとんどが、奴の術で操られていますの……魔王四天王のひとり、淫魔女王ウェルティムの手によって!」
淫魔女王ウェルティム!
それが、黒幕の名か!
「ワタクシは、お姉さまが追放された後、どんどんおかしくなっていく城内を密かに探っておりましたの。そして、吸血鬼王スウォルド以外にも、淫魔女王ウェルティムが暗躍している事を、突きとめましたの!」
そこで、聖剣の勇者がドワーフの国の近くにいるとの情報を得たシェロンは、今回の遠征に参加を志望して従軍し、密かに抜け出してここに来たのだたという。
「ですが、聖剣の勇者さまではなく、お姉さまと再会できるとは思ってもみませんでしたの!」
「確かに……」
私達のA級昇格や、ターミヤ先生の件がなければ、ここにこうして居なかっただろうからね。
これも、創造神のお導きというやつなんだろうか。
「そ、それよりも戦士長!攻めてくる敵に、どう対抗するんですか!?」
ドワーフの兵のひとりが、焦った態度を隠すことなく戦士長に訴える。
それに連鎖して、他のドワーフ達もどよめき始めていた。
『狼狽えるな!』
突如、大気を震わせる一喝が響き、その場に一瞬の沈黙が訪れる!
ドワーフ達を黙らせたのは、グアナックさんを連れだったターミヤ先生!
先生の姿を初めて見たシェロンが、口をあんぐりと開けていたけど、そこはさておき。
ターミヤ先生は、浮き足立つドワーフ達に代わり、テキパキとその場を仕切り始めた。
『ディセル、お前さんはアムール達と合流して、獣人族に当たれ。今のお前達なら、それくらいは楽勝だろ?』
フッ……さすが先生。
私達の実力を、よくわかってらっしゃる。
『あ、その際になるべく生け捕りで頼む』
うん?何か考えがあるのだろうか?
まぁ、確かに可能だろうから、別にいいけど……。
「む、無謀ですの!戦う事すら危ういというに、生け捕りにするなんて!」
シェロンが「非常識ですの!」と、ターミヤ先生を批難するけど、私は大丈夫だと彼女の頭を撫でた。
「私には、強い味方がいるからね。その子は、以前に兄上達を倒したほどの実力者だから、安心なさい」
妹を安心させるために言った言葉だけど、私の脳裏にはあの日の凛々しいアムールの姿が鮮明に浮かび上がってくる。
ハァ……カッコかわいい……。
さきほど感じた悪寒も相まって、私はすぐにでもアムールに会いたくなってきた。
よぉし、すぐにでも合流しよう!
そして、いっぱいハグしよう!
『よし、あとのドワーフ達は、全員で後添えのモンスターに備えて防衛ラインを固めろ!』
「し、しかし……」
「四の五の言わねぇで、ターミヤの言う通りにしやがれ!」
先生の指示に戸惑っていたドワーフ達だったけど、グアナックさんが怒鳴りつけると慌てて守りを固めるために走り去っていった。
『サンキュー、とっつぁん』
「気にすんな。それよりも、嬢ちゃん。もし勇者と合流するなら、処置が終わったコレを届けてやってくれ」
「わかりました」
頼んだぜ、と渡されたソレを受け取ると、ターミヤ先生はグアナックさんと共にここに残ると告げてきた。
『俺は、万が一に備えて防衛網に参加する。だから、安心して暴れてこい!』
「はいっ!」
先生が後ろにいるなら、多少の打ち漏らしがあっても大丈夫だろう。
あとは……。
「シェロン、貴女は私と一緒に来なさい」
「は、はいですの!」
もしも、獣人族とドワーフが混戦状態になったら、この子の身が危ないもんね。
すぐ近くにいてもらった方が、安心できるわ。
「では、こちらはお願いします!」
シェロンとブツを背負った私は、愛しのアムールの元へ向かって走り出した!
◆◆◆
「……ん」
「おや、お目覚めかい?」
ぼんやりとした意識が覚醒してきた時、目の前にあったエルビオさんの顔に、思わず固まってしまった!
あ、あれ……!?
なんで、僕は彼にお姫様抱っこされてるんだろう!?
予想外の状況にアワアワと慌てていると、エルビオさんは事の成り行きを説明してくれた。
「ドワーフの国の飲み物には、あらゆる物にアルコールが入っていたみたいで、君は酔って眠っしまったんだよ」
そ、そうだったのか……。
確かに、一気に飲料水をあおってからの記憶が曖昧だ。
なぜか、ディセルさんとキスしたような気がするし。
「ご、ご迷惑をかけてすいません……」
「迷惑だなんで、とんでもない!君とこうする口実ができて、嬉しいくらいさ」
なんだか、妙にキラキラして笑顔で、エルビオさんは僕を見つめてくる。
たぶん、醜態を晒した僕を気遣ってくれてるんだろうけど、なんだか眩しい笑顔すぎて、ちょっと戸惑ってしまう……。
「と、とにかく、もう大丈夫ですので!」
気恥ずかしくなり、エルビオさんの腕から逃れようとしていた、その時!
不意に、遠くから怒号や悲鳴のような声が僕達の耳に届いた!
「……行ってみよう!」
「はいっ!」
促すエルビオさんに答え、僕達はその声のする方向へと駆け出した!
◆
「これは……!」
僕達が聞いた声……それは、襲撃してきた獣人族と、逃げまどうドワーフ達の物だった!
何がどうなっているのかはわからないけれど、暴れる獣人族を放ってはおけない!
聖剣が整備中のエルビオさんに代わって、ここは僕が踏ん張らなきゃ!
「標的・固定……」
詠唱を行いながら僕は視線を移動させ、次々に獣人族の姿を補足していく!
そうして、この場にいた三十人ほどの獣人族に狙いをつけると、一気に魔法を撃ち放った!
「無属性魔砲・一斉射撃!」
魔法の完成と共に放たれた光の矢が、流れる軌跡を刻みながら標的の獣人族を撃ち貫いていく!
恐らく、死んではいないだろうけれど、僕の魔法に貫かれた獣人族達は、その場にバタバタと倒れていった!
「……すごいな、アムール」
改めて感心したよと、エルビオさんが称賛の言葉を口にする。
いやぁ、それほどでも。
「オォォォォォンッ!」
僕がちょっとばかり照れていると、突然そんな雰囲気を引き裂くように、獣の吼える声が轟き渡る!
こ、この声はっ!?
「香しい匂いがらするんで、まさかと思ったが……こんな所で会えるとは、嬉しいぞアムール!」
げ、げえぇぇっ!
あ、あいつはルドじゃないかっ!
僕を嫁にするとか、馬鹿な事を言っていた、ディセルさんの兄のひとり!
そのルドが、ギラギラした瞳で、僕を舐めるように見つめていた!
「この再会……やはり、お前は俺の子を孕む運命なのだ!俺の物になれ、アムール!」
なるわけないじゃないか!
だいたい、僕は(おおっぴらには言えないけど)男の子だっつーの!
情欲をたぎらせたルドと対峙する僕だったけど、不意にエルビオさんがその間に入ってきた。
「お前が何者かは知らないが、アムールは渡さない!」
「あぁ?なんだ、てめぇは?」
「僕の名はエルビオ!聖剣の勇者エルビオだ!」
その名乗りを聞いたルドの表情に、愉悦のような物が浮かび上がる!
「そうか、てめぇが……なら、アムールをいただくついでに、てめぇも殺してやるよ!」
そう言うと同時に、ルドの姿がメキメキと音を立てて、獣のそれに変貌していく!
『完全獣人化』……やっぱり、今回も使ってきたか!
だけど、今の状況じゃ聖剣がメンテナンス中のエルビオさんが、圧倒的に不利だ。
ならば、僕が……そう思って詠唱を始めようとした時、ルドの後方から同じような『完全獣人化』した新手の獣人族が姿を現してくる!
くっ……『完全獣人化』している獣人族には、並の魔法では効き目がない。
けれど、魔法を分散させては、ただの獣人族はともかく、ルドを止めるほどの威力は出ないだろう。
こんな時、ディセルさんがいてくれたら……そんな考えが、頭をよぎった時だった!
突然、布にくるまれて飛んできた何かが、エルビオさんの近くにつきささる!
そして、僕が望んでいたあの人の声が、この耳に飛び込んできた!
「どうやら、間に合ったようだね。無事かい、アムール!」
「ディセルさん!」
颯爽と現れた彼女の姿に、僕は身体中が熱くなるのを感じていた!
でも、ディセルさんが背負っている、あの少女は何者だろう……?
そんな僕の疑問をよそに、ディセルさんはエルビオさんに呼び掛ける!
「エルビオ殿、聖剣の解呪は終わった!存分に、振るわれよ!」
「ありがたい!」
エルビオさんが飛来物に手を伸ばすと、包んでいた布にさが弾け飛び、輝く聖剣が姿を現した!
その柄を握りしめ、エルビオさんが剣を振るえば、まるで星が弾けるように光が煌めく!
「聖剣の勇者エルビオ、ここに推参!」
聖剣が戻り、完全復活した勇者様が、雄々しく名乗りをあげた!
「アムール、この子はシェロン。詳しくは後で説明するけど、私の妹なのでよろしく頼むよ!」
「は、はい!」
僕に妹だという狐獣人の少女を預け、ディセルさんもエルビオさんに対抗するように名乗りをあげる!
「異界抜刀術・ディセル!推して参る!」
ディセルさんの名乗りを受けて、獣人族達の間からどよめきが起こった!
そういえば、彼女は獣人族の姫だもんね。
あ……ということは、ディセルさんの妹だという、このシェロンという少女もお姫様!?
チラリと、僕の名は背後にはさいる少女の方を見ると、やはり僕を注視していた彼女と目が合ってしまった。
な、なんだか気まずいなぁ……。
それはさておき、居並ぶ二人の剣士を前にして、ルドはギリッと歯軋りをしながら唸り声を漏らす。
「ちっ……部隊から居なくなったと思ったら、こんなところにいやがるとはな!ディセルといい、シェロンといい、とことん目障りな奴等だ!」
激昂するルドの圧力を、ディセルさんもエルビオさんも、するりと受け流す。
それを見て、ルドも獣の様相に凄惨な笑みを浮かべた!
「はっ!てめぇらを斬って、アムールは俺の物にしてやる!」
「アムールは僕が守る!」
「アムールは、私のパートナーだっ!」
三人は各々が主張して、火花を散らすっ!
……って、なんで僕をめぐる戦いみたいになってるんですか……?




